プディング・インシデント

 スーパーの袋をぶら下げて拠点に戻ったら、昨日百均で買ってきたばかりのバケツに何かが入ってる。困った、使いたかったのに。

「このモツって豚ー?」

 とりあえず声を上げて聞くと、他の部屋で作業をしていたらしいミスターがひょこりと顔を出して「ひとー」と答えた。

 人のモツか……。困るな……。

「これ俺使う予定だったんだけど」と文句を言うと「そうなの? ごめんごめん、洗っておくから」と片手を謝罪のポーズにして頭を下げた。素直な大人だ。信頼できるね。

「ていうかこれなに? どうしたのモツなんて保存して」
「保存じゃないよ、やりすぎて漏れちゃったから床に零してるよりマシかなって。すぐに片付けまーす」
「お願いしまーす」

 会話を終えてすぐに、シュッと部屋の奥に顔を戻していったミスターがドアを閉める前に、なにやら呻き声が聞こえた気がするが気にしないでおこう。
 あの片付けるって二重の意味がありそうだな。皆さんお元気ですか、ヴィラン連合は結構シャレにならない拷問とかもやったりします。やっぱ定期的に見せしめって必要だしな。

 この状態ではできないので諦めた。仕方ない。使用中だし、別に急ぎのことでもなし。思いつきでやろうと思ったことなのであまり気にしないでおく。腸の類じゃないからセーフだろ。綺麗にパーツで抜かれてたし、あのあと売られたのかもしれない。これを機に弔くんのコート、新しいの買おう。もういっそ俺が買ってあげたいんだけど、俺のファッションセンスだけは一切信用してくれないのできっと受け取っては貰えない。なぜだ。かなしい。触り心地良いのを選んであげるのに……。

 

 翌日、バケツはちゃんと元の位置に戻っていた。綺麗に洗われているし臭いもついてないからセーフだろう。ノックもせずに弔くんの自室に入ると、映画のハッカーみたいな人がハッカーみたいな仕事をしていた。ごめん嘘、映画のナードみたい………。弔くん最近薄汚れてる……新しい服買ってください……。

 俺の登場に不機嫌も顕に睨みあげてくる年上の友人に「弔くん、でっかいプリン食べる?」と聞くと、罵声の準備を取りやめて素直に 「食う」 と頷いた。そのまま手を伸ばされて、己の失敗を悟る。

「ごめんなさいね、まだ作ってないので手を伸ばされても渡せません。今作りますね……」
「はァ? お前がいまプリンの話しなかったら食う気持ちにならなかったのに、なんでプリン食いてえ気持ちにさせといて何もねえんだよ。嫌がらせか? 殺すぞ」
「プリンでマジギレしないで……」

 聞く順番を間違えたなと思いながら、とりあえず来る前に買ってきていた適当なお菓子を捧げて時間を稼ぐ。
 お食べ、コンビニの新作だよ。弔くんは「これでプリンの代わりになると思ってんのか」と言いながら奪うように受け取った。前世で見た事のある仕草だ。猿山の猿の餌やり、目を合わせたら危ないあたりもちょっと似ているが、あまりにも率直に悪口になるからやめておこう。俺が思っているのと違う意味も持ちそうだ。

 ともあれ、今日は容器がある。しかもでかい。だったらやることはひとつだ。つくるぞ、バケツプリン。

 キッチンに昨日買っておいたスーパーの袋をどさどさ広げる。
牛乳、卵、砂糖。あとバニラエッセンス。これは甘い匂いがするので弔くんが間違えて舐めないように、使用後は自宅に持ち帰ろう。
 荼毘くんも舐めそうだけど、我が兄の場合こういうミスは俺に他責しないからよしとする。「間違えて変なの舐めちゃった可哀想な俺」アピールする程度の可愛いものだ。
 菓子を食べつつキッチンまでついてきた弔くんが、俺の手元を覗き込む。

「なに、それで作んの」
「夢のようなバケツプリンです」
「あれ作れよ、あの甘くて黒いやつ」
「カラメルね」

 卵をパックから出して並べる。今日は量が量なので、使う数も遠慮がない。普通のプリンならかわいげのある分量で済むのに、バケツプリンは容赦を知らない。だが、こういうのは浪漫だ。盛大にやった方が楽しい。

 立てかけたiPadでレシピを表示しながら順番に作業をする。たまごを10個割った時点で、弔くんは俺の手をそっと押さえた。

「気が狂った?」
「大丈夫、まだ狂ってない。レシピ通りなんだ」
「そっか……」

 手がはなれ、許された。怖くなっちゃったのかな。巨大プリンの質量が……。続けて卵を割り続けるが、警戒というか疑いの眼でみられている。信じてください。これ雄英で学食作ってるヒーローの出してるレシピだから、信頼度は高いはずなんです。信じてるぞランチラッシュ!

 鍋を出して一瞬だけ考える。普通のプリンならまだしも、バケツごと入る蒸し器なんてものはこの拠点にない。ので、作る。
 深めの鍋に湯を張って、底に耐熱皿を逆さに置き、その上へバケツをどんと据えた。
 直接火が当たらなければ案外なんとかなる。卵液は一度こして、泡を丁寧に消してから流し込む。こういうひと手間で舌触りが変わると書いているので、レシピを信じよう。理屈は知らないがそういうものなんだろう。
 砂糖を焦がして作ったカラメルは別鍋で少しだけ苦めに仕上げた。蓋をした上から濡れ布巾をかませ、さらにアルミを被せて蒸気の雫が落ちないようにする。火加減はごく弱く、鍋肌が時々こと、と鳴るくらい。焦って強火にすると一気にすが入るから、ここは辛抱である。
 漂ってくる甘い匂いに、背後の弔くんが「まだか」と三回聞いてきたが、プリンは急かしてもすぐにはできない。竹串を刺して、澄んだ液がつかなくなったところで火を止める。表面はふるふると揺れて、つやつやに光っていた。

「食う」
「今から冷やします。……が! 弔くんは偉いので出来たてのあったかプリンを少し食べる権利が発生しました!」
「おう、わかってんじゃねえか」

 あからさまな依怙贔屓に気分を良くした弔くんは、大人しく小皿に取り分けられたあったかプリンを食べ、冷やしている分については珍しく文句も言わず見逃してくれた。
 「まあまあ」とだけ短く言われたので、「よかったねえ」と返しつつ空いた皿を回収する。“まあまあ”は弔くんの中で“おいしい”の意味だ。これ以外は全部“不味い”と変換されるので、お気に召されたようで何よりである。これで当座の平和は買えた。安いものだ。

 そのまま鍋やボウルを洗って、プリンの粗熱をとって、頃合いを見てから冷蔵庫へ押し込む。バケツごと入れたので結構な存在感だ。冷蔵庫の一角がまるごと夢になっている。中を開けるたび、あまりにもでかい黄色い塊が鎮座していてちょっと笑う。
 こういう馬鹿馬鹿しい量の食べ物って、見るだけで楽しいから好きだ。
 連合に入らなければ出来ないタイプの遊びだな。俺も荼毘くんも甘いものが特別好きという訳では無いので、大量のプリンを前に圧倒されて義務で食べる形にしかならないだろう。個別で作った方が食べやすいとか、取り分けるなら結局同じではとか、そういう現実的な話は一旦置いておく。浪漫は採算と手間を超える時がある。

 数時間後、外に出ていたメンバーたちがそれぞれの仕事や報告を終えてバラバラに戻ってきた。誰かが全員揃ったタイミングを見計らうような律儀な組織ではないので、帰還は大体いつもこんな感じだ。
 先に戻ったやつがソファを占拠し、後から来たやつが勝手に飲み物を漁り、物騒な匂いと煙草と埃と外気を持ち込んで、拠点の空気が少しずつ夜に寄っていく。ちょうどいい頃合いだったので、冷蔵庫からバケツプリンを取り出して、お披露目のように運ぶ。

 おたまを使い、それぞれの器に配ってカラメルが均等に行き渡るよう少しだけ底から掬う。表面はつるんとしていて、スプーンを入れるとふるっと揺れる。いい感じに固まっていた。成功だ。偉いぞ俺。あったかい分も美味しかったけど、しっかり冷えたやつはやっぱり舌触りが落ち着いていて、甘さも輪郭が出る。口の中でゆっくりほどける感じがちゃんとプリンで、少しだけ苦めに作ったカラメルが後ろを締めてくれる。大成功では? と思ったところで、水を取るために冷蔵庫を開けたミスターがぴたりと動きを止めた。

「……これ、昨日のバケツじゃない?」

 そんな当たり前のことをいうので、「そうだよ?」とこたえた。途端に上がる悲鳴。俺がモツ(人)入りバケツを使ってプリンを作っていたことは罪悪として裁かれました。

 えっなんで、ちゃんと洗われてたし! 使用前は俺もアルコールで消毒したよ!!!?

 連鎖的にパニックが広がる中、静かにプリンを食べている荼毘くんが「あかりくんはこういうとこ寛容だから、いちいち騒ぐな」とフォローを入れてくれた結果、俺が普段使いしている包丁が日頃武器として利用しているものと同一物であることも把握された。

 えっ! でもこれ肉切るのにちょうどいいよ!? だめ!? だめだったか……。

 その場は最終的に、「今後、料理用とそれ以外は分けろ」「せめて見た目でわかるようにしろ」「二度と料理道具に変な前歴をつけるな」という、妙にまともな申し合わせで落ち着いた。
 俺としてはちょっと納得いかないところもあったが、プリン自体はちゃんと美味しかったらしく、文句を言いながらもみんな結局最後まで食べたのでよしとする。食べるんじゃん。おいしいんじゃん。だったらもういいだろと思ったが、そこもまた別の話らしい。みんな案外繊細なんだな……。