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 みんな怒って無かった。俺の事、嫌いになってなかった。
 夕飯の時にそう言うと、親父とお袋は「だろ?」「良かったわねえ」と笑った。
 人間のことを嫌いにはならなかったみたいだ。同じ村に住んでるイルカの兄弟はナイトレイブンカレッジという陸の学校に通っていたらしい。人魚も変身薬を飲んだら陸で生活が出来る。人間と関わるようになったら、共通語も習って人と話が出来るようになるらしい。
 人間のことが嫌いになってたら、そんな選択肢は無くなっていただろう。

 いつか三人と陸でも遊べるといいな。俺も陸のことに詳しいわけじゃないけど、ミドルスクールに入ったらマジカルホイールの免許をとって、いろんなところに行って調べるんだ。たぶん、楽しいから。

「なあナマエ、友達にはもう言ったのか」
「……だって、喋れない」
「そうか、言語が違うとなあ……」

 もうすぐ俺がこの村を離れることは、まだ伝えられていない。伝える方法がないから。
 怪我が治って怖々会いに行って、三人とも喜んでくれた。でも俺は三人の名前も分からないし、三人もきっと俺の名前を知らない。俺が人魚の言葉を覚えようかと思ったけど、構造的に発音できないみたいだった。そもそも海の中では喋れないか。

「手紙は? 使ってる文字が違うなら教えてもらえばいいじゃない」
「破れちゃう」
「紙に書かなくていいのよ。板に油性ペンで書けば読めるでしょ」
「文字が違うんじゃないの」

 ここまで言って、自分でも気付いた。教えてもらえばいいんだ。「ほら、怪我でも散々世話になったんだ。感謝がてらもう一個面倒かけに行ってこい」と親父に背中を押される。同族がいるのにその発想に至らなかったくらい、彼らは村に馴染んでいた。

 俺の家から少し離れた岬の家に、イルカの人魚たちが住んでいる。最近大きな結婚式をあげたから、まだあちこちにお祝いの花飾りが残っていた。俺が作ったやつも残っている。
 今は丁度いい年代の子供が少ないから、俺一人でたくさん作った。お祝いはたくさんあったほうが幸せになれるっていうから。

「お、ナマエ。どうした? 手の痛いのちゃんと治ったか」
「治った。ありがと」
「傷跡は残ったなあ。ごめんな、もう少し真面目に勉強しとけば良かった」
「ううん、平気。格好よくなっただろ」
「うちの旦那の次にな」

 村でも目立つ美形兄弟はでっかい身体で俺を見下ろしながら交互に話しかけてくる。傷跡を確認され、頭をぐりぐりされ、持ち上げられて振り回される。本題までが遠い。

「……人魚の文字、教えて」

 やっと言えたのは、二人にもみくちゃにされて息があがった瞬間だった。

「『ミドルスクールにいくため、村を離れます。仲良くしてくれてありがとう、また会いましょう』でいいかな……?」

「いや、ダメだ。『耐え難き別れに我が心は千の針に貫かれ千々に引き裂かれんばかり。この痛みこそ愛と名の付くものなのであろう。愛しい君達への想いを残し行く私をどうか許して欲しい。あの月と共に想いは傍に……』かな」

「なにいってるの?」

「気にすんな。こいつはポムフィオーレの呪いが解けてないんだよ」

「なにいってるの?」

 弟の方がよく分からない詩を朗読し始めたけど、兄の方が俺の言った通りの言葉を人魚の文字になおしてくれる。それを見ながら、板に書き写す。

​───────これで伝わるといいな。

「ミドルスクールが終わったら帰ってくるんだろ? 三年経ったら彼らも共通語が分かるようになってるだろうし、また仲良くできるよ」
「そうかなあ」
「人魚は人間より記憶力がいいから、お前が忘れない方が心配」

 浮かばないようにと板に重りをつけて、完成。

「俺、友達に手紙って初めて書いた」

 サヨナラの手紙だけど、また会いましょうの手紙でもある。受け取ってくれるといいなと言ったら、イルカの兄弟はぐりぐりと俺の頭を撫でた。
 こうやって子供扱いされるのも、ミドルスクールに入るまでだ。嬉しいような、くすぐったいような、胸が遠くの方で小さく疼くような感覚。

 引越しまで、あと一週間もなかった。