獣に自殺の概念はない

 人間になりたかった。
どうせだったら人間になりたかった。そう思いながら、今日も僕はナマエの背中に寄り添って丸くなる。

 火の気の乏しい部屋には、かすかな鉄瓶から出る湯気と、囲炉裏の中で炭の燃え落ちた匂いが漂っている。外では、冬が長いあくびをしているみたいに、風がときどき壁を叩く。
 めっきり寒がりになったナマエは燃えないように少し離れた位置で毛布を膝に掛けて、その端に僕の尾が擦れて、ぱたりぱたりと音を立てる。

 ナマエは振り返らない。もう何度も同じように僕を撫でてきたから、手探りでもそこに僕がいるとわかるらしい。宥めるように伸ばされた指先が、僕の首のあたりをゆっくり撫でた。木の枝のように痩せ細っていて、骨の形がそのまま皮膚を押していた。
 お外より冷たいんじゃないかしら、昔は温かかったのにな。嫌んなっちゃうくらい暖かくて、やさしい手だったのにな。

 僕の毛並みはずっとぴかぴかのふわふわだ。産まれたばかりの子猫のように繊細で、きらきらと光をはじく。けれど、ナマエの肌はかさかさで、しわしわだ。
 おかしいなあ。僕がロコンだった頃、ナマエは短パン小僧だったのに。泥だらけの足で僕を追いかけて、転んで、泣いて、笑っていたのに。いつの間にかナマエは足がノロノロになっちゃって、追いかけてくれなくなってしまった。

 僕はあの頃のままだ。声も、姿も、心も、あの時のまま。けれど、ナマエは毎日少しずつ遠くへ行く。日差しの中で笑っていた頃の顔が、だんだん霞のように薄れていく。

 キュウコンは千年生きるんだって。人間は、百年経つ頃にはだいたい死んじゃうんだって。

 この世界の理を知ったのは、ナマエと旅をしてからだった。街を巡り、山を越え、いろんな人と出会って、別れた。彼らは年をとって、やがていなくなった。けれど、僕だけは変わらなかった。
 九百年。​───────ナマエがいなくなっても、だいたい九百年くらい、僕は置いてけぼりなんだって。

 ナマエが咳き込んだ。ゴホン、ゴホン。
 自分の呼吸に咽るという、器用なことをやらかした。背中が小さく上下して、僕は心配でその上に頭をのせた。
 もう、あんまり熱を分けてあげられない。僕の炎は長く燃えるけど、命を燃やすことはできない。

 ああ、僕も人間に生まれたかったなあ。そしたら、一緒に、生きて、死ねたのになあ。

 夜の窓に、僕の素敵な尾が映る。ゆらゆらと揺れて、まるで誰かがまだそこにいるみたいだ。
 ナマエは眠っている。僕の名を呼ぶ声も、夢の中ではまだ幼い。
 いつか、この灯が尽きるまで、僕はきっとこうして寄り添い続けるんだろう。

 九百回の冬を越えて、三十二万回の朝を見て、おはようの瞬間にいつも、どこにもいないナマエの呼吸を探して。