後日追加注文30

 真名を知られると神隠しに遭う。そういう話が審神者界隈にはあるらしい。
 審神者向けのネット掲示板で「絶対にやってはいけないこと七選」みたいな題名がついていて、真名を教えるな、神域でものを食うな、刀剣男士と不用意に約束するな、帰ると言われても振り返るな、と並んでいる。最後の方なんかもう古今東西の怪談が混ざってないか、と思ったものの、気になるものは気になる。

 ちょうど縁側で南泉が昼寝をしていたので、聞いてみることにした。日向のいちばん暖かいところを選んだみたいに横になっていて、片腕を枕に、もう片方の手はだらりと縁側から落ちている。見た目だけなら新宿の薄暗いところでオラついてそうなのに、なんて平和な生き物……訂正、刀なんだ……。

「なあ南泉。真名知られたら神域に神隠しされるって噂、本当?」

 返事がない。寝ているのかと思って顔を覗き込んだら、閉じていた目が片方だけ開いた。頬にはうっすら畳の跡がついている。大きく欠伸をしたあと、面倒そうに俺を見上げた。

「主。オレの名前、言ってくれ」

「福岡一文字派作、大磨上無銘の名刀、南泉一文字?」

「なんでちょっと盛ったんだよ。まあいい。んで、ここは本丸。主の霊力で出来た神域。オレの言いたいこと、分かるか?」

 分からなかったので少し考えた。庭では畑当番の誰かが鍬を振るっている。遠くで馬が鳴いて、厨からは味噌汁の匂いが流れてきた。廊下の向こうでは短刀たちが誰の菓子だの名前を書いていただのと揉めている。

 神域。俺の霊力で出来ている。南泉一文字は俺に名前を知られている。南泉は答えを急かしもせず、寝転がったまま腰紐の端を指先で弄っていた。ひらひら揺らして、止めて、また揺らす。たぶん暇なんだろう。

「つまり……俺がお前らを神隠ししてる……?」

「正解、にゃ」

 知らなかった。俺は百振り単位で神隠しをやっていた。とんでもない極悪人だ。

 いや待て、と今度は俺の方が南泉を見ると、本人はすでに話が終わったものと思ったらしく、ころりと寝返りを打って背中を向けている。縁側から腕だけ垂らし、庭に生えていた猫じゃらしを指先で弾き始めた。

「それ神隠しって言うの?」

「人の世から見りゃ似たようなもんじゃねぇの。オレたちは主に喚ばれて、主の神域にいる。嫌がってんのを無理やり引っ張ってきたわけでもなし、細けぇ意味がどうとかは知らねぇけど」

「じゃあ神隠しされたら帰れないっていうのは?」

「オレたち、出陣も遠征もしてんだろ。こないだ現世にも行ったし。主だって政府に呼び出されちゃ帰ってきてるし。噂ってのは怖ぇ方が広まるんだ、にゃ」

 言われてみればその通りだった。俺たちは神域から毎日のように出たり入ったりしている。
 南泉はそこまで話すともう興味を失ったのか、猫じゃらしの穂を二本の指で挟み、しげしげ眺めてからぽいと放した。その直後、風で戻ってきた穂が目の前を横切ると反射的に手が出る。掴み損ねる。何事もなかったように腕を組む。俺も何も言わなかった。

 人間ってそういう噂が好きなんだなあ。それで話は終わった。終わったはずなのに、「神隠し」という単語だけ妙に気に入ってしまった。その日の夕方、廊下を歩いていた南泉を物陰から待ち伏せする。

「悪い刀はいねえかー! さらっちゃうぞ! ガオー!」

「それ神隠しじゃなくてナマハゲ混ざってんだろ。あと突然出てくんな、びっくりするだろうが!」

 南泉はものすごい勢いで一歩後ろへ跳んだあと、俺だと気づくと露骨に嫌そうな顔をした。直後、何かを誤魔化すように襟元をかしかし掻く。

 翌日は厨にいた山姥切長義へ「真名を知ったぞ、神域から二度と出られないと思え」と言い、翌々日は日光へ「もう逃げられないぞ」と言った。
 長義からは「君は自分の仕事場から逃げることをまず諦めた方がいい」と返され、日光からは無言で翌週分まで溜めていた書類を机に置かれた。神隠しの怪異より怖い。
 その後もしばらく、俺は暇になると刀剣男士をさらって遊んだ。さらうと言ってもすでに全員ここに住んでいるので、縁側にいるやつを「今日から俺の神域の住人だ!」と言いながら抱えて三歩くらい移動させたり、部屋へ戻ろうとするやつの袖を掴んで「帰さないぞー!」と引っ張ったりする程度である。
 短刀たちはわりと乗ってくれるし、脇差も付き合いがいい。大太刀になると物理的にさらえない。太郎太刀を動かそうとして俺だけが引きずられた時点で、この遊びには向き不向きがあると学んだ。こういう時、付き合ってくれるから刀って優しいよな……。
 江雪がいつも通り、何をしていても深刻そうな顔で「休みましょう……疲れているのです……」と労わってくれたので、たぶん刀側は俺の事を精神的にお疲れのギリギリ人間だと思っている。ごめん、素でやってる。

 神隠し遊びはそのへんで飽きた。そもそも百年以上存在している付喪神たちをつかまえて、人間の俺が「異界にさらってやるぞ」と脅している構図がおかしい。冷静になるのが少し遅かった。狂人の真似をして狂人になる可能性もあるし、そろそろまともにならないとな……。

 ところが数日後、今度は南泉の方から妙な話を持ってきた。執務室で月次報告を書いていると、開けっ放しにしていた障子の向こうから頭だけが覗いている。入ればいいのに、しばらく無言でこっちを見ていた。

「まだあの神隠しの話、気になってるか、にゃ? 今度、オレの神域入ってみていいぜ。茶菓子くらいなら出せる」

「神域で出されたものを食べると帰れないって」

「毎日主の神域で採れた野菜食ってんだ、オレの神域ぱわーじゃ勝てねぇよ。こっちが取り込まれる」

「そりゃそうだ。じゃあ行く」

 俺の神域がこの本丸なら、南泉の神域はどんなところなんだろう。名前の由来になった南泉斬猫の故事からして古い中国の寺院とか、一文字だから絢爛豪華な御殿とか、あるいは無数の襖がどこまでも続く、人外らしい異界だったり。ちょっと楽しみになってきた。

「いつ行ける?」

「あー……可燃ごみ明日だから、神域の掃除終わってからでいいか?」

「ゴミの日とかあるんだ……」

 

​───────
 翌々日、南泉に連れて行かれた神域は普通に一人暮らしのマンションだった。
 玄関がある。靴箱がある。人感センサーで照明が点く。廊下の右手にトイレ、左手に風呂。奥へ進むと十畳ほどのリビングに小さなキッチン、寝室がひとつ。ベランダまでついていた。窓の外には街が見える。どこの街だ、ここ。誰もいねえ……いないから異様で怖い……。フリーホラーゲームの世界?

「もっとこう……あるだろ」

「何が」

「霧に沈んだ竹林とか。月が三つ浮かんでるとか。どこまで歩いても終わらない寺とか」

「作ろうと思えば作れるけど、本丸あんのに同じようなもん作ってどうすんだよ。こっちは一人でゴロゴロするとこ、にゃ」

 南泉はそう言いながら靴を脱ぐと、自分の分は適当に玄関の端へ寄せた。俺の靴だけはついでみたいな顔で揃えている。それから部屋へ入るなり、床に置いてあった座布団を足先で引き寄せ、その上へ腰を下ろす。

 低いテーブルの下にはリモコンが半分潜り込んでおり、屈みもせず手を突っ込んで器用に引っ張り出した。テレビがつく。見慣れた赤いロゴが出た。

「Netflix加入してる……」

「おう」

「神域ってNetflix見れるんだ……」

「月額払ってんだから見れるだろ」

 請求先はどこなんだ。神域の経済について質問したかったが、何から聞けばいいのか分からない。政府はこの事実を把握しているのだろうか。
 刀剣男士が個人的に動画配信サービスへ加入していることではない。付喪神の内的世界らしき場所にインターネット回線が通っていることである。考え始めると頭が痛くなりそうなのでやめた。

 南泉が茶を淹れている間、俺は勝手に部屋を見回した。家具は少ない。服も必要な分しか置いていないらしく、生活感はあるのにごちゃついてはいない。代わりに窓際だけ妙に充実していた。
 大きめのクッションがあり、その横には毛布まで丸まっている。日当たりがいい。今の時間なら午後いっぱい陽が差し込みそうだ。
 本棚には漫画と雑誌、それから意外にも難しそうな美術書が何冊か並んでいる。その上に小さな箱があったので何となく手を伸ばしたら、キッチンにいた南泉が即座に振り返った。

「家主の許可なく開けないでくださーい」

「何入ってんの?」

「別に大したもんじゃねぇ、にゃ。っつーか人ん家来て早々漁んな」

「ごめんごめん」

 出されたのは緑茶とどら焼きだった。一口食べてみる。帰れなくなる気配はない。

「どうだ?」

「うまい。これで俺はもう帰れない体に……」

「コンビニのどら焼きにそんなぱわーあるわけねえ、にゃ」

 どこのコンビニのどら焼きなんだこれは……。昨日散歩行ってたからその時買ったのか、それともこの世界にもコンビニが……? まあ、美味いからいいか。オカワリ用と手渡されたもう一つ食べながらテレビを眺めていると、南泉はいつの間にか移動していた。さっきまで座布団にいたのに、巨大なクッションに身体を沈めている。

「ヨギボーじゃん! いいな、ちょうだい」

「いやにゃ」

 即答だ。ヨギボーの端をぽんぽん叩いてみせても、考える素振りすらない。それどころか、俺が本気で持って帰る可能性でも警戒したのか、身体を沈め直した。別に抱えて逃げたりしないのに。

「じゃあいいや。ここに住も」

「神域乗っ取りか、にゃ? 追い出すぞ」

 それも駄目らしい。仕方がないので「ダメかー」と素直に諦め、俺はヨギボーの余った部分へ背中を預けた。一人用として置かれているものへ男二人で座っているので、それなりに狭い。
 南泉は一度こちらへ押される形になったものの、文句を言うでもなく腰を浮かせ、もぞもぞと自分の収まりのいい位置を探したあと、最終的には俺の肩へ軽く腕が触れる辺りで落ち着いた。

「これ本丸にもあったらいいのにな」

「買えばいいだろ。主なんだから」

「一個置いたら絶対取り合いになるじゃん」

「だろうなぁ。短刀なら何振りか一緒に座れるだろうけど、でかいのが使ったら一個終わりだぞ。あと昼寝したやつが動かなくなる。オレとか」

 そうだよなあ、一個二個じゃうちでは取り合いになるよな。争いの種だ。

 

 それから十日ほど経った朝、本丸の正門前に大型の配送車が何台か止まった。

 注文していたものが届いたらしい。俺が庭へ出る頃には、すでに荷下ろしが始まっていた。巨大な箱が次々に積み上げられ、それを男士たちが運び、気の早いやつはもう開封までしている。
 どこへ置く、こっちにも欲しい、これは大広間だろ、と朝からずいぶん賑やかだ。箱の側面には、少し前に南泉の神域で見たばかりの商品名がでかでかと印刷されていた。

 いつの間にか隣まで来ていた南泉が、積み上がった箱と俺の手にある納品書を順番に見て、腕を組む。

「……やっぱりこうなったか」

「福利厚生だからな。自由に使ってくれ」

 購入数、四十。

 最初から四十個買おうと思っていたわけではない。俺だって最初は十個くらいでいいと思っていた。けれど短刀たちも使うだろうし、脇差も使う。大広間だけではなく休憩所にも欲しいし、執務室に一つあってもいい。南泉が言っていたように、大きい男士が座ればほぼ一人で一個使うことになる。だったら少し多めにしておくか、と数を足していった結果、こうなった。
 男士が多いと何をするにも規模がでかい。湯呑みを揃える時もそうだったし、冬用の毛布を買い足した時も途中から業者みたいな数量になったので、今さらと言えば今さらである。

「四十は多くねぇ?」

「余ったら各部屋に回せばいいだろ。あとお前が言ったんじゃん。一個じゃ足りないって」

「一個じゃ足りねぇとは言ったけど、四十買えとは言ってねぇ、にゃ」

 もっともだったので聞かなかったことにした。

 ちょうどその横を、短刀たちが新品のヨギボーを抱えて運んでいく。抱えているというより、ほとんど巨大な塊に足が生えて走っているようにしか見えない。
 大広間ではすでにいくつか開封されていて、試しに沈み込んだ男士が思ったより深く埋まり、起き上がれないと笑われている。そのさらに奥では、大包平が一番大きいやつを前にして「これは何だ!」とやたら堂々と問いかけていた。座れば分かると思う。

 こうして見ると四十個でも別に多くない気がしてきた。一振りにつき一個では到底足りないし、共有で使うなら各所に散らしておいた方が都合もいい。

 何より今のところ全員それなりに楽しそうなので、福利厚生としては成功だろう。俺も一個は自分の私室に入れられたし、平和的解決ってやつだ。ハッピーエンド!

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