抱かれて眠る夢を見る

 俺はあまり背が高くなる方じゃないんだな、とずっと思っていた。
 周りがじわじわ伸びていく中でも俺だけは大して変わらず、まあそういう体質なんだろうと特に気にもしていなかったのだが、一年の終わりから二年になるにかけて、まさかの三十センチ伸びた。

 成長期にも限度ってものがあるだろ。膝も脛も腰も背中も、骨という骨が内側から無理やり引っ張られているみたいに痛くて、昼間はまだ授業だの何だので気が紛れるものの、夜になるとどうにもならない。
 布団の中で膝を抱えて唸り、眠れないまま何度も寝返りを打って、それでも痛みが引かなくて夜な夜な本気で泣いている俺を見て、同室者が全員めちゃくちゃ優しくなったもんな。
 普段なら人が苦しんでいればまず一回笑ってから冗談で隠した心配をするような連中なのに、「授業で作った痛み止めやるよ。たぶん効く」とか、「マッサージするといいらしいからちょっと横になれ。そこじゃねえ、うつ伏せ」とか、夜中に起きて水を持ってきてくれたり、布団からはみ出した足に毛布を掛け直してくれたり、俺が寝付くまで背中を擦ってくれたりした。

 あまりに優しいものだから、痛み止めが効いて意識が落ちかけたとき、半分寝ながら「愛してるよ……」と言ったら、「死ぬんじゃねえ!!」って隣からマジの拳を入れられたことだけは今でも許していない。

 とはいえ、ほんとみんな優しかった。あいつら縄張り意識が高過ぎて、よその寮の奴とか知らない奴には平気で牙を剥くくせに、一度自分たちの縄張りに入れた仲間には妙に献身的なんだよな。

 ラギーだけは例外で、俺が足の痛みでまともに立てずベッドに転がっているところへやって来るなり、「一緒にちっちゃいものクラブとして頑張っていこうって言ったじゃないッスか! オレを置いて伸びんな! おい!」と両肩を掴んでごろごろ転がし始めた。

 しまいには同室者全員に首根っこを掴まれて廊下へ放り出され、しばらく部屋を出禁になった。ちなみに、そんな約束は一度もしていない。

「どうすっかなあ」

 二年に上がり、部屋も移動した。そのついでに荷物を整理していたら、今まで部屋着にしていたものや普段着が、ベッドの上に山みたいに積み上がった。
 寮生活になるからと入学前にまとめて買ってもらった服だ。どうせ成長期だし、と多少大きめのものを選んではいたのだが、まさか一年で三十センチも伸びるとは俺も両親も思っていない。
 袖は手首よりだいぶ上まで来るし、ズボンなんか完全に七分丈だ。着ようと思えば着られなくもないが、鏡を見るたびに育ち盛りの子供が去年の服を無理やり着ているみたいで悲しくなる。
 しかも困ったことに、どれもまだ小綺麗だった。破れてもいないし、擦り切れてもいない。

 制服も運動着も式典服も全部新調したから、一年の頃に着ていたものが丸々余っている。捨てるには、あまりにも高級品なんだよな、これ。特に制服。生地も仕立てもその辺の学校とは比べものにならないし、値段を思い出すとゴミ箱へ突っ込む手が止まる。

 俺の去年の身長って今のラギーと同じくらいだったよな、と一瞬考えて、じゃああいつにやるか、と服を畳みかけて手を止めた。同級生に「俺が小さかった頃の服いる?」をやるの、もしかしてかなり失礼じゃないか。

 いや、ラギーなら服そのものは喜んで受け取りそうだけど、そのあと半年くらい「三十センチ伸びた男は余裕が違うッスねえ」と擦られる気がする。

 それに制服に関しては、レオナ先輩から貰ったやつを着ていることそのものに意味があるみたいだし、俺のはいらないよな? 

 少し考えた末、まとめた服の中から制服一式を抱え、そのまま談話室へ顔を出した。夕食前だったからか、ソファにも床にもそこら辺の一年が何人か転がっている。俺は制服を抱えたまま適当に一人捕まえて、「これ去年まで俺が着てたやつなんだけど、予備として必要なやついるか~?」と声を掛けた。

 次の瞬間、腕の中が空になった。

 早い。誰がどれを持っていったのか確認する暇すらなかった。

 「シャツ俺!」「ズボン寄越せ!」「上着まだある!?」と群がられ、ついでに運動着まで欲しいと言われたので部屋から追加で持ってきたら、それもほとんど一瞬で消えた。
 サバナクロー生、めちゃくちゃ荒っぽいからすぐ制服傷むもんな。喧嘩で袖を裂く、木登りして引っ掛ける、運動着のまま地面を滑る、理由は知らないけど血がついて帰ってくる。替えはいくらあっても困らないらしい。

 捨てるしかないと思っていた服が、あっという間に誰かの予備になっていくのを見ていると、なんとなく嬉しくなった。有効活用してくれそうで何よりだよ。まあ、できれば俺が着ていた時よりは長持ちさせてほしいけど。

 途中、「カークランド先輩の制服は俺のもんだ!」という妙に切羽詰まった叫び声が聞こえてきたけど、俺が一年着ていたことで何らかの付加価値でもついているのだろうか。

 制服を巡って一年同士が取っ組み合いを始めていたので、ちょっと怖くなってその場を離れた。まあ、欲しいやつがいるならいいか。
 残っているのは部屋着にしていた服と、買ったはいいものの結局一度も袖を通さないままサイズアウトした新品たちだ。
 今の様子を見る限り、持っていけば誰かしら快く活用してくれそうだったので、明日また談話室へ持っていこうと部屋で一枚ずつ畳んでいた。

「とんとんとん、お邪魔するッスよ」

「ノックを口で言うなよな。どした」

 しかも俺が「どうぞ」と言うより先に扉を開けて入ってきた。相変わらずノックの意味を何ひとつ理解していない。振り返ると、声の主であるラギーは扉の前で腕を組み、眉を寄せ、口までへの字に曲げていた。

 顔全体にでかでかと『オレは怒ってますよ』と書いてある。

デュレくん、ひどいッスよ!」

 開口一番それだった。

「なにが」

「絶対オレの方がデュレくんと仲良しなのに、なんでくれなかったんスか!」

 何を、と聞き返す暇もなく、ラギーが畳んでいた服を指差した。

「制服! 運動着! 式典服! ぜんぶオレと同じサイズだったでしょ! なんで一年坊に先に配っちゃうんスか!」

 どうやら俺が今日後輩へ渡したものを、種類まで含めて全部把握しているらしい。情報が早い。いや、サバナクロー内で「カークランドの古着争奪戦」みたいなものが発生していたから、嫌でも耳に入ったのかもしれない。

「え、欲しかったの?」

「欲しいに決まってるじゃないッスか!」

 即答だった。なんだ、あげてよかったのか。俺はてっきり、ラギーはそういうのを渡されると施しだと思って嫌がるかもしれないと考えていた。
 同級生、それも友達から「もう着られないからやるよ」と服を渡されるのって、場合によってはかなり微妙だろう。ましてや去年の俺と今のラギーがほぼ同じ身長だから着られる、という理由までついてくる。
 本人が気にしている身長をわざわざ突くことになるかもしれないし、金に困っているから古着を恵んでやるみたいに受け取られたら嫌だったから、最初から候補に入れなかったのだ。

「施しだと思われたら嫌かなって。だからあえて何も言わなかったんだけど」

「なんでそこで変な気ィ使うんスか!」

 怒られた。気を使った結果、怒られた。どうやら俺は思っていたよりだいぶ余計なところで遠慮していたらしい。

「じゃあ、いる?」

「いるッス!」

 さっきまで怒っていた顔が一瞬で消え、今度は俺が畳んでいた服の山へ視線が落ちる。その目つきが市場で値踏みする商人みたいになったので、やっぱり心配するだけ無駄だったかもしれない。

デュレくん、手に持ってるもの全部オレに渡してください。どーせそれもあげるやつッスよね? じゃあオレのものッスよ」

「古着も混じってるからちょい待って。新品の方渡す」

「どうでもいい後輩に、においつきの服をあげる気だったんスか!?! サバナクローでそれを言うとか正気っスか!!」

「え、ダメ? 洗濯してるけど……」

「あっぶねえ~~~! オレが適切に処理しとくんで、もう勝手に服捨てんな! 全部一回オレを通して!」

「ええ……分別くらいできるし」

「できてねえから言ってるんスよ!」

 山盛りの衣類を抱えたラギーは、とうとう鼻から上まで完全に隠れてしまった。

 その服の山の向こうから、もごもごと「ほんっと、世話が焼けるッスねえ」と聞こえてくる。いったいなぜ……。

デュレくんは鷲の獣人だから、鼻より眼の方が利くし自覚ないんでしょうけど。オレらって古着でも匂い分かるんスよ」

「へえ」

「誰のものだったかとか、誰にマーキングされてるとか、そのへんも」

「情報量多くて生きるの大変そうだな」

「慣れてるんでそこら辺はへーきッス」

 俺なら道を歩くだけで酔いそうだ。誰がここを通った、誰がこの椅子に座った、誰が誰に触った、みたいな情報まで四六時中入ってくるんだろうか。哺乳類の獣人、思っていたより世界がうるさい。だからみんなあんなにイライラおらおらしてるのかな。いや、あいつらは性格か……。気性難男子高校生が多すぎるもんな、サバナクロー……。

「んで、デュレくんの場合、後輩に人気あるから。イヤな使われ方するかもしれねえって話ッス」

「いやなつかわれかた……?」

 聞き返したら、服の山がぴたりと止まった。しばらく沈黙したあと、その向こうから深いため息が聞こえてくる。

「……分かんないならいいッス」

「えっ」

「今後オレに全部渡せばいいってだけなんで」

「ああ、うん。分かった……?」

「分かってないのに分かったって言わない」

「はい」

 怒られた。今日ずっと怒られている気がする。ラギーはそのまま山盛りの服を危なげなく抱えて扉まで行き、片足で器用に開けて廊下へ出たところで、わざわざ顔だけこちらへ振り返った。

「いいッスか! 今後、私物を誰かに渡す時は一回オレを通すんッスよ!」

「俺の私物なのに?」

「そう! 返事は?!」

「はい」

 「返事だけはお利口さん!」と去り際の罵倒も投げられつつ、扉が閉まったあとで考えてみたけど、俺に関する権限の八割くらい、いつの間にかラギーが持っていっている気がする。

 まあ……売るにしても捨てるにしても、俺よりラギーの方が絶対うまく有効活用するだろうし、それでいいんだけど。
 実際、あいつなら布切れ一枚でも金か食料か何かに変えそうだし。

 

 

 そうして俺は深く考えずに納得していたのだが、後日ラギーの部屋へ遊びに行った時、ベッドの上に見覚えのある服が綺麗に畳んで置かれているのを見つけた。
 俺がよく部屋着にしていたやつだ。今回渡した服の中でも特に古くて、何度も洗ったせいで生地が柔らかくなり、襟元もちょっとくたびれている。

 新品も何着も渡したのに、なんでわざわざこれを出してるんだろう。

「あれ、古着だけどいいの?」

 何気なく聞いた。その瞬間、ラギーの耳がぴんと立った。次いで勢いよくこっちを向き、顔が一気に真っ赤になる。

「忘れろ!!」
「えっ、なにを​──ぶっ!?」

 全力の頭突きが鼻に入り、視界に星が散った。鼻血が出た。めちゃくちゃ痛かった。俺は鼻を押さえて本気で泣きながら自分の部屋まで逃げ帰り、事情を聞いた同室者には「まあ……お前は六割くらいしか悪くないよ」と微妙な慰め方をされた。

「待てよ、俺のどこが六割も悪かったんだよ…………」

 誰も答えてくれない。居心地悪そうに目を逸らし、そそくさと出ていく。なんなんだよ。哺乳類の獣人、難しすぎるだろ……。

 

送信中です

×

※コメントは最大3000文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!