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「…………」

 アカウントを開いては閉じ、いいね欄まで指を持っていっては、やっぱ無理、と離す。

 それをもう何回繰り返したかわからない。画面には見慣れたテオンくんのアイコン。別に知らない人のアカウントを覗こうってわけでもないし、恋人なんだからいいね欄を見るくらい普通じゃない? いやでも、普通だからってわざわざ見る必要もないし、見て嫌なもの見つけたらどうすんの? けーくん、自分から地雷原に突っ込むタイプじゃなくない? そういうのはもっと上手に避けて、空気読んで、楽しくやってくタイプじゃん。

 なのに気になる。めちゃくちゃ気になる。スマホを伏せて、三秒でまたひっくり返して、結局「あ~~! 」とぜんぜん可愛くない声が出た。

 マジカメの、テオンくんの、いいね欄が、見たい! 怖い! ……というのを付き合い始めた頃から延々やって、それから三年経ちました!

 ハーツラビュルで三年過ごしたら、なんでもない日のパーティーだって何回やれると思ってんの。薔薇だって何百本赤く塗れるし、トレイくんのお菓子だって数え切れないくらい撮ってきた。
 その間ずっと俺はマジカメを使ってて、テオンくんとも付き合ってて、それでも一回も見られなかった。

 だって怖いものは怖いんだから仕方ないじゃん。俺のアップした写真をいいねしてくれる人って、ありがたいことにけっこういる。

 毎日触ってると通知に流れてくるアイコンにもなんとなく顔馴染みができて、『この人また押してくれた』とか、『カフェ系だと反応早いな』とか、そういう傾向もわかってくる。
 スケボーの動画には反応するけど自撮りにはあんまり来ない人もいるし、逆に俺の顔が写ってればだいたい押してくれる人もいる。

 新作ドリンク、期間限定イベント、ハーツラビュルの庭、なんでもない日のパーティーで綺麗に並んだお菓子。

 俺自身は甘いものなんて一口ふた口で充分だけど、可愛いケーキは写真にしたらめちゃくちゃ映えるから、そこは別。せっかく撮るなら角度も光もちゃんと考えて、何枚も撮った中から一番いいのを選ぶ。

 そうやって見てれば、人の好みなんて薄ぼんやり見えてくる。俺、そういうの見るの得意だし。今この話題振っていいかなとか、これ以上踏み込んだら嫌かなとか、人のちっちゃい反応を拾うのは昔から癖みたいなものだ。

 だからこそ、ずっと気づいてた。俺の通知に、テオンくんのアイコンが流れてきたことが、ない!

 本当にない。一緒に写ってる写真もある。デートで行った場所も載せてる。『ここ良かった~! また行きたいね!』って上げたやつだってあるし、ちゃんと可愛く盛れたけーくんもたくさんいる。自分で言うのもなんだけど、かなり出来がいい。照明も背景も服もぜんぶ噛み合った渾身の一枚だってある。

 それなのに、テオンくんはいいねしてくれない。いや、もちろん、いいねが愛情の全部だなんて思ってないよ? 三年も付き合ってるんだし、そんなのわかってる。

 会えば優しいし、俺が話したことも覚えてるし、疲れてるときは気づいてくれる。
 スマホ向けたってなんだかんだ付き合ってくれるし、マジカメに載せるのも嫌がらない。だから、別に、いいんだけど。いいんだけどさ。でももしかしたら、俺が寝てる間に押してくれて、通知が流れちゃっただけかもしれないじゃん。
 タイミングが合わなかったとか、たまたまとか。そもそもテオンくん、俺ほどマジカメに張り付いてるわけじゃないし。だから三年間、そういう可能性もあるよねってことにしてた。
 けーくん大人なので。気にしてませんけど? って顔して、わざわざ確認なんかしなかった。確認しなければゼロだって確定しない。シュレディンガーのいいね。箱を開けなきゃ、テオンくんは俺の写真にいいねしてるかもしれないし、してないかもしれない。……でも。やっぱり、気になる。

 うだうだ悩んで、開いて、閉じて、また開いて、いい加減にしろと心の中で自分の指を叱りつける。

 見るだけ。別にテオンくんのスマホを勝手に覗くわけでもないし、公開されてる欄なんだから誰が見たっていい。そう言い聞かせて、えい、とタップした。
 画面が切り替わる。上から下まで一気に目で追って、それからもう一回、今度はゆっくり確認して、やっぱりね、と机に突っ伏した。知ってた。知ってたけど、答え合わせってこんなにいらない。

「一枚くらいは俺の自撮りにいいねしててくれてもいいじゃん……俺はテオンくんの、ぶれぶれで手首しか写ってないやつも、ちゃんとアルバムに鍵つけて保存してるのに……」

 誰に聞かせるでもなく恨み言を呟いて、スマホを頬の横に置く。

 三年間、通知で一度も見なかったのは見逃してたからじゃなかった。俺の写真、本当に一枚もない。

 デートで一緒に撮ったやつも、ハーツラビュルの庭で薔薇を背景に撮ったやつも、今日はかなり盛れたなって密かに気に入ってるやつも、ぜんぶ素通り。

 ちょっとくらい押してくれてもよくない? 指一本じゃん。むくむく湧いてきた文句を飲み込みながら続きを見ていると、代わりに並んでいるのは料理の写真ばかりだった。

 肉。丼。パスタ。サンドイッチ。でっかいステーキ。湯気の立ってるスープ。

 飾り気より量と美味しさで勝負してそうな写真がずらっと続いている。なにこれ。色気より食い気じゃん。思わず少し笑ってしまった。

 そっか。テオンくんは俺とマジカメの使い方が違うだけなんだ。

 俺は可愛いとか映えるとか、誰かに見せたいと思ったものを投稿するけど、テオンくんは食べたいものとか行きたい店とか、そういうのを拾うために使ってる。

 そう思ったら、さっきまで胸の奥に引っかかっていたものが少しだけ小さくなった。スクロールしていた指が、真っ赤なスープに分厚いチャーシューが乗ったラーメンで止まる。うわ、これ絶対おいしいやつ。

「このラーメン美味しそ」

 店のアカウントまで開いて、場所と営業時間を確認する。学園からなら休みの日に行けそう。今度のデート、ここにしよっかな。いいねしてるってことは、少なくとも食べたいとは思ったってことでしょ。俺が誘ったら喜ぶかな。ここ行かない? って何気なく見せて、テオンくんが「あ、それ俺も気になってた」って言ったら、俺もー、って偶然みたいな顔をすればいい。

 ……いや、それで「なんで知ってんの」ってなったらどうしよう。いいね欄見たってバレる? 公開されてるものを見ただけなんだから悪くはない。

 でも三年分遡って確認しました、は、ちょっと。恋人でもアウトなものはアウトかも。
 そもそもテオンくんから誘ってくれれば、こんなこと考えなくて済むのに。俺が好きそうなカフェはたまに教えてくれるくせに、自分が行きたい店はあんまり言わない。だったら今度くらい、テオンくんのほうから「ここ行こう」って言ってくれたっていいじゃん。そうしたら俺、知らないふりしてめちゃくちゃ喜ぶのに。

 それから何日か、俺はすっかりテオンくんのいいね欄を見るようになってしまった。

 三年間あんなに怖がってたくせに、一回開けちゃえばこんなもん。今日も肉、昨日も肉、一昨日はラーメン。俺が何十枚も撮り直して、光の入り方まで確認して選んだ渾身の一枚は綺麗にスルーされてるのに、湯気の立った牛丼には即いいね。

 最初は「テオンくんらし~」って笑えてたのに、だんだん食べ物の写真がちょっとだけ憎くなってきた。俺よりそのチャーシューのほうがいいわけ? 肉感的なとこは負けてるけどさ。

 そんなことを考えながら今日も一覧を流していたら、初めて食べ物じゃないものが混ざった。ミドルスクール生くらいかな。まだ少し幼さの残った男の子が、カメラの向こうへ向かって笑っている。なんとなく指が止まった。料理でも店でも景色でもない。人。それも本人が中心の写真。

 ……まあ、間違えて押したんじゃない? スクロールしてるときに指当たることあるし。俺だってたまにやる。そういうことにして、その日は画面を閉じた。

 次の日、また見た。牛丼、パスタ、その間に昨日の男の子。今度はスケボーに乗って、片足を浮かせた瞬間の写真だった。いいねされてる。二回目。

 次の日も見た。友達らしい子たちと肩を組んで、ふざけて変な顔をしている写真。その日は食べ物のいいねがなくて、その子だけだった。

 そこからは早かった。三年間いいね欄ひとつ開くのにあんなに躊躇してた指から、嘘みたいに迷いが消えた。
 男の子のアカウントを開く。投稿を遡る。テオンくんのいいねを探す。ある。これも。これも。笑ってるやつ。スケボー。友達と一緒のやつ。制服っぽい服で撮ってるやつ。自撮り。全部じゃない。でも何枚もある。フォロー欄まで確認して、胸の奥がひやっとした。相互なんだ。別にそれくらい普通じゃん。知り合いならフォローくらいするし、俺だって相互なんて山ほどいる。なのに思い出したのは、俺がテオンくんとマジカメで繋がったときのことだった。

 付き合ってから、それでも妙に緊張して、何でもないみたいな顔でスマホを見せながら、「ね、せっかくだし相互なろーよ」って軽く言った。
 断られるわけないって分かってたのに、押しつけっぽくないかなとか、こういうの面倒かなとか、そんなことまで考えた。
 たかがフォローひとつなのに、俺なりに頑張ってお願いした。

 それなのに、この子にはテオンくんからだった。日付を見ればわかる。向こうが先じゃない。テオンくんが自分から繋がりにいったんだ。

 喉の奥がぎゅっと狭くなる。俺の写真には興味ないのに。この子が笑ってる写真にはいいねするんだ。
 俺の自撮りは一枚も押さないのに、この子の自撮りは押すんだ。

 そこまで考えてスマホを伏せた。見なきゃよかった。三年間見なかったんだから、このままずっと見なければよかった。だけど一回知っちゃったものは、知らなかった頃には戻らない。

 ハーツラビュルのなんでもない日のパーティーに並ぶ、最高に可愛いケーキ。俺はああいうの、撮るのは好きだけど食べるのはそんなに好きじゃない。それでも映えるから、一番綺麗に見える角度を探して何枚も撮る。
 自撮りだって同じ。首の角度を変えて、目線を変えて、笑い方を変えて、その中から一番可愛いけーくんを選ぶ。別に全部テオンくんのためじゃない。でも、ほんの少しくらいは見てほしかった。可愛いって思ってくれたら嬉しいなって、そのくらいは思ってた。

 甘ったるくて一個食べきるのもきつい綺麗なケーキも、何十枚も撮って選んだ一番可愛いけーくんも、テオンくんにとっては「いいね」じゃなかったのかな。

 そう思ったら、いつもみたいに笑って流せなくなった。気づいたときには、連絡もしないで会いに行っていた。

 普段なら今大丈夫? とか、今日会える? とか、ちゃんと聞く。

 急に押しかけて困らせるようなことはしたくないし、付き合って三年経っても、そこはちゃんとしていたかった。でも今日は無理だった。

 テオンくんは俺の顔を見るなり、わかりやすく目を丸くした。当然だ。俺、こんなこと今までしなかったから。好きだから、会ったら嬉しいって思ってもらえる俺でいたかった。可愛くして、楽しくして、ちゃんと笑って。テオンくんにも、けーくんのことを「いいね」って思ってもらいたかった。

テオンくん」

「どうしたケイト、珍しいな」

テオンくん、あの、あのね」

「どした? なんか暗い?」

テオンくん、は、な、なんで俺に、いいねしてくれない、の……」

「待って泣くほど!?」

「うええん」

「泣くほどなのか!!?」

 口に出した瞬間、ぎりぎりまで堪えていたものが決壊した。泣くつもりなんかなかった。ほんとは「そういえばさー、テオンくんって俺の投稿いいねしてくれなくない?」くらいの軽さで聞くつもりだったのに、一回喉が詰まったと思ったら、次にはぼろぼろ涙が出てきた。最悪。目は赤くなるし鼻も赤くなるし、せっかく整えてた顔もぐちゃぐちゃ。うええん、わーーん、ってガキみたいな声まで勝手に出て、しゃくり上げるせいでまともに喋れない。
 三年付き合ってる恋人相手に、俺の投稿なんでいいねしてくれないの! で大号泣。ダサすぎて明日の俺に殺される。
 ずっと知らないふりしてればよかった。いいね欄なんて見なきゃよかった。でも一回口にしたら、もう止まらなかった。

「俺のは、一枚もなかった! アカウント作ってから、一枚も!」

「アカウント作ってから三年分チェックしたのか……」

「ここに俺の写真一枚もないのに! この子は十四枚ある!」

「数えてる……」

 引いてる。絶対引いてる。テオンくんの声が妙に遠い。俺だって十四枚数えた自分には引いてるよ。一枚、二枚って、知らない男の子の投稿を遡って、テオンくんのいいねがついてるたびに数増やして。
 十枚超えたあたりでやめればよかったのに、最後まで数えた。十四。別に会ってるとき冷たいわけでもないし、大事にされてないわけでもない。そんなの俺が一番知ってる。それでも悲しくて仕方なかった。

「なんで、この子だけ。なんで、……けーくんのことも、大事にしてほしい、です」

 最後だけ敬語になった。たぶん、お願いになっちゃったからだ。テオンくんは俺がマジカメ好きなの知ってるじゃん。俺が写真撮るとき何枚も撮り直すのも、光が悪ければ場所を変えるのも、甘いもの苦手なくせに「映えるから」って頼むのも見てるじゃん。
 俺の好きなものに、もうちょっと興味持ってよ。俺のこと、ちゃんと見てよ。
 流行ってる店を調べて、服選んで、髪整えて、何十枚撮った中から一番良い俺を選んでる。全部がテオンくんのためじゃない。でもテオンくんにも見てほしかった。なのに知らない子には十四個あって、俺にはゼロだった。それが、どうしようもなくかなしい。テオンくんが近づいてきて、反射的に一歩下がる。

「触んないで」

 最低。慰めてほしくて来たくせに。テオンくんは伸ばしかけた手を止めて、それから困ったみたいに下ろした。俺のまわりを一歩右、一歩左とうろうろしている。泣いて、責めて、十四枚数えて、触るなって言って、それでも本当はそばにいてほしい。いやだなあ。俺、やだなあ。こんなの見られたくなかった。可愛いけーくんだけ見せたかったのに。

「あの……ほんと、ごめん……弟……弟です……よく見て、似てるから……」

 一瞬、涙が止まりかけた。弟。言われて画面を見る。泣いて滲んだ目で拡大してみる。……似てる。言われてみればめちゃくちゃ似てる。目元とか特に。なんだ、弟なんだ。よかった。よかったけど。

「弟はいいねしてるのに、俺のは一枚もいいねくれない~~~!」

「そこ解決しないのかよ~~~!」

 しないよ。家族の写真には普通にいいねできるんじゃん。人の顔が写ってる写真にいいねしない主義でもないし、食べ物メモにしか使ってないわけでもない。それじゃあやっぱり、なんで俺だけなの。わあわあ泣いている俺を前に、テオンくんは頭を抱えて、それからものすごく申し訳なさそうな顔をした。

「告白します。個人使用として別個保管してました」

「……は?」

「ケイトの写真、マジカメで見つけたやつ、気に入ったのは全部自分のアルバムに保存してます。本人の投稿だけじゃなくて、他人の写真に見切れてるやつも何枚かあります。全部見せる。だから泣くなよ~~~、俺はケイトに泣かれるのがいっとう辛いんだ」

「なんでいいねはしないのぉ……」

「そこまで気にすると思ってなかったんだよぉ……ごめんな。これから全部するから。投稿されたらちゃんと見るし、ちゃんといいねする。な? ごめんな。不安にさせたな」

 触るなって言ったのに、テオンくんはとうとう我慢できなくなったみたいに俺の頭へ手を伸ばして、わしゃわしゃめちゃくちゃに撫でた。セットした髪がぐちゃぐちゃになる。でも手のひらがあったかくて、さっきまで詰まっていた息が少しずつ楽になった。三年付き合ってれば、俺が本気で嫌がってるわけじゃないことくらいわかるらしい。

「おいで」

 ずるい。そんな言い方されたら行くに決まってるじゃん。一秒だけ意地を張って、それからテオンくんの胸に顔を押しつけた。
 服を両手で掴んで、目を閉じる。あったかい。つかれた。急に身体中から力が抜けた。

 今日だけじゃない。面倒くさいって思われないように、邪魔にならないように、好きだからこそちゃんとしていたくて、勝手に頑張ってた。テオンくんはそんなこと一言も言ってないのに。好きな人の前でまで「いい感じの俺」でいたかった。
 それがついに全部ぐちゃぐちゃになって、髪も顔も声も、ぜんぜん可愛くない。それでもテオンくんの腕は離れなかった。

「ごめんな。俺が悪かったよ。ケイトはなんにも悪くないからな」

 その言葉を聞いたら、また少しだけ涙が出た。身体がふわっと浮いて、抱き上げられたんだなと思う。いつもの俺なら何か言ったかもしれないけど、もう目を開けるのも面倒で、首にしがみついたまま黙っていた。
 ベッドが沈む。背中をぽんぽんされる。子どもじゃないんだけど、今日はもういいや。うん。俺は悪くない。悪いのはテオンくんだ。俺の写真に一個もいいねしなかったテオンくんが悪いし、秘密のアルバム作って俺に教えなかったテオンくんが悪い。だから今日はこのまま甘やかされてやる。そう決めて、服をもう少し強く掴んだ。

 朝。目が覚めて、何度も泊まったことのあるテオンくんの部屋の天井をぼんやり眺めてから、静かに両手で顔を覆った。

「…………はっず」

 死にて~~~。いやほんと死にたい。なにした俺? 三年付き合ってる恋人のところにマジカメのいいねがないって泣きながら押しかけて、弟の投稿十四枚数えたって申告して、挙げ句「けーくんのことも大事にしてほしいです」。

 です、じゃないんですよ。何その急な敬語。
 布団の中へ潜って百年くらい出てきたくない。鏡見なくてもわかる。目は腫れてるし、髪なんてテオンくんにぐしゃぐしゃ撫でられたまま寝たからひどいことになってる。

 ベッドの上で項垂れていると、珈琲の匂いがしてきた。テオンくんが何事もなかったみたいな顔で戻ってきて、湯気の立っているカップをサイドテーブルへ置く。砂糖とミルクも、俺がいつも使うぶんだけ一緒。
 昨日あれだけ面倒くさいことした恋人に朝から普通に珈琲いれてくれるんだ。やめてほしい。今優しくされると余計に恥ずかしい。
 しばらく俯いていたけど、このままなかったことにするのも無理なので、意を決してテオンくんへ向き直った。反省会です。

「最悪メンヘラムーヴしましたすいませんでした」

「いえいえ、こちらこそ申し訳ありませんでした。こちら俺の秘蔵非公開アルバムでございますご査収ください」

 深々と頭を下げあって、顔を上げたところで、お互いなんともいえない情けない顔になって笑った。
 テオンくんが差し出してきたスマホを受け取る代わりに、俺も自分のスマホを渡す。

 公平にいこう。俺の非公開アルバムも見せてあげる。テオンくんの写真、気持ち悪いくらい入ってるから。普通に撮らせてもらったやつだけじゃなくて、横向いてるとことか、飯食ってるとことか、本人がカメラを意識してないやつとか。

 テオンくんのスマホには、言っていた通りロック付きの非公開アルバムがあった。パスワードを聞こうとして、入力画面を見た瞬間、なんとなく指が動く。俺が一番よく知っている四桁。入れる。開いた。それだけで嬉しくなるんだから単純だ。

 アルバムを開いて、もっとびっくりした。最初に目に入ったのが俺。次も俺。その次も俺。スクロールしても俺。思ってたよりずっと多い。昨日あれだけ気にしてた十四枚なんて、一ページ目を下まで見る前に追い越した。

「俺ばっかりだ」

「他人のマジカメからの見切れもございます」

「うわあ」

「引くな引くな」

 開いていくと、俺自身がアップした覚えのない写真が普通に混じってる。
 ハーツラビュルの誰かが上げたなんでもない日のパーティー、その端で皿を持ってる俺。校庭を写した写真の遠くを歩いてる俺。イベント写真の後ろで誰かと喋って笑ってる俺。カメラなんて意識してない、盛れてもいない俺が何枚もある。下手したら半分しか写ってない。それなのにテオンくんは保存してる。その間には、俺の渾身の一枚たちも当たり前みたいに挟まっていた。

 何十枚も撮って選んだ自撮り。映える店で撮った写真。昨日「なんでいいねしてくれないの」って泣いた写真も、ちゃんとある。いいねはひとつもなかったのに、見てなかったわけじゃなかった。

 指を動かしていくうちに、一枚の写真で止まった。忘れるわけがない。

「これ、俺もテオンくんもぶれぶれの手首しか映ってないのに保存してるんだ?」

 画面に写っているのは、テーブルの上に置かれた二つのドリンクカップ。

 その端に俺とテオンくんの手首が中途半端に写り込んで、しかも少しぶれてる。写真として見ればかなり微妙。映えてもないし、顔も写ってない。でも俺にはわかる。はじめて二人だけで遊びに行った日。このときはまだ友達だった。

 たぶん、もう少しだけ特別だったけど、まだ口にはしてなかった頃。ドリンクを撮ろうとして失敗して、「まあこれもいっか」ってそのまま載せた。俺の非公開アルバムにも、同じ写真がある。

「俺もね、これ忘れてないよ。大事にしてる」

 言ったら、自分の声が思ったより柔らかくなった。昨日の夜はあんなに「大事にしてほしい」って泣いたのに、ちゃんと大事にされてた。俺が知らなかっただけで。

 知らなかったのはテオンくんが悪い。そこは譲らない。でも、ちゃんとあったんだと思ったら急に甘えたくなって、スマホを持ったままテオンくんに体重を預けた。受け止めるみたいに身体を寄せてくれて、マットレスが小さく軋む。

「あーあ! けーくん、テオンくんと付き合ってからベッドの上でしか泣いたこと無かったのにな~~~」

「えっ、泣いてたの? ごめんな、もっと大事にするな?」

「充分大事にされてるから泣いたんです~~~……」

 これ以上大事にされて、これ以上甘やかされちゃったら、けーくん、ほんとに可愛くなくなっちゃうかもしれない。

 昨日みたいに泣いて、拗ねて、触んなって言ったくせに抱っこしてもらって、朝になったら恥ずかしがって、それでも結局くっついてる。
 そんな俺になっても、テオンくんはたぶん、鍵付き非公開で大事に保管してくれるんだろうな。もう一度アルバムの最初まで戻る。そこで、さっきは写真ばっかり見ていてちゃんと意識していなかったタイトルが目に入った。嬉しくなって、文字の上を何度も指で撫でる。

 『すき』。

 俺の一番盛れてる写真も、何にも盛れてない見切れ写真も、俺とテオンくんのぶれた手首も、全部『すき』のアルバムの中にある。嬉しくてまた少し泣いたから、そのままテオンくんの服で拭いた。文句を言われるかと思ったけど、頭を撫でられただけだった。今日は一日、いちゃいちゃする日にするんだ。

 

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