タルト・タントラム

 「こんなところにあるんじゃねえ!」と、いつもと同じところにあるソファを蹴っ飛ばしてから、斜めにズレたそれにドスンと寝っ転がる弔くんを、少し離れたところから眺める。

 弔くんが不機嫌なのは、まあいつものことだ。
 先日は外に出ようとした瞬間に太陽が眩しくて、目がしみしみ。イヤ! と露骨に機嫌を悪くしていた。
 わかるよ。俺もわりと目の色素が薄い方だから、日差しがやけに刺さる日はある。痛くて嫌だよね。サングラスとかおすすめだよ。と、その程度で済んだ。今日の不機嫌はそれよりはもう少し分かりやすい。
 イヤイヤ期の子供を相手にするみたいな推理力なんて発揮しなくても、原因が見て取れるやつだ。月イチで発生する、例の搾精の日が終わったらしい。

 “先生”とドクターという邪悪な存在が行う、未来へ向けた個性ガチャ。
 月に一度、ドクター管轄の悪の組織で、なんかひどい目に遭わされて帰ってくるのだという。可哀想に。
 とはいえ、本人には自分がひどい目に遭っているという自覚がない。だから俺も何も言えない。

 あなたは酷いことをされていますよなんて、どうせ外から口にしたところで俺が止められるような話ではない。
 止められもしないくせに、安全圏から正論めいたことだけ投げつけても、弔くんのメンタルが荒れるだけで誰も幸せになれないはなしだ。

 なので俺ができることといえば、そっと美味しいものを横に置くくらい。
 これ最近流行りのケーキ屋さんで買ってきたフルーツタルト。お食べよ……。
 放り出すように伸ばした手元にそっと寄せた瞬間、ひったくるみたいに掴んでガツガツと食べ始める。繊細な見た目を楽しむ気はまるでないらしく、口の周りを汚したまま起き上がって、「これなに。もっと寄越せ」と当然のように手を伸ばしてきた。おかわりもあるよ、お食べよ……。

 渡したフォークを無視して手掴みのまま食べ続けていたが、そのうち少しは気が晴れたのか、さっきまでの刺々しさがいくらか薄れた。
 猫が毛繕いでもするみたいに指先をぺろぺろ舐めながら、ジト……と部屋の中を見回している。
 視線が止まったのは荼毘くんだった。
 最初からずっとそこにいたのに、さっきまでは完全に視界に入っていなかったらしい。

「お前もいいよな」
 何かに気づいたみたいな顔で、ぽつりとそう言う。
「おい、荼毘。お前も出せよ。お前もアタリ個性だろ。精液寄越せ」

 とんでもないこといってる……。

 突然えげつないセクハラを受けた荼毘くんは、ぼんやりと固まっていた。ローディング中の顔してるな……と思った次の瞬間、ようやく弔くんの言葉の意味を理解したらしい。

 「あかりくんが俺の中に出すやつか」と妙に納得した声を出す。

 え、いま流れ弾で俺のこと撃った?
 やめてください、スキン付けています。セーフセックス…… と俺が内心ぞっとしているあいだにも会話は進み、「残念、全部燃えてるから何も出ねェよ」と荼毘くんは当たり前のことみたいな調子で答えている。

「燃えてるってどういう……」

 意味が分からないままノコノコ近づいていった弔くんに対して、口で説明するのが面倒になったらしい荼毘くんは、さっさとベルトを外して現物を見せる。
 それを見た弔くんは「うわ、グロ。キショ。近づくな」と一瞬で罵倒に切り替えた。近づいたのは弔くんの方だし、無茶な要求をしたのも弔くんです……。

 罵倒したあとも、弔くんはもう一度だけ覗き込んで、「なんもねえ……女?」と首を傾げた。「昔はあったぜ」と荼毘くんがどうでも良さそうに返すと、「キショ……」と心底嫌そうな声が落ちる。

 なんだかんだで二人とも結構仲良くなったな……と、俺が少しほのぼのしていた、その時だった。
 弔くんがこっちを見て、「ごめんな、お前のはザコすぎるから要らない」と言った。謝られた。弔くん、謝れるんだ……。しかもそのレベルで俺のはいらないんだ……。いや、別にあげたい訳じゃないんだけど。
 なんかこう、断られて当然のものを先回りして断られたみたいで、地味に腹が立つ。なんだこの気持ち……。

 俺が微妙な気持ちを抱えていると、チリン、と気の抜けたドアベルが鳴った。
 顔を上げるより先にドアが開いて、人がひとり入ってくる。勝手知ったる様子の足取りだった。任務を終えて帰ってきたコンプレスが、「定期連絡にスタンプ連打するのやめて」と速攻でクレームをつけてくる。わかる、連打されると情報が流れるから困るよな。

 文句を続けようとするミスターの言葉を遮って、弔くんが「おい、お前の精液寄越せ」と、あらゆる前提を省略した要求を投げつけたので、俺はすかさず「ミスター、気をつけて! デスサキュバスです」と注意を促す。討伐できないイベント戦だよ、逃げて!

「DEATH SUCCUBUS!?」
「こわいね……」

 なお、促したところでどうしようもないので、あとは個人間交渉でなんとか断ってください。リアルでこんな漫画みたいなこと、あるんだなあ……。