12時30分。学園の裏庭では、六年生のカミル、アーロン、クレマンティの三人が目前に迫った召喚魔法実技試験に向けて最後の悪あがきをしていた。
カミルは、額に汗を浮かべながら複雑な印を結ぶ。空間が歪み、現れたのは威風堂々たる深紅の鱗を持つ巨大なドラゴン─────に見える、中身が空っぽの「ハリボテ」だった。質感も造形も一級品だが、質量がなく、風が吹けば揺らぎそうなほどに軽い。カミルは召喚獣の実体化を致命的に苦手としていた。
「俺、これじゃまともに就職できねえよお……」
情けない声を上げるカミルを、アーロンが苦笑しながら宥める。
「泣くな泣くな。見た目だけなら近衛兵の軍馬より立派なんだからさ」
そう言うアーロンの足元には、綿菓子のようにふわふわとした、愛くるしい瞳の小動物がちょこんと座っていた。彼はカミルとは対照的に、強大な魔力を持つ高位の存在とパスを繋ぐ才能がある。しかし、呼び出せるのはなぜか決まって「幼稚舎で大人気になりそうな、小さくて可愛らしいもの」ばかり。その愛らしい外見に反して、一噛みで成人の喉笛を食いちぎるほどの狂暴な力を秘めているのだが、試験官の心証はすこぶる悪い。
「アーロンのはアレだね。見た目に反して幼稚舎の生徒が半分死ぬような力を持ってるのがタチ悪いよ。……で、クレマンティは? 生き物呼べた?」
二人の視線の先で、クレマンティは首を傾げていた。彼女の足元に転がっていたのは、巨大な木製の車輪だった。一体何に使うものなのか、それともただの部品なのかも分からない。
「でっかい車輪きた」
「なにこれ」
無機物召喚の特異点。彼女の召喚術は、生命の鼓動を一切無視し、用途不明の構造物ばかりを現世に引き摺り出す。
各々が自分の召喚物を見せあっていた12時43分、突如として学園を震わせる轟音が響き渡った。
平和な昼下がりは一瞬で霧散し、三人は本能的に防衛術を発動させる。
カミルが即座に強固な防御陣を構築し、アーロンがその上から高度な隠蔽魔法を重ねて、彼らの存在を風景へと溶け込ませ、クレマンティが救難信号を学園外に飛ばした。クレマンティのように外部へ連絡を取ろうとしたものは多いが、成功したのは彼女だけだった。
彼女が持っていた護身具は発明家の父の手作りであり、実用的ながら販売されておらず解析されていなかったのである。
呑気な顔をした鳩の姿をした救難信号は、後に学園に残された者を救い出す重要な役割を果たす事となる。
「中庭、ヴァレンティナ嬢の防御陣を確認。下級生校舎2階、ジャンニ先生の陣も生きてる。そっちは?」
「目視できる防御陣はない。自動展開するはずのものすら見えない。最悪」
「パパのやつ飛ばせたけど、あれちゃんと飛ぶかなあ?」
「足音複数接近。まだ気付かれてない」
「先生たち無力化されたっぽいな」
緊迫した空気の中、複数の足音が近づいてくる。隠蔽の隙間から覗き見れば、そこにまとまりのない襲撃者たちがいた。隣国の紋が入った鎧、使い古びた鎧、新品の鎧、見知らぬ国の紋のものもある。様々なところから人を集めたような、組織としての統率もとれていない印象の集団。
軍というよりも、野盗崩れを数だけ集めましたといった姿だった。
弱くはないだろう。だが、強くもなさそうだった。だが、教師たちが無力化された現状では、生徒たちにとって致命的な脅威だった。
「え、これってテスト延期ってコト?」
クレマンティの場違いに明るい声に、カミルとアーロンの緊張がわずかに解ける。恐怖よりも、若さゆえの万能感と、友と共にいる心強さが彼らを突き動かした。
「俺らでこいつら、追い払おうぜ」
カミルの不敵な提案に、二人は当然のように頷いた。
この事件を振り返り、カミル・ジャスク氏は語る。
「……いま思い返すと、本当に恐ろしいことです。長男が同じことをしたら、私は迷わず殴って叱りますよ。当時、私も父にこっぴどく殴られましたから」
十年後、三人の子の父となったカミル・ジャスク氏は、インタビューに対して苦笑を浮かべる。隣に座るアーロン氏とクレマンティ女史も、懐かしむように深く頷いた。
あの日、若く蛮勇に満ちていた彼らは、ごく自然に「自分たちでこいつらを追い払おう」と決めたのだ。
膝に子猫のような愛らしい魔獣を抱えたアーロン氏は、穏やかに当時を回想する。
「いけると思ったんです。少なくとも、あんな連中には負けないってね」
静寂を切り裂くように、硝子を割るような鋭い音が響いた。乱入者たちが音のした方へ一斉に振り返った瞬間、彼らは己の影に飲み込まれた。
グゥルルルグァアア!!!
空気をビリビリと震わせ、脳を直接掴むような咆哮。男たちが顔を上げると、そこには「赤い壁」があった。
膨らみ、凹み、不気味に呼吸する真っ赤な鱗。炎の息を吐きながらそびえ立つ、巨大なドラゴンの姿がそこにあった。
「カミルのハリボテドラゴンは、見た目だけは世界最強なのよ。そこにアーロンの『つよつよ召喚獣』が影からこっそり炎を降らせて、最強のブレスに見せかけた。……そしたら、私が召喚しっぱなしにしていた巨大車輪に火が移っちゃって」
クレマンティ女史が笑いながら種明かしをする。
ドラゴンの威容に腰を抜かして逃げ出した賊は運が良かった。踏み止まろうとした者たちを襲ったのは、制御を失った「それ」だった。
クレマンティが呼び出した巨大な車輪は、内部に火薬が仕込まれていたのか、引火すると同時に四方八方へ炎の矢を撒き散らしながら爆走を始めたのだ。
「お前、本当になに召喚したんだよ……」
「こわっ。あれ、そういう兵器だったの?」
「一応、かっこよくて強いやつ、ってオーダーしたからねえ。みて、結構格好いいじゃない! 私ったらすごい!」
阿鼻叫喚の地獄絵図が広がるなか、三人はそっと防御陣と隠蔽を張り直し、救助が来るまで目を逸らし続けた。
その間も、火を噴く車輪は裏庭を縦横無尽に駆け回り、乱入者たちを文字通り蹂躙し続けたのだった。
「パーンと鳴って、ジャンジャン人を轢き潰す。最強兵器ですよ。今はもっと改良されて、戦場を駆け回っています」
発明家となったクレマンティ・ドラム女史は誇らしげに語る。彼女が後に量産を成功させた自律走行型兵器「パンジャン・ドラム」は、今や王国軍の主力装備だ。
「でも、やっぱりダサいよな」
「見た目がね、ちょっとね……」
「いいのよ、強ければ!」
現在は図書館司書、航海士、そして発明家と、別々の道を歩んでいる三人。しかし、インタビューの合間に冗談を言い合うその姿は、あの日の昼下がりに特訓をしていた学生の頃と、何ら変わりはなかった。
