どたどたと激しい足音と共に、ドアを破かんばかりの勢いでトゥワイスが登場。血まみれだ、と思ったが八割は返り血だろう。二割は自分の血なので痛そう。可哀想に。
「いてえいてえいてえ! 元気いっぱいだ!!」
「あーらら可哀想に。半端に細かい怪我ばかりだ、消毒してあげましょうね」
「優しくしてくれよ! 抉らんばかりにな!!」
声だけ聞いていると瀕死なのか元気なのかよく分からないが、ドクターのところへ担ぎ込むほどではないが、放っておくには鬱陶しく痛むだろう傷ばかりだった。
浅く裂けた皮膚、擦り剥いた腕、服越しでも分かる打撲。
命に別状はないが、こういう細々した負傷というのは気力を削る。地味に痛いってのが一番嫌だよなあと思いつつ、救急箱を引き寄せて手近な消毒液を遠慮なくびしゃびしゃにかけてやる。トゥワイスは即座に「いでえ!」と悲鳴を上げて騒ぎ立てた。はいダウト。これはしみないやつです。条件反射で叫んだだけだろ、分かってるぞ。
俺の素人治療が終わったあとも元気に騒ぎ回っているので大丈夫そうだ。必要のない絆創膏を最後に貼って、これで完了の合図とする。わかりやすいしるしがあると安心しやすそうだし、こういう儀式的な無意味行動は必要なことだろう。
「死ぬ死ぬ死ぬいっでぇ! こんなかすり傷唾つけとけば治るかなァ!?」
「適切な治療ですぐ治りますのでご安心ください」
口では適当なことを言いながら、手元では今日の仕事の成果について聞き取りを進める。誰がどこへ行って何を見て、何を持ち帰ったのか。連合はペーパーレス化社会に背を向けて全力疾走しているので、こういう記録はだいたい手書きだ。
データはね、盗まれますから。紙に手書きで不要になったら崩壊処理する方が安全なので……。
騒ぐトゥワイスを片手間に宥めつつ、書類をめくって内容を確認していた、そのときだった。運悪く、紙の端がするりと指先を裂く。ほんの浅い傷だったが、鋭い痛みに思わず「いて」と声が漏れた。
その瞬間、さっきまであれだけ騒がしかったトゥワイスがぴたりと黙った。
空気が変わる、というほど大袈裟なものじゃない。ただ、あまりにもあっさりと注意の矛先が全部こちらへ向いたので、少しだけ驚く。
トゥワイスは自分の全頭マスクをべりっと雑に脱ぎ捨てると、俺の手元を覗き込んで「あー、紙でやると痛えよなあ。これよりちっちぇ絆創膏あったっけ……」とぶつぶつ言いながら救急箱を漁り始めた。いや、絶対に俺のその傷より、さっきまで処置していた君の方が痛いだろうに……。
なんか、こういう時に自分の痛み1回床に置いて他人のちょっとした切り傷の方に同情を寄せてしまうから物悲しい。
優しい、とは少し違う気がする。優しいのはもちろんそうなんだけど、もっとこう、自分の扱いが雑なんだよなあ、という感じ。
自分に対してだけ雑で、他人の傷には妙に目ざとい。そのバランスの悪さが、見ているとどうにも心配になる。しみじみした気持ちのまま、俺はほとんど文脈の繋がっていない忠告を口にしていた。
「仁くん、悪い大人にひっかからないでね……」
たぶん仁くん的には、今なんでそんな話になったのか全然分からなかったと思う。実際、俺だって順序立てて説明しろと言われると困る。
ただ、こういうタイプの人間は搾取されやすい。自分の痛みを後回しにして、相手の機嫌や都合を先に拾ってしまう人間というのは、だいたい悪いやつに目をつけられるものだ。
仁くんは「はぁ?」と首を傾げながらも、ちゃんと小さいサイズの絆創膏を見つけ出して俺に渡してくれた。優しいね……。
「仁くんはまあ、普通に『輩』なんだけど」
「おいおいdisりか!? 喧嘩か??」
「身内に甘くて優しいからなあ。あと、叩かれても叩かれても相手が優しい素振りしたら次は大丈夫かもって騙されそう……」
「俺の事DV被害者素質あるっていってる?」
「否定できますか仁くん、冷静に己の性格を考えてみて」
「んーーーー……」
「どう?」
「だめかも」
「わかってくれて嬉しいよ。もしもの時は俺呼んでね、最大戦力連れてくから……」
相手が男でも女でも、こう、良いように搾取されそうな人の匂いがするんだよなあ~~!! 付き合うまでは信じられないくらい優しいタイプのモラハラ人間に捕まりそうというか、最初の数ヶ月だけやたら理想的な顔をする系に引っかかりそうというか。
連合で保護できてよかった。ほんとに。やっぱり暴力にはより強い暴力で対抗するしかないんだよ。世の中、綺麗ごとだけでは済まないので……。
「最悪の場合、俺が相手を見繕ってお見合いの場を作るね……」
「なんの立場から物言ってんだ、おっさんの自由恋愛を許してくれよ……」
「……」
「黙るな」
仁くんの人を見る目、信用出来ねえ~~~~……。
