愛はプライスレス

胡乱な女と服選び。男主視点。
胡乱な女が用意した昆虫食はちゃんと食用のやつです。

「どう?」
「あかりくん独自のセンスが光ってるね!ㅤこれとこれとこれとこれを変えたらもっと良くなると思う」
「遠回しに全部駄目って言ってる?」

ㅤ言われたやつ全部外したら下着しか残りませんが?ㅤ嘘だろ、芽森さんにも許されないのか?ㅤ俺のセンスは……弔くんですら止めた昆虫食を笑顔で「いいよ♡」と許して昆虫食パーティを開いてくれたあの芽森さんでさえ……!?
ㅤ俺達が出会ったのは完全に偶然だった。街中をぶらついてたら「お〜い、あかりく〜ん」と声をかけられたので振り返ったら、離れた場所から手を振る彼女がいた。周囲より頭一つ分以上高いから遠くからでも気づいたらしい。わかるよ。たまに待ち合わせ場所の目印にされたりするし……
ㅤせっかく会ったしということで、一緒に買い物をしている。いつもと同じ街でも、共に行動する人が違うと新たな発見ができて面白い。あんな路地裏にパン屋があったんだなあ……適当に一個買ったら結構おいしかった。今度また行こう。
ㅤぶらぶらと街を探索して、最後に行き着いたのが服屋だった。ここは俺の行きつけ。ほんの少しの打算を持って、俺は彼女をここに誘った。

ㅤ俺の好みの服を……買いたかったから……!

ㅤ殺人ピエロの私服という不名誉な評価をもらう俺の私服のセンスは、俺から一人で服を買う権利を剥奪した。保護者同伴が義務づけられた結果、俺の選ぶ服は全て却下されている。俺が着る服を俺が選んじゃ駄目なんですか!?ㅤそんな……
ㅤミスターや荼毘くんが選んでくれる服は、確かにかっこいい。俺に似合ってると思うし、ある程度は着心地にも配慮してくれている。でも俺は……もっと着心地特化した服も着たい……!ㅤあの黄金のパンツめっちゃ良かったのに……!
ㅤその点芽森さんは最適だ。俺のことを可愛がってて、甘やかしてくれるタイプで、なおかつ俺に執着がない。俺に対してこだわりが一切ないから、恐らく俺が突然自分の頭をバリカンで丸刈りにし始めても、「大胆なイメチェンだね」と微笑むだけだろう。そんな彼女なら、どんな服を選んでも許してくれると思ったのに!
ㅤ「君が着たい服を着せてあげたい気持ちはあるんだけど」と言う彼女は、困ったような顔をしていた。いつも笑顔だからこれはレア表情。えっ、そんなに駄目……?

「実はねえ、君にあんまり奇抜な格好させないでって、お願いされてるの」
「先手を打たれてた、ってこと……!?」
「あかりくんを心配してのことだから、私も断れなくて」
「ち、ちなみに誰に」
「君の関係者各位」
「複数人いる……

ㅤ読まれてる……この分だと俺を甘やかしてくれそうな人全員にこの連絡がいってる……用意周到過ぎないか?ㅤこんなところに根回しの本気を出さないでほしい。

「他のにしよう?ㅤこっちの服も着心地悪くないよ」
「これが気に入ったんだもん……
「後でアイス買ってあげるから、ね?ㅤ何段にしてもいいよ」
「お願いつづちゃん……
「うーん……

ㅤ俺の渾身の可愛こぶりっこに頷いてくれないから、これはもう無理かもしれない。普段なら一度目のお願いで「仕方ないなあ。いいよ♡買ってあげる♡」くらい言ってくれる筈だ。厳しいな……この人、俺のぶりっこをぶりっこと理解した上で甘やかしてくれてる人だから、俺の可愛さが通用してるわけじゃないんだよな……。どちらかといえば愉快な生き物として愛でてくれてる節がある。この前「あかりくんの可愛がられてることに自覚的で傲慢なところが面白くて好き」って言ってたし。
ㅤいやでも、諦めがたいなあ……!ㅤ今までの中でもトップレベルの触り心地なんです、どうにかなりませんか?ㅤこのぬるりと虹色に光る芋虫が全面に縫いつけられたトレーナー……お腹辺りについてる他のより二回り大きいやつ、揉むともちもちしてて気持ちいいよ。ねえ……

ㅤ駄々を捏ねては宥められるのを繰り返していると、店の入口の方がざわつき始めた。それに伴って店内から人が減っていく。なんか嫌な予感……

「あかりくん、何してんの」

ああ〜〜〜〜実兄の登場〜〜〜〜!ㅤ仕事早めに終わったから俺のところに来たんだろうな……そういえばわりと近いところでのお仕事だったっけ、今日。
ㅤどうしよう。荼毘くんと芽森さん、相性悪いんだよなあ……!ㅤ元々俺と親しい相手は全員嫌いな荼毘くんだけど、その中でも芽森さんは特に嫌いな方だ。全人類をうっすら嫌いな人って、全人類をうっすら好きな人と相性が最悪だから……
ㅤなお芽森さんの方は「仲良くできたら嬉しいな」と通常運転を貫いている。荼毘くんのゼロ距離無言恫喝に笑顔で「こんにちは!」と挨拶してるの、見ててハラハラするけど、絶対に「越えたらアウト」の一線は越えないんだよな。対人コミュニケーション能力が高い。荼毘くん的にはそういうところも嫌いなんだろうが……

ㅤ「ねえ、何してんの」と問いかける声は、最初のものよりも少し低い。自分が嫌ってる相手と恋人が二人きりで買い物してるの、気分は良くないですよね。帰ったら全力で御奉仕させていただきますので、どうにか矛を収めていただけませんか……!ㅤここ服屋なんです、燃えるものが多すぎる……!
ㅤ内心焦りながらどうにか落ち着かせる手段をはないか考えていたら、ふと荼毘くんの動きが止まった。見ると、その視線は俺が試着している服に固定されている。なんか……呆然としてるような…………?ㅤ
ㅤ次いで芽森さんに視線を向ける。困ったような笑みで頷きを返された荼毘くんは、数秒黙り込んだ後深いため息をついた。さっきまでの物騒さは消えた代わりに、気落ちしたような物悲しい雰囲気が漂っている。あっ……これ……「関係者各位」の一人、荼毘くんですね……
ㅤ実兄が「背に腹はかえられぬ」と行動するくらい俺の服に頭を抱えていたらしい事実に、少し衝撃を受けている。普段顔見たら舌打ちするような相手に、自分から連絡入れたの?ㅤ嫌がらせ以外の目的で?ㅤきっとめちゃくちゃストレスが溜まったに違いない、この間ちょっと不機嫌だったのは多分これだったんだろうな……なんかごめん……
ㅤ半ば呆然としていると、芽森さんが荼毘くんに「折角来たんだし、一緒にあかりくんの服を見ようよ!ㅤこれとかどう?」と声をかけていた。数秒前まで自分を燃やす可能性があった人物に向ける態度ではない。心臓鋼でできてるのか?ㅤあの人……

「なんでお前が勝手に選んでんの?」
「駄目?ㅤ君がいつも着てる服に似てたから。お揃いに見えるよ」
……もうちょい細めのパンツは」
「あるにはあるけど、あかりくんにはちょっと短いかなあ」
「使えねえ……
「いっそ注文しちゃうのもいいんじゃないかな。このメーカーとかどう?ㅤここの服、手触りも良いよ」
「あかりくんのサイズがねえじゃん」
「私の紹介ならサイズ外でも受けてくれると思う。連絡入れておこうか?」
……………………

ㅤ見せられた画面をたっぷり5分ほど眺めた荼毘くんは、まさに苦渋の決断をする顔で「……明日までに対処しとけよ」と言った。そこまで……!?ㅤ心底嫌いな芽森さんの話に乗るくらい、追い詰められてたの……!?ㅤ本当はめちゃくちゃ嫌だったんだろうな、5秒に1回の間隔で舌打ちをしてる。俺のためにまた我慢してくれたらしい。……ご、ごめんね……!
ㅤ一方の芽森さんは何も気にした様子はなく、いつものように「はーい♡」と良い子のお返事をしていた。秒であらゆるものを炭にできる高火力人間兵器に目の前で無限に舌打ちされるの、普通に恐怖体験だと思うんだけどな。恐怖心とかないのかもしれない。

ㅤ「お邪魔だろうから私は先に帰るね!ㅤあそこのクレープ、おすすめだよ」と言い残して立ち去った彼女は、場の空気を読むのが上手い。すれ違いざまにウインクしたのは「頑張って!」の意味だろう。はい、頑張ります。色々と……

「荼毘くん、クレープ食べよ。買ってあげる」
「俺が買うよ?」
「俺が荼毘くんを労りたいので……俺の為に色々、ありがとね」
…………ん」

ㅤ腕を絡ませて猫のように頬を擦り寄せた荼毘くんは、「甘くないやつにして」と蕩けた声で囁いた。少しは機嫌が直ったようで何よりです。俺もおかず系のやつにしよ。お互い味見しようね……はい、あーんもさせていただきます、他にご要望があればお伝えいただきたく……

ㅤ後日。俺の元にはシンプルで品が良いデザインの、手触りが俺好みの服がしばらく困らないくらい届き。変なところで真面目さが残ってる荼毘くんは、苦虫を100匹噛み潰したような顔で芽森さんに菓子折を渡していた。少し割引もしてもらえたらしい。俺も大概だけど、あの人も結構謎の人脈持ってるよな……

 

わっふるさんから頂きました!

すべての人間をうっすら好きな胡乱な女と、すべての人間をうっすら嫌いな実兄の相性があまりにも一方的に悪すぎてこのザマなのありがたい。荼毘くんにとってこの女はたまに来て甘やかして躾を全て無にして帰っていく中距離別居の義母みたいな存在…(最悪)