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 最近、スピアフィッシングに行くと人魚が待っている。最初は偶然かと思っていたが、にこにこしながら俺の方へスっと泳いでくるのでたぶん俺を待っているんだろう。そこの岩場は崩れかけているからあまり入らない方がいいと思うんだけどな。

 こっちこっち、と二人に手招かれてついていくと、暗がりにタコの足が見えた。しかも大ダコだ。警戒心の強いタコがこんな場所に居座るなんて、とモリを構えかけた瞬間、身体に小さな違和感が走った。こういう直感は、信じた方がいい。
 モリにかけていた手をそっと下ろし、岩場に手をかけて中を覗く。今日は覚悟していたから、息は吐かない。肺の底に重たい海を抱えたまま、目だけを前へ滑らせる。

 むちっとしてまるっとしてる人魚がいた。増えた…………。なんで………。

 俺が突然覗いたのが悪かったのか、視界が黒くなる。スミを吐かれたのだろう。
 タコは臆病な生き物だからな。臆病で賢いから長生きしてでかくなる。俺は好きだよ、美味いし。むちっとしてるのもまるっとしてるのも、『美しい』ものだ。
 海の魔女みたいに綺麗な人魚もいるんだな。俺のお袋も村一番の美人で村一番のグラマラスボディだが、こいつも大人になったらさぞかし魔性の美貌を持つようになるんだろう。人魚の王子さまとか、そういう血筋なのかな。

 きろろろ、きゅるる、と俺には分からない声で人魚たちがやり取りをする。泡の間に挟まって、音が粒になって弾ける。

 海底では二人の人魚がタコの人魚の手を引いていた。岩場から出たくないんだろう。みょいみょいと伸びる足が面白いが、たぶん、あの二人は俺の狩場に一緒に行きたい。タコの人魚は行きたくない。で、引っ張り合い。
 俺を理由に喧嘩するな……。最近は大漁が続いているし、今日はいつもの狩場じゃなくてもいい。

 もともと今日は貝をとるつもりだった。潜り直して三人の間に割って入り、まあまあ、と両手を下ろすジェスチャー。タコの人魚は、はっとして、するりと岩陰へ潜った。黒いスミの幕が、拒絶を表しているようだ。なんとなく三人の関係がわかる気がする。

「(今日はこれで貝をとります)」

 伝わればいいなくらいの気持ちで腰につけたナイフを外すと、二匹の人魚たちはパチパチと手を叩いた。その動き、人間も人魚も共通なんだな。
 岩場に張り付いた貝を剥がしては網に入れていく。見ていた人魚も真似をするように素手でベリベリと貝を剥がしては網の中に突っ込んできた。つよい。負けねえ。
 ヒトデはいらない。ウニは今は持っていけないからいい。魚半分くれるの? ありがとう……生臭い……。吊り目の人魚がこうやって俺に魚をくれるせいで、垂れ目の人魚もくれるようになってしまった。
 たぶん、好意なんだろう。俺が一口だけ食べて、残りは持ち帰る​───────この作法が正解なんだと思う。生臭いけど、儀式ってのはだいたいそういうものだ。

 ここはエレメンタリースクールが遠いから、俺は通信教育を受けている。人魚といえど同年代のやつと遊ぶのは初めてだから、ほんとはちょっと嬉しい。

 海面に出て息継ぎをして、ふと彼らに良いものをあげようと思った。二人の人魚はいつも魚をくれるし、漁も手伝ってくれる。タコの人魚は会ったばかりだけど、挨拶がわりだ。

 海底に潜り、岩場の中に入る。タコの人魚は突然近くに来た俺に驚いてスミを吐いて端っこで小さくなっていた。まるまるしていてかわいいが、その下あたりにあるからどいて欲しい。
 俺が近づく度にスミで海水が黒く染まるし、海の中ではよくわからないが少し泣いているみたいだ。きゅるるるかるるるるとひっきりなしに何かを言っているが、俺には分からない。
 俺のせいで泣いちゃったのかな。だったら申し訳ない。急いで砂を掘る俺の手元を、タコの人魚がそっと見た。絞っていた瞼が、海水をすくうように開く。

「(あげる)」

 どこかの国の古いコイン。難破船の肋骨みたいな梁の隙間で見つけ、少しずつ集めて箱にしまっていたやつ。
 村じゃ換金できないし、陸に上げたらすぐ“みんなのもの”になる。だから俺の宝物は、海の底にしまってある。

「(あげる)」

 掌の上でいちばん綺麗に光る、銀色のコインを握らせた。
 ぽかん、とした顔で俺を見上げる。光が瞳に射して、暗い岩の隙間にちいさな星が生まれる。
 なんだか恥ずかしくなって、岩場の外へ引き返す。二人にも渡す。らしくないことをした気がするし、今日はもう帰ろう。

 お気に入りのコインを差し出すと、二人はくるくる回って喜んだ。尾で水を巻いて、光を砕いて、笑う。これ、いいだろ。特別だからな。大事にしろよ。