会議室の空気は、静かすぎるほど静かだった。壁一面のモニターに映し出された資料だけが、ここに集まった人間たちの思考の密度を代弁している。
公安、ヒーロー、分析官、作戦参謀─────誰一人として軽口を叩く者はいない。これは“戦いのための最終段階”であり、同時に「ここで間違えたら取り返しがつかない」と全員が理解している局面だった。
スクリーンに最初に表示されたのは、ヴィラン連合のリーダー死柄木弔と、幹部格構成員一覧だった。
死柄木弔(本名不明)
黒霧(本名不明)
荼毘(本名不明)
トガヒミコ(渡我被身子)
トゥワイス(分倍河原仁)
スピナー(伊口秀一)
マグネ(引石健磁)
Mr.コンプレス(迫圧紘)
そして、最後に表示された名前。
あかり(本名不明)
一瞬、誰かが資料のミスを疑ったように視線を動かしたが、すぐに誰も口を挟まないことを選んだ。
「……いるな」
低く呟いたのは、公安側の責任者だった。
「隠す気配がない。偽名でもコードネームでもなく、流通名の“あかり”のまま、連合幹部の中にいる」
スクリーンには、倉庫、BAR、連合拠点周辺で撮られた断片的な映像と写真が次々に映し出される。長身で、姿勢が良く、柔らかい表情。武器を持つ場面はほとんどない。周囲のヴィランと会話する様子は穏やかで、暴力を煽るどころか制止しているカットすらある。
「プロファイリングの再確認に入ります」
分析官が淡々と続ける。
「対象“あかり”は、ヴィラン連合内で明確な指揮権を持っている様子は確認されていません。ただし、発言ひとつ、視線ひとつで荼毘の行動が止まる場面が複数確認されています。これは命令ではなく、説得、あるいは信頼関係に基づく抑止です」
別のモニターに、荼毘の行動ログが映る。時系列で並べられた映像には、爆発寸前の炎が、不自然なほどあっさりと引いていく瞬間が何度も記録されていた。トリガーは一貫している。“あかり”が視線を向ける、肩に触れる、短く言葉をかける。それだけだ。
「荼毘は調査を撒く能力が高く、行動の一貫性が低い。連合に所属している理由についても、組織への忠誠や思想への共鳴というより、別の個人的な目的があると見られる行動が多い。指示に従う場面と、意図的に無視する場面の差が極端で、統制下にあるとは言い難い。
それでも排除されていないのは、単純に実力が突出しているためです。戦力として有用であり、扱いづらさを加味しても“手放す理由がない”。
連合側も、彼を完全な構成員というより、“厄介だが使える存在”として許容している様子が確認されています。
また、“あかり”が近くにいる場合、荼毘の暴力行動は有意に低下します。つまり荼毘はある程度、“あかり”によって操作可能な存在だから許容されているとみてもいいでしょう」
画面が切り替わる。今度は二人が並んで歩く映像だ。距離が近い。近すぎる。会話の有無に関わらず、常に半歩以内。周囲に他者がいても、その距離は変わらない。
「……つまり」
沈黙を割ったのは、ヒーロー側の一人だった。
「荼毘は、あかり教の信者という理解でいいのか?」
分析官は否定も肯定もせず、次の資料を映した。あかり教徒と認定された民間人の行動ログ。情緒は安定し、近隣トラブルは激減し、対人摩擦は減少。
笑顔で挨拶を返し、困っている人間に手を貸し、暴力衝動の既往があった者ですら、あかりを携行するようになってからは社会生活に支障が出ていない。
「親切で、穏やかで、感じのいい隣人」─────聞いているだけなら理想的だ。完璧すぎて、逆に気味が悪いくらいに。
「彼らが不安定化するのは、“あかり”を失った場合のみです」
分析官は淡々と続ける。
「奪われる、壊される、あるいは本人の手元から消える。その瞬間だけ、急激な情動不安定と攻撃性の再燃が確認されています。平時は安定している。まったく、資料だけ見れば素晴らしい宗教ですね」
小さな失笑が漏れたが、すぐに消える。
「では荼毘は?」
「該当しません。あかりを常備していない。行動も安定していない。暴力性も抑制されていない」
画面に映る二人の距離が、改めて強調される。半歩。常に。
「荼毘はあかり教徒ではない。強いて言えば“あかり”という個人に依存している様子が見られます。信仰ではなく、対象依存です。象徴を信じているのではない。象徴そのものが、すぐ隣にいる」
誰かが低く息を吐いた。
教義でも、配布物でもない。持ち歩く必要すらない。ただ隣にいればいい。それで暴力が“少しだけ”抑えられる。
「つまり」
公安側が言葉を引き取った瞬間、会議室の空気が一段階、低く沈んだ。誰もが同じ結論に辿り着きながら、口に出すことだけを躊躇していた、その核心だ。
「荼毘は信者ではない。だが、“あかり”を失った瞬間に何が起きるかは、誰にも保証できない」
その言葉が落ちたあと、沈黙が続いた。ざわつきではない。反論もない。ただ、理解してしまった者たちが、同時に口を噤んだ静けさだった。
素敵な存在だな、と皮肉を言うには、あまりにも代償が大きすぎる。
人を安定させ、社会に溶け込ませ、暴力衝動すら和らげる。だが、それは“失われた瞬間”にすべてが反転する装置でもある。優しさと破壊性が、同じ軸の上に置かれている。その構造を、全員が頭の中でなぞっていた。
「補足します」
分析官が、間を置かずに言葉を継いだ。淡々とした声が、逆に内容の異様さを際立たせる。
「“あかり”は単独行動も確認されていますが、それ以外の大半のケースで荼毘と同行しています。物理的距離が異様に近い。警戒行動ではなく、習慣に近い位置取りです」
画面に映る映像が切り替わる。二人が並んで歩く姿。会話がなくても、半歩以内。立ち止まっても、角を曲がっても、自然にその距離が維持される。護衛でも監視でもない。むしろ、互いの存在を前提に身体が動いているような、不自然な自然さだった。
「……恋人関係の可能性は」
誰かが、慎重に言葉を選びながら尋ねた。先ほど出た“対象依存”という分析が、ここで一本の線として繋がっていくのが、誰の目にも分かったからだ。
「高いと見ています。相互のパーソナルスペースへの侵入を拒否していない。接触に対する反応も自然です。支配・監視・拘束といった緊張は見られません」
それは、命令関係でも、宗教的な帰依でもない。もっと原始的で、もっと危うい結びつきだった。
「年齢差は?」
「荼毘も全身の火傷により外見年齢の推定が困難です。ただし、身体動作や反応速度から、極端な年齢差は考えにくい。近い年代、少なくとも心理的には同世代と推定しています」
誰かが、ぽつりと呟いた。
「……まるで、ボニーとクライドだな」
その言葉に、何人かが苦い表情を浮かべた。
ボニーとクライド─────大恐慌時代のアメリカで名を馳せた、若い男女の犯罪者カップル。互いに依存し、逃亡を重ね、周囲からは“ロマンチックな無法者”として消費されながら、最後は銃弾の雨に倒れた二人。愛情と破滅が切り離せない形で語られる、象徴的な存在だ。
「並んでいるだけで神話になる」
誰かが低く続ける。
「そして、どちらかが欠けた瞬間に、もう片方は止まらなくなる」
画面の中で、あかりは穏やかに笑っている。荼毘はその半歩後ろで、まだ抑制されている。だが、その均衡は、あまりにも脆い。
会議室に漂うのは、敵意ではなく、予感だった。
─────これは単独のヴィランを相手にする話ではない。“二人で一つ”の構造を、どう扱うかという問題だ。
誰も、それ以上を口にしなかった。言葉にしてしまえば、作戦は一段階、重くなる。そしてそれは、間違いなく現実になる。
「人格面の評価は?」
空気を切り替えるように、腕を組んだヒーローが改めて問いを投げた。それまで積み重ねられてきた分析は、危険性と構造の話が中心だった。だがこの質問は、もっと根源的だ。その人間は、どんな“顔”で生きているのか。
「親切で、共感能力が高く、コミュニケーション能力も非常に高い。こちら側の観測では、作られた人格、洗脳用の振る舞いではありません。本人の性質です」
分析官の答えは即座だった。迷いがない。その確信を裏付けるように、モニターの映像が切り替わる。
道端に落ちているゴミを、躊躇なく拾い上げる。
人混みの中で立ち往生している白杖の老人に声を掛け、歩調を合わせて目的地まで先導する。
集団下校中の子供たちに「こんにちは!」と声をかけられ、同じ調子で「こんにちは、気をつけて!」と返す。
どれも特別な場面ではない。誰にでも出来そうで、しかし実際には見過ごされがちな行動ばかりだ。表情は穏やかで、作為がない。
長身ゆえ本来なら生じるはずの威圧感が、態度と声色によって自然に相殺されている。画面の中の彼は、危険人物でも、カリスマ的指導者でもない。ただの“感じのいい好青年”にしか見えなかった。
会議室の何人かが、無意識に眉をひそめる。それが余計に厄介だと分かっているからだ。
「具体的な根拠を挙げます」
分析官の声は、相変わらず感情の起伏を含まない。
「敵味方を問わず、感情が高ぶった相手に対して距離を詰めすぎない。視線の高さを合わせ、否定語を使わずに制止する。
相手の選択肢を奪わない言い回しを徹底しています。これは即席で身につく対人スキルではありません。本人の生活史の中で、繰り返し培われたものと判断しています」
会議室に、かすかなざわめきが走る。訓練ではない。演技でもない。“そういう人間”なのだ。
「暴力性は?」
短く、しかし重い質問が飛ぶ。
「低い。ただし、“低い”と“存在しない”は別です」
その一言で、空気が引き締まった。暴力を好まないことと、暴力を振るえないことは違う。彼らはその違いを、きちんと理解している。
「年齢推定は」
「外見は20代前半に見えますが、表情の作り方、反応速度、感情処理の傾向から、10代後半の可能性が高い」
その言葉が落ちた瞬間、会議室の空気がわずかに揺れた。数値や確率の話ではない。全員が、同じ違和感を同時に共有してしまった沈黙だ。
「……子供じゃないか」
誰かが、思わずという調子で呟いた。
否定できる材料が、どこにもなかった。改めて資料を見ると、あかりという人間に感じていた違和感の正体に気づく。言動と、実際の年齢が合っていないゆえのアンバランスさ。
死柄木弔の“大人こども”というべき異常性とは、ちょうど鏡写しの位置にある。
死柄木が、子供のまま歪んで肥大化した怒りを抱えているのだとしたら、あかりはその逆だ。こどもであることを許されず、大人であることを半ば強制された結果、生まれた“こども大人”。
これまで“あかり”は、あかり教の象徴として語られてきた。姿を見せず、声も出さず、人格ではなく機能として拡散される存在。人々の手に渡る《あかり》そのものが教義であり、教祖はあくまで概念だった。少なくとも、表向きは。
だが今、ヴィラン連合の幹部の中に“あかり”がいる。しかも、隠す気もなく。象徴が人の形をして、現場を歩いている。
「……やっていることと、本人の性質が噛み合っていない」
公安側の一人が、資料に視線を落としたまま言った。
「これまで見てきた人格プロファイルと、あかり教の社会的影響。その間に、あまりにも乖離がある」
親切で、共感的で、暴力性が低い。人を導くより、隣に立つタイプの人間。支配や扇動を好む気配はなく、むしろ衝突を避ける行動が目立つ。
それなのに、結果として生まれているのは、数百万人規模の精神安定ネットワークと、社会構造に食い込む宗教的象徴だ。
「個性の特異性によって、連合に利用されている可能性は高いでしょう」
分析官が補足する。
「本人が望んだ役割というより、押し上げられた位置に見えます。“象徴として便利だった”という理由で」
会議室の空気が、さらに重くなる。象徴にされた未成年。本人の意思や成熟度とは無関係に、社会的影響力だけが膨張していく構造。
「……被害者、という見方も成立するな。少なくとも、“敵の首魁”として即断即決で排除すべき対象ではない」
公安職員も続けて頷く。
「保護対象として行動する必要性が出てきた、ということだ」
それは、これまでの作戦方針を根本から揺るがす提案だった。
法の下に引きずり出し法典に則った罰を与えるべき者が、実際は救い出すべき哀れな被害者だったという可能性がでてきたからだ。
「あかりを確保し、保護下に置いた場合……荼毘の行動にも変化が出る可能性が高い。少なくとも、連合という枠組みから切り離せる」
荼毘は信者ではない。だが、“あかり”という個人に強く結びついている。その依存が、暴力の抑止にも、連合への滞留にも繋がっているのなら、中心を動かせば構造全体が揺らぐ。
「あ、あのお~~……」
不意に、ひどく情けない声が会議室に落ちた。張り詰めきった空気に、まるで針で穴を開けるみたいに、間の抜けた音が差し込む。一斉に視線が集まった。
声の主は、今回の作戦で実働に入る予定のヒーローだった。前線経験は長い。現場での判断力も、身体を張る覚悟も十分にある。
だが、この手の作戦会議─────公安や参謀、分析官が並び、情報と仮説が何層にも積み上げられていく場に参加するのは、これが初めてだった。
椅子の背に体を預けることもできず、無意識に肩をすぼめている。背筋は伸びているのに、どこか所在なさげで、場違いな場所に迷い込んだ新人のような居心地の悪さが、その姿勢から滲んでいた。
視線を向けられた瞬間、さらに小さくなり、喉を鳴らしてから、もう一度口を開く。ここにいる誰よりも“戦う”ことに慣れているはずの男が、今はまるで、空気を壊してはいけない場所で発言する子供のようだった。
「荼毘とあかりが恋人関係、って言われますけどね、俺、違うと思うんです。あの、兄弟じゃないかなって。あかりが兄ちゃんか荼毘が弟かわかんねえけど、あの、さっきの映像もっかいだしてもらっていいですか? ゴミ拾ってたときの」
言い終わる前から、声は尻すぼみになっていた。自分でも踏み込みすぎた自覚があるのだろう。視線が定まらず、思わず椅子の端に腰を引き寄せる。それでも一度口にした以上、引っ込めるわけにもいかない、という半端な覚悟だけが残っている。
操作音がして、モニターが切り替わる。
例の映像だ。道端に落ちたゴミを、あかりが屈んで拾い上げる。動きは自然で、ためらいがない。会議室の誰もが、すでに何度も見たはずの場面。
「そのまま映してて、ほらここ、あかりが拾ったゴミを荼毘が受け取ってるんですよ」
一同の視線が、同時に画面の一点に集まる。
確かに、拾ったゴミはあかりの手から、何の言葉もなく荼毘の方へ渡されている。荼毘はそれを当然のように受け取り、ポケットに突っ込む。拒否もしないし、文句も言わない。
「これ、兄ちゃんが「お前これもってろ」って押し付けてるってみえるし、逆に弟が「兄ちゃんこれもってて」って甘えてるようにも見えません?」
早口になりながら、指先で宙を示す。誰からも遮られていないのに、勝手に追い詰められていく。あの、俺、兄ちゃんも弟もいるんで、実体験ってかんじなんですけど……と、言葉だけがモゴモゴと口の中で繰り返される。言い足りないのに、言い過ぎている気もして、頭の中で同じフレーズがぐるぐると回る。
兄ちゃんも弟もいる、という個人的な感覚。理屈ではなく、体に染みついた距離感や、役割の癖。その記憶が根拠だと分かっているのに、場にそぐわないと自覚しているからこそ、言葉にできない。
「恋人にはゴミ渡さないでしょ。いや、違うかもしれないけど!」
言葉が転がる。否定される前に自分で否定し、逃げ道を作ろうとしているのがはっきり分かる。会議室は静まり返ったままだ。誰も笑わないし、誰も否定しない。その沈黙が、かえって彼を追い込む。
「変なこと言ってすんません……」
最後は、ほとんど聞き取れないほどの小声だった。頭を下げる動作は早く、反射に近い。言ってはいけないことを言った、というより、「場違いなことを言った」と思い込んでいる仕草だ。
だが、会議室の空気は壊れていなかった。むしろ、わずかに質が変わっている。
画面の中で、あかりは何事もなかったように歩き出し、荼毘は半歩遅れてついていく。その距離、その動き。その“役割分担”を、今まで誰も別の角度から見ようとしていなかっただけだ。
恋人か、依存か、信仰か。
そこに、もう一つの可能性が静かに置かれた。
保護する側と、される側。
あるいは、兄弟。
誰もまだ、それを結論にはしない。ただ、さっきまでとは違う視線で、同じ映像を見つめ直していた。
情けない声で差し込まれた一言が、思いのほか深いところに刺さってしまったことを、発言者本人だけが気づいていなかった。
そのときだった。会議室の扉が、控えめという概念を忘れた勢いで開いた。
「し、失礼します!」
慌てた様子の職員が、ほとんど転び込むように入ってくる。顔色が悪い。息も整っていない。場の空気を読んでいる余裕がないことだけは、全員に一瞬で伝わった。
「資料が更新されました。至急……全員分です」
そう言いながら、手元のレジュメを配り始める。紙を受け取った側は、反射的に目を落とし、次の瞬間、視線が揃ってスクリーンへ戻った。
映像が切り替わる。映し出されたのは、裏路地だった。
夜。人通りのない細い路地。壁の落書きと、剥がれたポスター。その中央に、二人がいる。
荼毘が、あかりに縋りつくように姿勢を崩している。距離が近い、では済まない。体重を預け、襟元を掴み、逃がさないように顔を寄せて───────。
次の瞬間、迷いもためらいもなく、唇が重なった。
会議室が、完全に静止した。
抱きしめる腕の強さ。あかりが一瞬驚きながらも、拒絶せずに受け止めている様子。恋人関係以外の説明を許さない、生々しくて、どうしようもなく明確な映像だった。
「…………」
誰も言葉を発さない中、さっきまで「兄弟じゃないか」と言っていたヒーローが、ゆっくりと両手で顔を覆った。
「……訂正します」
声が、低く沈む。
「恋人です」
頭を抱えたまま、心底申し訳なさそうに付け足す。
「完全に恋人でした……」
会議室のどこかで、誰かが小さく咳払いをした。否定も、突っ込みも、笑いも起きない。ただ、全員が同時に「そうだね」と理解した沈黙だ。
誰かが、乾いた声で呟いた。
「……やっぱり、ボニーとクライドだな」
今度は、否定する者はいなかった。スクリーンの中で、荼毘はまだあかりに縋りついている。そしてその姿は、どんな資料よりも雄弁に、“失ったときに何が起きるか”を物語っていた。
沈黙が長く続いたあと、公安側の責任者が、机に置いたペンを一度だけ指先で転がした。乾いた小さな音が、会議室の空気を現実に引き戻す合図になる。
「……結論を整理する」
言い方は淡々としていたが、声の芯は硬い。視線がスクリーンから参加者へ移る。今この場にいる全員に、“同じ認識”を刻み込むための声だった。
「“あかり”は、保護が必要な可能性が高い。本人の人格評価、年齢推定、そして連合内での立ち位置を総合すれば、彼は首魁というより“象徴として配置された存在”に見える。利用されている可能性がある」
誰も反論しない。さっきの映像が、その判断を余計に重くしていた。恋人関係の確定は、彼が単独で意思決定している存在ではない可能性を、むしろ強めてしまう。
「しかし、保護の必要性以前に、戦術上の最優先事項がある」
公安責任者は、指で資料の該当箇所を叩いた。
「灯火の効果が、使用者である“あかり”の意識喪失、あるいは死亡時に、信者側へどう波及するかは未解明だ。数百万人規模の影響が想定される以上、こちらが“試す”わけにはいかない。つまり、あかりは絶対に殺せない。絶対に壊せない。絶対に取り逃がせない」
言葉が三つ重なるたび、会議室の緊張が一段ずつ上がっていく。
「戦闘に入った場合でも、最優先は捕縛だ。負傷は最小限。意識を飛ばす可能性がある手段は原則禁止。衝撃、窒息、過度な拘束による循環不全、あらゆるリスクを想定する。慎重に、確実に、必ず捕まえる」
「捕縛担当を明確化する。シンリンカムイを派遣する」
その名前が出た瞬間、空気がわずかに引き締まった。現場で“捕まえる”ことに関して、これ以上ない札だ。
「対象は日頃からBAR拠点に滞在している。位置が読める分、初動で押さえられる可能性が高い。――捕縛優先度は、死柄木弔と同等に設定する」
“同等”という言葉が、重く響いた。連合の中枢と、あかりが並べられた。それは脅威度の話ではない。影響範囲の話だ。ひとつの個体を取り逃がすことで、戦場全体が崩壊しかねない存在としての同列。
公安責任者が最後に、もう一度だけ言い切る。
「いいか。あかりは“倒す対象”ではない。“確保する対象”だ。こちらの目的は勝利ではなく、制御だ。灯火の波及が未知である以上、軽率な英雄行為はただの災厄になる。必ず捕縛。必ず保護。必ず生きたまま確保する」
誰も口を挟まなかった。
その沈黙は同意だった。
そして同時に、ここから先は一手の乱れが“社会”を壊すという覚悟の共有でもあった。
───────同日、同時刻、ヴィラン連合拠点BAR
「お前いると悪気なくいびり殺しそうだから工場待機しとけ」
「えっっ!? 俺なんかしちゃいました!?」
「ジュネーブ諸条約違反」
正義側の練りに練った計画は、こうして気軽に破綻した。
