いきてきたる【悪巧みとは疲れるもので】

脳無置き場(工場)と孤児院の併設は「子どもを傷つけることがメインの計画」ではなく、むしろ子どもたちが清潔な環境で暮らし、食事を与えられ、教育を受け、表向きにも実態としても福祉施設として成立しているからこそ意味があるもの。正しい管理のもとで大切に育てられた子供たち!という看板の方が良い。常に緊張状態にある人間が危険な場所に迷い込んだ時よりも、安全だと信じていた場所が崩壊した方が人間はパニックになるので。それに小綺麗な格好だと外見バイアスによるハロー効果が期待できる。助けなきゃ!という気持ちへのバフ。

ヒーローは、明確に守るべき一般人や子どもがいる状況では基本人命救助が優先されるので、必要なのは女子どもの苦痛ではなく、「市民を傷つけてはいけない」「女性や子供が巻き込まれている」というヒーロー側の倫理。なので、脳無と同じ場所に置くという極めて危険なことをするけど、別に攻撃対象としていない。事故で怪我をしたり死んだりする可能性はあるけど、悲しいけど仕方ないねという気持ち。ここら辺がヴィラン。

でも孤児院の責任者が子どもを虐待するような人物であることは、受け入れがたい。それは作戦上必要な悪ではなく、閉じた環境で弱い者をいたぶるだけの不快な暴力。脳無と同じところに無力な女子供を置くのは、ヒーローに一瞬の隙を作ることという“目的”があるけど、これは意味の無い暴力なので、普通にダメだろ……。なんでそんなことするの?暴力が好きならうちに来て弔くんと戦えよ。本物の暴力をみせてやる。となる。おねがい!おねがい!と陽火がやかましくねだれば「うるせーーうぜーー」と面倒くさがりながら顔面鷲掴みくらいはやってくれるから……。

陽火の倫理観は善良じゃないけど、無秩序でもない。本人なりの線引きがあり、「利用すること」と「壊すこと」は、本人の中で違うものとして扱われている。

スピナーへの反応も、この価値観の延長にあって、陽火は世界中の被害者すべてに等しく怒れる人物ではないし、めちゃくちゃ偏ってる。
自分が身内だと認めた相手、自分が好きだと思った相手に対してだけ、保護欲と怒りが異常な密度で発生する。前々から書いてる通り「俺は俺のことが好きな人が好き!」なので、昔からネトゲ友達をしていて、今は超常解放戦線で仲間のスピナーは自分に優しい年上の友人として好き。 好きなので、虐められたの!?相手を殺します……それだけの罪があるから……という気持ちになる。万人に優しくはないので残酷手段で時間差迎撃に行こうとする。最悪の場合実兄に「俺の友達が虐められたという事実に、俺はとてもたいへんはちゃめちゃに傷つきました。そいつが生きてるの嫌すぎる。たすけて」と泣きつくし、泣きつかれた荼毘は本当に「陽火くんがよろこぶといいなあ」くらいの、家に帰る前にケーキ買って帰ろうかな!くらいのノリで殺害完了することも分かってる。陽火は普通に利用するし、荼毘は利用されると「俺に頼った!陽火くんは俺が必要なんだ!」で嬉しいというズブズブインモラル兄弟。地獄の両想い。尚、陽火側は「俺が頼ると荼毘くんはよろこぶ」ということをちゃんと分かってる。

俺のことが好きなお前のことが好き!! なので、幼少期に自分に対して無関心(実際は知らないがそうとしか見えなかった)な実父に対しては「俺のことに無関心なお前のこと、マジでどうでもいい感じ」という状態。世界がダウン後に立ち上がったエンデヴァーに大喝采していた時も「お、生きてた」くらいで終わったのはこのせい。

この性格のせいで、いずれそのうち揉み手でヨイショしてくる四ツ橋にも絆されるし、現在ドクターのことちょっと好きになってきてる。