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なんスかこの高そーな紙。と聞かれたので、オクタヴィネルの新寮長が広義の意味で幼なじみだったことを伝えると、ラギーは「はあ!?」と大きく威嚇音のよう声を出したあと、「じゃあオレ助け損だったじゃないッスか! あのあとめっちゃ絡まれて大変だったのに!」と浴びせかけるような勢いで叱られた。

「言わなきゃ分からない! どんだけ甘やかされてきたかしらねえッスけどね、オレはあんたじゃないんだから言ってくんないと分かんねーの! ふわふわぼやぼやなんとなぁくで流して上手くやってきたんでしょーけど、ここではそう上手くいかねえから! オレだって狡猾でこわあいハイエナっスよ。ナマエくんみたいなおバカさん、油断した隙に身ぐるみ剥がして捨てちまいますからね!」

「いつも俺の事を気にかけてくれてありがとう。本当に良い友達をもてたと思ってる」

「あ”ーやだやだ! なんでこんなのと同室なんッスかね! あんたにも言ってますからね、バオウくん!」

「ラギー、うるさい」

「ヴヴヴヴゥ~~~!!!!」

ラギーは感情表現が分かりやすくて魅力的な男だ。俺たちはあまり表情が動かないタイプなので、彼のような同室者がいてくれて助かっている。とりあえず怒らせてしまったので、バオウと一緒に手持ちの食い物を「お食べ」「やる」と与えると、にっこにこしながら自分のベッドへと運んで行った。微笑ましい。これで少しでも太ればいいと思う。俺もミドルスクールの時はもう少しいい感じに肉がついてくれないかと頑張ったが、親父譲りの身体では筋肉しかつかなかった。太れない悲しみはよく分かる。俺もバオウくらい肉感的な美形だったら人生変わってたかもしれない……。と言うのは、高望みが過ぎるか。

NRCの治安は終わっているという前情報通りに、下克上! 殴り合い! 惨憺たる有様! という事実が転がっている。サバナクローも副寮長が寮長に対し下克上を試みて瞬殺されたという。寮長は式典の時は遠くにいたし、新入生オリエンテーションの時も副寮長に任せてどこかに行っていたので会っていない。ラギーは副寮長敗北の隙を見て「甘い汁すすりに行ってきます!」と寮長のお付きのようなことをやりに行っていた。それでうまいことやっているので、生きるのが上手なやつだと思う。
サバナクローの寮長、レオナ・キングスカラーは第二王子様だと聞いた。これが世界各地から人を集めた結果なんだろう。すごいな。王子様なんて実在するのか。……いや、するよな。あまりにも自分から遠過ぎて現実味がない。
さぞかし美しい人なんだろうな。いつかお会いしたいものだ。ちょっと前まで生きるのに必死すぎて知らなかったが、俺という人間は面食いらしい。美しい人を見ると嬉しくなる。今だってバオウにうっとりしてる。でかい、つよい、かっこいい。理想的だ……。

ああ、でも一番綺麗だったのはあの子だったな……。

タコの人魚、アズールの昔の姿を思い出して目頭を抑える。俺の文字が汚かったばかりに、意思疎通を失敗して……。その間にきっと辛いことがあったんだろう。あんなにむちむちで、ふわふわで、海の魔女みたいにミステリアスで、触るとふかふかしてて、吸盤がセクシーで、頬がぷっくりして愛らしくて、奇跡みたいな美少年だったのに……。それがあれになるなんて、何があったんだろう。一族みんな潮に攫われて離ればなれになったくらいのストレスがないとああはならない。
寮長交代をして、正式に出禁が解除されて、わざわざ手紙までくれたのに足が向かないのはそこが怖いからだ。俺は彼にどんな言葉をかければいいんだろう。

ナマエくん、クエとってきて欲しいッス。出禁解除されたんでしょ、幼なじみなんでしょ。あのでっけえ魚、スカラビアで干してうちに送ったら喜ばれたんでまた頼みます」
「う~ん」
「ラギー、少しは対価を払えよ。ナマエが困っている」
「捌くのは全部オレがやるから実質等価交換ッスよ。ほぼ自分とおなじ大きさのやつ解体してるんだから褒められたいッスね! オレの取り分4割でいいっスよ!」
「ああ、それは良いんだが……」

俺がうんうん唸りながら悩んでいると、ラギーはバオウから貰ったばかりのドーナツを食べながらトコトコやってきて普通に脛を蹴りあげてきた。悪意がない暴力というのは、この学園にきてはじめて知った概念だ。「おいちょっと話聞けよ」くらいの感覚で人って暴力振るえるんだな。じゃれてるみたいなもんだから痛くないし良いんだけど。

ナマエくん、余計なこと考えて勝手に納得してうまいこと勘違いされて許されてきたタイプっぽいけど、オレは許さないッスよ。なんか悩みとかあるなら相手にちゃんと聞かないと、考えたって正解出ないでしょ。行ってきて。オレの飯とってきて」

「ラギー……お前……」

「なんスか。怒りました?」

「ほんとに優しいやつだよな……。こんなに親身になってくれる友達、初めて出来た」

「あーなんか全身痒! ノミ!? もうやだナマエくんと話してると痒くなる! 飯とってくるまで出てって!」

バオウが小さく「ツンデレってやつらしいぞ」と教えてくれた。そうか、ラギーはツンデレ……。ぐいぐいと背中を押され、自前の漁の道具も渡される。
「なんか釣ってくんの」と話しかけてきた同級生に「オクタヴィネルに……」とだけ言うと、「おい魚パーティやるって!」と一瞬で話が盛られた。もう逃げられない。

行くぞ。行くぞ。気合いを入れて鏡舎に向かい、オクタヴィネルに繋がる鏡を通ろうとしたその時、腕を掴まれた。

「なっつかしい! わしの爺さんの時代のやつじゃの、ちょっと見せてくれ」
「…………誰?」

影に隠れて見えなかったが、小柄な生徒が俺の腕を両手で掴んで刺青をじろじろと見ていた。興味本位というか、本当に言葉のままに「これ昔見たなあ」というような好奇心からの行動に見える。少なくとも悪意は無さそうだ。

「ディアソムニアのリリア・ヴァンルージュという。ほんほん、ふーん、へえ~~」
「背中をめくるな」
「足も?」
「足からいれる」
「ちょっとわしの部屋で全裸にならんか?」
「いやだ」

え……なに……この人……。
俺よりだいぶ小柄だが、たぶん強いんだろう。これが……男子校特有の……気をつけろと言われていたアレ……? 不純同性交友……?

「お、……リリア先輩、どうしました」
「ああシルバー。懐かしいものを見つけてのう」
ナマエがなにか?」

同じ寮だから付き合いがあるのだろう。シルバーがこの人を探しに来たみたいだ。というか、この人は先輩だったのか。俺の手を掴む力が緩んだので、シルバーの後ろに下がった。

ナマエ? どうした」
「……部屋で全裸になれと言われたが、シルバーは大丈夫か? なにか無理を強いられていないか?」

こいつ、ぼんやりしているところがあるから心配だ。そう思って確認すると、俺が見た初めての俊敏さでリリア先輩をみて、頷かれ、俺に視線を戻し両肩にドンと手をついた。

「……悪い方では、ないんだ。く、詳しくは確認後報告する! すまなかった、行っていい。あとは俺が対応する……!」
「あ、ああ……」

「またあとで部屋に招待するぞ~~」
「リリア先輩向こうで詳しい話をお聞かせください」

本当に大丈夫だろうか。親しい関係ではありそうだけど……。一体、なんだったんだ……?