前世の恨み引き継ぎ二週目

 BARのカウンターでパソコンをカタカタ叩いていたら、背後から近づいてきたミスターが人差し指でそっと肩をつついた。振り返って「なんでしょう」と聞くと、プライバシー保護の厚い仮面の奥で、彼がウインクしたように見えた。
 「ポケットに手を入れてみて」と明るい調子で言われたので、お言葉に甘えて手を伸ばす。見た目以上に深いし収納力もある。そしてなにかごちゃっと入っている。たぶん仕事道具だろう。

「ごめん言葉足りなかった怖い怖い怖い距離感が怖い、自分のポケットね? パンツの横についてるポケットに手を入れてください」

「あ、俺の?」

「迷いなく他人のポケットに両手突っ込んでくる若者、こわいよ……」

 言われなきゃわかんないよ、と返しつつ、自分のポケットに手を突っ込む。鍵しか入れてなかったはずなのに、カサッとした感触が指先をかすめた。
 レシートでも突っ込んだかな? 俺が洗濯機に投入する服のポケットは、6回くらい連続でレシートやポケットティッシュを洗った前科により、今や実兄が全部ひっくり返す仕組みになっている。だから珍しい。オニイチャンお仕事して。

「種も仕掛けもございやせん」
「うわわわ」

 舞台役者みたいに恭しく頭を下げるミスターの目の前で、ポケットの中で“無”から何かが生えている事実に狼狽した俺は、椅子ごと跳ね起きた。触れたくない何かだ。手を引き抜くと、物凄い勢いでお札が溢れ出す。
 「なになになに!?」俺が慌てていると、ミスターは「おじさんからお小遣いだよ、キャンディでも買いな」と笑って、札束に翻弄されている俺をおいて悠然と歩き去っていった。
 なに? どうした、俺なんか良いことした? 日頃の行い?

 度々、こういうことがある。マグネは俺の腰を抱いて「今日も素敵ね♡ ハイ、ハンサム料♡」と細く畳んだ万札を事ある毎にねじ込んで来るし、トゥワイスも「おい、おい、あかりの取り分だ! こんな端金! 募金箱にでも突っ込んどけよ!」とくちゃくちゃになったものを丁寧に伸ばしたお札を握らせてくる。
 スピナーはiTunesカードを人の財布に勝手にいれてくるし、トガちゃんは「はい! わけっこです!」とテーブルにポタポタ血が落ちる血まみれの札束をくれるから、いつもハンカチを先に差し出してから受け取るようにしている。黒霧は事ある毎にお駄賃の名目で金を渡してくれるようになった。荼毘くんはいつも通り、焦げ臭いお金を毎日「今日のお小遣い、美味しい物食べな。足りなくなったらすぐ言えよ」と渡してくれる。

 そんな俺から「おい、500円」とガチャガチャ用の金を合計数万円分ぶんどって行くのが弔くんです。1円もくれない唯一の大人が我らがボス。

 たぶん、みんな俺の事貧乏だと思ってる。
 俺は武力的に内勤しかできないから略奪もできないし、拠点の食材やら家具やら家電やらを実費で補填するせいで、金がないと思われてるっぽい。
 俺が出してるお金は全て実兄からのお小遣い由来の金なので、俺の懐は全く痛くない。あれ? もしかして俺のやってること、弔くん以外のメンバーに伝わってない? 別に秘匿していなかったけど、そういえば言ってもいなかったな……。
 いや、荼毘くんはわかってるけど、『弟にお小遣いを渡す』というものが彼の精神の安定に繋がっているので、兄からのお小遣いは遠慮なく受け取ることにしている。が、同僚からの施しは受ける必要ないから情報開示しておこう。財政まわりの透明度をあげたい。

 トゥワイスやトガちゃんは最近ようやく安定した金が手元に残るようになったし……もっと安定させてあげたい。磐石にしたい。意味無く株とかに手を出して大損しても「あーあ」で済ませられるくらいにしたい。豊かになれ……!

「弔くん!」
「うるせえな目玉ほじくるぞ」
「凄惨! 聞いて聞いて聞いて」

 パソコンに向かって仕事してる弔くんの背中に声をかけると、一瞥もくれず物騒な罵声だけ返ってきた。

 画面に反射する顔をみてほっこりする。俺があげたポチャッコのヘアバンドをつけてるからあまり怖くない。似合ってるよ、可愛いね。前髪邪魔だったんだね。使ってくれることが分かったので、こんどは“はなまるおばけ”のヘアバンド買ってこよ……と思いつつ、振り返ってくれない弔くんの近くまで棚にぶつかりながら駆け寄った。
 

 

「冷静に考えて欲しいんだけど、俺は自宅拠点の実質的大家として月々何割か家賃収入を得ていて、その他にも不動産所得があり、最近IT会社の社長の立場にもなりました」

「冷静じゃねえのはお前だけだよ。なに? 狂った?」

 弔くんの返しは、呆れと警戒と諦めを混ぜたような声色だった。
 前提ゼロで話している俺が悪いのは百も承知だが、この人は前提ゼロで俺を去勢しようとした前科がある。お互いさまだ。
 それに、弔くんはどれだけ不穏な話でも「まあこのアホ犬、犬だからな」と雑に諦めてくれているので、多少の狂気は許されるだろ。貴方が自らスカウトした可愛い犬ですよ、話を聞いてくれ。

 パソコンの画面を共有しながら、いずれ来るこの日のために用意しておいた書類を見せる。
 会社は間に架空の人物何人か噛ませて外国経由に口座複数あるから、みんなのお給料ちゃんと振込み式で使えるように準備してたんだよ。そのうち手渡し式だとやりにくくなるし、物理的に場所取っても買い物面倒だからカード決済できるようにしような……あと経理得意な人材を雇い入れたいので許可ください目星は着いてます。

 今後の展望を説明すると、弔くんは机に置いてあった水を飲みながら「ふーん、お前って便利だな」と素直に褒めてくれた。
 何がなにやら分からないが、悪いことでは無いとは理解してくれたらしい。弔くんは“先生”からのお小遣い制で生きている推定成人男性だ。“先生”のお小遣いは、個人ではなく連合全体の運営費。つまり、ほぼ自分の金ではない。
 俺は“先生”にも問題があると思いますよ、あのショタ洗脳調教カプ厨おじさん、弔くんにまともな金の使い方教えてないから……! だから課金で10万使うくせに着てるコートはボロボロの推定成人男性が出来上がっちゃうんだ……! 欲望の使いどころが、めちゃくちゃ!

「これをちゃんと実用に回すには、一旦金の出入りの大部分を俺に任せてもらうことになるんだけどさ。
毎回ボスにお伺い立てながらちまちまやるのと、俺が権限持っていい感じのタイミングで処理しちゃうの、どっちがいい?」

「お前が適当にやれ」

「了解、全員いまから会社員になりました~~」

 このあたり、弔くんは本当に判断が早い。
 興味が無いことはまったく聞く気がないくせに、必要だと思った瞬間“任せる”に切り替える大胆さがある。ボスの素質ってのはこういうところに現れるんだろう。任されたからには責任を持ちますよ、と必要なファイルを展開していく。

「架空のIT会社何個かあるから、資金は一旦コンサル契約料とか匿名寄付にしてプールしてあとで分配するね。給料名目は少なめだけど、それ以外にプロジェクト立ち上げ費とか名前だけ変えて相応の入金を……」

 カタカタとキーボードを叩くたび、画面の中でマイナーな海外会社のロゴと銀行名がぱっと増えては消えていく。
 弔くんの目には、きっと俺の手元じゃなくて「自分の知らないところで勝手に増えていく“金の入口”」しか見えてないだろうなあ。
 そう思いつつ説明を続けていたら、弔くんの座っている椅子がゆっくり、しかし確実に限界まで後退した。狭い部屋の中で、逃げ場なんてほとんど無いのに。
 視線を上げると、そこには見たことのないレベルのドン引きの顔があった。

お、ドン引き記録更新。この顔は無理やり連れションしようとした時を上回ってる。

「こわこわこわ日本語で話せ何お前こわい」
「仕事と給料の話をしているんだが? 弔くん、この中から好きな名前選んで」

 ファイルをあけて画面いっぱいに羅列された名前を見せる。チラッと視線を向けてから「ねえよ」と思考放棄したので、仕方なく俺が選ぶことにした。

 この世界、“個性社会”の関係で戸籍のない人や死んだけど気付かれてない人が多いので、前世より資金洗浄や架空口座とか戸籍の乗っ取りとかがやりやすくて便利。これは俺が以前からコツコツと買い貯めておいた半実在人物達の戸籍です。いっぱいあつめた。がんばった。

「じゃあ自動的にさっさと処理したい【久遠院 艶吉】さんにします。弔くんは今日から久遠院 艶吉になります」

「やだ、やだやだやめろ。なんの事か分かんねえけどそれ以外がいい」

「じゃあ選んで」

「山田たかし」

 投げやりというより“最大限素朴で波風の立たない名前”を本能で選んだ感じだ。予想外にセンスがいい。

「いいね、字数少ないからサインも楽だ。はい、山田たかしのカードと通帳。年齢は21ってことにしてる。あとで簡易プロフまとめて出すから目え通して。
預金300万ちょっとだから食べたいもの食べたり課金したり、身の回りのもの買うのに使って。100万切ったら俺の方で勝手に補充するから、大きな買い物以外はこれでやってね。
こっちは仕事用口座、義爛とやり取りする時はここから引き出して。仕事用口座は何個かに分けてるから、止められても変えがある。2つは弔くんが管理しておいて、残りのやつはリスク分散で黒霧に教えておくからね。わかんなくなったら俺にきいてね」

「こっわ……」

「怖くない」

 最優先すべき弔くんへの処理が終わったので、俺は他のみんなに一斉メッセージを送った。
 『帰ってきたらお話があります』​─────このままでは“怒られると思って来ない派”が確実に生まれるので、カッコで【良い話】と入れておく。
 美味いものが出るかもしれない、と勘違いしてでも早く集まってくれたら助かる。

「お前このスキルなんなんだよ」

「俺は頭が良くて要領も良いので出来るのです」

 弔くんはフッと笑って、ギリギリ鷲掴みにしない角度で思いっきり俺の顔面を掴んだ。痛い痛い痛い取れちゃう!!

「それで誤魔化されてくれるのはお前の優しいオニイチャンだけだからな、あまり俺を舐めんなよ」
「きゃいん!」
「おら、飼い主サマに隠し立てするんじゃねえぞ。全部吐け」

 そりゃ……そうだよなあ……! 幼少期から実兄による誘拐監禁生活してるやつが、ここまでやってたら可笑しいよなあ! 突っ込まれない方が妙だから、いつか聞かれるとは思っていた……!
 「別に舐めてるわけじゃないんですよ……」と言い訳をしながら、でも信じて貰えないだろうからあ……! と言葉を繋げる。

「実は俺って前世の記憶があるからこういうの出来ちゃうんだ。前世のスキル引き継ぎなので……」

 情けない声で厨二病丸出しの事実を伝える。恥ずかしい……言葉に出して言いたくない日本語だ。言いたくなかった。
 俺が頭のおかしい発言をしても、弔くんはどこまでまともに聞いてくれたのか分からないノリで「へえ、きっしょ」と流す。聞いたのそっちなのに興味無さそうなのやめて。

「実は俺って異世界転生者なんで……」
「へえ、よっぽど悪いやつだったから元の世界でも要らなかったんだな。燃えるゴミ」
「その理屈だとこの世界はゴミ箱では」
「知らなかったのかよ、ゴミ箱だよこんなとこ」

 ケラケラ笑っていらっしゃる。まあ、頭おかしくなってるくらいに思われてるだけだろうな。ボスが何考えてるかどう理解してるのかは何も分からない。この程度で済むんだ……。

「前世はどんなヴィランだったんだよ。ちゃんと歴史に残ったか?」

「失敬な、前世は真っ当なインフラ系商社の財務・統括マネージャーだったよ。有能だったから海外赴任が多くて、現地で巻き込まれて死んじゃったけどね……。
ちょっと会社ぐるみで公安に睨まれてたくらいで、俺自身はクリーンな人間だよ」

「公安に睨まれてんのはクリーンな人間じゃねえだろ」

 海外に水や電気を通したり学校や病院を造る、善なる仕事だったんだけどなあ。

 確かに、依頼主が地元武装組織関係者しかいなかったりしたけど。俺自身は普通のサラリーマンとして自分の仕事に誠実だっただけだ。現地の武力勢力と『護衛』の名目で協力関係結んだり、裏金を正当な報酬ですよ? の顔して入金して向こうの面子保ちつつ仕事取ったり、組織のボスの妹を嫁にと勧められたりしてズブズブの関係になっていたけど、日本の法で俺を罰せられなかったのだから俺はクリーンだ。

「公安は陰湿だから、隙を見せてなくても来るし1番嫌なタイミングで嫌がらせしてくるんだよ。今世も正直ヒーローより公安とそれに繋がってる警察の方が危険度高いと思ってる。ヒーローは殺せば死ぬけど公安は殺しても死なない。奴らは頭の無い蜘蛛だから」

「憎悪だな」

「あいつらが口座凍結させたせいで、払うべき賃金払えなくて“裏切り”認定されて額に銃を突きつけられた夜があったんだよ……! 俺が積み上げた“信頼”を気軽に破壊しやがって……! お礼に領事館へ爆弾輸送してやったった。公安大騒ぎで抱腹絶倒してやりましたよ」

「国賊だな」

「護るべきものがあったら公安の眼が逸れるだろ。しっぽ掴ませなかったから俺は無罪だよ」

 あれ、この発想って「死体がなければ犯罪は立証されない」と言って強盗殺人(死体完全焼失)している今世の実兄と同じ……? 似ちゃうんだな、きょうだいって。これはほっこり案件。

「弔くんも覚えておいて、公安はさ、法の肩書き背負ったヴィラン組織の分際で正義面してるカスのゴミ。悪いやつだからね。きっと1番嫌なタイミングでやってくるよ」

「お前俺の事散々レイシストとかいうけど、お前も大概だからな」

「弔くんへのレイシストは褒め言葉じゃん。俺へ向けては悪口だよ」

「俺ちょっとお前のこと甘やかしすぎたかな、強めに殴っとくか……」

「やめて、死んじゃう」

 俺の真摯な忠告がどこまで弔くんに伝わったのかわからないが、ヴィラン連合がこれから大きくなるに従って、絶対に公安には噛みつかれるだろう。この世界の公安がどういう動きをするかは分からないけど、前世と同じだったら───────。

 くっそ邪魔。なんとかして滅ぼしたい。前世の恨みを今世で晴らしたい。

「公安には、気をつけようね……!」

「そんな嫌なやつなのかよ……」

「クソカスボケゴミ組織」

「恨みが深いな……」

「公安だけは……本気で嫌いでね……!」

 今思い出しても憎悪あふるる私怨で満ちております。まあ、この世界はヒーロー社会で警察も公安もヒーローの影にいるから、もしかしたら前世よりも立場が低いかもしれない。それでも、油断はできない。あいつらの厄介さを俺は知ってるからな。

 一生関わり合いにならずに済めば、それでいいんだけど。