現在、実兄の深い愛により拘束されている状態なのだが、そんな俺を見て、ミスターはちらりと一瞥するなり言った。
「今日も先鋭的なファッションだな。パリコレに感銘を受けた服飾科の生徒が作りそう」
「わかる人にはわかるチクチク言葉だ。あれって裁縫技術の祭典としての意図もあるから、デザインだけで見ないで」
「でも最初に目に入るの、どうしたってデザインだし」
正論。ぐうの音も出ない。でも実際困っている人間がここにいるんですよ! あのね…かかしみたいになっちゃったんです……腕が下りないの……。
ミスターはそこで一拍置いてから、仕方なさそうに肩をすくめる。
「……わかった、そんなに聞いてほしそうなら聞いてやるよ。なんでそんな格好になってるんだ?」
不格好な二人羽織を、一人で無理やり成立させたみたいな俺の有様を、さすがに憐れんだのかもしれない。こういうところ、本当に優しいんだよなこの人。面倒ごとだとわかっていて、自分から足を踏み入れてくれる。
「俺はポケモンでいうところのヒトカゲなんだけど」
「バグ技でレベル100にされて、二度と進化できなくなったやつだ。可哀想に……」
「ミスター、話聞いて。なんで速攻でそんな酷いこと言えるんですか? 俺にだって進化の可能性はあります」
あんまりにも自然に言われたので、うっかりそのまま流しそうになった。危ない。今のは普通に悪口だ。俺の将来性に期待して欲しい。今からでもリザードンになれる可能性あるだろ!
「……いや、そうじゃなくて。俺、ほのおタイプだから割と寒さに強いんだけど、気温が18度下回るとオニイチャンが『寒いから上着きな』って、自分のコートを貸してくれるんですよ」
「なるほど」
「見て、このツンツルテン。腕の可動域が終わっちゃった」
袖は当然のように足りていないし、肩まわりは窮屈だし、そもそも防火仕様のしっかりした生地なので、サイズが合っていない服にありがちな“なんか着られてる感”では済まない。純粋に動けない。愛はある。愛により機能性は死んだ。
「それ防火コートだろ。そこをつついて説得しな。それかもうカーディガン持ち歩けよ」
「あるよ」
動けないので、俺が「そこのカバン見て」と言って中を覗いたミスターが、「うっっわ」と岩の裏の虫を不意打ちで見てしまったみたいな声を出した。
俺のカーディガンをみてなんでその声が出るんですか? それ3万したしちゃんとブランド物だよ??
「どういう意図でパッションピンクとターコイズブルーを選んだ? この色のハウンドトゥースチェック、『私は食べると毒があります』って警告するためにしか存在しないだろ」
「千鳥格子って、かっこよく言うとそうなるんだ……。でも触り心地はいいよ」
「そこじゃないんだよなあ」
ミスターは心底どうしてそんなものを買ったんだという顔をしたあと、諦めきった大人の声音で告げた。
「今度、お兄さん交えてちゃんと話し合おう。空いてる日教えて」
「そんな……だびくんと話し合う必要があるレベル……?」
思ったより事態を重く見られていた。他人とのコミュニケーションが困難で、俺に対する愛情と依怙贔屓が天元突破している実兄と、腰を据えて話し合う覚悟まで決められてしまったらしい。
防火コートが必要なのは蒼炎使いの荼毘くん本人だから、俺がこれ着たって目撃者から都市伝説のひとつにされるだけだ。バカデカ案山子男(目撃すると死ぬ)みたいな……。
だから普通に、手持ちのカーディガンを着る方向に行きたいけど、もしかしてこのカーディガン着るのも許されない感じ?
ミスターはタグを見ながら「こういうの誰が買うんだって思ってたけど、こういうやつが買うんだなあ……」と呟いていた。声に、妙な実感があった。長年解けなかった社会の謎が、今ようやくひとつ解明された、みたいな響きだった。やめてほしい。俺を珍獣発見の瞬間みたいに扱わないでほしい。
なんでそんな……詐欺被害者の不手際を責めるような口調で……。俺は納得して買ったのに……。
「とりあえず脱ぎなよ」と言われたけれど、ひとりで脱げないんですよ、これ。だから助けてください。
荼毘くんも、俺にこれを着せたあと「これで勝手に動けねえね……♡」と満足して、そのまま自分の仕事に行ってしまったし。このままだと俺、ほんとに何もできないんです。
そう訴えると、ミスターは呆れたように息をついてから、「本当に困ってたなら、ちゃんと言いな?」と言った。言いながら袖や肩のあたりを引っ張って、どうにか脱がせようとしてくれる。
「うわ、防火コート重っ。かっった。着心地終わってる……」
半ば引っ張り回されるみたいになりながら、なんとか救出してもらった。すみませんね、お手数おかけしました。今後ともよろしくお願いします……。
