祝祭は薄い光で出来ている

「父さんのNo.1ヒーロー就任を祝して~~~、カンパーイ!」

 

 俺が缶をやたら高く掲げると、燈矢くんはニターと貼り付けたように笑いながら「乾杯」とだけ言って、自分の缶を軽く寄せてきた。
 コツン。金属同士が触れる軽い音がして、次の瞬間、炭酸の泡がぱっと跳ねて、缶の側面に小さな滴が垂れる。
 反射で「もったいない!」と声が出てそのまま落ちる前に舐めた。雑だからじゃない。雑だからじゃないんです。これは“回収”です。祝い事の日にだけ許された特別措置のアルコールを、一滴でも無駄にしたくないという自然現象です。そんな言い訳を頭の中で並べ立てていると、頭上から静かな圧が降ってくる。
「ダメだよ陽火くん。ちゃんと拭きな」
 全くもって正論である。ハイ……と素直に布巾を受け取って、缶の側面を拭いた。

 

 そもそも今こうして俺が“祝杯”に縋ってるのは、燈矢くん直々に「二十歳になるまで禁酒」って言い渡されてるからで、だから祝い事の日のこの一缶が貴重なのです。

 発端は、数年前。燈矢くんが二十歳になった誕生日に、俺が「どこまで飲めるか確かめた方がいい」と提案して、限界確認会が開催されたことだった。
 だってこの世界、【酩酊】とか【泥酔】とか、そういう個性持ちがいてもおかしくないだろ。 敵対した時に「実はめちゃくちゃ下戸でした!」とか「知らなかったけどアルコールにアレルギーありました!」とか、その場で判明したら、普通に詰む。
 これはね、事前に確認しなきゃいけない項目なんですよ! ついでに煙草も吸っとこうね、【副流煙】とか居そうだろ。どういう使い方するのか知らんけど、怖い名前してる時点で対策しときたいし。

 で、燈矢くんは洋酒全般に露骨に嫌そうな顔をして、日本酒は「飲めなくもない」という乾いた感想、ビールは初手で「嫌い」。分かる。分かるけど、あれは喉越しを味わうためのものなので……初見の舌に優しくないんだよな……! 前世の俺も三年くらい飲み続けてようやく美味さがわかったから初心者には刺さりにくいだろう。自転車と同じだ、一度乗れたら一生美味い。来世も美味い。今世初のビール、サイコ~~! お酒と煙草の練習をしている燈矢くんの横で、俺もほんの少しだけ“舐める程度”貰った。本当に、燈矢くんが残したやつをもらっただけですよ。食品ロスへの配慮です。
 前世と比べると本当にちょっとだけといった感じ。酒と煙草を両手の花にして、俺がしみじみ「うめ~~……」と感極まっていたら、普段なら「陽火くんが嬉しそうでよかった」で思考停止してくれる実兄が、突然妙に冷静な顔で「未成年飲酒と喫煙は犯罪だからやめろ」と制してきた。
 そんな……どうして……!? びっくりしすぎて一瞬固まった。
 俺がこんなに幸せそうなのに? だからだろうな、と今ではわかる。酒も煙草も知らなかったはずの弟が、慣れた手つきでガブガブスパスパやってたら『酒カスとヤニカスの才能がありすぎる……』と不安にもなろう。
 そんな当たり前のことに当時の俺は気付かず「俺たちの立場で法を遵守する!? 殺人罪すらクリアしてるのに……!」と必死に訴えた。燈矢くんは一ミリも動じず不動の精神で「人を殺しても俺達の健康に害はないが、酒と煙草は健康に害があるからダメ」と言い切って捨てられました。
 今思っても、倫理の棚卸しの順番が独特すぎるだろ。健康が最優先で他人の死は論外なんだ……。
 結果、俺は自宅拠点では禁煙禁酒。解禁はこういう祝い事の日と、連合拠点で仁くんが呑気にアメスピを吸ってる時だけ。
 仁くんのアメスピは高確率で奪えるので仁くん大好き。一生俺以外に騙されないで欲しい……。

 

 付けっぱなしのテレビは、呼吸みたいに間もなく「新たなNo.1」の話題を吐き続けている。
 アナウンサーの声はやけに張り切っていて、テロップはでかくて、BGMまで勝利ムード。オールマイトが抜けた穴を埋めるために必死だ。
 画面の中の父さんは相変わらず眉間に深い溝を刻み、不機嫌そうな顔のまま、それでも容赦なくヴィランをボコボコにしている。普段からメディアへの露出が少ないぶん、カメラを向けられると逃げ場がないんだろうな。そういうのは事務所の若手とかに任せていたし、戦闘時以外のメディア映えのしなさが凄いから。
 さすが“見た目がヴィランっぽいヒーローランキング”不動の1位様だ。そういえばあの人、もう何年も前からなってんじゃんNo.1。これで満足しておけば良かったのに。

 フラッシュの連打、質問の矢、勝手に盛り上がる世間。

 常に不機嫌な人だから分かりにくいけど、オールマイトの退陣がメンタルに来ているのが映像越しにも透ける。
 歪んだ執着だが、強火のファンボーイだもんな。オールマイトという炎に焼かれた蛾の中で、光のファンボーイが我が実父エンデヴァーだろう。闇のファンボーイがステインだ。
 この光、周囲の者全てを焼き尽くしてるんですけどね。光も闇もヤバくないですか? ちゃんとファンの管理していて欲しい。

 

 

 数日前、このニュースを聞いた瞬間、燈矢くんは「死ぬほどムカつく」と吐き捨てた。で、そのままふらっと外に出ていって、しばらくして戻ってきたら焦げ臭いにおいが服に染みついていて、ボロボロの財布をいくつも持っていた。
 重みの違う塊が無造作に机に落ちる音を聞いて、外で悪いことをして、殺せそうな人間を殺し、奪えそうな財布を奪ってきたんだろうなと答えが導き出せてしまう。
 財布だけ抜いて持ち主を焼き消すという、単純故に中々しっぽを掴ませないタイプだし、今日も悪が元気にのさばっている。別に金が必要だったという訳では無い。“殺す”に理由をつけて、“陽火くんにお土産”ということにしているだけだ。後付けの正当性ってやつ。単なるストレス発散で消費された命たちに黙祷。

 燈矢くんは大きくひとつ溜め息をついて、そのままソファに座る俺をクッションみたいに扱って背中を預け、テレビの同じ映像を眺めた。
 燈矢くんのわざとらしい黒髪を指で梳くと、全身の力を抜いてより一層重くなる。手を止めると甘えた声で「もっと」と言われるので、無限撫で撫で機としての役割に努めます。

「お父さん、嫌そう」
「嫌でしょそりゃ。乗り越えるべき目標としてあったオールマイトがガリガリおじさんになっちゃってたんだから」
「……ざまぁねえな」
「だよねえ」

 俺が軽く相槌を打つと、燈矢くんはもう一度だけ画面を睨むように見て、それから視線の力を抜いた。
 さっきまで熱く荒れていた感情を、外でいったん燃やしてきたからだろう。若干落ち着いた様子で、冷静に、同じことばかり繰り返すニュースを眺めている。
 父さんの顔が、父さんの勝利が、父さんの不機嫌が、テレビの薄い光に押し流されていく。
 俺は燈矢くんの頭を撫でる手を止めずに、画面の中のNo.1を一緒に眺めていた。

 しばらくして「お祝いしよう」と言い出したのは燈矢くんからだった。

「離れていても家族だもんな? お祝いしなきゃな。だってお父さんの、念願のNo.1だ。おめでとうって言ってやんなきゃなァ」
「いいねえ、じゃあ美味しいもの食べようね。ケーキも買ってさ。チョコプレートに【エンデヴァーNo.1おめでとう】って書いてもらおう」

 このタイミングなら、エンデヴァーファンがちらほら同じことをしているだろう。チキンとか買って、あれ作ろうか。折り紙でたくさん輪っか繋げるやつ。風船を壁に貼り付けたりする?

 

 

 そんな軽口の後で、実際に二日かけて段取りしたのが今日の【おとうさんなんばーわんおめでとうの会】です。
 本当にこれだけのために、俺はあらゆるところに伸ばしている事業全てに「今日はおやすみです! 緊急連絡もNG」と無責任極まりない通知を入れて責任を部下にパスしたし、燈矢くんも荼毘としての用事を断っている。
 家族のお祝いごとだからね、仕事で潰しちゃいけませんよ。
 好きな物しか食べたくない燈矢くんは、俺が買ってきた洋食に偏りまくったテーブルを見てもあまり箸が進まず、そんなに好きでもない酒も、ちびちびと舌で掬うみたいに舐めるだけだった。
 ビールをその飲み方で消費すると何一つ美味しくないと思うけど、俺が飲みたいと言ったら自分もビールにした。まだ飲める日本酒でよかったのに、俺に合わせてくれてるのだろう。優しいね、俺のオニイチャン。昨日だって一時間くらい黙々と折り紙の輪っかを作り続けてくれたし、部屋の飾りつけもインスタでよく見る“子どもの誕生日会”みたいな空気になっている。

 テレビの中では、繰り上がりNo.1の過去掘り下げが始まった。
 長男を個性事故で失った悲劇を乗り越え、三男行方不明の苦しみに耐え、それでも我らのNo.1は人々を守るために決して諦めず邁進し続けるのであった! ​─────みたいな、テロップとナレーションが勝手に父さんの人生を英雄譚に加工していく。

 「見て陽火くん、俺死んでる」燈矢くんが画面を指さしながらニヤニヤする。「生きてんのにねえ」と返しても、俺の声はたぶん半分も届いてない。「死んでんだ俺。お化けじゃん」本人は面白がってるフリで、面白がってるのが一番ラクな顔をしている。
 番組は父さんの悲しい過去を滑らせたあと、解決した事件や倒したヴィランの映像に話題を移していく。その流れの中で、燈矢くんがぽつりと「俺、テレビって好きだなあ」と言った。
 絶対嘘だろと思った瞬間、「こんなマイナーな番組でも、たくさんの人が見てくれるんだろ。便利だよな」と続く。

陽火くん、一緒にテレビに出ようよ。お父さん見てる? ってやつ、やろ」

 思いつきみたいな軽さで言ってるのに、それってとても良い案だと思った。一発で消せない証拠を、映像として拡散できる。
 手放しで肯定したら、燈矢くんはほんの少し目を丸くして、それから照れたみたいに口角を少しだけ上げた。俺が話に乗ってくるとは思ってなかったんだろう。
 燈矢くんが荼毘として連合にいるのは、徹頭徹尾「お父さんこっちみて」が理由だ。俺は燈矢くんに囲われて、弔くんに誘われて、連合にいる。いまさら顔バレしたってたいした被害もない。アンダーグラウンドからアンダーグラウンドへ横移動するだけ。
 俺が代表をしている複数の会社だって、俺の代わりに“顔”になる人を立てているから俺自身がトップと知ってるやつの方が少ない。これくらいなら他人の空似でもなんでも行けるだろう。俺のフリができる個性の奴もいるし、いくらでも対応ができるということだ。
 最近テレビの視聴率が下がってるって言うし、業界のためにも話題を提供してあげてもいいかもしれない。

 燈矢くんは噛み締めるみたいに小さく「俺たち、おんなじ地獄に堕ちようね」と笑った。自覚はないと思うけど、その言葉は、燈矢くんにとって“愛してる”に近い。
 だから俺も、同じ重さの言葉を同じ軽さで返す。「死ぬまで一緒にいてあげる」って。これが俺の“愛してる”なので。

 もう一度二人で、缶と缶を合わせて声を揃える。

「「おとうさん、おめでとうございまーす」」

 家族に祝われてるよ。嬉しいだろ、エンデヴァー。いつか本当に、おめでとうって言ってあげよう。
 欲しいとわめいていたものが全部手に入った男の顔というものを、間近で見てみたいからな。おめでとう父さん。望んでない勝利、届いてよかったね。