がんばれヒーロー地獄で待ってる

 体育祭は一般人でも観戦できる。それは知っていたが観戦に「チケット」が必要だと知ったのは、前日のことだった。完全に盲点、そういえばこの世界で言うところのオリンピックと同じ扱いだった……! オリンピックにチケット無しでいけるわけが……ない……!

 絶対に見たいというわけでも、これからに必要だよなという訳でもないけど、見たいじゃん……成長した弟とか、親バカというものの正反対にいるはずなのに親バカと誤解される実父とか……それに原作主要キャラが一堂に会する場を安全圏から観察できるのは、たぶんこれが最初で最後のチャンスだ。

 ゲームプレイ中にこの事実を知った俺は、その場で固まった。コントローラーを握ったまま頭を抱え、画面の中で棒立ちになる。その瞬間、暗転。次のフレームで俺のキャラクターの頭が銃で撃ち抜かれていた。問答無用のヘッドショット、即死。撃ったのは一緒に遊んでいるモンちゃん。ちなみに俺たちはチームを組んでいるのでしっかりと仲間だ。

『バグった?』

 平然と飛んでくるチャット。あなた今、味方の俺を殺しましたね?
『バグってない』『うごけよ』『はい』
 短いやり取りのあと、俺はリスポーン地点で復活し、モンちゃんの元へ走る。瓦礫の山を飛び越え、敵の影を避けながら──けっこう距離があるのに、なんてことしてくれてんだ。

 コントローラーを握りながら『雄英の体育祭、チケット必要なのわかんなかった。買い逃した』と泣き言をいったら『ばか』とだけ返される。事実陳列罪です。

『いきたかった』『かなしい』『あした俺とずっと遊んで、時間まるまる空いた』とチャットを飛ばしまくりながら、モンちゃんのもとに辿り着く。
 いつもならここで挨拶がわりの弱パンチが来るのに棒立ちのままだ。目の前で踊るモーションをしても無反応。おかしい……これをすると目障り罪で処刑のヘッドショットが来るはずなのに……? わざわざこのために即死無効のアイテムを使ったのに、効果時間が切れてしまう。
 そういえば『ばか』のあとチャットでの反応もない。俺の態度が面倒くさすぎて放置してる……? そんなまさか、モンちゃんはうざいと思ったら放置なんてしないで殺すだろ。

 じゃあなんだ、トイレにでも行ってんのか? いや、モンちゃんはそこらへんきちんとしてるから、離席する時はちゃんと言わんでもいい『小便』『クソ』と何を出すかまで伝えてきて俺に不快な思いをさせることを楽しんでる人だ、何も言わずに離席なんて品の良いこと、するわけがない……!

 倒れたか? 主食がグミのガリガリダウナーお姉さん……。俺が本気で心配になってきた頃に、スマホの通知が鳴った。モンちゃんからのメッセージだ。珍しい、俺とモンちゃんはゲーム内チャットしか使ってないが、そういえば最初の頃に外部のチャットツールのアカウントもお互いにフォローしてたんだっけ。

【ギフト:雄英体育祭電子チケット×1】

 すいません払いますありがとうございます入金アカウント教えてくださいねえこれ大丈夫!? いまから買えるわけないからモンちゃんの手持ちの権利だったんじゃないの!!?!

 俺の連投したチャットをほぼ無視して『貰いもん、明日は俺も忙しいから使え』とだけ返して、『クソして寝る』とモンちゃんはログアウトしていった。
 俺の頭を撃ち抜き、俺に無意味マラソンさせ、俺へ体育祭のチケットを渡して消えていく。現代社会が生み出した義賊かなにかかな。もう少し感性がまともな人だったら普通に好きになっちゃってたかもしれない……。
 この席、値段三万する……お願いだから入金先教えて……貰い物であろうとも、ちゃんと払うから……! だから常に金がないんだなこの人、因果関係がわかってしまった。

​───────

 翌日。
 スマホを握りしめ、俺は雄英体育祭の会場に立っていた。開場時間からさほど経っていないはずなのに、もう空気が熱い。
 競技場の外周には屋台やスポンサーのブースがずらりと並び、テレビで見たことのあるプロヒーローたちが惜しげも無く闊歩している。これだけ集まれば誰も悪さなんてしないだろう。しかも彼らはただの観客としてきていて、警備は警備でヒーローを雇っているらしい。
 ポップコーンの甘い匂いと、鉄板で焼けた肉の香ばしさ。
 報道陣が「うちの局でスクープを取る」と大声でやり合い、その声すら背景音に飲まれていく。
 通路を進むたび、巨大モニターにはプロヒーローのCM、そして今年の体育祭テーマソング。観客席のざわめきが、それをさらに押し上げる。

 人並みを掻い潜って観客席へ出ると、一気に視界が開けた。形のアリーナの真ん中に広がる競技フィールド。客席は何層にも重なっていて、上段から下段までびっしりと埋まった人、人、人。色とりどりの応援フラッグやペンライトが波のように揺れて始まる前から熱狂的だ。
 観客席の背後にはVIP用のガラス張りラウンジがあり、中にはスーツ姿の関係者や、テレビクルーがカメラを構えていた。

 座席番号を確認しながら、指定席へ向かう。思った以上に良い席だった。まわりの客層もどこか裕福そうな人ばかり。モンちゃん、どこからこんな席を……。これ、モンちゃんに見てもらいたくて無理してプレゼントした誰かがいたんじゃないかな……。
 
 プレゼント・マイクの朗々としたアナウンスと同時に生徒入場がはじまり、会場が一気に沸き立つ。わー! わーー!

 かえりたい……。ごめん、秒で疲れた……。

 嘘だろ、このテンションで数時間……!? 俺は自分が、周りが盛り上がれば盛り上がるほど引いていく逆張り野郎だという自覚が……足りなかった……!
 3万円のチケット(入手困難)の恩……! と、気合を入れて会場を見る。巨大スクリーンに次々うつるのは、なんとなく記憶にある『原作キャラ』たちだ。選手宣誓で「俺が一位になる」と言っているのは、前世の友人から名誉曇り人に選ばれかけた爆豪くんだろう。光が強すぎて曇り人レベルが足りずに終わったが、彼もなにか曇る未来があるのか。ありそう。なんかああいう元気な子が曇ると喜ぶヤツってこの世に多いから。

 俺がそんなふうに周囲の爆音にやられながら現実逃避していると、第一種目がはじまった。はじまった瞬間に凄い勢いでスタートダッシュを決めた奴がいるなと思ったら、焦凍だった。
 巨大スクリーンに映る俺の片割れは、いまとなってはやっぱり全然、俺と似ていない。俺の方がなんか情けない顔で男前レベルが低い。

「あの子フレイムヒーロー『エンデヴァー』の息子さんだよ」
 観客席からそんな声が飛び交い、エンデヴァーの息子への応援が高まる。
 なんとなくそれが嫌で、絶対届かない距離から「がんばれ焦凍」とだけ拍手を送った。
 嫌だろ、“エンデヴァーの息子だから当然”みたいに言われるのは。
 確かこの頃の焦凍って、炎の個性は封じておきたいとか思ってた頃じゃないか。だったら余計嫌だよなあ。焦凍、がんばれ、がんばれ。

 次々と派手な個性が会場を揺らす。いちばん派手なのは焦凍と爆豪くんと主人公​────デクくんだろう。戦うためにあるような格好いい個性だ。俺みたいなちっぽけな灯火とは全然違う。

 最近、知らないところで勝手に有名になってたからちょっと勘違いしていたかもしれない。俺なんかがこんな、原作キャラの強個性浴びたら一瞬で死ぬだろ。こちとら5キロのダンベルで全てが嫌になってしまった男だぞ。生き残れないわこんな修羅の国ヘルジャパン。

 幸いなことに俺と敵対するであろう相手が“ヒーロー”だから、たぶん命までは取られないだろう。
 でもそれはきっと、いまだ誘拐被害者として探されている『轟 陽火』ではなく、ヴィランの『火継』としての捕縛だ。俺が捕まったら、燈矢くんは俺を助けようとしてしまう。たぶん、これは絶対。燈矢くんはそれが出来る力があるし、自分で言うのもなんだが俺は燈矢くんにめちゃくちゃ愛されてる。ブチ切れ実兄の大暴れが予想されるが、それってどうしようも無いレベルでの原作崩壊に繋がるんだよな。

 そもそも原作の1から10を知ってるわけではないし、原作遵守の義務もないけど、さすがにそこまで変わってしまったら世界はハッピーエンドにならないんじゃないか? ジャンプ漫画なんだから、きっとデクくんが世界救ったりするんだろ。
 世界が救われないままバッドエンドだと、俺の人生もそのままバッドエンドになりそうなんですよね……。それはだいぶ、かなり、嫌だな……。

 ぐるぐると思考を巡らせていると、周囲の音が遠くなる。焦凍は凄いなあ。チビの頃からずっと、酷い目にあわされながら、一生懸命頑張ってたもんな。

 俺も同い年のチビだったけど、生活スペースが違ったから母さんは焦凍が鍛錬に行ってる最中にだけ俺に会いに来てくれた。  
 俺はそれを焦凍が可哀想だからと「だいじょうぶ、焦凍のとこにいてあげて」とやんわり断ってたけど、あの態度もきっと母さんの精神状態に悪い影響を与えてたと思うんだ。
 子供からの拒否って、母さんは辛いだろ。俺は前世の意識があるからってイキってたけど、所詮30前の独身男性の記憶だ。苦しい思いをして産んだ子供に他人行儀に距離を置かれたら、悲しかっただろうな。​────あの日の夜に、焦凍は母さんに熱湯をかけられたから。だからきっと俺が悪かった。

 どうせ原作にはいないキャラだから、行方不明になっても構わないと思ってた。でも父さんはまだ俺の捜索活動を諦めてないし、成長の予想として焦凍によく似た双子の兄の画像が毎年更新されている。双子なのに似ない方向に成長したから、何の役にもたたない情報だ。黙ってたらそのうち世間も忘れていくだろうにな。

 父親としては本当にアレ過ぎるけど、自分のヤラカシで曇るくらいには変なところ善性が残ってるのが父さんの敗因では?

 途中、休憩やら何やら挟みながら、なんだかんだで体育祭を楽しんでいた。……が、目の前に突如現れて雄叫びを上げる実父を見て、その考えは粉砕された。
 ぐわっっと立ち上がって突然の咆哮。なんか爆発でもしたのかと思った。熱気が凄かったけど普通に発火してるわ、このおじさん。こっっっっわ、でっっっっっか!

 座ってたから気付かなかったけど、だいぶ近くにいたわ実父!! どうりで焦凍の噂が聞こえてくるはずだよ! 生産者が近くにいたからか!

 雄叫びを上げながら階段を降っていくエンデヴァー。あれ実父なんですよ。

 きっと俺はエンデヴァーと再会したら、なんかこうシリアスな感情に包まれると思っていた。文句は沢山あるし。でも、実際見ると、あの……。

「はずかし……」

 ちょっとやめてよ父さん、いま友達の前なんだからさ……。嫌じゃん、普通に。友達の前で父親が発火しながら「俺の野望をお前が果たせ」とか絶叫してるの。
 あんたはこれから家に帰るけど、焦凍の学生生活はまだ始まったばかりなんだぞ。い、いたたまれねえ~~~。焦凍がガン無視してるのもなんか、空気が最悪すぎて嫌~~~! 実父がダサすぎるの、ほんと辛い。キツイ。こんなことあるか? シリアスさせてくれ……。

 親父が恥ずかしすぎるという思春期丸出しな理由で、立見席の人と席を変わっていただきました。ごめんモンちゃん。でもキツすぎて。あの席、エンデヴァーがどうしても視界に入っちゃって……。

 だいぶ遠くなったけど、その分全体を見渡しやすい。最終決戦まで当たり前のように勝ち抜いてる焦凍は、この“当たり前”に辿り着くまでにどれだけひとりで頑張ってきたんだろう。赤ん坊の頃の記憶ってのが抜けないから、俺が少しでも離れると泣きわめいてた時の顔がまだ忘れられない。その次は、俺に八つ当たりしたあとにバツが悪そうに俯いてる顔だ。あのとき、距離を置くのが焦凍のためだと思っていたけど、そんなわけなかったよな。1回くらい八つ当たりすんなって喧嘩しとけばよかったなあ。

 炎と氷がぶつかり合って、轟音が鳴り響く。倒れてるのは焦凍だ。凄まじい歓声が世界を割らんばかりだ。

「焦凍、がんばれ。がんばれ焦凍」

 俺は気絶して動けなくなってる焦凍に、どこにも届かないエールを送り続けてた。がんばれ焦凍、これからどんどん世界がお前を酷い目に合わせる。きっと俺もお前にとっての“酷い”ものだ。
 頑張れ頑張れ、立派なヒーローになって、いつか必ず俺を倒してくれ。

 どうせ捕まるなら、俺はお前がいい。がんばれ焦凍、未来のヒーロー。お前だけは曇るなよ。俺の大事な、半分のお前だけは。

陽火くんなんで」

 ──やっべ。背筋に冷水を垂らされたみたいに一瞬で目が覚める。帰宅一歩目でこれか。

「なんで雄英に一人で行ったの。なんで俺のこと置いて行ったんだ、GPS見た瞬間、どこにいるかわかって、心臓が潰れるかと思ったんだぞ。あんな場所、なんでひとりで行くんだよ。ヒーローの巣窟だろ、なのになんで一人で行くの? 戦えるやつ何人か連れてけばよかったのに、なんでひとりで行ってひとりで帰ってきたの。俺が心配しないと思ったか? 陽火くんが帰ってこないかもって思って、俺がどういう気持ちになるか全然考えてくれなかったのか? なんでこんな酷いことするの。いじわるやめて。俺に何も言わないで、焦凍のとこ行って……俺よりあいつに会いに行きたかったの? 俺のことは置いてっても平気だった? 俺より焦凍の方が好き? 作戦変更するね、お父さんより先に焦凍のことぶっ潰したら、陽火くんが1番好きなの俺のままになるよね? 俺に酷いことをさせるのは陽火くんだよ。陽火くんが俺に弟殺しさせるんだ、酷いね、もう陽火くんは焦凍のお兄ちゃん名乗っちゃだめだよ。弟のこと危ない目に合わせるなんてお兄ちゃん失格だもんな」

 帰宅と同時にメンがヘラった実兄の猛攻撃が!! 全ての論理が破綻しているが、燈矢くんの中では理路整然としたものなのだろう。……いや無理言うな、めちゃくちゃだよこれ。

 しかも今、馬乗りで詰められている。距離ゼロ、視界いっぱいに濁ったどろどろの目。反射的に、身長が逆転したあたりで手に入れた必殺の「メンヘラ封印の儀式」に移行する。
 転がして、体勢を崩したところを逃がさず抱きしめながら全身を撫でくりまわす。これをやると、しばらくすると機嫌が回復して「陽火くん、まだ俺に甘えたいんだあ……かわい……」とくすくす笑ってくれるようになるのだ。物理的に黙らせる、力技の平和。

 抱きしめながら背中を撫でくり回し続け、「友達からチケット1枚だけ貰ったんだよ、とやくん最近昼間忙しいじゃん。ひとりで行ったのはチケット1枚だけだったから」と言い訳すると、「バケモノつれてけよ」とレイシスト発言が飛び出す。

 ……ど、どいつだ……。この差別に該当しそうな友人が複数いるぞ……。深く話を聞くと、どうやら認識阻害(怪異)が使えるオバケくんのことだった。たしかに……たぶん一緒にいてもバレなかったな……。

「……楽しかった?」と、小さな声で聞く言葉に、「楽しかったけど、」と返す。

 楽しかった。成長した焦凍が見れて嬉しかったし、お祭りみたいな騒ぎは、なんだかんだ言って「たのしい」という印象で終わった。──だけど、だけどさあ……。

「エンデヴァーがすっげえ空気読めなくて、辛かった。俺は恥ずかしいよ、実父がはしゃぎ倒して息子にガン無視されてるのが大画面で放送された事実が」

「なにそれ」

「ほんと嫌だった。おっさんの大はしゃぎは身内であればあるほどキツイ」

 ああいうの、漫画だから流せるけど自分の実の父親だとほんと嫌すぎる。周囲のお客さんもビックリしてたし、大人になって欲しい。「ほんとに父さん空気読めてなかったから、あとで放送されてるやつ見るといいよ。たぶんその後ろあたりで俺が顔覆ってると思う」と吐き捨てるように伝えると、燈矢くんは心底嬉しそうに「陽火くんはほんとうにお父さんが嫌いだなあ」と、俺の肩に額を寄せて甘えた声を出した。

 いや、もう、好きとか嫌いじゃなくて……距離感がさあ……! キッツイ……………!