強制イベントのお時間です

 黒霧が帰ってこないうえに義爛とも連絡がつかないし、俺の会社がふたつほどデトネラット社に契約先を持っていかれて傾いたんだが!!!?!!

 

 気分よくオーバーホールをボコって、八斎會本部を燃やしただけなのに、どうしてこんなにひどいことを。意味が分からない。

 義爛、頼むから無事でいてくれ。それか五体満足のままドバイあたりに高飛びしていてくれ。それがだめなら、悪いけどデータごと死んでいてくれ。

 ほんとうに申し訳ないけど、連合の情報を流出させるくらいなら、そのままデータ抱えて溶岩に沈んでほしい。
 お前の職業意識的にも、たぶんその方が本望だろ。情報屋が情報ごと誘拐とかされたら、悪のブローカーおじさんとしての尊厳が終わるだろ。頼む、美しく散ってくれ……!!

「黒霧もなんで捕まっちゃったかなあ……! 保釈金、俺のポケットマネーから3000万くらいならすぐ出せるけど、交渉無理か……?」
「日本は金で解決してくれねえよ」
「欧米を見習ってくれ……!」

 欧米でも黒霧レベルは無理じゃね? と言いながら、寿司の上の刺身だけ食べてシャリを全部俺に押しつけてくる、毎秒最悪を更新していく弔くんの暴虐を、俺は粛々と回収していた。酢飯おいしい。

 金はある。あるけど、使いにくい。

 俺たちの顔が割れてしまったせいで、買い物ひとつするにも人を通さないと面倒なことになる世界だ。少し前までは、食べたければいつでも特上寿司を頼めたのに、今となってはスーパーのパック寿司をまとめ買いしてきて、「者共お食べよ」するしかない。
 みんな俺が作った方が美味しいとかいう可愛いことを言うので、基本的には俺がせっせと手作りしては餌付けをしているのだが、最近は俺だって忙しいんです。

 デトネラット社がヒーローサポート事業に参入してきたからさぁ!!

 困るんですよ、ほんとうに。競合しないようにこっちがわざわざ避けてやってたのに、今さら真正面から殴り込んでくるな。デザイン部門と開発部門が横槍入れられて最悪になってる。
 あまり規模拡大しないようにアメリカの超圧縮技術は手を出していなかったがそこを取られた。くそ~~! そんなの国関係で取るもんじゃないか! 国家がやれよ!! 個人事業が干渉してくんな! こっちは裏の人間と調整しあいながら、いい感じにバランスをとっているというのに……!

 俺が丹精込めて育てた商店街の目の前にイオンを建てるな。俺の本屋の隣にブックオフを出すんじゃない。くそが……。こっちは社員の生活かかってんだぞ……。

 黒霧がいないせいで、ドクターとも連絡がつかない。オーバーホールからかっぱらったクスリを押しつける相手と連絡がとれない状態だ。
 ヤクじゃなくて厄だよこんなの。女児の生き血を原材料にしてる時点で、もう縁起が悪すぎる。こんな物体、できれば見えるところにあってほしくない。俺の中ではこいつがあるせいでいろいろ上手くいかないという説も出てきた。

 

「俺は宗教って儲かるもんだと思ってたぜ、みてみろコレ。金かと思ったらメッキ!」

 怪しげな宗教団体を襲ったあとの戦利品を仕分けていたトゥワイスが、持ち上げた像を適当に放って割る。やめてください! ここ掃除するの俺しかいないんですよ!? せめてゴミ箱に捨ててくれ。

「なにやら勘違いを招いていますが、“あかり教”はお布施を求めぬ異様にクリーンな存在なので、別にそこでは稼いでないです。俺が金を持ってるのは、俺が個人で悪いことをしているからです。ちゃんと俺がお仕事してるからなんですね」

「よっ、社長!」
「キョーソ様!」

 トゥワイスとトガちゃんの拍手に両手をあげて「どーもどーも」とこたえる。俺の個性の性質上、自然に広がったもの以外へ俺自身がむやみに介入すると、効果が反転する可能性があるのだ。

 なので、あれについては下手に手を出さないに限る。なんか勝手に育ったわけの分からないものとして放置しておくのがいちばんいい。どうせセンスの悪いヴィランネームをつけられたくらいで、今のところ実害はないし。俺がちょっと不機嫌になるだけなので良しとする。

「人が足りねえ。お前んとこのきしょいやつ、掻き集めろよ」

 弔くんはそう言うが、さすがに無茶な要求だった。「無理ですねえ……」と答えた瞬間、俺の座っていた椅子の背もたれがガンッと蹴られる。
 映画館で絶対に後ろの席に座ってほしくないタイプ。つまらないと俺の頭にポップコーンぶちまけながらスマホ通話しつつ出ていきそう。

「俺の手持ちの仲間って、自分から連合入りしたおばけくん以外は、“俺のことが好き”ってだけなんだよ。
だから連合に入れたところで連合そのものに帰属意識は生まれないし、下手をすると俺の【灯火】の効果が消える危険まであるんです。
リスクが高すぎるのでダメ。だびくんが今ごろせっせと働いてるはずなので、朗報を待ちましょう!」

 俺の個性【灯火】は、当の本人である俺にもいまひとつ分からない、だいぶ気難しい存在だ。

 ただ、八斎會で木っ端組員相手に「俺の服がヤバすぎる」という一点だけで効果を丸ごと無効化された前例があるので、少なくとも万能ではないことだけは分かっている。
 効きが悪くなるとか、通りが鈍るとか、そういう可愛らしい話ではなかった。条件を踏み外すと、普通に無効になる。

 つまり俺は、基本的に“無害”でいなければいけない。守ってやらなきゃ、味方してやらなきゃ、実はそんなに悪いやつでもないんじゃないか、ちょっと同情の余地あるよね────そのくらいの温度感に収まる存在でいないとまずいらしい。

 そこを踏み外すと、【灯火】が効かないどころか、俺個人にヘイトが向くという最悪のデバフ状態に入る危険がある。 俺は暴力沙汰に対応できないので、そうなるともう捕まるか殺されるしかないんです。

 なので、できる限り裏方に徹する。

 見た目がちょっと大きいのは認めるけど、実年齢は未成年なんだから、そのへんは加味してほしい。こわいこわい荼毘くんや、こわいこわい弔くんに囲われている哀れな少年だと思っていてくれ。

 

 ろくな物が無い戦利品を眺めていると、立てつけの悪い扉がガラッと鳴って、荼毘くんが帰ってきた。

 おかえり、と言う暇も無くまっすぐこちらへ歩いてきたかと思えば、するりと腕の中に収まりにくるみたいな距離まで寄ってきて、「あかりくん……」と見上げてくる。

 期待に応えるように抱きしめて、頬をすり寄せ、それから軽く何度かキスを落とす。どうやら正解だったらしい。
 荼毘くんは満足そうに目を細め、ふう、と小さく息を漏らした。そうしてから、ようやくこの場に他の人間もいたことを思い出したらしく、ほんの一瞬だけ視線を逸らして「なんだ、全員お揃いかよ」と言う。

「ちゃんと働いてるの、俺だけだな。あかりくん、俺偉いだろ」

 ずいぶん甘えた声だった。トゥワイスの「おめーは焼き殺して回ってるだけじゃねェか!」という、あまりにも正当な怒声は完全に無視される。

 一応、今の目的としては仲間集めなのだが、これがなかなか上手くいかない。

 以前みたいにとにかく数さえ集めればいいという段階でもないので、そうなると結局はスカウト方式がいちばん確実になる。だが、それもそれで難しい。

 トゥワイスはオーバーホールでの失敗が尾を引いているせいで、以前ほど積極的に勧誘へ行かないし、荼毘くんに至っては「今日も燃えるゴミしかいなかった」と言いながら、毎日せっせとゴミ焼却に励んでいる始末だ。仲間候補を見つけに行っているのか、可燃物の仕分けに行っているのか分からない。

 そもそもヴィラン連合、うっすら人間のことが嫌いなタイプが多すぎて、あまり仲間集めに向いていないのだと思う。

 人を増やしたい組織の構成員が、人間全般に対してそこそこ雑な敵意を抱えているの、構造としてだいぶ終わっている。
 一方で、基本的に人間のことが好きな俺は、“俺のことを好きな人”なら集められる。でもそういう人たちはだいたいヴィラン連合に向いていないからおしまいです。
 ヴィランな性質がない俺のことを好きな人、俺だって好きだからこんな世界に巻き込みたくないよ。美味いもん食べて好きな本読んで平和に生きててくれ。できれば俺たちの活動範囲外で。

 そんなわけで、残念なことに、うちの連合はわりと真面目に停滞している。

 人数が足りないとか、戦力が足りないとか、そういう単純な話でもない。流れが止まっている。空気が淀んでいる。
 たとえばスピナーなんか、最近はもう明らかに「俺は……ここにいていいのか……」みたいな顔をし始めているし、なんらかのテコ入れかイベントかをいれる必要がありそうだ。俺たちみたいな人間は停滞で腐る。

 完全に無抵抗のまま全体重を預けてくる荼毘くんを、後ろから抱きしめる。
 人の死のにおいが染みついた、焦げ臭い身体だった。
 広い範囲で汗腺が焼けているせいか、体臭らしい体臭はほとんどない。子どもの頃は、どういうにおいがしていたっけ。いや、案外そういうものを気にするタイプだから、俺のところへ構いに来る時は、ちゃんと風呂に入ってからだったような気もする。あれも今になって思えば、火傷を隠して、自分で手当てをするためでもあったんだろう。
 そんなことを考えていたら、ふとミスターと目が合った。実に嫌そうな顔をしている。

「なんかお前ら、最近イチャイチャしてない?」
 
 俺は後ろから荼毘くんを抱きしめたまま、はいその通りですの顔で頷いた。

「そう。イチャイチャすることにしました」

 宣言すると、腕の中の荼毘くんがわずかに振り返る。
 本人にはいまひとつ自覚がないらしく、俺にだけ聞こえるくらいの小さな声で「してる?」と尋ねてきた。してます。大いに。
 いままでは皆の前で俺から荼毘くんにキスすることはなかったけれど、最近はもう普通に俺からキスしまくっている。十分すぎるほどイチャイチャ判定でいいだろう。

「あと、もうだびくんのことオニイチャンって呼ぶの禁止です。俺も言わないし、みんなも言わないでください」

「なんで? 俺あかりくんのお兄ちゃんだよ。なんでそんなこと言うんだよ、俺のこと捨てんの? ずっと一緒だったじゃん。俺のこと、もうお兄ちゃんって言ってくれないの? 俺なんかした? なんか怒ってる? そういうの、意地悪言う前に怒ってるって言ってくんないと分かんないだろ。反省もできないし謝れないじゃん。やめてよ、突然結果だけ言うの。傷つくだろ」

「ちょっと一旦、耐えお願いします」

 手のひらでそっと口元を押さえると、荼毘くんは不満そうな目で見上げてきた。まだ大激怒発狂フェーズの顔ではない。軽い鬱読経で済んでるだけなのでよし、セーフ。

「俺が教祖名の“あかり”を使ってるのは、俺の流れからだびくんの素性まで漏れるのが嫌だったからなんだよ。
でも、この関係になったので話は別です。俺の本名が今さらバレても、“恋人”ならそこから先は辿りにくい。なのでオニイチャン呼びは禁止でお願いします。これからは新生ラブラブカップルとして生きていきます。冬が来たら並ぶとハートになるセーターも着る」

「荼毘くんハートセーター着るの?」
「あかりくんが、言うなら……着るだろ……」
「おいお前のダーリンが苦虫1000匹食いちぎった顔してっぞ!」
「ありがとうトゥワイス、切り替えが早い。有能」

 くちゃ……となってしまった荼毘くんは、「かわいそです」「着たら写真撮ってネ! 紙飛行機にして青空切り裂いてやるぜ」と外野からやいのやいの言われている。

 失礼な。いいじゃん、ハートのセーター。

 言葉にしなくても見た目だけで関係が分かりやすいし、多少ダサくても「あっ、恋人なんだなあ……」って一目で理解してもらえるの、かなり便利だと思うんだけど。
 対外的な情報処理コストを全力で下げたいだけなんだが、そんなにダメか……。服ヤバすぎ罪で有罪喰らったことがあるから、俺の個性に悪影響あるかもだからやめるか……。荼毘くん的にも普通に可燃性高くて危険だもんな。

 俺たちがこっちでどうでもいい話をしているあいだに、向こうではひと悶着あったらしい。気づけば、スピナーが弔くんの胸倉を掴んでいた。

 胸倉を掴んでいた!? スピナーが、弔くんの!!?

 止めなきゃ────の前に、「弔くんが胸倉を掴まれてもなお会話を継続しようとしている」という事実そのものに、衝撃と感動で固まってしまった。

 すごい。社会性がある。これはもう、かなりの好感度上昇を感じる。俺たちのこと、思った以上に大事にしてくれているのでは? と、親でも保護者でもないのによく分からない感慨が胸に満ちた。泣きそう。

 我ながら何目線なのかよく分からないところで勝手に感動していると、不意に足元が小さく揺れる。

 地震が来る前に足の裏へ触れる、あの、嫌な予兆に似た違和感。思考がそちらへずれた、その瞬間だった。巨大な音が、まるで意志でも持っているみたいな勢いでこちらへ近づいてくる。地震じゃない。だが、地震じゃないにしても、今いるこのボロ小屋では普通にまずい。倒壊する。

 反射的に外へ飛び出した俺たちの前には、見上げるほどの大男が立っていた。テコ入れのイベント、こんなに雑な導入で入るんですか? ちょっと俺、非戦闘員なので配慮してください。父親譲りの的のでかさの割に、動きはとろいんです。死んじゃう。