「ラリー氏~~~。暇なら僕と対戦しません? 」
「あー。この雑誌読んでからでいい? 」
「何ひとつ良くないですが??? バチバチにキレそう」
いや、あの、お部屋デートですケド。あの、二人っきりなんですが?? はあ~~~? 最愛の僕がわざわざ自室という絶対安全圏から這い出して、こうして君の隣に生身で存在して差し上げているというのに、何えっちな本読んでるんだこいつ。しかも隠す気がまるでない。
ベッドに腹這いになって頬杖をつき、僕が話しかけても「んー」と気の抜けた返事だけ寄越しながら、ぺら、ぺら、とページをめくっている。普通に乳もろだしのページがこっちから丸見えなんだよせめて隠して。最低限の倫理観と僕への配慮を今すぐアップデートしろ。
うそ、待って。僕、紙の女に負けた? 三次元の彼氏が二次元の女に敗北するという前代未聞の次元間対戦がいま開幕した?
しかも拙者、人生の大半を二次元最高~~~現実の人間とか高解像度すぎて無理~~~とか言いながら生きてきた側なんですが、まさか因果応報がこんな形で殴り込んでくることある? 世界線の収束が雑すぎる。
お前の好きにして良い男が隣にいるのに、インクのにおいしかしないペラペラの女から目が離せないと??????
こっちは立体で触れて喋るし光るという高性能なのに……? 変身もできるし(オバブロ前科一犯)(笑)
ゲームにも付き合えるし、専門分野なら攻略wikiにも負けないし、ついでに世界屈指の魔導工学技術まで標準搭載している超高性能彼氏なんですが? SSRどころか排出率表記不能の一点物なのに何故僕を優先しないのか……愚かな人間よ……。可哀想になってきた。価値をわからぬおバカな子……。
一瞬憐れんだけど、いややっぱキレそお~~~、と青い炎の先がぶわっと赤くなりかけて、慌てて気持ちを鎮める。ここで本当に燃え上がったら、「恋人がエロ本読んでたので嫉妬して髪が赤くなりました」とかいう人生最大級のダサログが刻まれる。それだけは嫌だ。そんなトロフィー解除したくない。
そもそも少しくらい顔と性格と所作と、僕が何も言わなくても飲み物を置いてくれるところとか、普段は雑なくせに僕が本気で嫌がることだけは絶対しないところとか、たまに見せる優しさとか、なんだかんだ最後には僕を許しちゃう甘さとか、声とか雰囲気とかにおいとか笑ったときに目尻がちょっと下がるところとか、そういうのが何もかも僕好みだからって調子に乗らないでよね!! すこ…………(感嘆)
確かに、事前連絡ひとつせずにラリーの部屋へ飛び込んできたのは僕だし、いつでも対戦できるようにって勝手に最新ゲーム機と周辺機器一式を搬入したのも僕だし、気づけば予備のコントローラーだの積みゲーだの限定版の箱だの使うかもしれない魔導デバイスだのを次々置いて、現在ラリーの部屋の七割くらいを実質僕の倉庫として占拠しているのも僕だし、そもそも告白だって「好きです付き合って下さい、さもなくばご両親のお仕事はもうないですねフヒヒ職権乱用きもち~~~~~~」とか言いながらダブルピースをキメて迫ったのは僕だったけど!!
……こうやって時系列順に並べると本当に最悪だな僕。何これ、権力持たせちゃいけないタイプの悪役御曹司そのものでは? 恋愛ゲームなら好感度イベントじゃなくて通報イベント発生してますが?
いやいや違うんです。仕事云々はあくまで照れ隠しのジョークというか、真正面から「昔から好きでした、恋人になってください」なんて言ったら、その場で恥ずか死して冥府へ強制送還されかねなかったから、仕方なくいつものノリで誤魔化しただけだし、当然ながら実際にシュラウド家の権力を行使するつもりなんて一ミリもなかった。
そもそも僕とラリーの間にはその時点でもう誰がどう見ても明確な恋愛フラグが立っていたんだから、実質ただの確認作業みたいなものだったわけで、何ひとつ問題は無い。無いんだけど、結果だけ抜き出して並べると、僕が幼なじみの家族を人質に交際を迫ったうえ、恋人になった途端に私物で居住空間を侵食している酷い奴になる。
おかしい。そんなルート選択した覚えないんですが? バグかな?
当のラリーは、僕の脳内で行われている必死の弁明など知る由もなく、相変わらずベッドの上で雑誌を読んでいる。僕が半径50cm以内でこれだけ不機嫌オーラを放っているというのに、一定の間隔で紙をめくる音がするだけで、視線なんて一ミリも寄越さない。
は??
そこまで熱心に読むくらいなら、この前「専門外だから説明読んでもよくわかんねえし、イデアが書いたやつなら読んでみたい」って頼まれたから、拙者がわざわざ掲載誌ごと取り寄せて送って差し上げた僕の論文でも読めば良くない?
あれ普通に学会誌なんですケド? 君の幼なじみ兼彼氏が筆頭で名前載ってるんですケド? 貸すが?? 今ここで読書感想会まで開催してやってもよろしくてよ??
……幼なじみの気安さゆえか知らないけど、僕に対する感情、長年の継続ダメージで麻痺ってません?
レアリティの認識おかしくなってない? 二足歩行を習得する以前から顔を合わせていたというだけで、僕だけ初期配布キャラみたいな扱いするのやめてもらえます? 初期配布でも性能ぶっ壊れてるタイプでラスボスまでパーティ入り確定キャラなのに? モーション改修三回くらいある、公式寵愛キャラですよ僕は。
関係性だけ切り取れば、スカラビアのカリム氏とジャミル氏みたいなものでしょ。生まれた頃から付き合いがあって、互いの嫌なところも恥ずかしいところも大体把握済み、今さら取り繕う必要もないくらい生活圏が重なっている、みたいな。
まああちらと違って主従でもなんでもないし、僕はラリーに飯炊きも身の回りの世話も要求してないので例としてはだいぶ違うけど、要は長すぎる付き合いが生む遠慮の消失について言っています。
だからって雑に扱っていいとは一言も言ってませんが??
僕は本来もっと丁重に扱われるべき、高嶺の花の幼なじみヒロインなんですよ。攻略難易度最高、選択肢ひとつ間違えれば即座に部屋へ引きこもってルート閉鎖、ただし好感度MAXになれば一途で尽くす超優良物件。よって丁寧に扱え。定期的に褒めろ。目を見ろ。僕が寂しくならないよう逐一構って。できれば五分おきくらいに。
なのに全然構ってくれないので、とうとう実力行使に出ることにした。
ベッドの端へ膝を乗せ、そのまま雑誌を読むラリーの背中へべったり張り付く。僕ほどの長身男性が背後から全体重を預けているというのに、こいつは多少身体を沈ませただけでページをめくる手すら止めない。何その安定感。腹立つ。
こっちを向いてくれない背中は嫌いだ。昔から見慣れている肩も、首筋も、シャツ越しにわかる肩甲骨の形も好きだけど、今は嫌い。
僕に背中を向けているという一点だけで減点一億点。抗議の意味を込めて肩甲骨の間へ額を押しつけ、ぐりぐり擦りつけてみても、返ってきたのは手を後ろにまわして後頭部を適当に撫でる動作だけだった。
なにこれ。猫ちゃん扱い?
「ラリー」
「んー」
「んー」じゃないが?? 返事だけして会話成立判定を取ろうとするな。
どうにかしてこっちを向いてほしい。顔を見てほしい。構ってほしい。雑誌なんか床に放り投げて、僕のせいで他のことなんてどうでもよくなればいい。
……そうだ。怒られたいな。
ラリーは滅多に怒らない。昔から僕が多少無茶をしても、呆れたり小言を言ったりはするけど、本気で腹を立てることなんてほとんどなかった。だったら怒らせれば、少なくともその瞬間だけは僕のことで頭がいっぱいになるんじゃない?
完璧なロジックでは? 天才の発想来たなこれ。
「ラリーの代わりなんて幾らでもいますし? 調子に乗らないで欲しいんですけど、君との関係だって対戦ゲームみたいなものだから、飽きたらもう必要ないよ」
口から出た言葉を自分の耳で聞いた瞬間、脳内に巨大な赤文字で警告が出た。
あ、間違った。これ自傷だ。
ラリーを怒らせるどころか、自分で自分の急所へクリティカル叩き込んでどうする。そんなことあるわけない。代わりなんているわけないし、飽きるわけもない。こいつの代わりがその辺に転がっているなら、僕はとっくの昔にこんな面倒臭い恋なんてしていない。
撤回。今すぐ撤回したい。発言ログ削除希望。管理者権限でなかったことにできませんか神様。
ぺら、と半分めくられたところで紙の音が止まった。
やば。
ラリーが何も言わずに身体を起こす。マットレスが沈み、背中に張り付いていた僕もつられてずるりと姿勢を崩した。顔を上げれば、ようやく念願叶ってラリーが僕を見ている。
見ているけど、思ってたのと違う。
眉間にはきっちり皺が寄り、目つきまで普段よりずっと鋭い。うわ。SSR ! ガチギレのラリー排出 ! 初回限定演出つき ! と脳内に盛大なファンファーレが鳴り響いた次の瞬間、僕の誇る灰色の脳細胞が現状における唯一にして最適な回答を導き出した。
「お前」
「大変申し訳ありませんでした」
土下座だ。
ベッドの上では角度が甘いので、即座に床へ降りて額がつく寸前まで頭を下げる。判断速度だけなら我ながら満点。二年に一度くらいの頻度で似たような自爆をやらかしているので、謝罪フォームも回数を重ねるごとに洗練されてきた自覚がある。
背筋の伸び、手を置く位置、頭を下げる速度、どれを取っても過去最高クラスでは? そういう成長点から評価してほしい。
「全部嘘です怒らないで構ってもらいたくて言いました ! えーーん ! 別れるって言うなら今まで収集したラリーの情報全部流出させて二度と表を笑顔で歩けないようにしてから囲う ! 誰にも盗られないように地の底に縛り付けてやる ! 僕しか見えない僕しか考えられない僕が与える食事を摂取して僕が与える知恵だけ得て僕のためだけに生きることを喜びだと魂に刻んでやる ! 僕から逃げられると思うなよ絶対テイムしてやるからなこのイデア・シュラウド様に敵うと思わないでほしい絶対絶対諦めないから冥府の底まで追っていくから不可能なんて全部握り潰してやる…… ! 」
「お前ほんとそういうとこだぞ」
「えーん ! 怒らないで ! 拙者かわゆい彼ピですぞ甘やかして ! 」
「まったく……」
頭上から深い溜息が落ちてきたあと、大きな手が僕の頭をぐしゃぐしゃ撫でた。
……あ、許された。
チョロ。いや違う、これは僕の日頃の行いと彼氏としての圧倒的愛嬌が生んだ正当な結果。
「うわチョッロ。詐欺に引っかかりそうだからスマホ解約して」
「イデアとも連絡できなくなるぞ」
「こんなとこ完全に倉庫にして、僕の部屋に来ればいいじゃないか……」
「お前……だから、俺の部屋にばかり荷物を詰めたのか……」
しまった。口が滑った。
僕の部屋ならゲーム環境も設備も完全上位互換だし、ラリー用のスペースくらい作ろうと思えばいくらでも作れる。だったらこっちの部屋を徐々に僕の私物で埋めていけば、いずれ「もうここ住みにくいしイデアのとこ行くか」という自然かつ合理的な流れが発生するのでは? という長期計画だったのに。まさか途中で本人にバレるとは。
「ひひひ。かわゆい彼ピの健気さ、伝わりました? 」
「お前ほんとそういうとこだぞ」
二回目いただきました。褒め言葉ということにしておこう。
気づけば、さっきまでラリーの視線を独占していた雑誌は床へ落ちていた。開いたままのページなんて、もう誰も見ていない。
ラリーは僕を見ている。
さっきまであんなに腹が立っていたのに、それがわかった途端、胸の奥で暴れていたものが嘘みたいに静かになった。
なんだ。結局、これだけでよかったんだ。
「誰かの代わりなんて誰にもなれないんだから、それは二度と言うなよ」
「……はい」
声が少し低い。まだ怒ってる。
ごめんなさい。本当に。ラリーを傷つけたいわけじゃなかった。ただ僕を見てほしかっただけなのに、欲しいものを手に入れるための選択肢を盛大に間違えた。
「捨てないでくれよ。俺はお前のこと好きなんだから」
「……ゴメンナサイ」
その言い方はずるい。怒られると思っていたのに、ラリーまでそんな顔をするとは思わなかった。さっきの言葉をほんの少しでも本気にしたみたいな、傷ついた顔。僕に捨てられるかもしれないことを、こいつもちゃんと嫌だと思ってくれるんだ。
そう気づいた瞬間、胸の奥がぎゅっと縮んだ。
嬉しい、なんて思った自分ごと殴りたい。
「もう飽きちゃった? 」
違う、と答えるより早く、肩を押されて背中がベッドへ沈んだ。覆い被さってきたラリーの顔が近づいて、反射的に息を呑む。そのまま唇へ噛みつくみたいなキスをされて、用意していた言葉が全部吹き飛んだ。
近い。熱い。苦しい。好き。
脳内CPU使用率100%。処理落ち。強制終了寸前。飽きない。飽きるわけない。何年一緒にいたと思ってるんだ。二足歩行以前から見て、それでもまだ足りなくて、友達だけじゃ嫌になって、やっと手に入ったんだから。
ずっと欲しかったものが、ようやく僕のものになった。
一生一緒がいい。
僕が死ぬまでと言わず、死んだあとだって冥府の管理者権限で隣の席を確保してやる。逃げ道なんて最初からあげない。
ようやく唇が離れたところで肺が必死に空気を求め、僕は情けなく口をぱくぱくさせた。
「ぷは、あにょ、あのさあ ! ふひひ、あのぉ……」
息継ぎが上手くできず、陸上にいながら溺れかける。待って。ちょっと待って。心臓うるさ。だけどこれだけは、この一連の騒動の発端だけはどうしても伝えておかねばならない。
「お部屋デートですが据え膳放置はサイアクなのでは??? 」
「お前ずっとそれが言いたかったのかよ……」
「は !? か、勘違いしないでよね ! 」
ラリーがどうしてもって言うなら、まあ、やぶさかも無いってだけなんだからね ! と、拙者の中に住む古式ゆかしいツンデレヒロインが全力で叫んでいるのに、肝心の出力先である僕の声帯は完全に機能停止していた。
キャパオーバー。もう無理。これ以上まともな言葉を要求しないでほしい。誤魔化すように視線を逸らして、それでも気になってちらりとラリーを見る。
目が合った。
まだ僕だけを見ている。
雑誌もゲームも、もう何も見ていない。さっき僕が欲しがった通り、ラリーの頭の中が僕のことでいっぱいになっているのがわかるような顔だった。ちょっと怒ってて、ちょっと呆れてて、それでも僕が好きで仕方ないみたいな、どうしようもないバカの顔。
ああ、ドキドキする。
食べられちゃう。
たのしみ。

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