獣人には番という運命のヒトを見分けられる───────。
そういう恋愛小説が流行して、小さい頃の私もうっとりと憧れたりした。特に龍人や狼の獣人がヒーロー役で人気で、私もそんな人に突然見染められたらどうしよう! 家族を置いて彼の国についていく覚悟があるかな……なんて、考え込んでは架空の彼氏を振っていたものだった。だってなんだかんだいって家族って大事だし。
そんな私が学園に入学して門をくぐろうとしたその時、背後から「我が番よ!」と声をかけられて、その瞬間いろんなことを想像したのは仕方の無いことだと思う。私が振り返るまでの数秒、恋愛小説にして五冊分くらいの濃厚ストーリーが駆け巡っていった。これはそんな私と、番の彼との思い出話。
王都にそびえ立つ2つ目の城、そうとも謳われる王立学園にユイラ・ワンが入学したのは、国からユイラの父への褒美のひとつだった。学園卒業の称号は子息の箔付けにちょうどいいものだという。
父の武功で賜った準男爵の地位ではあるが、暇があれば返り血まみれで帰ってくる父と兄達は国にとって良いことをしているらしい。ユイラにはわからないが、偉い人達も「あとはもう爵位を上げるくらいしか褒美の選択肢が無いぞ」と困ってしまったようだ。爵位が上がると領地が増えるが、残念なことに領地運営の才能を持つものはワン家にいない。今がギリギリ、村長くらいの立ち位置で上手く回せているだけだ。そもそもが旅の武芸者だった父が成り上がった結果なので、本来なら世襲が可能な準男爵の地位も父の代で終える予定だった。
三人の兄が勝手に武功を上げて各々それなりの権力を持ってしまったので、長男は暫定的に父の跡を継ぐだろうことが決められている。ユイラは貰えるものは貰えばいいのにと思っているが、男の矜持として「パパのお下がりとかダッセェ」というものらしい。長男はよく愚痴っている。それでも引き継ぎの勉強を真面目にやっているので、尊敬すべき長兄だ。
そんなわけで、本来ならとっても偉いお貴族様か、特別な出自の者、もしくは最高に頭の良い人達だけが入れる学園に、とりあえずの褒美として入学許可を出されたのだった。
兄たちは校則を各々3つずつ増やしてとっくに卒業している。ユイラのひとつ上の姉だけが在学中で、休みの度に可愛い制服を見せてくれた。同じ制服を着れるのが嬉しくて、初登校の日は両親の前でくるくる回りながら「似合う?」とはしゃいでしまった。
口数は多くないが褒め言葉は惜しまない父は「可愛すぎて困るな、変な男に目をつけられないか心配だ」と困った顔をしたし、思ったことをそのまま言う母は「私の娘可愛い~! お兄ちゃんたちに似なくてよかった~!」とキャハキャハと笑っていた。兄三人は幼少期は可愛かったが、今はもう「似てる生き物は?」「木と岩と砂」と母に評される姿になっている。母的にはもう可愛くないのだろう、扱いも日々雑になってきている気がする。ユイラとしては、三人とも方向性は違うが整った顔付きをしているし木や岩や砂と言われる個性もチャームポイントだと思うのだが、母の感性にはひっかからないらしい。
ぴかぴかの新しい制服を着て、転移魔法陣に乗って入学式へ。寮生活がはじまるので次に帰ってくるのは夏休みになる。生活に必要なものは全て寮に送られているので、お気に入りの本を数冊だけ鞄に入れて「行ってきます!」と元気に手を振って、ユイラは学園へ続く道へ転移した。ユイラが旅立った後、母が「うれしいけど寂しい」と少しだけ泣いたことは、それを慰めた父しか知らない。
「うう……ちょっとぐらぐらする……」
少し早めに出発したけど、同じように転移魔法酔いをしている生徒がちらほらいる。みんな真新しい制服を着ているから、同級生になるのだろう。「友達になれるといいな」と小さく呟いて、気合いを入れ直して歩き出した。
入学式には偉い人もそうでない人も、自分の足でひとりで学園に向かう。もちろん、偉すぎる人には見えないところで沢山の護衛がついているのだろう。形式だけとはいえ、これが『子供から大人になる』という儀式のひとつだ。
「お姉ちゃん、いるかな」
在校生の中に兄や姉がいる新入生は、門の向こうで歓迎されている。年に数回しか会えなくなっている家族と会えるのは嬉しいし、ホッとするものだ。ユイラの姉が入学した時には、末兄がまだ在籍中だったので「あのワン一族の妹……!?」と無駄に恐れられて中々友達ができなかったと言うので、家族が在籍中だと良くも悪くもあるのだろう。姉はそんなにおかしな行動をしない人なので、ユイラは安心して「お姉ちゃんに会いたいな」とかわいい妹仕草をしていられる。
王都にだけ咲く白い花をつけた祝福の木から花弁が風と共に舞い上がる。乱れる髪を片手で抑えて、「小説みたい……」とうっとりした。まるで恋愛小説の始まりのよう。ヒロインはこういうシーンでヒーローに出会って、二人は運命的な恋に落ちるの。
「我が番よ!」
「へ?」
一瞬、取り留めのない妄想に突然音声がついたのかと思った。それにしては声があまりにも近くて、他の誰かではなくてユイラに話しかけているとしか思えない距離。
途端、ユイラの脳に駆け巡るあらゆる恋愛ストーリー。龍人の王に見染められた平凡な少女、狼獣人に攫われ反発しながらも次第に絆されていく王女、運命の番を探すために旅立つ鷲鳥人の冒険、はわ、はわわわわ!
しかし振り返った先に、声の主が見当たらなかった。待ってまさか音声を伴った妄想? 脱力感に負けて地面に膝をつきそうになり姿勢が崩れた時、上ではなく下に人がいることがわかった。155cmのユイラよりも小柄で、ちょっとぽよぽよしている、何かの獣人少年が頬を紅潮させてまん丸い目をキラキラと輝かせてユイラを見ていた。
「まさか会えるだなんて思ってもいなかったのだ! 吾輩の運命の貴女、どうかお名前を教えて欲しいのだ!」
「ええっと……ユイラ・ワンです……?」
「名前まで可憐で愛らしいなんて……! 素敵すぎる!」
「ありがとう……?」
そうね、番を大事にするのって別に龍人や狼獣人だけじゃないものね。そういえば近所のハタネズミ獣人の一家も相思相愛年中ラブラブだったし、実はアヒル鳥人も番を一生大事にすると聞いたことがある。シュッとしたイケメン! って感じの人だけの特権じゃないよね、番って。
とりあえず、ユイラは目の前でぴょんぴょんと跳ねてはしゃいでいる少年に「あなたの名前を教えてよ」ということから始めた。ユイラは人間なので番を感知する機能は衰えているが、不思議なことに別に嫌じゃなかったからだ。全然好みじゃないけど、名前も知らないチビのポチャだけど、本当に、全然嫌じゃなかった。
うっとりと夢見ていた背の高いクールな格好いいヒトではないけど、ユイラを見て嬉しそうに笑う顔は、なんとなく好感が持てたから。
