同じ羽の鳥は群れる

 弔くんが帰ってくるまで​─────その間にテレビではヴィラン連合強襲の緊急速報が流れていた。スタジオのキャスターの声は硬く、画面のテロップは真っ赤に点滅している。
 燈矢くんは義爛たちと一緒に帰る流れになり、俺が同行しなかったことにあからさまにメンをヘラらせていた。横顔を見ただけで分かる、あのじっとりとした不満の気配を笑顔で流して義爛にパス。仕方ないだろう。俺が何も言わずに帰ったら、それこそ弔くんの機嫌が地に落ちる未来が見えている。しかも今日は、お菓子のオマケからプレイ中のゲームのレアカードが当たったと自慢ついでにプレゼントする予定だったのだ。あの人、意外と子供っぽくてこういうのを喜ぶし、渡さないと「嘘つき」と言われて面倒なことになる。

 本当はさっき渡すつもりだった。けれど、突然闇バイトに強制参加させられて、大人たちの真面目な話と、ついでのように始まった殺し合いの空気のせいでタイミングを失った。俺があの空気で「はいこれ!」なんて出せるわけがない。
 ここに来る前の、何も知らない無垢な俺は、無邪気に「いいものあげるね」とメッセージだけ送っていたのだから、今となっては首を絞める呪いの言葉みたいだ。この“プレゼントノルマ”を果たさない限り、弔くんは絶対に怒る。間違いなく。

 ヒーローや警察が集まって、どこかのショッピングモールを封鎖しているらしい。弔くんの居場所は分かりやすくていいな、誰か殺そうとしたのかな……と目星をつける。そろそろ帰ってきてくれるかな、と黒霧と一緒に拠点でお留守番だ。俺に割り振られた仕事は一応終わっている。一次面接扱いで、マジでどうでもいいタイプの連合加入希望者は全部弾いておいた。

 今日闇バイトに入ったばかりの俺がやる仕事か? とも思うが、参加希望者は本当に大量に押しかけてくるし、この中から『兵隊』以上の価値のある人材を見抜くのは、弔くんひとりでは骨が折れる。
 あの人は案外我慢強いけれど、外れの連続に当たると突然ブチ切れて「死ななかったら採用な」とか言い出すタイプだ。だから少なくとも、自己アピールがまともにできる・必要項目を埋めている・紹介者が確か。この三点のうち二点を埋めてる人だけは別枠で確保しておいた。結果、人数はきっちり4分の1に減った。残りの4分の3は最低限の情報すら書けない。別枠確保の中には「文字が書け内ので音声入力をしてイルカ等、誤字がある鴨しれ内」という記載の人もいて、教育の有無だけが問題じゃないと実感する。この人たぶん、読むのも出来ないけどテキスト読み上げで内容理解してる。そっと有力候補枠にいれておいた。応用力◎。

 ヴィラン連合を社会のセーフティネットにしたいわけじゃないだろうから容赦なく切る。切った方には【まともに書類も書けない者たち】とレッテルを貼り、弔くんへの報告にまとめる予定だ。まあ、弔くんが見たらその中から光るものを拾うかもしれない。……いや、いないかも。弔くん、他者の愚かさが自分に降りかかると本当にブチギレるタイプだからな。

 待っているうちに、じわじわと腹が減ってきた。手持ち無沙汰にカウンターを指でとんとん叩きながら、黒霧に「なにか食べ物ある? お腹がすきました」とおねだりしてみる。すると彼は無言で頷き、流れるような所作で小皿を取り出し、オシャレに見える盛り付けでナッツを出してくれた。

 ……いや、そうじゃないんだ。形ばかりのBARだと思っていたけど、どうやら本当にBARのものしかないらしい。棚を見渡せば酒は潤沢に並んでいるのに、食べ物といえばツマミしかない……? 俺の求めていた「飯」という概念はここには存在しないのかもしれない。

「弔くんって普段何食べてるか知ってる?」
 ここを拠点にしているなら、通いではなさそうな黒霧もいるし、食生活は安定しているのかと思っていたが、昼飯代わりに出されたものがナッツ一皿で全てが疑わしくなった。

「基本は携帯栄養食ですね」
「ちゃんとした飯を食べて欲しい……」

 記録を見た限り、弔くんは燈矢くんと同じく近接ファイターだ。司令塔としての仕事以外は、個性の関係で敵に接近する必要がある。なのに携帯栄養食ばかりの食生活だから、お肌はカサカサで、身体は薄っぺらくなっちゃったんだ……。

「ええ、私もそれが心配ですので、最近はこのようなものを間食代わりにしてもらっています」
「やめてください、グミサプリも1日の摂取量が決まってるんです」
「おや……」

 カウンターに置かれた空っぽの大豆イソフラボングミサプリ。そのパッケージ、もしかしてさっき弔くんが食べていたやつですか? 一日1個か2個が摂取量のはずだろコレ。いまのところ一番の巨悪は黒霧になっている。
 よりによって大豆イソフラボン。なんでそれを……。もっと他にあるじゃん? 怪我して出血したら必要な鉄とか、絶対足りてない食物繊維とかさ……?

「冷蔵庫あけていい?」
「どうぞ、何もありませんよ」
「本当に何も無いことがあるのかよ」

 業務用冷蔵庫の扉を開けると、白い冷気だけが顔にぶつかった。巨大な空洞を覗き込むような虚しさ。……と思いきや、隅っこにツマミ用チーズが数個、身寄りのない子どもみたいに寄り添っている。チーズに「可哀想」を感じる日が来るなんて。

「あー……表にコンビニあったからちょっと行ってくる。弔くんと行き違いになったら、戻ってくるから怒らないでって伝えてほしい」
「ええ、必ず伝えます。怒らないかどうかは弔次第ですが……」
「怒るだろうなあ」

 いつ帰ってくるかわからないから無駄に焦る。ダッシュで地下からの階段を上がって、コンビニに飛び込む。最近のコンビニは野菜もあるからいいよな。俺は弔くんの食の好みは全くわからないが、たぶん子供舌だろうとは予測している。味付け濃いもの好きそう。あと野菜嫌いそう。そういう性格をしてる。

 店内を一周して、手早く買い物かごに放り込む。食パン、ピザソース、ミックスチーズ、ウインナー、そして彩りにピーマンを少し。どうせ弔くんはピーマンを避けそうだから、俺の分にだけのせればいい。レジを済ませて袋を抱え、地下へ戻る階段を駆け下りると黒霧は相変わらず静かにグラスを拭いていた。「弔くんはまだ?」と聞けば、「ええ」とだけ返ってくる。その声に少し安堵して、袋を掲げ「ちょっとキッチン借りるね」と告げると、彼は無言で頷いた。

 奥の簡易キッチンは、普段は酒のつまみを温めるくらいにしか使われていないのだろう、無駄に清潔だ。オーブンはトースト機能付きで、家庭用とほとんど変わらない。袋から食材を取り出し、まな板に並べると、ちょっとわくわくしてしまう。

 いつも燈矢くんに合わせて和食ばかり作ってきた。蕎麦、焼き魚、煮物、味噌汁。純和風轟家に産まれた者としてもちろん嫌いじゃないけど、前世の俺は洋食の方が好きだった。というか、人生の半分くらいは海外生活していたのでそっち側に味覚が寄ったのだと思う。ケチャップの匂いとか、とろけるチーズとか、そういうわかりやすい旨さに弱い。

 包丁でウインナーを斜めに切れば、断面から脂がじわりと光る。ピーマンは輪切りにして、水分を飛ばすように軽くキッチンペーパーで押さえる。パンにピザソースを塗り広げると、酸味と甘みの混じったトマトの香りがふわっと広がり、気持ちが一気に明るくなる。ウインナーをリズムよく並べ、上からたっぷりとミックスチーズを散らすと、白と黄色が重なって見た目からもう美味しそうだ。俺の分だけピーマンをのせて、色合いを整える。

 オーブンのタイマーを回すと、すぐに中からじゅわじゅわと音が立ち、香ばしい匂いが漂い始めた。チーズが溶けて糸を引き、パンの端はこんがりと色づいていく。油とソースが混じった匂いが地下に満ちて、酒の匂いに染まった空間が急に家庭的な雰囲気に変わる。そのギャップに、ちょっと笑ってしまった。

 俺の昼飯はこれとして、ふと視線を横にずらすと黒霧も何も食べていない。この人も弔くんに付き合って本当に最低限の生活しかしてない気がする。半日くらいしか一緒にいないけど、自分の食事も疎かだから栄養の知識がガバガバになってるんだろうな……。一緒に昼ごはん食べような……。

 弔くんはというと、ショッピングモールで何か食べていたらまだいいけど、騒ぎのせいで食べ損なっている可能性が高い。不機嫌に現場へ行き、不機嫌に帰ってくる――そんな可哀想な未来が頭に浮かぶ。
 もし何か向こうで食べていたら、そのときは冷凍しておいて、あとでお腹がすいた頃に温めて出してもらえばいいか……そんなことを考えていた、その時だった。

 カラン、とドアベルが鳴った。

「俺のは」

 唐突に飛び込んできた声に反射的に振り返る。そこには、カウンター席にドカッと腰を下ろす弔くんの姿。乱暴な仕草とは裏腹に、その顔はどこか晴れやかで、目尻まで上がった笑みを浮かべていた。何があったのかは知らないが、とにかくご機嫌らしい。よかったね……機嫌直ったんだね……。俺としては安堵しかない。

「あるよ、今できたばかり」

 ピザトーストを差し出すと、弔くんは興味深そうに一瞥し、すぐに顔をしかめた。一応、ピーマン分俺が得をしていると思われても面倒なので、「どっちがいい?」と選んでもらう。案の定、ピーマン無しを選んでくれた。
 そしてついでのように「そっちゴミ乗ってんぞ」と暴言を頂戴する。いやいや、ピーマン農家さんに失礼だろ。良い彩りの上に栄養もあるんですよ。

 黒霧にも皿を渡して自分用のものを持ち、近くの椅子に腰を下ろす。焼き立てのパンをかじる音が同時に響き、場が少しだけ柔らかくなる。
「美味しい?」と何気なく尋ねると、「ふつう」と短く返ってきた。けれどその一言で十分だ。不味ければ俺の目の前で平然と皿ごと捨てるくらいはやる。弔くんの悪性を俺は信頼している。
 なんで友達やってるんだろうな、俺。自分で考えても理由は単純だ。面白い男だからだ。

 ネトゲで出会った頃、弔くんは理論大破綻荒らしとして悪名を轟かせていた。本人の中では一応筋が通っているらしい理屈を振りかざして、他人を混乱させて回る。でも何よりも、めちゃくちゃ強かった。だから興味を持って近づき、ノコノコ挑んでは身ぐるみ剥がされ、また挑んでは剥がされ……それを何度か繰り返すうちに、なぜか仲良くなっていた。謎だ。

 個人的に話してみれば、案外面倒見はいいし、やることは奇抜で予想できないし、そのうえ一緒にいることを許してくれる。だから舎弟みたいな気持ちでついていったら、気づけばこんなところにまで転がり込んでいた。人生なんて、どこでどう繋がるか本当に分からない。

 弔くんは熱々のピザトーストを豪快に頬張り、噛み切った断面からとろりと溶けたチーズを垂らしそうになりながら、夢中で口に運んでいる。
 パンの縁はサクッと音を立て、ケチャップの甘さが合わさった香りが鼻に抜ける。指先にまでケチャップがついているのに気にも留めず、そのままぺろりと舐め取る姿は子供っぽくて年齢不詳だ。ずっとぺろぺろ指を舐めてるので、「俺のハンカチをお使いください……」と献上する。
 弔くんはそれをひょいと受け取り、まるで当たり前のように俺の皿まで掠め取っていった。俺の分のピザトーストが目の前から消える。よかった、少なくとも1枚は食べられた。3枚切り食パンが2セットしかなくて、ひとり2枚分しか作れなかった俺にも非がある。男しかいないのにこの量は足りないよな。悪かったよ……。
 お水も飲みなね と、黒霧からパスされたコップを渡して一心不乱に食べ続けている弔くんを眺める。ネットの向こうのお友達が、多分この世界のラスボス? 少なくとも重要なヴィランだと思わなかったけど、これもまた燈矢くんに収束していく原作がかすっていった結果なのだろうか。

 俺から奪った分も食べきって満足したのか、弔くんは口元を袖で拭いながら「おとうと、お前さ」と俺に向き直った。

「そういえばお前ほんとの名前は?」
「いまは……あかりと呼ばれることが……多い」
「なんで通称なんだよ本名言え」
「家庭の事情でちょっと」

 燈矢くんが荼毘と名乗っているなら、俺が呑気に轟陽火です! といったら全部おしまいになるだろう。俺は俺という存在で、燈矢くんの足を引っ張りたくない……! そしてヴィランネームは気に入ってない……!!

 いや、だってさ、荼毘の弟で火継(棺)って、だびくんと違って俺が決めた訳じゃないのになんかお揃いで恥ずかしいし……!! 揃えて決めましたって感じ、出来すぎててちょっと……だいぶ……イヤ……!! あかりさまのほうがマシな気がする。ミリの差で。

「荼毘って、あいつマジで兄貴なのかよ」
「マジよ。お兄ちゃん。なんでここで出会ったのかはわからない、タイミングが凄い」
「あいつ殺していいか」

「お止め下さい、一回俺のセールストーク聞いて欲しい。
まず、義爛っていう紹介者がいるのが強い。『紹介しても良い、組織に貢献する』という太鼓判が初めから押されてるからね。
それから、だびくん自身は一見すると人当たりが悪いし言葉も刺々しいけど、組織のルールにちゃんと従う性質を持ってるんだよ。やるべきことはやるし、やると決めたら最後まで遂行する。報連相もきちんとしてて、無駄に上を振り回すことはしない。話が出来るっていう点で「部下として扱いやすい」タイプだと思う。
個人行動を好むのも事実だけど、だからといって集団行動ができないわけじゃない。仲間を無視して突っ走るんじゃなくて、全体の作戦の中で自分の役割を理解して動ける。必要なときは黙って従う柔軟さもある。頭が良いんです本当に。
個性について言えば、炎の火力が凄くて制圧力が段違い。証拠が無ければ事件は存在しないって理屈であらゆるものを焼き尽くしてきた火力は、それだけで威嚇にも牽制にも使える。正面戦闘では頼れるし、後方に置いても抑止力になる。攻撃力だけならもちろん、陽動や防御の面でも応用できるんだ。戦闘訓練もずっとしてきたから、火力だけの脳筋じゃなく、工夫の効いた戦い方ができる。
だからまとめると、だびくんは――確かな後ろ盾を持った火力特化の実力者で、組織のルールを守れる、報連相もできる、個人でも集団でも動ける。いれよう! だびくんを! みてこれさっき仕分けた【まともに書類も書けない者たち】!! すごい量でしょ、こんなん兵隊にしても無能な味方にしかならんよ。たすけてくれ、まともな人材が欲しい」

「なんで俺よりお前の方が人材で悩んでるんだよ」
「弔くんがこの仕事を俺に任せたからだが!?」

 ふうん、と興味無さそうな声を出して「まあお前が言わなくても採用だけどな」と弔くんが言う。採用だがワンチャン殺す可能性あるよっていうの、一番ヤバくないですか?

「あかり? のオニイチャンなら頭可笑しくてもしょうがねえよな、遺伝だろ。俺はそういうの差別しないでやるよ」
「確かに父譲りの遺伝ではあるのでぐうの音もでない」
「親父もとか最悪、お前らの代で潰えろよ」
「ぐう」

 すごい、SNSに書いたらコンマ数秒で爆発炎上する発言を全くの素で仰られる……! 帰ってからずっとご機嫌のまま、つけっぱなしのテレビでは逃走中の凶悪ヴィランについてニュースの赤テロップだけが瞬いている。俺はケチャップのついたハンカチを受け取りながら、さりげなく角度を変えて尋ねた。

「機嫌が良いね、外でいいことでもあった?」

 弔くんはカウンターに背中を預け、首をコキ、と鳴らす。子どもが新しい遊び場を見つけたときみたいな雰囲気だ。唇だけが笑って、目はやけに澄んでいた。

「やりたいことがハッキリしたんだよ。方向性は変わらないけど、目がさめたってやつ」

 地下の空調が一拍だけ止まったように感じた。グラスを拭いていた黒霧の手が、ほんの少しだけ動きを鈍らせる。弔くんは、淡々と、でも上機嫌に告げた。

「オールマイトを殺すんだ」

 軽い。言葉は羽みたいに軽いのに、中身は鉛の塊でできている。けれど弔くんの声色は、俺の焼いたピザトーストを頬張ったときと同じ、満足を含んだ明るさだった。狙いが一点に収束した人間の明るさ。
 ふーん、と俺は息を吐く。喉の奥にトマトの甘い酸味が残っている。

「いいね。じゃあ、やるなら体力つけようね。携帯栄養食だけで“ラスボス”やるの、無理あるから」
「うるせ。お前はまず本名言え」
「それはそれ、これはこれ」

 黒霧が「水をどうぞ」と新しいコップを置いた。弔くんはそれを受け取って半分ほど飲み、鼻で笑う。

「外でさ、ガキと話した。ヒーローのタマゴ、みたいなやつ。世間の鬱陶しさを全部、あいつの顔に貼り付けて歩いてんだよ。気持ち悪いくらい眩しい。……分かったんだ。俺がイライラしてたの、的がぼけてたから。的がはっきりしたら、機嫌も直る」

「なるほど。方向性はそのまま、的に名前が付いたんだ」
「そう、名前は便利だ。殴る方向が定まる」

 言葉の端々が、きれいに研がれている。怖い、と思うより先に“ああ、この人は今日、やっと眠れるのかもしれない”と筋の通った安心を覚えてしまう自分がいる。俺はカバンの底に手を突っ込んで、用意していた“ノルマ”を取り出した。

「はい、これ。約束のやつ」
「SSRだ」
「そう、自慢ついでにプレゼントしたくて持ってきた。ボスへの献上品でございます」

 弔くんはカードを光にかざして、角度を変えながら眺める。目尻の笑いが、ほんの少しだけ深くなる。

「おう、よくやった」
「俺は有言実行の男です」
「うるせ」

 カードをポケットに滑らせる音。黒霧は無言で空の皿を下げ、テレビの音量を一段落とした。視界の端では赤いテロップがなお点滅している。外の世界は騒がしいのに、地下では弔くんが水を飲み干す音だけが大きく響く。

「お前も俺と一緒にオールマイトを殺すんだ。……光栄だろ」
「いいよ」
「軽いなあ。頭ン中スッカスカなんじゃねえの」
「それスカウトする側の台詞??」

 本当に嫌なら、燈矢くんとここで鉢合わせした時点で『おにいちゃん助けて』と泣きついてる。そうしなかったのは、別に弔くんが好きだからってだけで流されてるわけじゃない。ここまで“偶然”が積み重なったなら、もう“必然”と呼ぶしかないだろう。

「お前の個性、なに」
「ちょっと光る。気合い入れたら燃える。あと精神の安定と不安定に作用する」
「ザッッコ」

 雑魚ですが、縁故雇用で一次面接担当を拝命しております。……落とされた人たちは納得いかないだろうな。

「じゃあ、お前はステインの信奉者だから俺に従ってんのか?」
「違う違う。ステインがどうとか言う前に、弔くんにスカウトされてるんだよ。だいぶ前から“縁故雇用”って言ってるじゃん。忘れないで」
「……そうだっけ」

 直前まで澄んでいた目が、どろりと濁る。その変化に背筋がひやりとした。​─────あ、これ、二択を間違えたら死ぬやつ。ここで「ステイン信者です!」なんて答えたら、俺だけは絶対に許されない。

 だから俺は、視線を受け止めたまま、少しだけ息を吐いた。

「……俺はさ、ヴィラン連合に入ること、もう受け入れてる」

 自分でも意外なほどすんなり言葉が出た。ああ、俺って実は前々からこう思っていたのか。怒っていたのか、俺は。

「トガちゃんも言ってたけどさ、“生きにくい”んだよ、この社会。オールマイトっていう絶対正義がいて、その光に向かってヒーローも一般人も夢中だ。俺には、あれが気持ち悪い。だって、“つよくただしいものしか許されない社会”ってキツくない?」

 口にしながら、今までに見てきた顔が浮かんでくる。選ばれなかった人、救われなかった人、生きることを諦めた人。俺の眼には、そういう“余り物”がずっと焼き付いている。

 俺だって、前世の記憶があるから生きていけているだけだ。はじめからこの世界に産まれた、ただの轟陽火だったら? ​────ゾッとする。俺は成功作の焦凍と同時に産まれただけの失敗作として、いったいどんな人間になっていただろう。戦闘能力皆無のこの個性じゃ、ヴィランにだってなれない。たぶん自殺してただろうな。

「選ばれなかった人を、俺はたくさん見てきた。俺だって選ばれなかった側だ。だから、ヒーロー社会が好きじゃない。オールマイトという炎に向かって飛ぶ虫みたいに、あんな光に焼かれて死にたくない」

 弔くんの笑顔はまだ、どろりと濁ったままだったけれど、そこに揺れは見えなかった。だからこそ、俺は最後まで言葉を置く。

「弔くんがそれを壊してくれるなら。俺、弔くんについて行きたい」

 言い切った瞬間、喉の奥が軽くなる。命を賭けた綱渡りの告白。けれど、その笑みを見れば​─────弔くんはご機嫌のままだ、と分かった。すると、不意に弔くんの口から漏れたのは鼻歌みたいに転がる独り言だった。

「嫌だよなあ……嫌いだよなあ……」

 歌うように、揺れるように。
 地下の空気にひび割れた旋律みたいな声が溶けていく。赤いテロップの明滅と、弔くんの呟きがシンクロして、まるでこの空間そのものが彼のリズムで呼吸しているみたいだった。

 俺は笑ってしまいそうになるのをこらえて、ただ頷いた。そうだ、嫌だよなあ。嫌いだよなあ。誰だって本当はそう思ってるのに、誰も口にしないだけだ。俺だっていままで、ずっと見ないフリをしてきた。

 でも、弔くんは平然と口にする。鼻歌みたいに軽やかに。こういうのがカリスマ性ってやつなんだろう。俺たちのボスだ。

 ……気づけば、視界の端に映っていた赤いテロップはいつの間にか消えていた。外の騒ぎは遠のき、残っているのは地下に転がる笑い声と、俺たち二人の内緒話みたいな吐息だけだった。