こうなると思ってはいた

「弔くんの部屋! 汚すぎる!」
「うるせえな気づいたヤツが片付けろよ」
「やってるんだよ!」

 口では強気に言い合いながらも、実際にこの部屋の惨状を前にすると愕然とする気持ちが大きい。出迎えられたバーの中は綺麗に整っていたのに、「入れよ、ここ俺の部屋」と招かれた小部屋が地獄だった。急に洋画で描写されがちなスーパーハッカーの部屋に来ちゃったかなと思った。実際にいるんだ、こんなスーパーハッカーみたいな部屋で生活する人。

 地下にあるせいで換気は壊滅的、空気が湿っぽくよどんでいて、鼻にまとわりつく粉塵がひどい。壁にはいろいろと未処理の書類が貼り付けられているというのが分かるが、床がもうだめだ。
 層になって積もった紙くずやゴミが押し固められていて、踏めば「ザリッ」と乾いた音を立てる。これはもう地層だ。掘り返していけば、いずれ出土品扱いで展示できるのではないかと本気で思う。実際、数分前に三年前に賞味期限が切れたグミの凄惨な亡骸を発掘した。これオマケにカードついてたからそれ目当てで買ったのかな……。

 長い付き合いだからモンちゃん──もとい弔くんの性格は把握していたつもりだが、正直「女の人なんだろうな」と勝手に思って自動的に掛けておいたバフが完全に剥がれ落ちた。ダウナーお姉さんと言うだけで多少は美化されていた日常像が音を立てて崩れていく。まあ、ナマモノを放置して腐らせていないだけ、まだマシといえばマシかもしれない。紙ゴミと、それによって生み出されるホコリの山がヤバすぎるだけで……。

 ふと視線をやれば、壁に俺のフレンドコードが写されたメモが貼ってある。雑然とした部屋の中で、そこだけやけに分かりやすいように周囲のものが少なくて、こういうところが俺特攻の可愛げがあって全部許せちゃうんだよな……。一応、この足元の紙類よりは俺を重要事項にしてくれてんのか……と、妙に嬉しくなってしまう自分がいる。

「見て弔くん、空気清浄機のホコリが大きめのゴールデンハムスターくらいの質量になってます」
「すげえふわふわしてる」
「触らなくてよろしい。こんなんもうウイルス&カビ拡散機だよ……」
「きったね」
「貴方の仕事部屋だが?」

 問答している間も、目に映る景色は汚部屋の一言。部屋の主は悪びれる様子もなく、俺が片付けを進めるのを俺の手土産のクッキーを食べながら観察している。
 床に散乱しているものは要らないものだと言うので、容赦なくまとめて、ある程度溜まったら弔くんが無造作に手を伸ばし、がしっと掴んで紙の束を粉塵に変えていく。その崩壊の残骸を俺がゴミ袋に集め、黒霧さん(敬称はいらないと言われたので今後は黒霧と呼ぶ)が出した不穏なワープの中へと放り込む。あの黒い靄の向こうでどこに行くのかは、正直考えないようにしている。どう見ても合法的な処理じゃない。

 量が多すぎて一つひとつ確認する余裕はない。ざっと見ただけでも、犯罪計画書じみた走り書きや、雄英内部の情報らしき紙が混ざっている。表層に転がっているあたり、これが「重要資料」ではなく、ただの「床に転がっていた紙切れ」扱いなのが逆に怖い。きっと俺の知らない闇の情報も、平然とゴミと同じレイヤーに積もっているのだろう。

「これ絶対機密情報だろ、俺が裏切ったらどうすんのよ」
「お前が俺を裏切って、生きて帰れると思ってんのか」
「マフィア映画でしか聞いたことないセリフだ……」

 一通り掃除を終えたところで、古い型のノートパソコンを渡され、「構成員の選別しろ、あと金の管理」と、まるでゴミでも投げるみたいに仕事を丸投げされた。
 パスワード類も雑に全部渡されて、要は「お前がやれ」ということらしい。……いやいや、オフ会感覚で来ただけの俺がやる仕事じゃないだろこれ。
 しかも「終わるまで出てくんな。今日面接あるから、それも覚えとけ」と部屋に閉じ込められる。
 「サボるなよ」とそれだけ言って弔くんはドアノブに手をかけ、去り際に振り返った。人差し指と中指を揃えて自分の目を示し、すぐに俺へと突きつける。無言で「見てるぞ」と釘を刺す仕草。アメリカのスーパーハッカーみたいな部屋に住んでる人が、アメリカのスーパーハッカーみたいなウォッチング・ユーのジェスチャーして去っていった……。ちょっと感動したけど、もし最初に掃除を始めてなかったら、あの汚部屋のまま缶詰めになってたのかと思うと、命拾いした気分になる。

 掃除のおかげで椅子はちゃんと引けるし、床に積み上がってた紙の山で転ぶ心配もない。空気清浄機のフィルターもホコリを払ったから、今は低い音を響かせながらまともに空気を回している。さっきまで煙のように漂っていた粉塵が収まって、やっと「人間の住処」らしき空気になった。

 部屋の中で唯一の机に、キーボードを脇へ押しのけてノートパソコンを置く。ふと視線を横にやると、ずらりと並んだフィギュアが目に入った。

「これ、受注生産で二十万超えてなかったか……?」

 SNSで軽く炎上していたから覚えている。変なこだわりでパーツに宝石が使われたせいで値段が跳ね上がったやつだ。限定版、抽選品、プレミアもの。俺みたいにフィギュアにそこまで興味がない人間でも、「あ、見たことある」とわかる代物ばかりが並んでいる。

 こういうのを見ると、弔くんは「欲しい」と思ったものを我慢できないタイプなんだなと確信する。たぶん当たってる。……ていうか、いつも金がない金がないと言ってるけど、原因これじゃないか? 生活費より先に自分の趣味に突っ込んでるだろ。
 足元に散らばっていた紙ゴミを思い出すと、このフィギュア群が彼にとってどれだけ「宝物」なのかはよくわかる。大事なものとそうでないものの差が極端すぎるんだ。……やっぱり、モンちゃん──いや、弔くんのこういうところ、可愛げあるんだよなあ。自由な五歳児を相手にしてるみたいな安心感がある。わかりやすくて好ましい。
 ……と、ほのぼのしてる場合じゃない。仕事仕事。

 とりあえず指示通り、選別の作業を始める。もちろんバイト代なんて期待してない。
 しかし、構成員の情報の一番上に「犯罪歴」と「逮捕歴」が並んでいるのはどういう了見だ。履歴書の冒頭に「人を〇人殺しました」って書いてるようなもんだろ。見慣れてきたせいで逆に「何もしてません」って奴のほうがよっぽど怪しく見えてくる。
 前職の欄に「配送業」ってだけで、なんか妙に怖いのなんでなんだ……。

 しかも年齢層もやたら幅広い。中学生から還暦過ぎまで。圧倒的に多いのはパワータイプばかりで、「暴力最高! 殺したら勝ち!」みたいな連中がずらりと並んでいる。偏りがひどすぎる。情報として眺めているだけなのに、だんだん国盗りゲームのNPC一覧を眺めている気分になってくる。異形型個性が多いのは、社会全体の問題のような気もするな。あと30年くらいたつか、大きめの抗争で全力でぶつかるかしないと根本的には解決しなそうだ。

 気がつけば一時間以上が経っていた。思いのほか楽しくなっていたらしい。成果をまとめたところで、休憩がてら弔くんに報告しに行こうと部屋を開ける。……あ、やっぱり鍵なんてかかってなかった。本気で軟禁されるのを覚悟してたけど、さすがにそこまではなかったか。

 弔くんはというと、オシャレ椅子に座って、オシャレなドリンクを片手にくつろいでいた。嘘だろ……遊びに来た友人に仕事させておいて、自分は優雅に午後のひとときを満喫してる……!? まあ、弔くんだしな……。

「とりあえず補充したい人材はまとめといた。幹部格が圧倒的に足りないから、今日来る人の履歴書欲しい」
「……りれき……しょ?」
「急に日本語がわからなくなっちゃった……無いのね。じゃあ来てから決めるか。裏にいるから、来たら呼んで」

 めっちゃくちゃ分かりやすく『次回襲撃予定参加者』とかいう、不穏の塊でしかない計画書がパソコン内にあるんですけど、前回の反省点の部分で雄英襲撃の記録とか見れちゃってですね。俺の知らない間に進んでたストーリーが本当にやばい。あとこの襲撃の時に構成員大幅に失ってるから、どうせ呼ぶならこの時呼んで欲しかった。俺なら……俺ならもっと効率的にこいつらを使えた……! だめだゲーム脳になってる。完全にNPCとしてしか見れない。

 連携が取れそうなやつが少ないんだよなあ……縁故雇用でおばけくん入れるか。ステインが捕まって泣いてたし、適正ありそう。ついでにアレにも声掛けるか、ここやっぱり保険ないから回復職欲しい。いや、アレは検査ができるだけで別に回復職という訳では無いんだけど……弔くん顔カッサカサだったからアレ産の美容液塗ったくりたいんだよな。胸部の収納口からドプドプ出てくるあの謎の体液。高級美容液として30ml数万円で取引してるので、アレはいま小金持ちだ。その小金が何故か俺の元に流れてきているので、1番働いてない俺が1番現金を持っている。ふしぎだ。

 集中しながら次回襲撃用のメンバー選定をしていると、ドアの向こうが賑やかになっていることに気がついた。あ、面接の人来た? 呼んでっていったのに。

「弔くん、面接の人きた?」
「今から殺す」
「なんで?」

 面接落ちたら『死』の組織?????
呼ばれないなら忘れられているだろうと、慌ててドアを開けたせいで、見えるのは数時間目を離しただけでブチギレてる弔くんだけだった。
 ちゃんとノックしたあと挨拶してから入室した? 許可出る前に座ったりしたのか? 弔くんは自分に対して礼儀を欠く者を消して許さぬ男だからな……。確か、ブローカーからの紹介だから、金払ってる分有用な人材が来てくれると​───────

「は?」

 馴染みのありすぎるドロっとした炎が床を舐めて、親の声より聞き覚えのある声が場を割いた。既に一度ぶつかったらしいが、その声に反応した弔くんが掴みかかっては炎と相打ちになって、黒霧が手と炎をバラバラにずらしてガードをいれている。しまった、俺が出ない方が良かった。

「なんで俺の弟がここにいるんだよ」

 今日の面接、うちの実兄でしたか!! ということは昨日誘ってくれたの、これ!? え、俺って縁故雇用しなかった場合はお兄ちゃんの同行者として結局ここに就職する流れだったんですか?

 燈矢くんの隣にいる女の子は原作でちょっとみた事がある気がする。ニコニコしていて笑顔が可愛いけど、危ないから離れた方がいいかも。いや、この場で最も戦闘力のないのは確実に俺だけど……!

「おいブローカー……おかしいだろ。なァ、どう見てもおかしいよな? なんで俺の弟がここに居るんだ、どう考えても筋が通らねぇだろ。俺に対する脅しか? 揺さぶりか? 俺を試してんのか? 一線ってもんはあるだろうが。ダメだろ、人の弟こんなところに引きずり出すのはさ。何か言いたいことあるなら言えよ、俺の頭飛び越えて弟に手ェ出すのは狂ってんだろ。なァ、俺がおかしいのか? 俺だけが怒ってるのか? 普通は誰だってそう思うだろうが……違うか? 話が違うって言ってんだよ。俺はあんたの誘いに乗ったんであって、こんな茶番を呑み込むために来たんじゃねェ。ああ、……違った、間違えた。ごめんね、もう大丈夫だよ。ほら、こっち来な」

「は? お前のもんじゃないだろ、俺の”おとうと”がお前の何なんだよ」

怪 獣 大 戦 争

黒 霧 大 奮 闘

 炎と崩壊がぶつかり合う瞬間に黒霧の個性で直接的な攻撃は全て逸らされ、俺とブローカーさんと女の子……トガちゃんは部屋の隅で『大変なことになったぞ……』の顔をしていた。訂正、トガちゃんは楽しそうにキャッキャしてた。

「何が起こってんだ……」
「あー……俺のハンドルネームが”おとうと”で、弔くん……死柄木さんの縁故雇用。で、『荼毘』の実の弟。たぶん、ブローカーさんは何か勘違いされてるね……」
「運命的な確率ですねえ」

 もうこれ下手に手を出したら巻き込まれて死ぬので、暫く全力でやり合っていただいた。最終的に黒霧が2人の両手両足上半身下半身をバラバラにずらして動けないようにしたあと「死ね」と「殺す」しか言語がなくなった2人と、本気で疲れきった声で「本当に落ち着きなさい2人とも対話をしなさい説明を貴方だけですよ全てを理解できてる人は」という促しで、とっ散らかってる怪獣たちの間に座った。ふたりが何かを言う前に! と実兄と弔くんを交互に示す。

「モ……弔くん、こちら俺の実兄。と……だびくん、こちら今日会う予定と言った友達。そして俺のハンドルネームは『おとうと』。
争う必要はないのです……。同音異義語です……。弔くんは俺の兄と宣言した訳ではなく俺のハンドルネームを呼んだだけ、だびくんは実の兄なので俺のことを弟と呼んだだけという、悲しい誤解です……」

「バカ! カス! ボケ! ザコ!!」
「ごめんねごめんね本当にごめん俺が紛らわしいハンドルネームしてたばかりに誤解させてほんとごめん」

「なんでこんな危ないところにひとりで行ってんの変な友達作らないでって俺と約束したじゃん毛むくじゃらとかおばけとか他にも色々変なのばかりと仲良くならないでねっていったのになんで俺の言うこと聞いてくれないの反抗期でもだめだよ危ないから言ってんのになんで」
「ごめんねごめんね本当にごめん俺の交友関係が特殊なばかりに心労をおかけしてほんとにごめん慣れてほしい」

 とりあえずお互いへの殺意は薄れて拘束は解除され、俺に対しブチ切れ続けている弔くんの肩に、黒霧がひそやかに口を寄せて何事か囁く。すぐに「うるさい!」と怒声が響き、弔くんは黒霧の言葉を振り払うように足音荒く部屋を飛び出していった。

 その余韻に呑まれないようにと視線を逸らした瞬間、背後から静かに声が落ちる。

「慣れてって、なに?」

 燈矢くんだ。息を呑んで、あえて聞こえないふりをして足を前に出す。歩幅を速め、ただこの場を抜け出そうとする。けれど、足音がぴたりと重なり、逃げるよりも速く追いついてくる影がある。ドアノブに手をかける前に、腰を抱き留められた。背中に熱が触れて、視線が逃げ場を失う。状況は非常に最悪だった。でも実際慣れていただくしかないんでよろしくお願いします。