あかり教会報誌『ともしびのつどい』No.418

こんにちは、編集部の山本です!
今回は神奈川県在住のTさんから届いた、長年寄り添ってきた幼なじみとの深い絆と、《あかり》によって少しずつ取り戻された日常についてのお話をご紹介しました。

「何もできなかった」と語るTさんですが、あたたかく見守り、理解しようとしていた姿勢そのものが、きっと《あかり》と並ぶ大きな支えだったのではないかと思います。
誰かが笑えるようになること、それを間近で見ていた人が「それだけで十分」と言えること。言葉にすれば一行でも、そこには積み重ねた時間と想いが詰まっていて、読んでいるこちらも胸が熱くなりました。

《あかり》がすべてを解決してくれるわけではありません。
でも、《あかり》があることで、自分と向き合えたり、そばにいる誰かを思い出せたりする。
それがどれだけ大きな「きっかけ」になるか、あらためて感じさせられるお便りでした。

Tさん、すてきなお話をありがとうございました!

どうかこのお話が、あなたやあなたの大切な人の心にも、優しく光を灯しますように。


体験談「気づけなかったけど、間に合った」
20代男性/学生

自分には、ずっと一緒に育ってきた幼なじみがいます。
物心ついたころから隣にいたので、何を考えてるか分かるし、自分のことも一番分かってくれてると思ってました。あいつの個性のことも、自分の個性がわりと相性が良かったこともあって、まあ人よりは分かってるつもりだったんです。

でも、それってただ「近くにいた」ってだけで、本当の意味で理解してたかと言われたら、今はもう、首を振るしかありません。

あいつの個性は「魅了」って言われるもので、本人の意思とは関係なく、周囲の感情や行動に影響を与えてしまいます。
小さい頃はただ「目が合うとどきどきする」とか「気がつくと注目されてる」とか、ちょっと不思議だな、くらいだったんですけど、成長するにつれてどんどん制御が難しくなって、特に思春期に入ってからは、ちょっとしたことで人を怒らせてしまったり、暴力を誘発してしまったり、本人も、周囲もどんどん疲弊していきました。

あるとき突然、あいつが外に出てこなくなって。
連絡しても返事はこないし、家の前まで行っても誰も出てこなくて、何があったのかも分からないまま数週間が過ぎました。
ようやく玄関先で話ができたとき、ドア越しにあいつが泣きながら言ったんです。

「背の高い男の人が怖い。〇〇(←自分の名前)のことも、ちょっと怖くなった。それがいちばんつらい」って。

正直、その言葉が一番きつかったです。
怖がらせたこともショックだったけど、それ以上に、自分は何も気づいてなかったんだってことに腹が立ちました。
何年もそばにいて、何を見てたんだろうって。

あいつが個性で怖い目にあったことも、直接聞いたわけじゃありません。
たぶん、今もちゃんとは話してくれてないと思います。
でも、あいつが外の世界そのものを拒否するようになっていたのは、個性のせいで何かを壊されて、何かを奪われたからなんだろうと、今なら思えます。

そんなときに、あかりに出会いました。

きっかけは、自分の彼女が「これ、おまじないだから」って、中に火みたいなのが入ってるスノードームみたいなものをくれたことでした。
正直、最初はあんまり期待してなかったんです。
綺麗だけどこれで元気が出たら苦労しない、って思ってました。でも、なんでもいいから元気になって欲しかった。彼女だってあいつの友達なんです、今よりずっと子供だった俺たちは、出来ることならなんでもしようといろんなものをかき集めていました。たくさん集めたそのひとつだった《あかり》だけど、あいつは受け取ってそばに置いてくれて、それから少しずつ、ほんの少しずつ、変わっていったんです。

最初は、なんとなく手元に置いてるだけだったのが、いつの間にかそれを見ながら呼吸を整えるようになって、感情が暴れそうなときはそれを握って耐えて、そうやって、自分の気持ちと向き合えるようになっていったみたいです。

「怖さはまだ消えない」って、本人は言ってました。
でも、「《あかり》をみてると、ちゃんと考えられる。落ち着いて、自分がどうしたいか、分かろうとできる」って。

自分には、何もできませんでした。
あんなに近くにいて、毎日話してたのに、助けにも、気づくことすらできなかった。
でも、《あかり》があったことで、あいつは少しずつ戻ってきてくれました。
心の奥の方に手を伸ばしてくれたのが、《あかり》だったんだと思っています。

正直、自分は宗教とか、そういうものにはまったく詳しくないし、何を信じるかっていうのも人それぞれだと思ってます。
でも、あいつが《あかり》を手にしてから、少しずつ笑うようになって、いまではちゃんと「行ってきます」って言えるようになった姿を見ていると、もう、それだけで十分だなって思うんです。

感謝の気持ちしかありません。
本当に、ありがとうございました。