シガーレス・キス

 悪の組織とは言えど、常に薄暗い場所で悪巧みをしているわけではない。
 人が少ないので仕方なく裏方で悪巧みをしていることはあれど、仁くんなどは基本的には暴力担当の実働部隊だ。事務仕事は『やろうと思えばできるけど、あまりやりたくない』というものだろう。

 俺は性格的にも個性的にも真正面からの暴力沙汰には向いてないので、はじめっから今に至るまでずっと裏方でこそこそ悪巧みをする係です。

 座ってパソコンやスマホを弄ってるだけにみえるけど、ちゃんと働いてます。ここら辺は、我らがボスも同じように頭を掻きむしりながらパソコン業務をしていたりするので理解があるのであまり苦にならない。なんなら弔くん的にも『嫌な仕事』をこなしているので、ちょっと褒めても貰える。
 賢い犬には優しいんですよ、俺の飼い主。俺のやっている事は“よく分かんねえけど大変そう”程度には認めてくれているので。
 こうなるにあたり、積み上げた実績の結果です。弔くんの理解外の“よくわかんねえ金”を連合のポケットに流し込んで、俺の人権が買えております。

 報連相が出来ないタイプの人間である弔くんも、立場が立場なのでイヤイヤながらの最低限以上の義務は全うしている。
 その代わり俺には最大限適当になるけどね。俺への報連相はいくらでも雑でいいと思っているらしい。これは弔くんからの甘えだと思ってありがたく受け入れている。可愛いものだと言ってもいいくらいだろう。俺がやってる仕事がぜんぶボスの最終承認で止まっているのも可愛いものですよ。ほんと、可愛すぎて許さんぞ。

 自主的に仕事がない状態にした仁くんは、いつもの全頭マスクを外して煙草をスパスパ吸っている。

 俺は禁煙中なのに!?
 俺は仕事中なのに?!

 仁くんは優しいけど、その優しさは連合基準なので世間一般から見ると普通に輩だし倫理観も捻れてる。
 今みたいに配慮なく生きてるので、年上の友達に無茶振りして困らせる遊びをしようと思う。俺は拗ねました。今この瞬間を自主休憩と致します。

「疲れた、仁くんがキスしてくれないと元気でない」

 敢えて甘ったれた声で言うと、ちらっと俺を見て「うるせえなあ」とため息をつかれる。そのままほとんど火傷するまで短くなった煙草を灰皿におしつけて、仁くんはおもむろに立ち上がった。1歩、2歩と歩いて俺の横に来て頭を下げて、触れるだけのキスしてくれた。

 え! いいんですか!? 俺が固まっていると「良かったな、元気出ただろ」と俺の髪を雑に撫でながら笑い、ついでに額にデコピンをされる。普通にときめいて「キスで黙らせられちゃった……♡」とメロつくしかない。えっ! 仁くんってこういう事も出来ちゃうんですか!? 無限の可能性の持ち主かよ……。
 俺のメロつきは完全に恋愛感情ではない対応であり、それは実兄にもちゃんと伝わってくれているのだろう。実兄ブチ切れラインは超えなかった。超えてたら発火してた。そう、俺の真後ろのソファで荼毘くんがじっとこっちを見てるんですよ。
 凄くないか? 仁くん、荼毘くんの俺への感情の重さと関係とヤバさを理解した上でこれをやってくれているの、無謀じゃなくて倫理観の捻れが一般人と違うことになってる証拠でしかない。スピナーに同じことを言った時は、普通に断られたし。スピナーは連合内では最も一般人に近いからしょうがないけど。

 仁くんはまた自分の席に戻って、アメスピの2本目を吸い出した。俺の「キスして」は、仁くん的には『やれと言われたからやった』だけであり、仁くん的にも俺は恋愛対象ではないので本当になんの感情もない皮膚の接触。唾ついてもまあいいかくらいの好意はあるので、強請られたからやっただけなんだろう。いやあ、言ってみるものだな……。何事も挑戦してみるものだ……。