整列した沈黙は破られた

 ジュネーブ諸条約違反により、追放されました。言い訳を聞いて欲しい、悪気はなかった。

 俺たちとの激しい戦闘の後で、爆豪くんが汗と泥にまみれていたのは事実だ。それに爆豪くんは、こちらが「治療させてね」と言って素直に頷いてくれるような性格でもない。無理に押さえつけるのも違うし、かといって何もしないのも人道的にどうなんだ、という話になる。
 本人だってお風呂に入ってさっぱりしたいはずだ。俺としては、ちょっと気を利かせたつもりだった。
 だって、見知らぬヴィラン集団の中で、しかも監視されながら全裸になるなんて嫌だろ。恥ずかしいし、屈辱的だし、俺だったら絶対やだ。だからといって「お風呂入ってね、タオル置いとくよ~」と放置出来るような相手ではない。ちゃんと爆豪くんを“実力者”と見てたからこその配慮だった。これには弁護士も頷くはず。放置する方がよっぽど人権侵害だ。

 椅子ごと引きずってキッチンの排水近くまで連れてきて、驚かないようにちゃんと「いくよー」と予告だっていれた。ホースでぶっかけたのだって水じゃなくてお湯だった。温度も確認した。配慮のかたまりだ。
 爆豪くんは直前までの罵声をピタリと止めて呆然としてたけど、あれはお湯が気持ちよくて大人しくしてたってだけだろう。犬だって洗う時ああいう顔するし。

 それを“捕虜の虐待”として審議の結果、「お前いると悪気なくいびり殺しそうだから工場待機しとけ」とボス直々に追い出されてしまったんです……! 俺は、俺は無実だ……!
 みんなから「子供の頃虫ちぎって遊んでそう」「構いすぎて小動物殺す人」「やはりみるくっち殺しの系譜、そういうポテンシャルを持ってる」「たぶん爆豪くんにとってあかりがいちばん怖い存在だからな」「行動の飛躍が化け物」と謂れ無き罵倒を受けた。ひどい。

 荼毘くんだって「俺の時は水と氷だったから優しいほうだろ」とフォロー入れてくれたけど、逆に「そうやってお前が甘やかすからこんな化け物になっちまったんだろ」と荼毘くんが責められる流れになってしまった。全部善意なんですよ!? と言いたいところだが、幼少期の記憶が俺をギリギリまともにとどめている。

 俺が5歳くらい、まだ実家にいて燈矢くんも元気だった頃。
 ボール遊びをした時に、どんなノーコンでも必ず受け取って「陽火くん上手」と褒めてくれるのが楽しくて、わざと適当な方向にぶん投げて取ってこさせていた。
 鍛錬で忙しく、たまにしか遊んであげられない8歳下の弟への、燈矢くんなりのサービスだったのだろう。めちゃくちゃ利用してめちゃくちゃ弄んでた。
 そして気付いたなつくんとふゆちゃんに「お前それ犬みたいに遊ぶのやめろ」「燈矢兄怒っていいんだよ」とボコボコに叱られた。
 なつくんの「お前、「悪気が無い」が免罪符になると思うなよ」という真っ当なお叱りを心に持って、俺またやっちまったんですね……! という客観視をもって生きたい。心の中のなつくんに叱られない人生を歩みたいですね……。5歳の俺、めちゃくちゃ真っ当な説教されてないか? なつくん、あまりにも育ちが良い。
 
 燈矢くん冷却は俺なりに理屈があるから反省しないけど、確かに爆豪くんにホースでお湯ぶっかけたのはジュネーブ諸条約に抵触しちゃうか……。縛り上げたまま着衣で浴槽に沈めるよりは人道的だと思ったんだけど……。俺は彼にどうしてあげれば良かったのだろうか。

 まあ、あまり長く連合拠点に居座っていても、ヒーローの襲撃なんか受けたら俺なんて真っ先に木っ端微塵にされてしまうだろうから、そろそろ身を引くのもタイミングとしては良かったのかもしれない。爆豪くんが助けられる時って、たぶん戦闘始まるし。

 詳細はもう完全に忘れているけれど、爆豪くんはあくまでも“ヒーロー側”の人間だ。弔くんが「ワンチャンあるだろ」と粘り強く勧誘しているけど、ワンチャン無いのは転生者である俺が原作知識というチート級の情報アドバンテージで知っている。
 俺の持ってるカード、残りは“ヤクザがいた”と“エンデヴァーが曇る”だけだ。転生の……意味……?

 

 黒霧ワープでポイッと放り出されたのは、何回か来たことのある工場だった。
 俺たちが勝手に工場と言ってるだけで、外観はただの廃倉庫だろう。薄暗く、付けた蛍光灯が時々じりっと不穏に明滅していた。床は乾いているのに、どこか湿気を含んだような空気で、鼻の奥に刺さるツンとした匂いが漂っている。保存液のにおいなのだろうが、成分はよく分からない。ただ、直感的に「身体に良くなさそうだな」と思わせる重たい刺激臭だった。

 どこの会社が作っているのか分からないクソデカタンクがずらりと並び、各缶の側面には細いチューブが何本も伸びている。一定のリズムで「ぷしゅ、ぷしゅ」と空気が送り込まれていて、まるで金魚のためのエアーポンプを巨大化させたような音だ。
 もちろんここにかわいい金魚はいない。呼吸が必要かどうかも曖昧な脳無たちのために、最低限の空気循環だけが律儀に続けられている。
 何個か覗き込んだが、化け物すぎて笑えた。外見が特殊な異形型の人って普通にいるけど、やっぱりそういう人も『人間』なんだよな。脳無をみるとわかる。存在そのものへの違和感がすごい。

 室温は妙に快適で、暑くも寒くもない。ただ匂いと音だけが終始まとわりつき、他に不快要素がないのが逆に落ち着かない。静かで整っているのに、ひとつも安心できない倉庫だった。

「うわあ、うんざりする」

 思わず、うへ、と喉の奥から声が漏れる。
 脳無工場待機を命じられた結果、俺はこのクソデカタンクの列の中で、脳無たちの管理と個体在庫チェックという、気が滅入るにも程がある仕事をしている。
 別に頼まれてないけど、必要な情報なのに弔くんのところで情報止まってるからな! 別に上で止めておくべき情報というわけではなく、弔くんに情報共有の概念がほとんど無いだけです。聞けば面倒がりながら教えてくれる。脳無の情報が弔くんのワンオペ管理なのも問題だと思いますよ、やっぱ“先生”がわりぃや。

 脳無の数を確認し、番号を照合し、異常がないかを淡々と見て回るだけなのに、やたらと精神を削られる。理由は分かっている。ただの“死体”ではないからだ。

 脳無という存在を、俺は“改造死体”の延長線上にあるものだと解釈している。
 人格はなく、意識も曖昧で、呼吸や反応すら外部装置に依存している。それでも、ただのモノとして扱い切れない違和感が、常にまとわりつく。その違和感が、ここに来て一気に形を持った。

 とある製造ナンバー帯から、複数付与された個性のうちのひとつが、異常なほどの連続性を持って現れている。
 弔くんの個性と似ている。完全に同一ではないが、系統が同じだと一目で分かるレベルで、方向性が揃いすぎている。“接触分解”“剥離”“脆化”“老朽”。構造そのものを弱らせ、壊し、失わせるタイプの個性群。珍しいものだと“構造喪失”なんていうものもある。

 ……ぜって~~弔くんの子供(仮)じゃん~~!

 思考が、嫌な方向に滑り始めるのを止められない。ボスには定期的な搾精義務がある。その事実を、俺は知っている。本人が普通に言っていたから……。「これはおかしいぞ?」という思考や選択肢を与えられないまま、義務にされてしまった成人男性だ。可哀想……。
 そしてその“結果”がここに集まっているのだろう。集められ、育てられ、加工され、その果てがこのタンクの中だ。

 製造年月日を逆算してしまう。搾精義務が始まったのは、弔くん曰く11くらい。そこから出産までのプロセスは、普通と同じ形なのかどうか分からない。人工子宮かもしれないし、歪められた何かかもしれない。
 でも仮に“産声を上げる”瞬間があったとしたら、そこから四、五年ほど。子供に“個性”が出現し始める時期と、妙に綺麗に噛み合ってしまう。

 知っている情報たちが勝手に手と手を取り合ってしまう~~……。繋がるな、情報たち……!!

 脳無は人間の形から離れているから、顔も分からない。それだけが救いだ。もし、顔がそのまま残っていたら、精神的ダメージが直撃していたと思う。弔くんに似た顔の子供の死体だったら最悪すぎる。たぶん、普通に泣く。
 そして、俺が泣いているのを見た弔くんは、きっと指さしてゲラゲラ笑う。地獄すぎ。

「……“Mientras yo respire, no estás solo en la oscuridad.私が息をしている限り、あなたは暗闇で独りではない。”」

 タンクに当てた手のひらに重い振動を感じながら、呟く。これは、前世の記憶だ。かつて一緒に仕事をした地元武装組織のボスに教わった死者への祈りだ。
 ……まあ彼は「覚えとけよ、兄弟。これ言っときゃキリストも仏陀も、オレのママですら許してくれる。んでサンタ・ムエルテの機嫌がよけりゃ、ちょいと早めに迎えに来てくれるってわけだ!」と爆笑しながら銃を乱射してたけど。

 それにしても“先生”の意図がわからない。

 弔くんの個性は確かに強力だが、あれは汎用性のある強さではない。
 唯一性があるからこそ成立している強さで、大人子ども特有の過剰な怒りという不安定な精神状態で最大出力を引き出しているというだけだ。再現しようとすれば、どうしても「弔くんの劣化」になる。
 実際、できあがっているのは高性能兵器ではなく、脳無の素材として処理しやすい個体ばかりだ。
 仮に轟家と同じように母方の遺伝子も含めた掛け合わせで“個性ガチャ”を回しているのだとしても、コストが釣り合わない。
 子供に個性が出現するまで最低でも数年は必要で、その間は管理と隠蔽が発生する。こういうのもなんだが、裏路地を少し歩けば戸籍登録されていない人間は珍しくないし、ドクター経由で回収するルートも既に存在している。効率だけを考えるなら、そちらを使わない理由がない。というか、実際そっちも並行してやっているだろ。だからこれは効率の話じゃない。目的が別にある。

 ……嫌がらせ、に見える。
 “先生”は、弔くんという存在を「嫌っている」のではないと思う。むしろ気に入ってはいるのだろう。ただしそれは、人としてではない気がする。生き物としての弔くんでもない。「個」として愛着を持っているわけでもない。評価しているのは、機能性だ。便利で、扱いやすく、でも変えがないから丁寧に扱おうというかんじ。壊れないように管理はするけど、尊重はしない。
 その結果が、行動の端々に滲む非人道性だ。本人の感情や尊厳を考慮するという発想が、そもそもない。
 弔くんを“守っている”ように見える瞬間でさえ、実際には「長く使うためのメンテナンス」でしかない。

 そして、わざわざ弔くんの子供を量産し、効率の悪い手段で脳無を作り続ける理由。
 それは、弔くん本人に向けた行為じゃないだろう。弔くんは自分に何が起きているのかを正確に認識していないし、それゆえにダメージもない。だからこれは、“わざわざ手間隙かけてでも嫌がらせしたい誰か”に向けられたものだ。

 弔くんを“材料”として扱うことが、確実に刺さる誰か。弔くんを「人として」見ていた存在。あるいは、弔くんを“個”として守ろうとする可能性のある存在。

 そう考えると、“先生”のやり方は一貫している。弔くんを愛玩物のように丁寧に扱いながら、同時に「彼は部品だ」と世界に突きつける。誰かがそれに気づいた瞬間にだけ成立する、静かで執拗な嫌がらせだ。

 ……人を人として扱わない人ほど、「大切にしている」と言い張る。その違和感の正体が、これなんだと思う。

 今のところ、これで実質的なダメージを食らっているのは俺だけなんだが……。
 俺、“先生”に何かしたか? 考えれば考えるほど、理屈を探すのが間違いな気もしてくる。ああいうタイプの人間に、首尾一貫した動機なんてものは最初から存在しない。
 花が綺麗で気分が良かったから教会を燃やした、とか。靴紐が切れて今日はナイーヴだから、動物保護施設に100万ドル寄付してきた、とか。
 そういう、始まりと結果のあいだが完全に断絶した理屈を、本人的には何の違和感もなく提示してくる。善悪でも、快不快でも、合理不合理でもない。ただ“そうしたかった”という一点だけが事実で、あとは後付けだ。だからこちらが原因を探そうとすればするほど、的外れになる。

 前々から思っていたけど、“先生”のメンタル、化け物過ぎないか? もしかして、この世界のラスボスって“先生”なのでは……。オールマイトと対消滅してくれないかな……。

​─────と、そこまで考えたところで、背中の皮膚が一段、冷えた。
 冷たい、というより、皮膚の内側を撫でられた感覚に近い。音も風もないのに、そこに「何かが居る」と分かってしまう、嫌な予感の種類だ。全力を出したオバケくんの精神汚染より濃度が高い、悪意。
 

「ああ、“陽火”。そこは危ないから少し奥へ来なさい」
 

 声は近い。近すぎる。
 振り向く前から、さっきまで絶対に誰もいなかった位置だと分かる距離感だった。足音も、衣擦れも、気配の助走すらなかった。ただ、最初からそこに存在していたみたいに声だけが置かれている。
 名前を呼ばれた瞬間、思考が一拍遅れた。感情が追いつく前に、身体が結論を出す。

 身体が勝手に“逃げろ”ではなく“従え”を選ぶ。生存本能だ。理由は分からない。分からないが、判断は終わっている。言葉を返すより先に床を蹴った。奥だ。言われた通りに、しかし全力で。倉庫の奥へ走る。
 視界の端で“先生”の影が揺れた気がしたが、確認しない。振り返る余裕はない。金属と油と埃の匂いが肺に刺さる。足音が反響して、自分が何人いるのか分からなくなる。

「来るよ」

 短い。
 警告というより、事実の通告。感情も抑揚もない、予定表の読み上げみたいな声だった。その直後だった。

 頭上から、世界が落ちてきた。
 轟音。圧。空気が一瞬で潰れ、耳の奥が悲鳴を上げる。倉庫の天井が内側へ弓なりに沈み、次の瞬間、鋼材とコンクリートがまとめて叩きつけられた。

 上からだ。横じゃない。逃げ道を塞ぐ角度で、容赦なく。照明が破裂し、白い火花が雨みたいに散る。衝撃波が背中を殴り、足が前に流れる。床に転がりながら、熱と粉塵に喉を焼かれる。
 遅れて、重いものが連続して落ちる音。骨のない巨体が踏み潰されるみたいな、嫌な音だ。視界は灰色に潰れ、どこが天井でどこが床か分からない。さっきまで“倉庫”だった場所が、ただの瓦礫の塊に変わる。

 咳き込みながら、かろうじて身体を起こす。まだ生きている。心臓が暴れている。理由は一つも分からないが、助かったという事実だけが残った。

「脳無格納庫制圧完了」

 ヒーローの格好良い登場シーンで、俺いま死にかけましたが!?! 中に人がいた可能性を考えずにやりやがったか!? ゆるせねえ、ヴィランにも人権はあるんですよ! 日本国憲法遵守しろよヒーロー!!

 “先生”!! やっちゃってください!!

 俺は“先生”の影に隠れながら、全力でフリーの仲間にSOSを出した。こいつらがここに来るってことはBARの方も戦闘中だろう。これが俺の戦い方だ! ぜってえ~~嫌な思いさせてやるからなヒーロー!!!!