パンケーキ・ライオット

 料理ができるのが俺だけ。というか、衣食住のうち「食」に興味があって、なおかつそこに突っ込めるだけの資金があるのが俺だけだった。食に興味のなかったグミ食べ食べ人間の弔くんや、純粋にお金がなくてコンビニ裏のゴミ箱からナチュラルに廃棄弁当くすねてくる仁くんの存在が許せず、ミスターから調理人と誤解されるレベルで連合のキッチン担当している俺です。
 別に料理は趣味でやっている訳ではないので誤解なきように。趣味で言うなら友人のお腹をぽんぽこりんの満腹にしてあげたいな~~というのがソレです。俺のアイラブユーは満腹の提供だからさ……。俺の前で飢えないで欲しいし、偏りまくった栄養で不健康にならないで欲しい。

 と言っても、俺は別に料理が得意な訳じゃない。レシピ通りに作るからレシピ相当の出来栄えのものを提供できると言うだけで、レパートリーは全くない。
 なにしろ、俺も荼毘くんも同じものを無限に食べ続けられる人間だし、付け合せを変えて栄養に気をつけつつもほぼ毎食蕎麦を食べて生きてきたから……。オニイチャンの好みに合わせたらこうなっちゃった。たまに外食で洋食を食べたら満足だったので、特に問題なくこれで生きてしまった弊害が今押し寄せている。
 なので、食べたいものの意見がハッキリしているトガちゃんに「今日なに食べたい?」とお伺いを立てて献立を決める毎日だ。

「分厚くてふわふわのパンケーキ食べたいです!」
「それおやつじゃない?」
「ご飯の代わりに食べればいいんだよ! 昨日ね、ここ! 食べようと思って並んだんです。そしたら二時間待ちだって! ヤになって諦めたの。こんな大っきいパンケーキ! ふわふわで、美味しそうだったけど! だからあかりくん、作ってください!」

 インスタの画面を顔面に押し当てられて何も見えないが、たぶん若者に流行りの店とかだろう。
 トガちゃんは流行りものに詳しいけど、流行りに置いていかれて少しズレたタイミングで楽しむところがある。たぶん世間的にはたまごっちはもう流行りからズレてるけど、トガちゃんはまだ楽しんでるし、最近集めだしたシールもそろそろ流行りは終わるかもしれない。
 流行に敏感だけどマイペースだからなあ。世間の流行りが廃って、お目当ての店に並ばずに入れるようになるまでは、俺の作ったもので我慢していてもらうか。

 という訳で、「トガちゃんこういうの好きそう」という理由だけで血のように真っ赤なラズベリーソースを添えた分厚いパンケーキを作った。

 弱火で火を通すので時間がかかるというのは想定内。荼毘くんが「俺手伝おうか」と言ってくれたけど、高火力特化なので今回はご遠慮いただいた。そもそも我が兄はこれからどこかで悪巧み予定なので、拠点に残って俺の手伝いをしている場合ではない。いってらっしゃいと見送ったが、何度も振り返りながら悲しげにお仕事に向かっていった。勤勉に労働するヴィラン、ちょっと面白いな……。

「あかりくん、はやくはやく! 一緒に食べよう!」

 トガちゃんは、パンケーキを置いた机の前でぴょんぴょん跳ねている。椅子に座るでもなく、じっと待つでもなく、待ちきれない子どもみたいにその場で弾んでいる。
 焼き上がったばかりの分厚いパンケーキからは、まだ湯気がゆらゆら立ち上っていて、ラズベリーソースの赤が皿の上でつやつや光っていて、それを色んな角度でスマホで撮っていた。

 その様子を少し離れたところから眺めていた仁くんが、肩を揺らして笑う。

「なんだよズルすぎる俺には?! 美味そうでよかったな!」

 声の調子は柔らかくて、子供がはしゃぐのを見守る大人の声だ。完全に他人事の発言だが、キッチンのカウンターに残しておいた皿をひとつ持ち上げて、仁くんのほうへ差し出した。

「仁くんのはこっちです。どーぞ」

 分厚く焼いたパンケーキに、バターをどんと一切れ。上から蜂蜜をたっぷりかけてある、シンプルだけどわかりやすく“美味しそう”なやつ。

 仁くんは一瞬、何を言われたのかわからないみたいな顔をして固まった。俺が渡した皿を受け取って、それから俺の顔を見て、もう一度皿を見る。まるで本当に自分のものなのか確認するみたいに、俺と手元を交互に見比べている。

 仁くんは甘いものをそんなに食べるタイプじゃない。だけど、なんとなくわかる。こういう料理は、きっと嫌いじゃない。
 味というより、“形”のほうだ。仁くんは、たぶんそういうわかりやすい記号のある食べ物が好きな人間だと思う。ハンバーグには小さな旗が刺さっているほうがいいとか、オムライスにケチャップでスマイルマークを描いてあるとか、そういう、ちょっとした演出があると嬉しくなるタイプ。

「……俺の?」
「仁くんもいるのに1人だけに作るわけないだろ、俺だって食べたいんだからパーティだよ」

 まだ帰ってきてない人の分もストックを作ってる状態だ。今ここにいる俺たちだけは出来たてを食べられる。そんな会話を聞いていた弔くんが、寝っ転がって微動だにしていなかったソファからむくりと起き上がって「俺のは」とのそのそ近づいてくる。

「弔くんは特別なので好きなソース好きなだけ選んでください。甘くないのもあるから味見して、ベーコンも焼けるからね」
「全部」
「食べ切れるならね、好きなだけ食べていいから……。急いで食べなくても、あとで食べたいだけ作ってあげますからね……」

 俺が食べたやつを片っ端から「ひとくち寄越せ」と弔くんに強奪されつつ、とっても悪いヴィランたちのおやつタイムは平和に終わった。

 仁くんは慣れていない手付きでナイフとフォークを握りしめて無言で食べていたけど、あとで「ガキの頃お袋が作ってくれたやつより美味かった」と言ってくれたので、なにやら懐かしい思い出に浸っていたらしい。

 というか、仁くんってお母さんいたんだ。原作知識がほとんどないからそこらへんの事情も知らないんだけど、こういう話をしてくれるってことは家族仲は悪くなかったんだろうな。
 30過ぎても“お母さんに作ってもらったパンケーキ”の味を覚えているくらいだから。

 俺がほっこりしながら片付けを始めたあたりで「腹ごなしにいくぞ」と仁くんとトガちゃんを引き連れた弔くんが拠点を出て、しばらくしてテレビから緊急速報が流れた。

 最終的に暴動からの大暴れのち、死者6名怪我人22名引退ヒーロー1名がでたらしい。こっわ……。