【指揮者は外に会議は踊る】

 会議室には、紙の擦れる音と、空調の低い唸りだけが満ちていた。

 大型モニターには廃倉庫周辺の地図、避難経路、交通流の推移、死傷者発生位置、通報時刻の一覧が、いくつもの層になって表示されている。
 壁際には所轄、警備、公安、交通、通信対策、危機管理、監察、内閣側の連絡要員までが並び、机の中央には熱の抜けたコーヒーと、何度も開かれて端のめくれた報告書が積まれていた。誰もが寝ていない顔をしていたが、疲労より先に、整理のつかないものを前にしたとき特有の硬さが場を支配していた。

 正面の席に座った年嵩の警察官が、資料の一枚を指先で叩いた。声は低く抑えているが、その抑え方の下に苛立ちが見える種類の声で吐き出すように言う。

「まず確認する。崩落事故そのものと、その後に発生した大規模攻撃は切り分けて考える。
だが、現場で起きた群集混乱と救援遅延、死傷者増加は、その二つのあいだに入り込んだ別の何かがなければ説明が苦しい。そこを今日は詰める」

 向かいに座る監査官が、紙ではなくタブレットに視線を落としたまま乾いた口調で口を開く。

「言い方を変えましょう。“説明が苦しい”では弱い。
現時点で言えるのは、同程度の災害と比較して、一般人の“不幸な事故”が明らかに多いことです。
転倒、圧迫、避難車両同士の接触、到着遅延による搬送失敗、救助待機中の症状悪化。避難中の混乱と、その後の攻撃が主因であるにしても、増え方が不自然です」

 別の席、公安の人間はすぐには頷かなかった。腕を組んだまま、地図上の色分けされた導線を睨みつけている。

「不自然だからといって、そこからすぐ“工作”へ飛ぶのは危険だ。災害現場では人は崩れる。ひとつ悲鳴が上がれば走り出す、走り出せば転ぶ、転べば後ろが詰まる。不自然でもなんでもない連鎖だろう」

「“ひとつ悲鳴が上がれば”が、可笑しいと言っているんですよ。今回は複数地点でほぼ同時にそれが起こった。これを見逃しますか? 作為的でしょうが」

 通信対策の担当が、モニターのログを切り替えた。画面には通報記録と現場証言の要約が時系列で並ぶ。
 複数の地点、複数の証言、内容は微妙に違いながら、核の部分は似通っている。
 ヴィランが来た、人が倒れている、殺される、逃げろ。
 誰が最初に叫んだのかは分からない。だが、叫びが同時に複数あったらしい、というところまでは揃っている。直後に連鎖反応のように混乱が発生した。

「録音は」

「ありません。街路監視はその時点で視認性が落ちていた。
粉塵、明暗差、車列、逃走。音声は周辺雑音に埋もれています。証言だけです」

「弱いな。避難の最中にパニックに陥った者が叫んだ、普通にある。
現場近辺は繁華街が近い、ネズミが走った。これもあり得る。飲食店街がある以上はな。
複数の叫びとネズミの発生、どちらも単独なら珍しくない。問題は、それがよりによって、あのタイミングとあの方向に揃ったことだ」

 年少の監察担当が、手元のメモに目を落とし、慎重に言葉を選ぶように続けた。

「しかも、避難していた人の波が、後続の攻撃の軌道に“偶然”あった。
これが一番まずいです。運が悪かったで済ませるには、最悪が重なりすぎている」

 会議室の空気が少しだけ重くなる。
 “偶然”という言葉を口にするとき、誰もそのままの意味では使っていなかった。
 偶然とは、立証できない意図の代用品だった。意図があると言い切れないから偶然という。だが偶然だと思っている者は、もう部屋の中に多くはなかった。目の前にあるのに掴めない悪意の尾が、そこにある。

 正面の年嵩の警察官が資料をめくる。理路整然と並ぶ文字列は、廃倉庫制圧に関する事前計画の要旨。
 人通りの少ない時間帯、緩やかな事前規制、現場内処理可能な崩落リスク、外部への大規模避難勧告は不要。内部で完結させる前提で組まれた内容。

 選出されたヒーロー達の連携は良好。
 ベストジーニストをリーダーとする即席チームは、各員の個性は干渉せず、むしろ相互補完の形で機能していた。
 現場判断、拘束、火力配分、そのいずれにも大きな破綻は見られない。
 作戦そのものは、少なくとも人為的なミスによって崩れたとは言い難い。

 唯一にして最大の想定外は、本来非戦闘員として扱われ、かつ荼毘との同時行動が常態化していた火継が、その保護圏から外れ、単独で廃倉庫に存在していた点だ。
 両者は恋愛関係にあると推定されており、荼毘による優先的な庇護が働く前提で配置予測が組まれていた。

 その前提が崩れた理由は、現時点でも特定に至っていない。
 こちら側の行動計画が何らかの形で漏洩していた可能性、内部に内通者が存在する可能性、あるいは連合側に高度な情報収集能力を持つ個体が介在している可能性……いずれも否定できない。

 あるいは、あまりに単純で検証しようのない仮説として、偶発的な行動の重なりによる不運が冗談のような形で成立したとも考えられる。どちらにしても、“最悪”だった。

「ここの確認だ。本来、廃倉庫の崩落は作戦計画内の範囲だ。マウント・レディが突破口を開き、ベストジーニスト達で拘束と制圧を行う。発生する危険は織り込み済みで、現場処理可能。ヒーローと警察機関との連携も的確。
だから事前の広域避難勧告は出さない。出す必要がなかった。だが実際には、防災無線が流れた」

「しかも放送ジャックです。送出元が正規系統ではない。この地域の平時・災害時テンプレートとも一致しない。
スピーカー側を取られている。発信内容そのものはおかしくない。
建物崩落の危険、二次崩落、有害粉塵、近づくな、落ち着いて避難しろ、けが人がいれば通報しろ。行政が言っても通る文面です。なんならテンプレートよりも丁寧なぐらいです。……だが、予定になかった」

「そこなんだよ」

 監査官が初めて顔を上げた。疲れの滲んだ白い顔は、溜息と共に言葉を続ける。

「内容が正しい。正しいから、人は従う。従った結果、現場は壊れた。
誰も命令違反をしていない。誰も煽っていない。真面目な人間ほど、そこへ流れ込んだ」

 その一言に、会議室の何人かが視線を動かした。口にされると輪郭が出る。真面目な人間が正しい言葉に真面目に従った。秩序を利用された、ということだ。

 公安の別席にいた男が、椅子に浅く座り直す。苛立ちを隠す気がない声だった。

「“嫌がらせ”だよ。あいつはそれをやったんだ。火継は直前に“嫌がらせをしてやる”と言った。手の動きから、なんらかの連絡をしていた可能性が高い。
殺しに来たんじゃない。守る仕組みが失敗する絵をわざと作った」

「発言だけで結論付けるのか」

「発言の直後に、防災無線ジャック、複数の叫び、ネズミの暴走、群衆流動の偏り、救援車両の捕捉、二次被害の増加が起きてる。綺麗に並びすぎだろう、少なくとも何かやりやがったのは確かだ」

「そう見える、で終わる話では? 奇跡的な最悪の連続。むしろこちらの方が分かりやすい。人の悪意でどうこうなるような規模ではないでしょう。みんな、自分の意思で避難を選んだんです」

 法務担当が反論する。資料を閉じたまま、閉じた資料をさらに押さえつけるような手つきで続けた。

「防災無線のジャックは公的設備の不正利用、通信系統への不法介入、災害時情報の無断送出。このあたりで立件できる。
だが、その先はどうします? 避難した市民が渋滞を作りました。ネズミが走りました。誰かが叫びました。ヒーロー到着が遅れました。その果てに死傷者が増えました。
その全部を一人の人間の“嫌がらせ”に法的に乗せますか、裁判所で笑われるだけです」

「笑われるのは、今この状況だろうが」

 吐き捨てたのは交通の制服警官だった。彼は現場で車列を見ていた人間らしく、言葉が整っていない代わりに生々しかった。

「救急が入れない。支援車両も止まる。誘導しようにも前にいるのは避難してる一般人だ。退けとは言えない。率先して避難を選んだ人達はどういう人間だと思う? 守る者がある人達だ。在宅医療が必要な家族や、子供連れが多かった。
逆走させれば別の事故だ。ようやく道が開いたと思ったら、次は別ルートから流れてくる。あれが自然発生なら、俺は今後の災害対応全部を書き直せって言う。
真面目に逃げた人間の群れが、こんな綺麗に救助の首だけ絞めるかよ」

「落ち着いてください。問題は二つある。ひとつは、意図があったか。もうひとつは、それを証明できるかです。
前者については、私は“あった”寄りです。後者については、現状“弱い”」

「弱いままで済ませるんですか? それは見逃すことと同じでしょう」

 若い公安の人間が言った。勢いはあるが、声量は抑えている。抑えている分だけ、腹の底で怒りが煮えているのが分かる。

「この件の一番厄介なところは、あいつが何をしたかじゃない。何が“嫌がらせ”になるか、理解してることだ。
人を何人か傷つけるより、ヒーローが人を守れなかったように見せるほうが長く効く。
避難放送は人命のためにある。避難は正しい。正しい行動をさせて、その結果で信頼を削った。こんなの、思いついても普通はやらない。やってること自体は地味だからな、意味が分かるやつだけがやる。火継は性格が悪過ぎるな」

 皮肉を混ぜた言葉に正面の席の男はすぐには反応しなかった。机上の資料の一点を見ていた。その視線の止まり方からして、考えているのは数字ではなく、人の顔か、報道の見出しか、そのあたりだった。

「死者数の増分」

 危機管理の担当が、静かに告げる。

「一次崩落と後続の大規模攻撃のみで推定される範囲を上回っています。もちろん推定は推定です。
だが、現場にいた者の密度が高すぎた。避難が始まったことで、もともと散っていた人がひとつの導線に集められた。そこへ攻撃が重なった」

「偶然、ですか」

 誰かがそう言って、それきり黙る。法務担当が息を吐いてこたえた。

「偶然かどうかではない。“偶然だった”と主張されれば崩せるということだ」

 その一言は、部屋にいた全員の神経を逆撫でした。
 捜査をする側にとって、最も腹立たしいのは無罪ではない。分かっているのに、崩せないことだ。
 しかも今回は、悪意の中心にいるはずの人物が、直接には小さな違法しか残していない。

「現時点で整理する。第一に、防災無線ジャックは確定。
第二に、混乱の発端は複数の叫び声と、同時に走り出したネズミである可能性が高い。
第三に、叫んだ主体は不明、ネズミも繁華街由来で説明がつく。
第四に、避難のために動いた一般人の流れが、結果として後続の攻撃被害を増幅させた。
第五に、救助と搬送の動線が一般車両により不自然なまでに阻害された。
第六に、これら個別事象を一本の因果で火継へ直結させる証拠は、まだない。以上だ」

「“まだ”ね。私はそこに反対しません。ただし、評価文言には気をつけるべきです。
“火継がやった”と決め打つ報告書を内部で回し始めたら、そこが隙になる。やるなら、“火継周辺の敵対的意思により発生した可能性の高い複合的妨害事案”くらいが限度でしょう」

「長いな」

「長くなります、短くすると嘘になるので。嘘は火継への援護になりますよ。あいつはこういうものを利用するのが上手い。それが今回、分かりました。あいつは『性格が悪い』。例え捕縛が成功して裁きの場に引きずり出しても、そこを突かれます」

 しばらく沈黙が続いた。
 モニターには、赤と黄の線が絡まり合うように表示されている。事件前後の避難車両の流れ。救援車両の停止。人の密度。現場写真。転倒者発生地点。どの線も、何も可笑しくない。ありえる程度の混乱と、人為的ミス。それらがひとつひとつリカバリーされないまま、最も最悪な方向に足並みを揃えて行進した。
 交通の制服警官が、資料ではなく床を見るようにして言う。

「俺は現場上がりだから、理屈は専門じゃない。
ただな、あれは“運が悪かった”で片づけるものじゃなかった。人ってのは混乱すると汚くなるもんだが、今回は違う。真面目に指示を守って、真面目に退避して、真面目に動いたやつから詰まっていった。
嫌がらせってのは、もっとこう、幼稚なものだと思ってたよ。標的に石を投げるとか、壁に落書きするとか。ヴィランがやるのなら、それこそ民間人を人質に取るとかヒーローへ攻撃するとか。でもこれは違う。嫌がらせで、人の社会性そのものを使うやつがいるんだな」

 その言葉を、誰も軽く扱わなかった。火継が何をしたかではなく、何を知っているか。そこに話が戻る。

 彼はヒーローが何を痛がるか知っている。
 市民が何に従うか知っている。
 どこまで正しければ疑われにくいか知っている。

 だからこそ、崩落それ自体ではなく、避難勧告を“あえて危険なことにする”のだ。
 現場で処理できる程度のものを、公に危険として鳴らし、人の流れを生み、その流れごと後の災害へ差し出す。
 人死にそのものより、守れなかった記録を残す。そのやり方の悪辣さが、資料の上ではなく、部屋の空気の方へじわじわと広がっていた。

 監査官が再びタブレットを見た。新しい通知が入ったらしい。彼は数秒だけ無言になり、そのあと視線を上げた。

 

「途中ですが、新しい情報が入りました」

「何だ」

「TRACE-0の協力で新たな情報が入りました」

 数人が同時に顔を上げた。TRACE-0という単語に、この場にいる人間の受け取り方は揃っていない。だが、揃っていないということ自体が、その名前の持つ重さを示していた。

「TRACE-0? あれだろ、アメリカの……“行方不明者捜索専門チーム”。そこから何の情報が入るんだ」

「八年前の、轟家三男行方不明事件です」

 会議室の空気が、今度は別の意味で止まった。
 先ほどまでの議論とは種類の違う緊張が、紙の間をすり抜けて一気に広がる。轟。いまのNo.1ヒーローの姓だ。それをここで出すこと自体、場の重心を変えるのに十分過ぎる。

 監査官は一度、喉を鳴らした。読み上げるその一瞬だけ、言葉に慎重さが混じった。

「火継は、『轟 陽火』である可能性が高い」

 誰かが椅子の背にもたれた。誰かが手元の資料を閉じるのを忘れたまま止まった。配布されたタブレットには新しい資料が送られている。

 八年前に行方不明になった、少年の顔写真。火継の写真と並べられたそれは、あまり似ていなかった。
 似ていないが、別人ではない。整形ではないだろう、成長の過程で、幼少期から少しずつ顔つきが変わった。並べて、そういう視点で見たら理解できる。そういう変化だ。

 毎年更新される現在の年齢を加味したモンタージュも、“双子の弟”を元にして制作されたものであり、これも似ていなかった。
 『双子』というバイアスが『成長によって顔が変わる』という可能性を潰したのだろう。尽く、最悪だった。

 別の誰かは、反射的に「は」とだけ息を漏らしたが、それ以上は続かなかい。最後に、会議卓の端にいた一人が、頭を抱えて吐き出すように言った。

「なんなんだよいったい……」

 すぐには誰も言葉を継げなかった。混乱というより、計算が狂った時の沈黙だった。

 火継が危険かどうか、嫌がらせをどう罪として立証するか、その話をしていたはずが、突然、その中心にNo.1ヒーローの家族が差し込まれた。

 しかも八年前の失踪児童。つまり、やはり未成年だったか、という予感を裏書きする情報でもある。

 公安の一人が最初に立ち直った。疑うために戻ってきた言葉だ。

「その情報は信用に値するのか? 向こうの専門チームがどういう根拠で言っている」

「照合根拠の詳細はこれからです。ただ、先方は行方不明者捜索に関して相当の実績があります。
来日して以降、既に二件の行方不明事件を解決している。“白金澄ヶ丘区幼児略取事案”“沙羽良市夫婦失踪事件”。二件とも十年以上前の事件です。彼らの情報は軽く扱うべきではありません」

「逆だよ。ここで扱うには重すぎる、いきなり横っ面をぶん殴られたようなもんだぞ。心の準備をくれよ」

「同意する。だが、無視できるものではないだろう、信頼性が高いから困るんだよ」

 年嵩の警察官がそこでようやく深く息を吐いた。疲れの混じった息ではなく、状況が一段悪くなった時に漏れるものだ。ひとつ息を吐き、そして顔をあげる。

「漏らすな」

 それは命令だった。強くはないが、拒否の余地のない言い方だった。

「この情報はまだ外へ一切出すな。内部でも必要最小限だ。確認が済むまで人の口に乗せるな」

「ですが、もし事実なら」

「もし事実でもだ」

 そこで初めて、彼は声を少しだけ強めた。

「いまのNo.1ヒーローはエンデヴァーだ。
No.1ヒーローはそれだけで人々の希望になる。オールマイトを失ったばかりの今、“可能性”であろうとも市民にその情報が漏れたら日本は内から崩れるぞ。
No.1ヒーローは、問答無用で正義じゃなきゃいけないんだ。その子供がヴィランだなんて、誰も許さない」

 言い切ったあと、彼は少しだけ俯いた。
 その言葉の中に、正論と、願望と、脅しに近い現実認識が全部入っていたからだ。

 誰も反論しなかった。反論できないというより、その通りだと全員が分かっていた。

 火継が何者かという問いは、ここで単なる捜査対象の話ではなくなった。ヒーロー制度そのものの話になる。

 象徴が壊れたばかりの社会で、次の象徴の家から“救えなかった我が子がヴィランになっていたかもしれない”という可能性が漏れる。
 その時、市民が最初に失うのは冷静さだろう。その次に失うのは信頼だ。最後に何が残るのか、この場にいる誰も楽観していなかった。

「冗談じゃないな。嫌がらせどころじゃ済まなくなる」

「……だから、奴は理解しているんだろ。何が“嫌がらせ”になるか」

 その言葉は誰に向けたものでもなく、しかし場の中心にまっすぐ落ちた。
 火継が今回やったことの悪質さが、そこで別の光を帯びる。

 ヒーローへの嫌がらせ。制度への嫌がらせ。市民の信頼への嫌がらせ。そして、もし本当にその出自が正しいなら、自分を産んだ側の世界への嫌がらせ。

 そこまで見通した上で、あのやり方を選んだのだとしたら、最初に思われていたよりずっと質が悪い。もし仮に、今与えられたこの情報が確かなら​───────

 火継は、理解しているのだ。ヒーローの子供として、ヒーローが“何が一番嫌なのか”。それを正しく学習し、そして最大限活用できるようになってしまった。
 元からの素質か、誘拐されてからの年月で植え付けられたものかはまだわからない。それでも、最悪は常に更新されていく。

 資料の上では、交通導線、救援遅延の時系列、ジャックされた放送文、死傷者一覧、そして新たに追加された情報が、同じ場所に並んでいた。まだ線では結べない。結べないのに、もう無関係ではいられないものばかりが整列している。

「この件は二本立てで追う。
ひとつは、現場混乱と救援阻害の因果関係の精査。防災無線ジャックを起点に、複数の叫び、ネズミの発生、車両流動、攻撃被害との重なりを洗う。
もうひとつは、火継の身元情報の裏取りだ。どちらも急げ。ただし先走るな。思いたくなる形に答えを合わせるな。証拠で詰めろ。……だが」

 そこで一瞬だけ言葉を切る。

「証拠が揃う前でも、備えだけはしておけ。これはもう、子供の“嫌がらせ”では済まない」

 誰も返事をしなかった。必要がなかったからだ。
 何も片づいてはいない。むしろ、やっと本当に始まったのだと全員が分かっていた。資料を閉じる音が、誰の耳にもやけに大きく聞こえていた。


【未解決】ゆっくり解説【事件】