芽森ㅤ綴莉という女の話をしよう。

本当に怒ってないし、大体の人間のことが好きだし、常に善意100%です。


あ、起きた?ㅤおはよう。ふふ、起きたら知らない場所にいたらびっくりしちゃうよね。わかるよ。ここはねえ、私の仕事場の一つだよ。知らない?ㅤうん、あんまり人には教えてないところだから。ここに来るお客さんはね、来たことを秘密にしておきたいって人が多いの。だから私も言わないようにしてるんだ。危ないものは置いてないから、リラックスしてていいよ。横になったままでいいからね。それに、まだあまり動けないでしょ?ㅤどうしたの、顔が強ばってるよ。寒い?ㅤ暖房入れようか。毛布でもかける?ㅤいらない?ㅤそっか。ほしいものがあったら言ってね?ㅤ用意するから。どうせなら快適に過ごしてほしいもん。しばらくいてもらうことになるし……。期間はまだ言えないなあ。どのくらい時間がかかるかわからないんだ。今までやったことないから……なるべく早く終わらせてあげたいとは思うよ。え?ㅤああ、何をするか言ってなかったね。君に私のことを教えてあげようと思って。だって知りたかったんでしょう?ㅤ私のこと。ゴミを漁ったり、写真を撮ったり、盗聴器に、監視カメラもあったっけ。よく部屋に入れたねえ。あのマンション、結構警備もしっかりしてたと思うけど。君の個性なのかな?ㅤ便利な個性だね……ああ、怖がらないでいいのに。別に怒ってないよ?ㅤ何がいいのかはよくわからないけど、君にとっては必要なものだったんでしょう?ㅤそれに君だけじゃないし……いくつあるのかなあ、ちゃんと数えたことはないんだよね……知らない間に減ったり増えたりしてるんだろうな。まあ、好きにしてくれていいんだけど。うん、本当に怒ってないよ。怒ってはないの。でもね、ちょっと困ってはいるかなあ。私に対しては好きにしてくれていいんだけど……周りの人を巻き込むのはね、やめてほしいな。単純に疑問なんだけど、どうして私の周囲に関わろうとするの?ㅤ興味があるのは私だったなら、最初から私に向かってきた方が効率的じゃないかな?ㅤお話したいならいくらでも付き合ったし、遊びたいなら一緒に遊んだよ。君と同じ種類のものかはわからないけど、好きだよって言ってあげることもできたのに。うん、好きだよ?ㅤ基本的に人間のことは皆好き!ㅤ仲良くなろうとしてくれる人はもっと好きだし、仲良くなれた人はもっともっと好き!……仲良くなろうとしてくれる人は結構いるんだけどね、ちゃんと仲良くなれる人は少ないの。だから大切にしたいと思ってるんだ。いちばん大好きな人は特に。そうだよ。君が掴みかかった彼。どうしてあんなことをしたの?ㅤまっしろくんは何もしてなかったのに……とっても悲しいな。まっしろくんはね、私みたいなのに付き纏われても受け入れてくれるような、凄く優しくて大らかないい人なんだよ。だから幸せになってほしいし、なるべく迷惑もかけたくないの。私が傍にいる時点である程度負荷はかかってそうだから、それ以外のことはできるだけ取り除いてあげたいなって思うんだ。次会った時はもっとちゃんと謝らなきゃ。多分怒ってないし許してくれると思うけど、私のせいで巻き込んじゃったもの。掴まれたところ、赤くなってないといいな。冷却効果のあるジェルとかお詫びに持っていこうかな?ㅤどう思う?ㅤああ、ごめんね、怖がらせちゃったね。責められてるように聞こえた?ㅤそんなつもりはなかったの。むしろ反省しているんだよ。君はあんなに私に興味を持ってくれてたのに、私が何も返さなかったから、心が落ち着かなくなっちゃったんだよね。君の気持ちに対して不誠実だと感じたんだと思う。ごめんね。だから、今度こそちゃんと「お返し」しようと思って。そう、言ったでしょう。私のことを教えてあげる。余すことなく全て。あ、笑った。嬉しい?ㅤ良かった!ㅤ喜んでもらえるなら私も嬉しいよ。ああ、起き上がらなくていいよ。指一本動かす必要もないからね。どうしてって、これから君にはもう一度眠ってもらうから。じゃないと私の個性が使えないし。そう、よく知ってるね。私の個性。人の記憶をちょっと読ませてもらう個性。ところでこの「本」、誰の記憶だと思う?ㅤとっても分厚くて重いこの「本」。うふふ、実は私のなの。他人の記憶は意識がない時にしか取り出せないし、一週間分しか読めないんだけど。自分の記憶は好きな時に取り出せるし、最初から全部読めるんだ。最初から。私が生まれてから、今に至るまで。つまりここには私の全てが載ってるってこと。私のことを知るならこれ以上のものはないでしょう?ㅤこれはね、自信を持って言えるよ!ㅤ結局何をしようとしてるのかって?ㅤそういえばちゃんとした説明はまだだったね。簡単なことだよ。今から君の「本」に、私の「本」の中身を全部書き写してあげる。どれくらいかかるかなあ。流石にこの量を書き込むのは初めてだから、結構かかっちゃうかも。その間寝たきりになっちゃうのはごめんね。大丈夫!ㅤちゃんとケアしてくれる人も用意してるし、肉体の衰えも防ぐようにするから。そういう個性を持ってる人がいるの。だからここに運んできたんだよ。……?ㅤどうして怯えているの?ㅤ謝らなくていいよ。私のことが知りたかったんでしょう?ㅤ君の望みが叶うのに。あ、自己への心配かな?ㅤ確かに君自身がどうなっちゃうかわからないもんね。でもそれってわくわくしない?ㅤ目が覚めた時君がどんな君になってるか、私は興味あるなあ。今のままかもしれないし、全く別のものになってるかも。それとも「私」になっちゃってたりして。うふふ、最後のだったらいっぱいお話してみたいな。まっしろくんが自分自身と会話してるの見て、ちょっと羨ましかったの。だって自分なら、どんな話をしても大丈夫だから。人の心って結構脆いでしょう、悲しいことだよね。色々言ったけど、勿論どんな君でもいいよ。全部終わったらお祝いをしよう。ケーキも買っておこうね。何が好き?ㅤうーん、目が覚めた後聞いた方がいいか。そうしようね。ああ、泣かないで。自己の崩壊は一つの死だから怖いのかな?ㅤじゃあ今の君は私が覚えておくよ!ㅤそれなら安心でしょう。ほら、私はいつでも自分の記憶を読み返せるから。人は二度死ぬって言うよね。一度目は肉体の生命が尽きた時。二度目はその人を覚えてる人が誰もいなくなった時。私、この言葉がとても好き。だって私が覚えてる限り、その人は私と一緒に生きてくれるってことでしょう?ㅤ私の記憶の中にいる誰かは、壊れずに離れずに、私の傍にいてくれるの。凄く素敵なことだよね。だから私、今まで会った皆のこと、ずっとずっと覚えてるんだ!ㅤ大丈夫だよ。今の君は死なない。私が覚えていてあげる。死ぬまで忘れないからね。約束!ㅤ小指借りるよ。ほら、指切った!ㅤうふふふ!ㅤなあに、眠くなってきた?ㅤ一応飲ませておいた睡眠薬がまた効き始めたんだね。眠るのが怖い?ㅤじゃあ手を握っててあげる。大丈夫、傍にいるよ。書き終えるまで何度でも会いに来るから。どんな君が目覚めても、抱きしめてあげるからね。それじゃあ、おやすみなさい。 
 

わっふるさんからいただきました!

胡乱な女の情報を引き抜くことにより、本編に出してもいい形にしていく戦法である。今度出ます(予告)。
まっしろから男主へ報告がきて(プライベートだけど危険事態ではあったので連絡を入れる根がまともな男)、ストーカーはアシッドアタックとかしてきて危ないからちゃんとぶち込もう? と弁護士の伝手を手土産に様子を見に来るも、この胡乱な女は「大丈夫! もう“私”にしたから、仲良くしてるよ」とか訳わかんないけど多分怖いことしたな……ということを言う。こいつはそういう女だ。そして男主はわかんないけど、大丈夫そうならいっか……と飲み込む。詮索せずありのまま受け入れるせいで変な人にとって居心地の良い男。