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殴られたら痛いしむかつくから殴り返して、嫌われるから嫌って、その場限りで馬鹿みたいな話をして笑いあった奴も、次の日には俺の悪口をあちこちに言いふらしてたりする。
 頭が悪いから分からないことも多いけど、マジカルホイールをぶっ飛ばして走れば、嫌なことも全部後ろに吹き飛んで、風の音と排気だけで心のざわつきが消えて、俺にはこれしかないんだなって思えた。
 運転中はひとりが当たり前で、これだけは俺を肯定してくれた。通り過ぎる風だけが、ありのままの俺でいいと言ってくれてる気がした。

 上手く生きられないな、とは思っていたし理解していたけど、だからといってどうすればいいかなんてわからない。
 漠然と「遠くに行きたい」とは思っても、行きたい場所なんてなかった。舐められないように髪を染めて逆立てて、派手な服を着て自己主張して。そして何も無い。はじめっから俺は何も無かった。手に入れたものは敵ばかりだ。

 一人と喧嘩をすればそれが五人、十人と増えていく。面子が潰されたと言って囲んでくる。
 かなわねえからって囲ってボコる方がダセェのに、なんでこいつらは俺より楽しそうに笑って、俺より賑やかに生きていられるんだろうと、何度思っても答えは見つからない。

 タイマンだと呼び出された先で、鉄パイプを不意打ちで頭に喰らって膝が折れた。さすがにここまでの卑怯を受けるのは初めてで、ヤバいと思いながら落ち掛けた意識の向こう側でデカい音が目の前に降ってくる。

 増援か と、顔も覚えてない誰かが怒鳴る。馬鹿じゃねえか。そんな奴いねーよ。背中を預けられる奴も、俺の為に手を貸してくれる奴もいない。俺はずっと一人だったし、これからもそうだ。

 そうだったのに、俺は気が付いたら知らない病院のベッドで寝ていた。
 治療費も全部払われていて、警察も呼ばれていなくて、意味がわからないまま家に帰されて、頭に巻かれた包帯を取れば母さんにもバレない。今日も何も無かったことにできる。

 後から聞いた話だと、俺を助けたのは『ミョウジ』ってやつで、俺を診た医者と同郷だったから融通が利いたらしい。
 助けてなんて頼んでないのに、勝手に手を出してきたらしい。あの時のことも、鉄パイプの感覚以外はよく覚えていなくて、立ち上がって、啖呵切って、そして……背負われていた。
 安定感があった。シャツの背中が俺の鼻血で真っ赤に染まっていて、あたたかくて、眠くて、そのまま落ちた。

ミョウジ

 聞いたことのある名前だった。
 一学年上で、身体中に刺青をいれたヤバい奴。入学早々に当時の番長を殴り飛ばしててっぺんとって、それからずっと孤高の男だ。誰ともつるまず、背中で語る。そこが男らしいとか一目置かれてるけど、実際はどんなやつか分かったもんじゃない。
 すました顔をしてるだけで、一皮剥がせばみんな同じだ。力を見せつけているだけで、殴られたから殴り返しているだけで、なんでお前は慕われて、なんで俺はこうなるんだよ。
 同じじゃないか。俺と同じことをしているだけなのに、なんでお前だけ認められてるんだ。

 どこからどうみたって俺の行動は八つ当たりで、ミョウジが本当に一人で高架下に来たのも、真っ直ぐ俺を見てくる眼も、悪い噂ばかりが広がって嫌な知名度が高いはずの俺の存在自体知らなそうなところも、何もかも気に食わなかった。まるでガキのわがままだ。
 俺の拳は虚勢の塊で、闇雲に突き出しただけのもので、あんなの見切られて当然だ。カウンターが来ると思った瞬間、でかい手のひらが俺の後頭部を覆った。

 そんなことはありえないのに、撫でられたとおもった。そんなことはありえないから、耳のすぐ側で何かが叩きつけられる音と息を詰めたような低い声が聞こえた。目の前にミョウジの顔がある。
 こんなに近付かないと、この人の眼が黒に近い焦げ茶色だなんて分からなかった。そんなことを考えてる場合じゃないのに、真っ先に思ったのはそれだった。

 何もかもわからなくて、答えを求めても「さあな」だなんて流される。ミョウジの左手は俺を庇ったせいで岩にやられて血まみれで、あまりにも意味がわからなくて、おかしくて、信じられなくて、俺は混乱した。
 おかしいだろ。理由や理屈があるはずだろ。無いわけがないんだ。ギブアンドテイクだろ。理由や理屈がないと、誰も助けようとなんて思わないはずだ!
 ずっとそうだった。俺の味方になってくれるのは、いつも母さんだけだった。他人が俺のために、助けてくれるなんてありえないんだよ!

 慌てて立ち上がろうとした瞬間、腹の上に乗られ、両腕を片手でまとめて抑えられた。びくともしない。何も出来ない。俺はそこでようやく、この人が本当に「怖い人」なんだと理解した。

「強いやつが弱いやつを庇うのは当たり前だろうが……」

 憂うような、悲しんでいるような、小さな声が腹の奥まで響く。俺の人生に、そんなことを言うやつはいなかった。強いやつは弱いやつにどんなことをしてもよくて、それが嫌なら歯向かい続けるしかない。
 隙を見せたら引きずり下ろされて、酷い目に遭わされて、俺の大事にしているものも踏みつけにされる。

 この人は怖い人だ。俺が必死になって張り続けた虚勢を、簡単に剥がす。もしかしたらと期待してしまう。もしかして、なんて、期待してしまう。

 もしかしてこの人は、俺が助けてって言ったら、助けてくれんのかな。

 完敗だ。
 これが敗北ってやつなら、こんなのは悪くない。
 責任を取ってくれ。信じさせてくれ。
 夕日の赤に染まったミョウジ先輩の横顔は憂いが滲んでいて、格好よくて、まるで昔見たドラマのワンシーンみたいで、ぶつかり合って理解していく男たちの熱い友情の物語みたいで。ほんとうは、そういうのに少しだけ憧れていたんだ。