俺の長年のネッ友だったモンちゃんが、俺の想像していた生活力皆無ダウナーお姉さんではなく、生活力皆無ダウナーお兄さん────要するに弔くんだったと判明してから、しばらく経った。
なんかひとつ、大事なことを忘れてる気がするなあ……と思いつつ、まあ思い出せないものは仕方ないかと放置していたのだが、そのあいだにも、視線が合うこと=喧嘩を売られていると判断するゴリラめいた生態の弔くんに胸ぐらを掴まれて「やんのか」と凄まれたりしながら、なんとか生き延びていた。
それで、ようやく思い出した。雄英体育祭の時のチケット。
ただでさえ入手困難なそれを、前日になってからいきなり泣きついた俺に、弔くんはあっさり分けてくれた。 弔くんという人間をそれなりに知った今だからこそ分かる。あれ、かなり優しい対応だったな……。
たぶん本人の中では深い意味もなく、その時そういう気分だっただけなのだろう。
気まぐれでしかなかったんだろうなとは思う。その証拠に、本人は完全に忘れている。隙あらばカツアゲみたいなところのある人が、自分が売った恩がそのまま空中に浮いたままになっても気にしない、なんて事ありはしない。覚えていないだけだ。それだけ、どうでもいい事だったんだろう。それでもあの日あの時助けられたのは確かなので、こうやって顔を合わせて俺を言える関係になった今、返さない訳にはいかない。
なので、チケット代の三万をピン札で白封筒に入れ、「あの時の恩です……」と弔くんに差し出した。
ちょうど弔くんは、あまり好きではないらしい事務仕事の真っ最中だった。
机の上には書類と開きっぱなしのノートパソコンが散らばっていて、マウスを握る手つきも、キーボードを叩く音も、全部がうっすら機嫌悪い。いや、うっすらではないな。普通に機嫌が悪い。たぶん最初からずっとイライラしている。毎秒舌打ちしているし、画面に映り込む顔は人を殺してる時よりも凶悪だ。人殺してる時は笑ってるしな、弔くん。
「弔くん」
「ああ!?」
開幕ブチ切れだった。すごい、反射みたいな勢いでキレた。ガルガルしているが、俺の手元にあるものが現金と認識した瞬間、顔つきから露骨に怒気が抜け、さっきまでの刺々しさがすうっと引いていく。俺は弔くんの、こういうところが大好きでな……。
ほら、貴方の好きなガチャ引き換えチケットですよ……と、封筒をひらひらさせる。
これ、被服費とかに変えて欲しいな……。手前にある服を適当に着るから、季節に合わない組み合わせになっていたりするし……。
センスとスタイルの良さで全て許されているけど、このままだと真夏になってもコートとか着てそう。我が実兄は個性のデメリット対策で着ているけど、弔くんに関しては何も考えずに着るから熱中症とか、なりそうだし……。
「ん? ああ……」
なんかよく分からないけど自分のものになるらしい金、ということだけは一瞬で伝わったのだろう。
きょとんとした顔のまま、弔くんは差し出された金を受け取ろうとして、直前でぴたりと手を止めた。
「これなに?」
「雄英体育祭のチケット代」
「あー。あれな、あれ。思い出した。ちょっと待ってろ」
振り返ってパソコンのページを空ける。すごい、俺の目の前でやってるから全部見える……! オークションサイトの過去ログみてる……! 雄英の、体育祭の……!
「列、Bだったよな」
「2階席のBです」
「ふーん」
待って。今、表示を高額順にしたね。
画面を見つめたまま「へえ……」と妙に感心した声を漏らし、カチ、カチ、とマウスをクリックする音だけが部屋に響く。嫌な予感しかしない。悪いことを思いついた時の弔くんは、突然めちゃくちゃ頭が良くなる。なにか絶対、俺にとっての不都合かつ、弔くんにとって面白いことをやろうとしている……。
「26万6000円だろ、寄越せよ」
「最悪すぎる……」
弔くんは、高額転売されたチケットの最高額をしっかり確認したうえで、そこにさらに一万円上乗せした金額を提示し、当然みたいな顔で手を差し出してきた。
日々最悪を更新する男だとは思っていたけれど、まさか過去の善行まで後からプレミア価格にしてくるとは思わなかった。ふん、おもしれえ男……。
「お金おろしてくるから待ってて」
「トイチな」
「十分一割?」
「十秒一割に決まってんだろ」
「暴利!!」
最終的にまけてもらった上で100万くらいぶち抜かれたんだけど、これってなんらかの罪に問われませんか? 法律の外にある組織だから無理か……無法の集いだもんな、ここ……。
