センセイ・アンチ

 弔くんは基本的に全てのものに『なんかイヤ』という顔をしているが、今日は特別『なんかイヤ』が強いな……と思っていたら、カレンダーを眺めて「うわ、もうこの日か……」とげんなりしていた。
 ノソノソとおでかけの用意をしているが、黒霧は別の任務があるから一緒にどこかに行くのではなさそうだ。珍しくひとりで外出する空気を出していたので「どこ行くの? お供しようか」と声をかけたら、俺が着ていた上着を「寄越せ」と無理やり剥ぎ取られた。
 身長に合わせてるから俺が着ても幅でオーバーサイズなのに、弔くんが着たらもう彼シャツ概念だろそれ。ちゃんとスタイルに合った服を着てくれ。買って……もうそのいつ買ったかわかんないボロボロのコート捨てて……。

 弔くんは舌打ちしながら袖を捲りあげて「先生のとこで搾精、ついてくんな」といって黒霧の前で不機嫌なウサギのように床を足ドンして、ワープゲートを出させてどこかに移動した。
「???? 俺の上着返して?」と、届かない文句を一応吐いたが、いまなんか日常生活で使わない単語出てなかったか?

 悪い夢かな……いや、ヴィラン連合の存在自体が悪い夢みたいなものだから逆に現実か……?

 え、こわい。なにもわからない。黒霧も普通に任務に出かけて、誰もいなくなったBARで、とりあえず弔くんが帰ってきた時用にカレーでも作るかと手を動かす。
 毎日誰が顔を出すか分からないから、余ったら冷凍する気持ちで少し多めに作って、だいたいいつも余らずに終わる。

 冷蔵庫を開けると、昨日のうちに買っておいた玉ねぎが目に入った。大きめのものを三つ取り出し、隣には人参とセロリ、下段には鶏もも肉のパック。保存庫からはホールトマトの缶とスパイスの瓶を数種類引き寄せる。
 まな板に玉ねぎを並べ、包丁を入れる。新鮮な色をしていていいな、だいたいの野菜は全て床にぶん投げていた弔くんも「俺の皿にいれてください」と頼み込んで俺に押し付けてくれるようになって、そのうちじゃがいもと玉ねぎだけは食べてくれるようになってきた。床掃除の手間が無くなった上に食べられるものが増えて良かったねというはなしだ。

 人参は溶けるくらい細かく切って隠しておこう。セロリも存在がバレたら「汚染された」とカレーを鍋ごとぶん投げそうなので親の仇のように刻む。親の仇だったら俺の味方じゃないか? とも思ったが、まあそれは横に置いとく。恩人のセロリは完全粉砕。じゃがいもはどうせ半分以上溶けるから切らなくていいだろう。サイズも元から小さめだし。肉は余分な脂を取り除いて一口大に切り揃える。

 手元の鍋をちらりと見やりながら考える。中辛ならみんな食べられるだろうけど、辛みに弱い人がいたらどうだろう。一応、甘口も別鍋で作っておいた方が安心かもしれない。スパイスの配合を少し控えめにして、甘口用にはトマトを減らしてみようか。

 材料を分けたボウルがいくつも並び、まな板の上はすでに片づけ済み。ここまでくれば、あとは鍋に入れて煮込むだけ。はい、調理終わり。

──────搾精って言ってなかった???

 ちょっと現実逃避していたが、やっぱ言ってたよな、搾精って。先生って確か、誰かは分からないけど弔くんの保護者みたいな存在ってのは会話の中で理解してる。

 えっ、保護者からそんな扱い受けてるの。 なんで???
弔くんは元々の性格を抜きにしても、明らかに『そうなるように育てられた』みたいな背景が見え隠れしてたけど、俺が思ってたより酷い扱いされていませんか? 俺の友達なんですけど弔くんって。許されんのかよ少年誌でよ…………………。

 鍋がコトコトと静かに煮込まれる音を聞きながら、本来なら今日やるべき仕事を完全放棄して頭を抱えた。いや、でも、ほら……聞き間違いかもしれないし……。搾精じゃなくて作成かもしれんし……なんか作ってるのかもしれんし……。

 弔くんより先に帰ってきた黒霧が「なにかお悩みですか」と聞いてくれたが、『俺らのボスがさあ……搾精されてんのって現実?』と聞くわけにも行かず、「カレー、甘口食べる人いるかなって……」と答えておいた。黒霧は甘口の方が好きらしいので鍋ふたつに分けていて大正解だったが、その数十分後に弔くんが黒霧ワープゲートで帰還。明らかに不機嫌で疲れきってソファに転がるように寝た。ブツブツとなにか文句を言っているが、それに聞き耳を立てる勇気は無い。俺の上着返して……。

「搾精 is なにごと?」

 寝っ転がってお腹がめくれているのを直してあげながら恐る恐る聞くと、不機嫌な顔をしていた弔くんがしばらく俺を眺めてからニターと嗤った。

「お前らの作り方と同じ。俺から絞って良さそうな個性の卵子に突っ込んでより良いものの開発してんだってよ。たまに脳無に俺っぽい個性の奴いるだろ、あれ俺のガキだと思うぜ」

 ボスである弔くんには、俺と荼毘くんが轟陽火と轟燈矢であるということを伝えている。なのでこんなにピンポイントでイヤな答えが出せるのだ。

 俺が「いや……なんか、いや……っ」と弔くんを避けてソファに倒れ込むと起き上がったらしく、頭の上でゲラゲラと笑い声が落ちてくる。そのうちドンと俺の背中に重みが乗ったので、クッション替わりにされているのがわかった。あまりにもひどい。

「ガキが可哀想だって? お前ヒーローになれんじゃね」

 罠だ。これに同意した瞬間、弔くんは俺の頭を崩壊させるだろう。押さえつけてきてるし。でも本当に、そういう意味じゃないんだよな。俺がマジで嫌なのその部分ではないんだよ。

「ちがくて、弔くんが物みたいに扱われてるじゃん……嫌すぎる……それ何歳の頃からあ……?」

「んー、あ~……11? か、12くらい」

「いやああ可哀想嫌すぎる虐待じゃん! 酷いことされてますよ弔くん気付いてあなた悪い大人に酷いことされてる子供でしたよ!」

「なにお前が苦しんでんだよ。ウケる」

 ショタ洗脳搾精おじさん……実在していい存在じゃないだろ……。弔くんが全く悲壮感と自覚がないから、俺が勝手にのたうち回ることしかできない。
 
「『先生』好きになれん、マジで、ほんと、あ~~~嫌だあ~~俺の友達過去も未来も健やかに生きててくれよ~……!」
「おい椅子のたうち回んな」
「オッス」

 頭を小突かれて大人しくクッション代わりにされながら「ほんとありえん……弔くんキレていいやつだ騙されてるエロ本でも搾精はファンタジーだろうが……」と文句を垂れ散らかしているが、俺のこの気持ちはもう弔くんには何にも届かない。俺と先生を比べたら先生の方が当たり前に『ただしい』し『たいせつ』だからだ。

 弔くんの『突然変異』を似た形で継承させるために何百何千もの挑戦の果ての『素材』が、最近になって形になってストックされだしたらしい。年齢を考えるとそうだよな、そろそろ個性が出始める子供がでるのか。脳無の管理も一部請け負ってるんだけど、これからなにかを察しちゃったら最悪だな~~! 子供で個性ガチャすな。

 待って、『先生』レベルの悪人がやってることを実父もやってたんですか? なんで法で裁かれてないんだあの人。

「あー、世の中はクソ。早くぶっ潰そう」
「なんだよ、今日はやる気あるな。えらいぞ、ワンって鳴け」
「わん」
「よし」

 がしゃがしゃに撫でくり回されるから、俺は弔くんの中でアホな犬扱いなんだろうな。そのおかげで間違って噛んでもキュンキュン鳴いて可愛い顔しておけばだいたい許されそうだからいいか。

 とりあえず、このお労しい我らがボスの為に出来たばかりのカレーを提供しようと交渉から始めることにした。準備するから俺の背中から降りてください。おねがいします。