if トゥワイスの子に転生した場合①

 転生して即気づいたんだけど、これおしまいかもしれん。

 ホギャッと生まれた瞬間に転生を自覚したが、今世の母は赤子の俺から見ても未成年。というか、女子高生……。生まれた場所は病院ではなくたぶんトイレ。ヤバすぎる。詰んでる。お願いこのまま物理で流すのだけはやめて。産声をあげたんです!! 殺すのなら俺の自我が無かった胎児の時とかにやってて欲しかった!! 深い事情があるのは分かりますがどうか命だけはお助け!!

 ほぎゃーほぎゃーと生命の輝きを誇示していたおかげか、それともはじめから殺す気はなかったのか、しばらくしてようやく今世の母の胸に抱かれて、人生初の食事を得ることが出来たのだった。とりあえず俺、めちゃくちゃ育てやすい赤子になりますんで……養育してください……。

 

 今世の母は、いわゆる家出少女というものなのかもしれない。帰る家がないのか、そこから逃げてきたのか、詳しい事情は赤子の俺には分からない。ただ、同じような境遇らしい仲間たちと一緒に、ふらふらと居場所を変えながら俺を育ててくれている。環境だけで言えば、かなり最悪。けど最悪の中では、まだ運がいい方なのだと思う。

 俺が愛想たっぷり前世持ちベイビーだったおかげか、今世の母の仲間たちも「あかちゃんかわいー」と俺のほっぺたをムニムニするくらいには、自分なりに可愛がってくれている。
 そのムニムニは赤子の頬には普通に激痛なので、俺がノーマルあかちゃんだったら常に泣き叫び、「うるせえ」と壁か地面にぶん投げられていたことだろう。それくらいには環境が悪い。
 赤子の頬をつまむ手つきに悪意はないが、力加減という文明がない。無法の地の未成年たちほど恐ろしいものはないな……と思っていましたが、訂正します。衣食住補ってくれれば誰でもいいです。
 己の考えを悔いてそう思ったのは、現在の俺がバケツに入れられてドアの前に放置されたからだ。たすけて……。

 この頃には、俺の聴覚も人の言葉を意味として判別できるくらいには育っていたので、今世の母が「お父さんにかわいがってもらってね」と言った別れの言葉も、はっきりと聞き取れてしまった。

 いるんですか!? 俺に! 今世の父が!? いや、ぜって~~訳ありって分かる……。

 こちとらトイレで捻り出された赤子である。認知なんてされているわけがないし、そもそも俺という存在がこの世に爆誕したことすら知らなさそうだ。
 というか、血の繋がった父親かどうかも怪しい。肉体関係を一度でも持ったせいで、父親候補筆頭に繰り上がっただけ、という可能性の方がだいぶ高い。

 これ……在宅の人だったらいいけど、あまり家に帰ってこない人だったら普通に死ぬのでは……? 周囲を見れば、ほとんど人の住んでいないようにみえる古アパートだった。壁は薄汚れて亀裂まみれ、共用部の廊下から見える外は野良犬とかがうろついていそうな種類の治安の悪さがある。
 いや、いる。たぶんいる。愛玩犬からは出ないタイプの遠吠えがどこかから聞こえる……。喰われる……のでは……?

 突如として突きつけられたガチの命の危険に、俺はバケツの中で渾身の「ほにゃーん!」を発揮した。こんにちは! 今世のパパ(暫定)!! かわいい赤ちゃんです、どうぞよろしくお願いします!!!

 ほにゃーん! ふええーん! あーん! 不快にならないギリギリの可愛い赤ん坊の泣き声です!! ふにゃーん!

 ガチャ、と錆びた音を立ててドアが開いた瞬間、内側から何かが蹴り出されたような衝撃があり、俺の入ったバケツはごろんと横倒しになった。そんなあ!

 そのまま床の上を転がり、安いタオルケットにくるまれた俺も、当然のように中からぽいっと投げ出される。
 痛みと驚きで肺いっぱいに空気を吸い込んだところへ、「うるせえぞ猫!!」というガラの悪い怒鳴り声が飛んできた。続けざまに、壁へ缶か何かを投げつけたらしい、カァンッという乾いた音が響く。

 猫って言った? 俺の渾身のかわいこぶりっ子ベイビー泣き、盛りのついた猫の声と間違われた……!? 安いタオルケットの隙間から、猫を探すように辺りを睨んでいる男を見上げ、今度は作戦を変えて人類の赤子らしく「オギャー」と泣いた。男の動きが、ぴたりと止まる。
 え、という顔でこちらを見下ろした男は、思ったよりもずっと若かった。
 今世の母も若かったし、もしかすると同年代なのだろうか。目が合った次の瞬間、男はほとんど飛び退くように後ずさり、「アカチャン!?」と、さっきの怒鳴り声とは別人みたいにひっくり返った悲鳴をあげた。

「は? え? なん、はぁあ?」

 男は完全に混乱していた。怒鳴るでもなく、近づくでもなく、もちろん俺を抱き上げるでもなく、なぜか自分から四つん這いになることで俺と視線を合わせてくる。
 そして恐る恐るといった手つきで、俺にかけられていた安いタオルケットをちらりとめくった。隙間からぺらりと紙切れが落ちる。今世の母、もしかして手紙とか置いてくれたのかな。事情説明とか、せめて名前とか。俺ずっと適当な呼び名で呼ばれてたから自分の名前わかんないんだよな……。
 ほんの少しだけもった期待は、紙面に印字された見覚えのある細かい数字の羅列によってあっさり砕かれた。いや……なんかのレシートだ……。しかもたぶんドンキのレシートだ……。裏にはプリクラが一枚貼られている。

「『あなたの子です』って、マジかよ……」

 そんな、大事な情報をドンキのレシートの裏に!? 俺の引き継ぎ書類としてあまりにもカジュアルが過ぎる!! 俺が言うのもなんだけど、そんな女と子供作るのやめて! 子供の意見ですが非常に迷惑です!

「ええ~……」

 男は完全に言葉を失った顔で、レシートと俺を何度も見比べたあと、部屋の奥へ向かって「身に覚えあるか?」と誰かに聞いた。

「クソ忙しくてそれどころじゃねえだろ!」
「待て! とつきとーかって十ヶ月と十日? 腹ん中で育って、生まれてこのサイズ感だろ? 賢い俺が逆算するぜ!」
「……十五くらいの時の俺、スキン付けてた!?」
「スキン無敵じゃねえのかよ!」

 部屋の奥から、わいわいがやがやと複数の声が飛び交う。めちゃくちゃルームシェアしてる方ですか? それとも今世の父候補、まさかの集団制? 何事……と思う間もなく、部屋の中からひょいひょいといくつもの頭が飛び出して、床に転がる俺を見下ろした。暫定パパと同じ顔が、八人くらい。

「オギャアアア!!」

 これはね、恐怖のオギャ。

 バブの脆弱な精神は、突然のホラー展開に耐えきれず、すみやかにシャットダウンした。ホラー。これはホラーだったのか……?
 今世の母の友達にも、頭や身体があまり人っぽくない人はいた。だから、もしかするとこの世界は俺の知っている世界とは少し違って、なんかこう、SFみたいな世界観で回っているのかもしれない。
 今世の父がクローンとかで、同じ顔形の人間が複数存在するのも別に珍しくない、みたいな……。いや、珍しくあってほしい。さすがに八人くらい同じ顔が出てくるのは、どんな世界でもちょっとした事件であってほしい。
 けど、二足歩行のあざらしみたいな生き物が、普通に“人間”として生活しているのも見かけたし、俺の常識がこの世界に通用しない可能性はだいぶ高い。
 そもそも俺だって、自分では分からないだけで、実は人間の顔をしていないのかもしれない。それか、俺も今世の父にめちゃくちゃ似ていて、成長したらあの同じ顔軍団の一員になるのかも。

 

 ぱちっと目を覚ましたとき、俺はまた今世の父A~Fくらいに囲まれていた。全員が口々に「起きた」「起きたな」「目ぇ開いた」と言いながら、なぜかちょっと引いた顔をしている。
 何ですか。可愛い俺が起きましたよ!! という気持ちを込めて、俺は渾身のニコッ! を披露する。赤ん坊の生存戦略は愛想の良さなんだよ。ほら、可愛い俺を見て庇護欲を刺激してくれ。
 俺に微笑まれた今世の父A~Fは、「こいつ笑ったぞ」「機嫌いいな」「寝たからじゃねえか」と真剣な顔で相談会議をはじめた。かわいいという感想、どなたか出ませんか? 出ない? そうですか。

 「じゃー、どうするよ」と言われた瞬間、俺の身体がふわっと揺れた。どうやら、俺を抱っこしている腕が動いたらしい。最終的な決定権を持っているのはこの人っぽい。今世の父集団の中のリーダー格なのかもしれない。
 男は俺を見下ろし、なんとも言えない顔で口を開いた。

「お前の名前な、レシートに書いてたんだけど。恋の羽って書いてんだよ」

 やだなぁ……。

「恋の羽と書いて、『きゅんは』」

 きゅんは!!!?!!?
 音読み訓読みどこにも被らないよ、きゅんは!!!?!!? 

「さすがにこれは可哀想すぎるだろ」
「でもよお、これって母親からの贈り物ってかんじにならねえか」
「ガキをバケツに入れて捨ててった女の贈り物、いるか?」
「そもそもこいつ、ほんとに俺の子?」
「わかんねえ。けど、可能性があるんだよなァ!」
「男で『きゅんは』はねェだろ! てか、読めねぇよ!! 難読とか俺がバカとかいうの通り越してんだろ!」
「恋って書いてキュンって読むの、どの世界の辞書!!?」
「こいつこれからの人生きゅんはで生きてくの、生まれたばっかなのに酷いだろ。大悪人の生まれ変わりかよ」
「俺が守護ってやるからな……」

 頑張れ!! きゅんは否定派!!! 嫌です!!!! 俺は恋の羽と書いてきゅんはです、なんて自己紹介したくない!!! 人間って実は歳を取る生き物だから、いつか俺はきゅんは三十六歳とかになるんだろ!? 可哀想だと思ってください!!

 「どうするよ」と言われた瞬間、目の前の全員の視線が俺に向いた。いや、正確には俺を抱いているリーダー格へ向けての視線だ。

「こんだけ小さかったら、でかくなった頃には母親のことなんて覚えてねえだろうし。恋羽は無かったことでいいんじゃねえかなあ」

 俺がでかくなるまでは育ててくれる気があるらしい。ありがとう、今世の父……。少し強面だし、口も悪いし、同じ顔が複数いる時点でだいぶホラー寄りだけど、今のところ優しくしかされていない。良い人かも……。今世の母、人を見る目はあったのかも……。

 というか、実年齢めちゃくちゃ若いよね……学校とか行ってるのかな……。親御さんと相談とかしませんか……? もう少しまともそうな施設を選んでいただければ、俺はそこで成長する方向でも構わないんですが……。

「じゃあ名前はどうすんだよ。俺ってセンスあんの?」
「責任持ちたくねえ~~」
「今なら何でもマシだろ。きゅんは以下は考えつかねえよ」

 責任は持ってください。俺の名前なので。あと、きゅんはを基準値の底に設定するのは正しい判断だけど、その底が深すぎて比較対象として機能していない。

「俺が考えたって、ろくなもん出るわけねえだろ」

 そう言いながら、俺の身体がぐらりと揺れた。どうやら俺を抱いたまま立ち上がったらしい。次の瞬間、ずるっと腕から滑り落ちかけ、「おっと」と慌てた声と一緒に抱き直される。
 安定感はあるが慣れてはいない。まあ仕方ない。突然押し付けられた赤ん坊を、初見で完璧に抱っこできる人間の方が少ない。俺を落とさないように気をつける、という意思があるだけで十分ありがたい。
 抱き直されたあと、ついでのように親指が俺のほっぺたをそっと押した。ふに、ふに、と確かめるような手つきで「やわらけえなあ」と、ふへ、と気の抜けた顔で笑われる。痛くないように加減されたふにふにだった。今世の父、いかちい顔してるけど笑うと可愛いなあ。やっぱり若いなあ。
 もしかすると今世の母の選択は正しかったのかもしれない。ここには力加減という文明がある。

 少し安心して、俺もつられるように、ふへ、と笑った。

「なんだお前、何笑ってんだ。俺のこと好きなのかよ」

 今世の父はそう言って、少し嬉しそうに目元をゆるめた。ドンキのバケツに突っ込まれて古アパートの前に放置された時は、さすがに世を儚んだけれど、案外なんとかなりそうだ。少なくとも今すぐ死ぬルートからは外れた気がする。セーフ。