ふと横を見ると巨大なガラスの向こうで、沢山のオクタヴィネル生が俺達を見ていて、うっかり泡を吐いた。
なに……? 怖い……。
一番手前でガラスにぴったりくっついて俺を見上げてくるアズールに軽く頭を下げると、向こうも嬉しそうに手を振ってくる。水族館の魚ってこういう気分なんだろうか?
ラギーに頼まれていたクエを仕留めて満足していると、横からフロイドがにゅっと現れて、海水に血が混じるほど新鮮な魚の半身を当然のように押し付けてくる。
そうか……これ……まだ続いてるのか……。
子供の頃からの「半分こ」。あの頃と同じようににこにこ笑っているから、やっぱり好意なんだろうな……。
俺も真似して、ニコ……っと顔を作って、生魚にかぶりつく。しょっぱいし、生臭い。地上に上がってから火を通させて欲しいけど、何らかの善意を踏みにじりそうなので何も言えない。
今日の目的は人魚たちへの挨拶だったから、軽く泳いで終わりにする。フロイドは、俺が泳ぐすぐ横で、ご機嫌にぐるぐる回っていた。
子供の頃と、なんにも変わっていない。……いや、今ならわかる。俺の進路を塞がないように、触れないように、ギリギリの距離感で器用に泳いでくれている。
人魚が人間の動きに合わせるのがどれだけ面倒か、今の俺には想像がつく。それでも彼らは、俺と一緒にいたくて、わざわざ合わせてくれていたんだな……。
「僕達に誤解があったのはジェイドから聞きました。不幸な事故です、お互いに対話が足りなかった。僕達には交流が必要ですよね……」
「うん、そうだな」
「ナマエもモストロ・ラウンジで働こ? ぜってえ楽しいよ。ね?」
「俺は接客業に向いてないからな……。料理も得意なものが偏ってる」
「自分の不得意を告白するのには勇気がいったでしょうに! なんて真摯な方だ。さすが僕のお友達! そんなナマエに特別に用意した仕事があるんです。どうでしょう? 週に一度だけ、今のようにこのガラスの前で狩りをして頂けませんか?」
「週一!!? やだ! 週七で来て!」
「ナマエを安売りする気はありません。せっかくの希少価値を下げるな!」
俺の「運用方法」で言い争いを始められても困る。けど、条件だけ聞けば聞くほど俺の得にしかならない話だった。
漁で得た魚はそのまま全部俺のもの。そのうえでバイト代も出る。提示された金額はどう考えても高すぎる。
「漁の許可も貰えたんだ、マドルまで貰う訳にはいかない」
「は? ナマエ、自分の安売り止めな?」
「貴方の泳ぎには貴方が思う以上に価値があります。貴方がその価値を貶めることはあってはならない事ですよ」
「はい……」
すごく普通に諭されて叱られた。ただ泳いでいるだけなんだが……いや、違うのか? 陸の人間にとっては珍しいだろうし、人魚にとっても「人間の泳ぎ」は面白いのかもしれない。
いや、もしかして泳ぎじゃなくて、刺青の方が珍しいのか。タトゥーをちょこっと入れてるやつは多いけど、俺みたいに足から肩、背中まで全面に入れてるやつは村の人間以外見たことがない。
そう考えていたら、フロイドが突然「そういえば!」と大声を上げた。
「ナマエ、人間殺したの!? 背中に頭蓋骨浮かんでる! 人間殺したら人面魚になっちゃうって、エレメンタリースクールで言われてたの本当だったの?!」
「いや、そういうデザイン」
「素晴らしい! こちらにはいつでも“覚悟”があるぞというアピールですね。さすがです!」
「人間なんて水にしばらく浸けて置いたら動かなくなるのに、偉いねえ」
「俺の全て全肯定してくれててありがとう。そういう意図はない」
「謙虚ですねえ♡」
「オレ、ナマエのそういうとこ好き♡」
「贔屓で目が曇ってる……」
ほんとに、好き勝手に「いい解釈」を付けてくれる。
ありがたいけど、なんか違う。だが反論してもたぶん、もっと盛られるだけなので黙っておくのが正解だろう。
そういえば、今日はジェイドが見当たらない。聞くと「山~」「気にしなくていいですよ。これは罰です」と二人とも悪い顔で笑っていた。山? 罰? わからないが、深く聞くのもどうかと思ったのでそのまま流して、サバナクローに戻ることにした。
モストロ・ラウンジの正式開設は2週間後を予定してるらしいので、俺のシフトはその前に送ってくれるそうだ。シフトと言っても週一なので、本当にこんな厚遇を受けていいのだろうか。そう言うとまた普通に叱られそうなので黙った。
───────
サバナクローの共用キッチンへ向かうといつもより人が多い。
おかえり! おかえり! と俺よりでかい奴らが空の皿を持ってしっぽをぶんぶん振り回しながら迎えてくれる。
……多めに持ってきて良かった……! 本当に魚パーティをやる気でいる……!
「おかえりなさい、釣果はどうっスか?」
防水性のエプロンを引っ掛けて、間切やら刺身包丁やら強めのビジュアルをした刃物を担いだラギーが出てくる。
「二尾」
「上々。解体するから台の上置いて欲しいッス。オレの分確保しといてくれます? あとでスカラビアで干すんで、冷やしといて」
「わかった、頼む」
台の上に一尾持ち上げて置くと、勝手に集まった連中から「うおおー!」と歓声が上がる。
「うるせえ! 手伝わねえ奴は骨と皮以外やらねえっスよ! 調理の方やれ!!」とラギーが怒鳴ると、「フライにしようぜ」「スープの下処理してるから安心しな! 僕は食べられる!」などなど、あちこちから声が飛ぶ。油の匂いと香草の匂い、スープ鍋から立ちのぼる湯気。
さっきまで海の中だった魚が、あっという間に「みんなの晩飯」に姿を変えていく。
ラギーが自分用に切り分けた分の切り身を氷魔法で固めていると、「俺がやる」と肩を叩かれた。バオウだ。
「疲れただろ、シャワー浴びてから戻ってこい」
「助かる」
「早く帰ってこないとミョウジの分の飯無くなるからなー!」 誰かの親しげな笑い声に、後ろ手をひらひらと振って返事をして、一人で廊下を歩いた。
嬉しい。
勝手に口元が緩んで来たから、誰も見てないのにバレないように隠した。
俺、友達、いっぱいだ……。
