ぐちぐちぐちには慣れてるもので

 世界の治安はヒーローに守られてるにしては悪いものだが、ゲームだって治安が悪い方が楽しい。なので鍛錬行ったり悪巧みしてる燈矢くんのいない日中の家の中で俺何をしてるかといえば、──そう、昼間っからPCゲームをカチカチピコピコしている。

 お兄ちゃんの稼ぎ(暴力)で生活している分際で全く申し訳ないが、実のところ俺が家から出ない方が平和維持に役立っているのだ。これは本当に。
 なにせ俺がうっかり外出して門限を破った瞬間、俺を回収しに来る燈矢くんという生物兵器がこの世に放出されてしまう。しかも、通報されたとか敵襲があったとか、そんな理由すら必要ない。
 「目の前を歩いていた」という理由だけで数人は殺される。完全に現代社会におけるバグだが、そういうものなので仕方ない。証拠を残さなければ無罪という理屈らしい、俺の優しい兄ちゃんは俺にしか優しくない。だから俺のうっかりミスのリスクがゼロになる引きこもり生活こそが、この世界に優しい最善策なのだと自負している。

 こんな生活を続けていると、ネット上の人間関係も固まってくる。
 顔の見えないお友達が何人かできて、そういう人たちのおかげで『普通の人』の気分を味わえるからありがたい。なんか知らないところで変な名前付けられてヴィラン扱いされたり、俺を神とする宗教がヤバい規模になってたり、俺にだけ優しい怖いお兄ちゃんがいたり、全然役に立たない前世の記憶があったり、そういうのを抜きにした素の自分だけが出せる人間関係、大切だよな。しみじみ思いながらパソコンを開いたら、何年か前からゲームを変えつつも仲良くしてるネトゲ友達からチャットが飛んできていたので確認する。

『聞け』

 最初の二文字の時点でわかる。絶対に愚痴。俺が受信してない間に溜まりきっていたらしいチャットログは、パッと見でわかるとんでもない文量になっている。あまりの情報密度に、読む前から胃がもたれそうだ。これは完全に愚痴。質量のある愚痴。
 カロリーの高すぎる文章を覚悟して、ゆっくりとチャットページを開く。

 『モンちゃん』という名前だけがズラっと並ぶ、その画面の圧がすごい。
 モンちゃん以外のフレンドとは大体通話で話してるけど、この人だけは昔からチャットオンリー。何が理由ってわけでもなく、ただそういうスタイルで関係が定着してしまった。
 時差のようにタイミングがズレた二人が、延々と送り続けた文字列だけで何年も関係を続けている──というのも、なかなかに情緒があっていいと思う。

『いま寝込んでる。ひでえんだ、よってたかって意地悪された。いっぱい怪我した。
ちょっと遊びに出ただけなんだよ。ほんとそれだけ。気になってたやつがいるって話を聞いて、顔みてやろうかな、たまには外に出るのもいいかなーくらいの気分だったの。で、まあちょっとテンション上がって、そいつらのこと軽く構ったんだわ。ちょっと手ぇ出したけど、別に本気でもなんでもない。ただのノリ。遊び半分。じゃれてただけ。マジで。こっちはな?

でもさ、そっからの展開が本気で意味不明で。
突然マジギレしてさあ、やばい雰囲気になって、なんかもう空気がピリピリしてて、気づいたら囲まれてた。一緒にいたやつなんてぶっ飛ばされて行方不明だ。俺だって殴られて蹴られて、完全に一方的な暴力。一生懸命『対話』ってやつ? やろうとしたのにこっちの言い分とか聞く気ゼロ。いきなり正義ぶった顔でフルボッコ。で、向こうは完ッ全にその気なの。何人もいっぺんに相手にできるわけねえだろって思ったけど、あいつらそれすら関係ねえって感じで、数で押しつぶしてきた。

で、さらに意味わかんないのが、途中から増援まで来たんだよね。マジで。最初から優勢だったくせに、さらに人呼んでんの。は? 卑怯だろってなるじゃん。いま弱いの絶対に俺だったのに、トドメ刺すやつ連れてきてんの。結果どうなったかって、俺は両腕両足穴空いて血まみれ、連れてたやつらはみんな沈んでて、向こうはピンピンしててさ。誰一人として死んでない。余裕の勝利って顔してた。

俺、そんなに悪いことしたか? ってほんとに思うわ。ただ行って、ちょっと喋って、軽く遊んだだけ。可愛いもんだろ、顔合わせの挨拶みたいなもんだ。それをあそこまでされる理由ある? 自分たちが正しいって顔して、全力で潰してきて、それを当然の報いみたいな顔してんの。笑えるよな。笑えねーけど。

てか、こっちは別に命がけで何かやったわけじゃないのに、あいつらの対応がガチすぎて逆に引いた。そんなに危険人物に見える? 俺。どんだけ警戒してんの? どんだけ過剰防衛なんだよ。オレからしたらただの「はいはいすみませんでしたあ」で済むレベルだったはずなんだけどな。

まーそれでも結果的には、こっちは大怪我、向こうはほぼ無傷っていうわかりやすい構図になってるわけで。どっちが本当の悪者か、見りゃわかるだろって話よ。周りがどう言おうと、俺は悪くない。悪いとしたら……ちょっと遊んだタイミングが悪かっただけだな。運が悪かったってやつ。うん。

つーか、なんかもう疲れた。
でも言いたかった。黙ってたらこの理不尽さがなかったことにされる気がしてムカつく。早くこれ読め。』

 うん、絶対何か仕掛けたのはモンちゃんの方!

 ネットだけの付き合いだが、それでもわかる。断言できる。
 いままで一緒にやった治安の悪いゲーム、PvPもPvEも関係なく、闘争のきっかけを作るのはいつもモンちゃんだった。
 「背中が空いてたから」「あの動きは挑発だった」「こっち見てた」など、まるで野生動物のような反応で開戦を始めるのに、俺は悪くない、あいつらが悪いという自己正当化と、俺がやれば全部うまくいくという幼児的万能感でふんぞり返る。
 俺はそれが可愛いな……と思って、この年上の友人を全て許してるが、これはたぶん……。遊園地とかで騒いで巡回ヒーローにボコられたのか……?

 愚痴を読みながら、なんとなくそんな光景が脳裏をよぎる。
 自業自得なのに本人は「俺は被害者」だと信じて疑わないタイプ。怒られてる途中でもさらに煽って状況を悪化させるタイプ。
 理屈は通じないが仲間に対してだけ、ある程度の情は通じる。──モンちゃんはそういう、憎めない暴れん坊だ。俺のハンドルネームが『おとうと』なせいか、名前の通り弟分として可愛がっていただいているので、俺はゲーム上でも年長者の庇護の元で健やかに生きている。

『長文ご苦労さま。両腕両足穴空いたって書いてるけど大丈夫? チャット打てるくらいには平気な感じ?』

 送った瞬間既読と返信が飛んでくる。偶然パソコンの前にいたと思いたいが、もしかすると愚痴レベルが高すぎて俺がINした瞬間に返信が来るか待機してたのかもしれない。これは“穴空いた”っていうのもかすり傷とか、せいぜい縫ったくらいかもしれないな。

『つらくてしんどいけどがんばってる。
てか俺悪くないよな? マジで。ちょっと構っただけであそこまでやるとかマジ異常。大人げねえ、じゃれてきた若者くらい広い心で受け入れろよ』

『で、なにそれ……ゲームで言うと何? イベント?レイド?』

『レイドっつーか、チームで遊びに行ったらギルドごと出てきたみたいなやつ。こっち低レベルなのに問答無用でボコ。あれこそモブ狩りだろ普通に考えて。ほんと傷ついた』

『あれだよね、「ビギナー装備で街出たら、チュートリアルの師匠たちが全員本気武装で狩りに来た」みたいなやつ。うんうん、わかるよ。モンちゃんはちょっと遊んだだけだったのに、相手が大人げなかったんだね。でも、無事でよかった。返事が来て安心した』

『無事じゃない、あなあいた』

『かわいそうに、ちゃんと病院行った? 』

『 いっぱい縫われた』

『なんてかわいそうなモンちゃん、なにも悪いことしてないのにな』

『だろ、ホント俺ってかわいそう』

 “俺は可哀想”を繰り返してるから、これは本当に嫌なことがあったんだな? いつもはあの長文メッセージ書いてるうちに落ち着いて『じゃあ今日はどこ荒らす?』と暴力前提のゲームを開始するのに、今日はずっと慰めてモードだ。可哀想にな、俺しか話聞いてくれないのかもしかして……。

『お大事にしなね。遊ぶのはまた今度にしよう、痛いだろ』

『あいつらのせいで痛い』

『かわいそう』

『戦争始めるからおまえも俺のとこいれてやる』

『えー?』

『縁故雇用だ、良かったな。特別待遇にしてやるよ』

『給料多めにしてね』

『金はねえんだ』

『縁故雇用の利点が何一つなくてうける』

 だんだん短文になっているから、もしかしたら痛み止めか切れたタイミングなのかもしれない。本当にしっかり休んで身体治してね、と送ったら『おー』とだけ返ってログアウトしていった。あのモンちゃんが……いやだゲームやるふざけんなログインしてんならやるぞと駄々こねて自分が飽きるまで同行を強制させるモンちゃんが……俺より先にログアウトするなんて……。

 なんか普通に心配になったけど、俺はパソコン上での連絡先しか知らないからなあ。ただ、パソコン上でのチャットとゲームでつながってるだけの関係。それでも、何年もやりとりをしていれば、画面越しに「いつもと違う」がわかるくらいにはなる。

 ちゃんと飯とか食べてんのかな……。

 ゲーム中に食事で抜けるとき、俺は燈矢くんに蕎麦茹でてあげて一緒に食べる。画面の前に戻ってきたときには腹いっぱいで満足な状態で『モンちゃんは何食べた?』と聞くのが、わりとお決まりの流れだった。

 で、返ってくるのは​───────『ぐみ』。

 おい、食事って言っただろ、って笑うけど、俺は内心ずっと気にしている。
 俺の中でモンちゃんは、社会不適合ガリガリダウナーお姉さんというイメージで定着していて、いや、偏見なのはわかってるけど、普通に心配になる。

 ネット上で自衛の為に一人称を男っぽくする人は多いし、使ってるアバターがいつも女キャラだし、俺の偏見だけどこの長文メッセージはなんとなく女の人っぽい。あと名前とアイコンが可愛い。

 戦争って、遊園地(仮)に報復でも仕掛けるのかな……。それは普通に犯罪が過ぎるけど、絶対にやらないとは言いきれないという負の信頼実績がモンちゃんにはある。

 俺、もしかして構成員のひとりに入れられる……?

 俺個人に戦闘能力はないんだけど、大丈夫か……? いまから筋トレしたら、間に合うかな……?

 もうすぐ雄英の体育祭があるから、そのあとだったらちょっとくらい陽動程度なら手伝える。モンちゃんがどれくらい本気なのか全く分からないから、心の準備だけしておこう。そう思いながら、俺はパソコンの前から立ち上がり、燈矢くんの筋トレグッズを借りに行った。
 団地の地下に作られた俺たちの為の拠点にはトレーニングルームもある、使い方のよく分からない機材の中から、手始めにダンベルを持ち上げようとしたけど、これがまあ重いのなんの。持ち上がらない。
 力を入れた瞬間、肘が「ぴきっ」って言った。危ない。危なすぎる。マジで今の俺が無理したら死ぬ。
 俺程度のレベルは、燈矢くんから離れすぎてる。

 なので、今はまだ、戦争に出るには早いらしい。筋トレは諦めて、ひとまず今日のところは、心配だけしておくことにした。