グリッター・ハザード

 仕事の関係で、バスボールの試作品が大量に届いたので、最近はいろんな人に配っている。
 マグネとトガちゃんは素直に喜んでくれたけれど、男性陣は「匂いがつく」「そもそも家に浴槽がない」「入らない」など、もっともな理由でなかなか消費が進まない。

 入らない黒霧は一体なんなんだと思うが、なんかそういう人間的な営みからずれてる感じがするから普通に納得してしまった。汚れたら拭くくらいらしい。黒霧、汗かかないもんな……。飲食はするけどトイレには行かないし、異形型個性だと思っていたけど、他にもなにかありそうだ。まあ、男は秘密がある方が格好いいので良いだろう。臭くないし汚くもないし。

 自分で消費しようにも自宅拠点は地下ゆえに換気に時間がかかるから、一度使うと香りがいつまでも残ってしまう。
 実際、燈矢くんにも「うちではあまりやらない方がいいかもな」と説得された。「やめろバカ」を最大限配慮した丁寧な言い換えだ。俺に対してめちゃくちゃ甘々対応の実兄ですら苦言を呈するくらいなので、できれば他人に使ってほしい。

 今日も箱ごと抱えてきたのだが、拠点には弔くんしかいなかった。
 ソファでひっくり返るように寝転がっていて、ずり落ちかけているのに姿勢を直すのも面倒らしい。
 俺の登場に「よお」と声をかけてくれるが、もう少しで頭が床に落ちそうになっていたので、とりあえず持ち上げて助けておいた。協力する気が全くない全体重をソファに戻し、ついでに聞くことにする。いままでタイミングを逃して弔くんには確認していなかった。

「弔くんってお風呂入ってる?」

 そう聞くと、弔くんは自分の服の匂いを確かめるみたいに、すんすんと首元に顔を寄せた。引っ張られて襟が伸び、手を離した弔くんの眉がへにゃりと下がる。

「…………くせえ?」

「違う違う、ごめんごめんごめん、誤解を招く聞き方だった。浴槽に浸かりますか? って聞きたかったの。バスボール大量にもらったから、使うかなって聞きたかっただけで、ほんとごめん」

 体臭まわりの話題は、どのタイミングで誰にやっても一瞬でラインを越える。これはもう仕方ない。
 弔くんの、あんなにしょんぼりした顔を見たの、たぶん初めてだ。ほんとにごめん。臭くないよ。むしろ逆だ。なんの匂いもしなさすぎて、ちょっと怖いくらいだよ。

 話を聞くと、浴槽はあるけど入らないらしい。
 だったらちょうどいい。シャワーだけより湯船に浸かった方が身体にはいいらしいし、これを使うついでに入ったらいいよ、と手元の箱からひとつ選んで弔くんに渡す。

 銀ラメユニコーンカラーバスボールです。弔くん、案外派手なの好きだからこれとか良いでしょう。もっと落ち着いた色味のやつもあるけど、弔くんが好きそうなのはコレ。
 俺の見立て通り、なんか変なおもちゃくらいの感覚になったのか、弔くんはじっと見下ろしてから受け取った。

「風呂ん中入れたらいいやつ?」
「そう、入浴剤だからね。あとこれ中に小さいフィギュアが入ってる」
「ふーん、おまけ付きか」

 ちょっと乗り気で何よりです。ついでに在庫置いとくね、と拠点に箱ごと置くことに成功。好きなだけ使ってください。なくなったら補充もあるよ、昨日また届いたから……社員に分けてもまだ来るんだ……。

 そして翌日、ちょっときらきらしたボスが見られた。

 カリスマ性のエフェクトではない。物理的にきらめいている。髪のあたりとか、首筋とか、たぶん耳の後ろとかそのへんに、細かいラメがうっすら残っている。弔くん、洗い流しが雑。本人はまったく気づいていない顔でいつも通りソファに沈んでいて、けれど角度が変わるたびに控えめに光る。妖精の粉みたい、弔くん、きれいよ……。

「弔くん、なんか今日ちょっと輝いてる」
「は?」
「ほら、ここ。きらきらしてる」
「知らねえ」
「たぶん昨日の」
「落ちねえの? あれ」

 落ちると思うよ、と言いながら首筋のあたりを払ってみたら、ふわっと指先にも光が移った。最悪だ。感染力のあるかわいさになっている。俺の可愛さまで上がってしまった。
 弔くんは面倒そうに視線だけこちらへ向けて、「最悪」と低く言った。たぶん同じ感想だった。

 それでも、浴槽に入るという習慣自体はそこそこ気に入ったらしい。しばらくのあいだ、日々ちょっときらきらしているボスが見られるようになった。
 今日は鎖骨のあたり。今日は手首。今日は何故かこめかみ。洗い流しの精度にムラがある。本人は毎回だるそうな顔をしているのに、微細なラメのせいで妙に華やかで、見るたびにちょっと面白い。女の人のメイクでラメの重要性がわかった気がした。キラキラしてると目を引くんだよな。弔くん、きれいよ……(2回目)。

 そう思っていたある日、拠点へ着くなり弔くんが言った。『俺様は不機嫌です』の顔をしているのでクレームであることだけは確かだ。

「風呂で寝たら溺れかけた。起きたら顔半分沈んでた」
「怖」
「死ぬかと思った」
「ごめん、実はお風呂場って家庭内死亡事故件数トップなんだよね。よく子供が死ぬよ」
「なんで今言うんだよ」
「今その話になったから……」

 風呂で寝落ちして溺れかけるって、かなりちゃんと事故だ。そんな……過酷な労働をしている社会人ならまだしも、日頃空いてる時間はソファで惰眠を貪っているのに……? こんなことでヴィラン連合のボスが死んだら原作とか関係なくおしまいだ。

 弔くんはじと、とこちらを見た。責める目だ。非常に理不尽で、しかし溺れかけた直後の人間には多少の理不尽が許される気もする。
 たぶん本人の中では、昨日の死にかけ体験とバスボールの供給元がきれいに一本線で繋がっているのだろう。因果が俺に収束されている。

「お前のせい。謝れ」
「眠たくなるほど心地の良い入浴体験を与えてしまい、誠に申し訳ございませんでした」

 全力のピースで応えたら平手で肩を叩かれたが、今回の件に関しては弔くんの自損事故なのでね。反省しませんよ! 不健康に生きるからだよ、ざまあみろ!