わおん!

 「お前さァ……」と、弔くんの呆れきった重たい声が頭の上に落ちてくる。ご帰還早々、断罪パート2に突入した。俺はというと床に正座しております。見てください、この反省しきった姿を。

「自分では報連相報連相うるせえくせに、なんで“火継”のこと黙ってたんだよ、このアホ犬。何か企んでんのか」

 声は低く抑えられているのに、怒気がきっちり混ざっていて逃げ場がない。
 正直、“先生”を失った衝撃で弔くんはしばらく対話不能になると思っていた。それがどうだ。帰ってきた彼は妙に冷静で、むしろ以前よりも指示が的確で、テキパキと俺たちを動かしてくれる。頼りになるなあ、じゃあ俺はここら辺でそっと退室を……と新拠点の出口へ向かった瞬間、「ステイ、カム」と完全に犬扱いのコマンドが飛んできた。“待て”と“来い”ですね……。そして冒頭の詰問に至る。

 わ、わおん……。

 これで二回目なので、もう条件反射で戻ってきて正座する。床に。弔くんはソファに座ったまま、腕を組み、ジッと俺の返事を待っている。

 えっ! あのダサい説明、もう一回しないといけないんですか……?!

 弔くんは俺の言葉を促すように、トントンとローテーブルを指で叩く。いつものようにブチ切れ恫喝じゃない分、恐い……! 「だ、だってさあ……!」ひっくり返った情けない声が喉から出た。

「『荼毘』の弟で『火継』って出来すぎててなんか……恥ずかしくない!?」
 嫌なんですよこのセンス! 俺が決めたり、荼毘くんが「こういうのどう?」って言ってきて決めたのなら問題ないよ!? でも知らない人が勝手に決めたものが偶然合致したってさあ! 世界が勝手に俺たちを商品棚に並べて、値札まで付けてくる感じがする。俺は勝手にセットにされるのが、ものすごく嫌だ。俺の意思を介入させろ。

 俺が嫌すぎて暴れたい気持ちを抑えていたところ、弔くんは分かってない顔をしてゆっくり首を傾げたので「……荼毘とは火葬を意味しておりまして、その弟の俺が火継……同音で“棺”を名乗ると、なんかセット売りしてるみたいで恥ずかしく思いまして、黙っておりました……。俺が決めた訳じゃないのにこうなっちゃったのが何か……嫌で……。“火継”も“あかり様”も俺の介入外で勝手に広がってて……」と、改めてしょうもない説明をすることになった。あまりにも恥ずかしすぎる。

 弔くんは一拍置いて「あー」と声を出し、理解が追いついたらしい次の瞬間、俺の頭を平手でバチンと叩いた。

「んなもんいちいち気にしてる方がダセエ。組織の報連相の方優先しろクソガキ」

 鼻で笑われた。……どうやら許されたらしい。許されてなかったら、そのまま頭鷲掴みコースだった。

「俺の知らないところで勝手に首輪つけられやがって」
「たすけてよお、火継もあかり様も要らない首輪なのに勝手に付けられてるんですよコレ」
「縋るなウザってえ」

 そう言いながらも視線は外さず、完全に放り出すわけでもなく、首輪を嫌がる犬をどう扱うか考えている顔だった。
 普段の弔くんからするとあまりにも呆気ない……優しい対応すぎる。絶対に機嫌が良いタイミングじゃないのに、一体どうして……。と思っていたら、言葉にも出ていたらしい。もう一度バシンと平手で頭を叩かれたあと「やば、これ以上アホ犬になっても困るな」と叩き殺された脳細胞を慰撫するように手のひらで撫でられた。
 わ、わおん!? この飼い主、俺のこと撫でてくれるワンですか!?
 やばい、立場がアホ犬なせいで心まで犬になっちゃうところだった。しっぽがあったらぶん回して椅子とか薙ぎ倒していたところだろう。俺が不用意に零した「なんか優しいね?」という質問に、弔くんはどこでもない場所を眺めながら「べつに」とだけ答える。その顔は、優しいっていうより、静かで、固くて、決めたことをひとつずつ処理していく顔だった。

「“戦いを続けろ”って言われたから。教えられたことをちゃんとやるだけ」

 弔くんは淡々と言って、感情の波を見せないまま視線だけを遠くに置いた。俺はその言い方が妙にひっかかって、「先生に言われたの?」と聞き返してしまう。「そう」短い返事。あの、ほんの短い別離の時間に弔くんは“先生”から何かを託されたわけか。強制的な親離れみたいなものだろうか。親離れっていうと健全に聞こえるけど、弔くんの場合は骨ごと引き剥がされるやつで、痛みだけを置いていくタイプだろう。“先生”の別れの言葉が、弔くんの背骨を代替してる。
 俺が勝手にそんな想像をして黙っていると、弔くんはふいに視線を上げずに口だけ動かして、まるで利点を読み上げるみたいに言った。

「あかりは、狩りが上手い。変なのをよく手懐けていて使い勝手が良い。アホ犬だけど俺に懐いていてわざと噛みついたりしない。ついでに面倒なオニイチャンはあかりをそばに置いておくと、気色悪くなるけど扱いはマシになる。だから他人の首輪がついてても許してやるよ。リードを持ってんのは俺だから」

 言葉だけ聞けば品評会だし、実際言ってることは最悪なのに、声の温度が変に落ち着いていて余計に逃げ場がない。首輪だのリードだの、俺の尊厳に爪を立てる単語を並べながら、結局のところ“今は俺が管理する”って宣言してるのが分かるからだ。許して“やる”というあたり、優しさじゃなくて支配なんですよね……。

「先生に任せていたものを全部、俺がやんなきゃいけなくなったからさ。せっかく集めた“ナカマ”を無駄に消費するわけにもいかねえだろ。だから身内のことは許してやることにしたんだ」

 弔くんは淡々と言う。淡々としてるのに、その裏で何枚もタスク表が燃えてるのが見えるような声で、俺は背筋だけが勝手に伸びた。
 あの“先生”がいなくなった穴を埋めるって、きっと寂しいとか悲しいとか、そういう情緒の前に「処理」が来る。処理しないと託されたものを何一つ成せないまま飲み込まれる。走り続けるしかない、そう言った類の覚悟だ。

「獅子身中の虫という言葉もありまして、素直に全てを許すのも良くないことかと」
 俺が一応それっぽい忠告を差し込むと、弔くんは眉ひとつ動かさずに、ただ面倒くさそうに鼻で笑った。
「うるせえな、お前が虫見つけて噛み殺しとけ。報告聞いた後に『イイヤツそうだったんだけどな』って悲しんでやる」

 なんてこった、慈悲の工程がマニュアル化してる。マニュアル化させてくれるんですか!? 【慈悲】が、連合内で標準装備に!?
 俺が思わず「キャラ変凄すぎない?」と笑い混じりに言うと、弔くんは舌打ちの代わりみたいに息を吐いて「細かいことに構ってらんねえんだよ。連合の立て直しも、先生の残したものの洗い出しもしなきゃならないんだからよ」と吐き捨てるように言った。そして床に座っていた俺の膝を軽く蹴る。命令でもない、暴力でもない、雑な合図。立て、動け、今は止まるな。
 俺は反射で立ち上がり、ズボンの膝を払う仕草をしながら、弔くんの横顔を盗み見る。笑う余裕なんてあるはずないのに、弔くんはふっと口角を上げた。

「ぶっ壊そうぜ、ヒーロー社会」

 その笑いは軽い。軽いのに、目の奥がまるで笑ってない。普通なら、これは“怖い”と言っていいんだろう。だけど俺は、逆になんだか凄くときめいてしまった。
 俺の好きな弔くんは、“こう”だ。
 地べたでも地下でも、どこからでも、ギラギラした怒りを燃料にエンジンをぶん回していく。正しさの看板がどれだけ高くても、そこに石を投げるのをためらわない。弔くんの本質は、いつだってジャイアントキリングだ。でっかいものに刃向かって、本気で“勝ち”をとると信じてる。殺すまで止まらない、悪夢みたいな男だ。その男が、俺を手元に置いて良いと言ってくれている。これほど嬉しいことは無い。俺は“使える犬”だ。

「いいねえ、壊そうヒーロー社会!」

 俺が元気にしっぽを振ると、弔くんは俺の目を見て、はっきりと笑った。その笑い方は、錆び付いた歯車が無理やり回るみたいに、ぎこちない。きっとこれが、弔くんの本当の笑い方なんだろうと、なんとなく思う。

 『オールマイトを殺そう』から始まった俺たちの悪巧みは、いつの間にか世界のルールにまで指を突っ込み始めていた。ニュースではひっきりなしに、貧相なおじさんになった『みんなのきぼう』がテレビ画面いっぱいに映される。弱体化したNo.1の代わりに、No.2が繰り上がりになるだろう、と。

 おめでとう父さん! 念願のNo.1だね!

 “先生”を失った弔くんには申し訳ないけど、俺は少しだけ気分が良かった。
 だって絶対、父さんはこんな勝利を望んじゃいない。子どもで個性ガチャをするほど強大だった理想が、本人の意思とは無関係に弱体化して、勝手に追いついてしまった。
 勝ち取ったんじゃなく、転がってきた順位。本当に欲しかったのはNO.1の立ち位置ではなく、“オールマイトに勝つ”、ひいては“オールマイトに俺を認めさせる”だったのに、積み上げたはずの正義の塔が足元から勝手に沈んで、やっと届いたように見えるだけ。荒れるだろうなあ、憧れが目の前で陵辱されたみたいなもんだし。寝取りかな? 寝取りかも。登場人物がおじさんしかいないラブコメだったのかも。

「めちゃくちゃにしてやろうね、こんな世界」

 俺が拳を向けると、弔くんも拳を軽く当ててきた。いいね、青春っぽい。こういうダサさは嫌いじゃないと笑うと、弔くんも「俺も」と言ってくれた。敗北から始まる物語もカタルシスがあっていいよね。
 俺、連合をハッピーエンドにしたくなってるからさ。これからも原作崩壊がんばるよ。最後はみんなでピースして馬鹿みたいにダサい記念写真で幕を下ろしたっていいんだ。背景が崩壊しきった世界でも、俺たちが勝てば俺たちが正義になれるしな。