ヴィラン連合のBARには、いつも誰かがいる。今日も例に漏れず、夜の店内には燻るような静けさと、妙に人の気配の濃い空気が満ちていた。人が集まるのは定期連絡と顔見せ、あと俺による無料の食事配給があるためだ。今日のメンバーは弔くんとスピナー、俺と荼毘くんの四人。
奥のソファでは荼毘くんがリモコンを手に、チャンネルを延々と切り替えていた。「俺は機嫌が悪いし暇です」とでも言いたげな態度だが、俺を置いて帰るつもりはないらしい。弔くんはそんな空気を完全に無視、スピナーは「関わると死ぬ」と言わんばかりに一切目を合わせない。察してちゃんには、厳しい世界だ。
時間になったら帰るからね、と声をかけておせんべいを差し入れすると無言で食べ始めたのでこれで機嫌を直して欲しい。同じように携帯ゲームをしてる2人におせんべいを差し入れすると、スピナーは「お、サンキュ」と快活に言ってくれたが、弔くんはチラッとみて「ジジイ菓子」とだけいった。最後は食べるが、必ず文句をつける生き物だ。ふん、おもしれえ男……(すき)。
俺も空いてる席に座ってバリバリかじりながら、ふと聞きたかったことを思い出した。
「スピナー、セクハラしていい?」
「……ダメだ」
なにいってんのこいつ? の顔をして素の否定が来た。そんな……ちゃんとお伺いを立てたのに?
「セクハラくらいやらせてやれよ」
口元だけでニヤニヤ笑っている弔くんが、横からタイミングよく声を割って入れた。変に無邪気なその顔は、嵐の前で焚き火を楽しむ野次馬のそれだ。スピナーが俺にセクハラされても、弔くんは痛くも痒くもない。なんなら面白いまである。こういう時の弔くんは仲間になると心強いぞ! 敵に回るとおしまいになるが。
ヴィラン連合の中でも割と感性はまともなスピナーが「えっ、えっ」と視線をうろちょろさせている。可哀想に、困らせてしまった。こうなれば仕方ない、俺は覚悟を決めて立ち上がる。やはり1を得るには己も1を失う覚悟が必要だ。
「わかった、フェアでいこう! 俺のちんちん見せてあげるから、スピナーのも見せて!」
「お前の股間に何の価値があるんだよ!? いや、見たがるな人のブツを!!」
「ヘミペニスだったらドエロいなって……」
「お前の性癖どうなってんの!?」
すごい勢いで俺から距離を取り壁に背を預けるスピナー。等価交換だけでは許されないというのか……?
「じゃあ方向性変える、猥談していい?」
「言え」
スピナーが反応する前に、弔くんがニタニタと続きを促した。安全圏から眺める他人の混乱ほど楽しいものはないって、ゲーム中に敵をハメ技でパーティごと操作不能にしてたとき言ってたもんな。
「この前異形型個性の蛇っぽい人とセックスしたんだけど、その人はヘミペニスだったので純粋にスピナーのちんちんもそうなのかなって気になりました」
「人によるだろそんなの……!」
「だから気になって確認を取ろうと思い、セクハラに至りました」
「やめろそういうのホント」
ダメだ教えねえそういうのイヤと、普通にノーサンキューされたので、渋々諦めた。口に出して「しぶしぶ……」と言っておいたら、「お前ほんと……」と言葉にならないドン引きをいただいたが、まあこれは俺が悪いので甘んじて受け止めておく。セクハラ罪は重いのだ。
仕方ないなあとこの話を終えようとしたら、弔くんの「……あははっ」という、いつもよりも軽く心の底から楽しそうな笑い声が聞こえてきた。嵐が来ると知りながら軒先でビールを開ける野次馬のようだ。この爽やかな笑い声はつまり、なにか弔くんにとってのよいこと……その他にとっての悪いことが起こってるフラグ!
「後ろ見てみろ、オニイチャンがすげえ顔してんぞ。報連相が足りねえな。ヤる直前に連絡入れてやれよ、荒れまくるだろうから」
弔くんの笑い声の向こうで、俺の背後に立つ人影に気づいた瞬間、空気がひりついた。
振り向くと、燈矢くんが“何か”に思考を引っかけたような顔をしている。目の焦点が合っていない。
次の瞬間には、彼の口から抑揚のない声がぽつぽつと漏れ始めた。
「あかりくんはまだ子供だからこれって犯罪じゃないか? 児童に対する虐待だろ……………」
年齢的にはそうだね。と言いたかったが、外見は健やかに育ちすぎて年齢不詳になってる俺の実年齢を、弔くんもスピナーも知らない。なのでいつも通りの『狂ったオニイチャンの妄言』だと思って、弔くんは爆笑しているし、スピナーは街中でブツブツ言ってるやつを見る目で限界まで壁に張り付いて距離を取ろうとしている。
「だってあかりくんはまだちっちゃくて……俺がオムツ替えてあげたし、お風呂にもいれてあげたし……さつまいもだって俺がスプーンで潰して……」と、抑揚のない声で繰り返しているから異常っぽいけど、あれは単に自分の頭の中にある『かわいいちっちゃいおとうと』が、自分の知らないところで『大人』の行動を取っていたことに対する適応ができずバグっているだけです。荼毘くんの頭の中には、俺がまだ小さくて、両手で抱き上げて膝に乗せられた頃の記憶で凍結されている。そのまま時が止まっているから、いま目の前で“性の話”をしている俺を理解できず、バグを起こしているだけだ。
いや、別に隠すようなことでもないけど、伝えるような事でもないから何も言わなかったけどさ。門限に間に合えば無罪って拡大解釈して好きに生きていたが、アウトだったか……。
弔くんは実弟監禁キチガイオニイチャンがまた頭バグってること言ってるよと笑いながら荼毘くんを無遠慮に指差しているが、この件に関しては荼毘くんは割とまともな方の思考です。
それでもバグってる様子が面白くてしょうがないらしく、弔くんは俺にはなしの続きをねだってくる。
「お前それ恋人? 経験人数言えよ」
「この環境で恋人は無理でしょ。ええと……」
繰り返すが、別に隠す必要はないと思っているので覚えている人だけ指折り数える。二回以上会ったのは二人、一回だけなのが……六人くらい? だったかな。どうやって会ってるのかって、そりゃSNSとかマチアプとかで年齢指定ない人選んで、俺としては性別とか気にしないから男女どっちでも。相手のNGに引っかかってなければそれで───────
ドンッ!!!
爆ぜるような音とともに、床下から熱が這い上がってきた。壁の一角が炎に包まれ、警報機が耳を劈く。煙が白くたなびき、タイルがぱきぱきと悲鳴を上げる。
「うるせー!」と弔くんが笑い、スピナーは「マジかよ!?」と消火器を引きずって走った。
えっ、この状態を俺が片付けるんですか!? 困りすぎる……。掃除用具買っておいて良かった……。
数時間後、焦げたり粉まみれになってる拠点をスピナーと一緒に片付け、飽きて部屋に戻ってゲームに向かう弔くんを見送り、混乱の中で部屋の隅で壁に向かいながらブツブツ言ってる実兄をそっとして一日の仕事を終えた。
自宅拠点に戻ってもずっと心ここに在らずという顔をしていた荼毘くん……仕事終わりなので燈矢くんに「陽火くんスマホ貸して」と言われて無警戒に手渡した結果、大発火。
「そういう悪いことばかりするなら、陽火くんはスマホだめだから」
淡々と叱る声音で、バッテリーの爆発速度よりも速く蒼炎が溶かし尽くす俺のスマホ。待って!! 俺いま立場的にIT会社社長になってるんで困ります!! それ連合のメイン資金源になってるんでスマホだけは許してください! 仕事の報連相これでやってるんです家電ないでしょヴィラン連合!! 冷静になって!
翌日。黒霧ワープで拠点に降り立った俺は、入り口から一直線にカウンターへ突撃した。朝のBARには、昨日の騒ぎが嘘のような薄ぼんやりとした空気が漂っている。ところどころピンクの粉が残っているが、あれは消火器の中身の拭き残しだ。あとでまた掃除しなきゃ……弔くんがピンクになっちゃう……。
「みて弔くん!!」
「うるせえな四肢もぐぞ」
カウンター席でゲームをいじっていた弔くんが、露骨に嫌そうな顔でこちらを振り向く。俺は勢いのまま彼のパーソナルスペースを破壊し、スマホを突き出した。
「凄惨! みて! みてみてみて」
「眼前につきつけられているので何も見えません 少し引いてください 殺すぞ」
「俺のスマホらくらくフォンにされた」
「あっはっはっはっ!」
「健やかな大爆笑」
弔くんは昨日以上に大声で笑い、カウンターのオシャレ椅子から仰け反りすぎて背中から落ちそうになっている。弔くんの腕を掴んで転がり落ちるのを阻止しながら、らくらくフォン使いにくいよ~~~と訴え続けた。文字が無駄にでかいしどこに何があるか分からないし拡張性が皆無だし要らない機能ばかりで物理的にも容量的にも重いよ~~~!!
「しかもファミリーリンクかけられた。もう悪いことが何一つできない。ヴィランなのに」
「あとで仕事用のやつやるから元気に悪さしとけ」
「弔くん……♡ すきだよ……」
「きっしょ」
型落ちのiPhoneだが、何個か在庫があるらしく適当に持ってけと快く譲ってくれたボス。ありがとう、だいすき……♡ さすがに俺も前世とはいえ社会人経験があるから、いくらヴィランといえども職場から配布されたスマホでマチアプしないから安心して欲しい。このスマホは清廉潔白な存在にするから、悪さはしないんだ。
どうせらくらくフォンには違法改造監視アプリいれられないから、数日後にはしぶしぶ普通のスマホに戻されると思うし。
モジモジしながらマチアプのやりかたを聞いてきたスピナーにオススメアプリとプロフの書き方を教えながら、荼毘くんの混乱がおさまるまでを待つしかない。時間経過でしか癒えない傷ってあるしな。
