唯一の希望だった仁くん複製作戦は無駄にトラウマ弄り倒しただけで失敗に終わり、俺は性欲を持て余していた。持て余すだろ。助けてくれよ。
別に俺自身がめちゃくちゃ性欲が強いという訳では無い。俺の中の獣は雨の日の犬のように従順だ。
だが、冷静に考えて欲しい。15歳の肉体はデフォルトで性欲のリミッター外れてるんだ。このままでは二股が艶かしい大根にもドキッとしてしまう人間になってしまう。可哀想過ぎないか? せっかく恵まれた体躯で年齢誤魔化せてたのに……。父さんが俺にくれた唯一の物は高身長遺伝子だけなのに、上手く活用できないなんて親不孝だろ。
1人で処理してドウゾ、というのもさあ! 実兄が仕事中に家の中でコソコソやれば処理できますよ! でもそれって人と人との温もりとかさぁ!? なにか特別興奮するコンテンツとかもないし、正直いうと『1人以上で行うスポーツ』としてのセックスが好きでね?! コミュニケーションのついでに快楽も得られるっていうお得感でね??
「俺に言われても困る」
「困らせてんだよ」
嫌そうに眉をひそめるスピナーに泣きつくくらいしか、俺にできるストレス解消方法はない。
連合入り前からの縁のおかげで、俺の妄言をそこそこ優しく聞いてくれるスピナーには、本当に足を向けて寝られない。
ありがとうな。俺が“職場恋愛無理派”じゃなかったら、たぶんとっくに口説いてたし、たぶん今頃は口説かれ負けしてドロドロの関係になってた。俺が職場恋愛無理派でよかったな、スピナー。
「あー……」
「なに」
「たぶん、俺にだけ見える存在かもしれない。……お前の後ろに荼毘がいないか?」
「めり込むくらいのゼロ距離でいるけど?」
「いるよな!? なんで何事もないようにずっと無視してんだよ!! 怖えよ!」
ちょっと頭を後ろに傾けたら当たる距離に、さっきからずっといる。
でもまあ……いちいち反応するほどでもないかなって。何か言われるのを待ってるだけか、俺が誰かと話し始めるとデフォで相手を威圧しに来る習性が発動してるか、そのどっちかでしかないだろう。
「別に噛んだりしないから気にしないで」とスピナーに言うと、「初対面の時に鼻を燃やされてんだよ! せめて暴力に理屈を持たせてくれ!」と怒鳴られた。
そんな……理屈のある暴力なんて聞いたことがないな。なんて難しい注文をするんだ。
「あかりくん、あかりくん」
背後から荼毘くんの声がして、俺の頭を両手で掴んで上を向かせてくる。勢いはないから痛くはないが、頚椎は大切なので、できればその手はやめてほしい。
“俺に酷いことはしない”という信頼があるから流していられるが、もしその信頼がなかったらこの角度のまま首をひねられる未来しか見えない。
「あかりくんはセックスが好きで、いっぱいやりたいんだ」
「こんな率直に言われることある?」
後頭部を支えたまま、荼毘くんは淡々と、とんでもないことを言う。
スピナーが横から「お前が散々言ってたのを聞いてたんだろ」と口を挟むけれど、身内からそのワードを真正面から投げ込まれる衝撃って想像以上ですよ。
隠す必要は無いかと思って声を潜めずにいたのは事実だが、まさかの“確認作業”は想定外だ。心の準備くらい欲しい。
見上げた先には、焦げた皮膚が硬く張り付いた顎。指を伸ばしてそっと撫でると、固まった表情がわずかに緩む。
猫だったら喉を鳴らしているだろう、そんな目。喉の奥でくぐもった笑いが震え、指先へ伝わってくる。
「あかりくんは良い子だから、俺の言うことちゃんと聞いて悪い遊びしなくなったよな」
「はい」
死ぬので、人が。最悪の倒置法。
さすがに人が死ぬけどセックスはしたいッス! と街に繰り出すほどの悪辣さは持ち合わせていない。
荼毘くんの声はゆっくりと、とろみが出るように重く甘く落ちてくる。散々巻き込まれて『なんだこいつら』の顔をしていたスピナーの危機察知能力が発動したのか、目の前の獣を刺激しないように後退するかのごとく、カバンに荷物を詰めて撤退の用意をし始めた。俺を見捨てる気か我が友よ。俺? 俺はいま頭を両手で固定されているので無理ですね……。
「ね、俺がいるよ」
突っ張った皮膚を無理やり動かす、ニターとした悪い笑み。俺より先に、その“意図”を俺より先に理解したらしいスピナーは、ドアベルを鳴らしながら「お前らホント最悪!」という罵声を残して、脱兎のごとく去っていった。なんだと、寝床の提供をしている優しい俺に向かってなんてことを!
「俺がいるよ、俺でいいね」
荼毘くんにとっては始めからスピナーのことは眼中になかったのかもしれないが、ドアベルの余韻だけ残して俺と荼毘くんしかいなくなった部屋で、同じ意味の言葉が真上から落とされていく。
「あかりくん、セックス好きなんだろ。じゃあ俺とやればいいよ」
ついに全てを口に出して言い出した。実兄の性教育は管轄外故に13歳以降そこら辺の感性がどうアップデートされていったのか一切わからない……男性器完全焼失で発散方法も見当つかない……というか彼に、性欲的なものがあるのかないのか、男性ホルモンの関係うんぬんかんぬん……。
「あかりくん、俺とセックスしよう」
「職場内恋愛じゃん、無理」
「職場内以前に兄弟だろ!!!」
「落ち着いてください。そっちの方が可笑しい話だから」
同僚はダメだけど兄弟はOKという理屈は狂ってるんだよ。興奮した実兄はほぼ虎と一緒なので、この姿勢は危険すぎる。
勢いで本当に捻じ落とされる危険性が高い。それが出来る腕力があるんだ、これは信頼です。
真っ黒に染めた髪をぐちゃぐちゃに掻き回しながら、よく聞き取れない恨みつらみ文句懇願自虐を繰り返している、いつものパニックオニイチャンを“どうどう”と宥めつつ、立ち上がって向かい合い、押さえつけるように抱きしめる。
当然あらゆるパワーで負けている俺なんて、荼毘くんの腹パン一撃でお腹と背中が貫通するだろう。だが、荼毘くんはそれをせずに俺に抱き締められたまま次第に静かになっていった。
落ち着いたかな? というタイミングで少し力を緩めると、どことなく悲しい顔をしている。涙腺が焼けて涙が出ないから、この顔をしている時点で大泣きしているのかもしれない。何しろ、昔っからよく泣く兄だったので。
「あかりくんは、子供作ってお父さんになりたいわけじゃないだろ。女だけじゃないし、男の時もあったし。好きだったからって訳でもないだろ。恋人じゃないんだろ。なあ、俺悲しいよ。職場内って、他人事みたいじゃん。俺とあかりくんって、それだけじゃないだろ。あかりくんは俺の事好きなのに、なんで俺じゃない方ばかり行っちゃうの。可笑しいって思わないか? 可笑しいだろ、セックスって好きな人とやるものなんだろ、じゃあなんで俺じゃないの。俺の事いちばん好きなんじゃないの。だったらさ……だったら、俺に向けるのが一番自然なんじゃないの。違うのか? 俺間違ってる? おかしいこと言ってる? 俺はずっと良いお兄ちゃんだったろ。ずっとあかりくんの事、ちゃんと守ってただろ? 毎日お小遣いもあげたし、危なくないようにいっぱい気を配ってやってた。……いや、違うな。別に“だから感謝しろ”って訳じゃないんだ。勘違いしないで。“兄が弟を守る”なんて、当たり前のことだろ? だからこれはいいんだ。忘れて。ああ、ええっと、なんだっけ。そうだ。俺はさ、ムカついてたんだよ。あかりくんが俺以外の誰かをこうやってギュってして、キスとかもやるんだろ? 俺もさ、あかりくんが赤ちゃんの時にやったよ。可愛いからほっぺたにチュッて、でもさあ、違うんだろ? 大人のやり方ってやつ、やってんだろ。知らないけど。いや、俺が悪いよな。あかりくんがそういう悪い遊び覚える前に、俺がそういうの慣れとけば良かっただけだな。ごめんな、俺、自分のことばっかりでさ。強くなるためってずっと鍛錬してて、一人で留守番していて、寂しかったんだろ? 寂しかったから、悪い遊びたくさん覚えちゃったんだよな。本当にごめん。反省してる。俺の事許してくれよ、なあ、許すって言えよ。おい。許すよな? 許してくれるだろ? あかりくんは俺を困らせたいの? 俺を捨てたいの? 俺を置いていきたいの? そんなわけないよな? お前は俺を見捨てないよな。だって、あかりくんは優しいから。あんまり酷いことしないで、虐められると悲しくなるからさ。俺だけは、あかりくんの“無し”じゃ困るんだよ。俺を外されると、俺、本当にどこにも行けなくなる。壊れちゃってもいい? 俺に死ねって言ってる? 違う? 同じことだろ。なあ、あかりくん。俺を捨てないでよ。俺のこと見てよ。俺を選べよ。俺が一番なんだろ? だったら、言えよ。言ってよ。俺じゃなきゃ嫌だって。お前のいちばんは俺だって、はっきり言って、俺だけにして。俺とセックスしたいよな? 『はい』って言って。言えよ。言え、ほら、『はい』は?」
「…………はい!」
「ははっ、あかりくん。いーこだ」
地獄の近親相姦と命の危険なら、兄を抱く方を選ぶのは当たり前だと思います。
当たり前だよな。ガチ病みメンヘラ大バグりモードに入ってしまった実兄に勝てる人間、いないだろう。普通に押し負けた。
自分の望む答えが俺の口から出たことで平静を取り戻した荼毘くんは、いつも以上に人工甘味料じみた甘ったるい声で「大きな声で怒ってごめんな、でも俺すごい悲しかったから謝って欲しい」と俺に体重を掛けて寄り添ってきた。
どれ……? どこ……? 怒涛のメンヘラバグ発言の中のどれだ?
一瞬悩んだが、たぶん「職場内以前に兄弟」でブチ切れた部分らしい。嘘だろ、後になって思い返してみても己の発言内容自体には特に違和感ないんですか……!?
前略中略後略全部略で要約すると、セックスはした。普通に。
スピナーと俺が話してる時点で、ある程度の“準備”は終えた状態で「あかりくんおしゃべりおわるのまだかなあ」と待っていたらしい。
嘘だろ……最も当事者である俺には一切の話を通してないのに、肉体改造に近い準備は終えてるの……? 久しぶりにゾッとした出来事でした。
まあ、火傷のせいで触覚が無い部分が多い=前戯難しくないか……? と思われていたものの、前世から引き継いだ知識と技術でカバーできたので幸いだった。
こんなカスみたいな人生二週目特典あるのかよ。しかも、それをフル活用する羽目になる場面が、よりによって実兄相手に来るなんてな……。
今は、いつもの自宅拠点でぐったりと横になっている燈矢くんを、せっせとケアしているところです。
お水飲んでね……。そうそう、こぼさないで……。
ローションが垂れてるから、ちょっとだけ掻き出すね……。ほら、動かなくていいよ、そこら辺の掃除は俺がやるから寝ててね……。
体力はあれど経験はないせいで、バッテリー切れのように目に見えてぐったりとしている実兄を労りつつ、眠いのを我慢しながら散乱するローションのボトルやらティッシュやらタオルを回収する。
俺の知らないローションだ……これ燈矢くんが買ってたの……俺の知らないところで俺とセックスする予定を立ててたんですか? 怖すぎる。
忘れないように言っておくとこれ、同性の近親相姦で8歳差の兄弟ですよ。法も倫理も許してはくださらないだろう。
ヴィラン界隈でもドン引きものだと思う。うちだって一応『裸はどこ見たらいいか分かんなくて困るから服は着てね』程度のルール、あるし……。『近親相姦はキツすぎるからせめてわかんないように隠してね』くらいのルールにはなりそう。
背後で、小さくくすくすと笑う気配がした。笑っているのが誰かなんて、振り返るまでもなくわかっている。ピロートークにしては嫌な気配だ。振り返った瞬間、あまりの“嬉しそうな顔”に背筋がひやりとした。
「陽火くん、見て」
燈矢くんの指が俺の腕を撫でるようにすべっていく。途端に、じわりと浮かぶ痛み。さっきまで気づかなかった場所に─────指の形のアザが、くっきりと刻まれていた。
手首、腕、背中……見える範囲すべてに、俺という存在を掴んだ証拠が散らばっている。
「陽火くんに俺の印いっぱいつけた」
心底嬉しそうな声で言って、事後の余韻とは別種の、甘くて歪んだ満足で濡れた眼差し。俺の中の死亡フラグが『やばいぞ!!!』と叫んだ。
燈矢くんの本質はアッパー型サディストなので、これに味をしめたら目覚めてしまう。加虐のよろこびに……。その場合武力で劣りまくる俺は容易く弱る。最悪死ぬ。
俺の出来ることはこれだけ!!!!
ひっくり返して仰向けにして、驚いた一瞬の隙に、指を口に入れた。
舌を押さえて噛まれないようにして、頬の内側を撫でる。
口が開いた瞬間、ためらいなく自分の舌をねじ込んだ。
指と同じ軌跡を舌で辿る。
頬を撫でて、歯列をなぞって、舌を絡めて押し伏せるように動かす。
唾液が混ざる中で、燈矢くんの呼吸が熱く乱れていく。足がはねる。性感の残り火を追うように腰が動き、肌がふるふると震えていた。
「えっ、あ……なに……もういっかいやんのか?」
いーよ、もういっかい、やってあげていーよ。俺が息を奪うみたいに呼吸を掴んでいくと、燈矢くんは真似するように唇を重ねてきた。
舌の動きが遠慮がちで、不器用で、触れたところだけ熱を持つ。慣れていないかんじで可愛いな。可愛いと思っていいのか? コレ……。
めちゃくちゃキスして呼吸をごっそり奪って、半死半生みたいな意識の縁で口腔内の性感帯に塗り替えた結果──なんとか生存フラグを獲得しました。経験則の勝利である。酸素足りないと何も考えられないからな!!!
口の中は“内臓”の一部だ。火傷で触覚が鈍くなっている燈矢くんの身体よりも、攻略難易度は確実に低い。そう踏んで勝負を仕掛け、見事に勝った。とりあえず、アッパー型サディストの暴力衝動が俺に向く危険はひとまず去ったと言っていいだろう。
「陽火くん、もういっかい」
とろけきった声。デロッとした、夢みたいに溶けた眼差し。
……これはこれで別の危険が発生している気がする。ある意味、長年“強制的に禁欲生活”をしていた実兄に、彼自身も知らなかった発散手段を提供してしまったわけで、今後どう転がるかは全く分からない。
あと父さんにこれ言ったら一撃で大曇らせ出来そうなんだけど、こんなカード持っていたくなかったな……。
