ひびがはいればくずれるまでよ

「はい皆さん壁に注目してください、雄英林間合宿襲撃計画のお話をしますよ~~」

 古参組がぎゅうぎゅうに座った地下BARの一角。壁に貼った模造紙へ、古いプロジェクターがけなげに光を投げている。スクリーンを買う金はあれども、設置する空間がない。会議室が欲しい。狭くて暗い地下のBARが俺たちの基本拠点だから……。
 俺が……俺が契約しないと会議室って出来ないのか……? ここら辺の話は後日、弔くんから“先生”に話を通してもらうことにしよう。

「ボスはスマホをおいてください。トガちゃんはポップコーン食べるのちょっとやめよっか、音が響いちゃうからね。だびくんは俺じゃなくて壁見て。マグネはそれサングラスしたまま見えてる? 可愛い眼をしてるから隠さないで見せて。みなさんミスターとスピナーを見習ってください。黒霧が闇に同化しててどこにいるかわかんない。いる? いるな? 」

 場がざわつくたびに資料の矢印が揺れて、俺はつい頭を抱える。

「トゥワイスは増やしたソレしまって、誰? え、普通に侵入者? 待ってボスー! そいつ崩壊させて! こわ……。防犯に関してはあとでまた話し合おう。だびくんもう一回言うね、俺を見つめるんじゃなくて壁に投影してある資料をみてください。ボス、トイレ? わかった最初にトイレ休憩いれます。みんなトイレ行きたい人いま行って! 上の階のやつ使ったら並ばないでいいから!」

 ひとり、またひとりと席を立っていく連合メンバー。
 混沌の渦の中で、俺は天井を仰いだ。BARの簡易キッチンから柿をもってきた弔くんが「ジジイの果物あるぞ、お前も食えよ」と勧めてくれる。ありがとう、俺が買って俺が切って俺が冷やしておいたみんなで食べるための柿です。おいしいからね、ディスを挟まなくていいからね、食べようね……。え、弔くんが人におすそ分けを!? 情緒の育ちを感じて涙が出そう……。

 わいわいがやがやと楽しそうな悪者たちを端から大人しく座らせる。林間合宿、これ原作の大きなイベントだったはず。どうやって情報共有して、どうやって実行したんだ……? 拾えてない原作キャラ居たのかなあ……!?

「あかりくん、大変そうだな」

「まったくだよ……」

 自分も俺を“大変”にしている自覚が無いのか、わかっていて無視しているのか。荼毘くんが労りの言葉をくれる。
 一人ひとりで話すときは普通に会話が続けられるが、集合するとすぐこうなる。学級崩壊目前の教室のようだ。ボスが指揮を取る時はみんなちゃんとするので、単に俺が舐められてるだけだろう。1番舐めてくるのがボスの弔くんなのでもうおしまいですよ。ほんと。

 荼毘くんは先日以降、俺との距離感が前よりも近くなった。近くなったが、前から近いので問題は無い。好きなように生きてもらう。めり込むくらいの近距離にいたのが、めり込んでくるくらいになった程度の差しかない。

 ひとまず、全員が帰ってきたので改めて電気を消して資料を壁に映した。これでだめなら口頭説明にするからな。

「雄英の林間合宿は例年までとは違う場所になりました。これは“先生”からの確かな情報なので疑わなくていい。ボスの顔が割れすぎて向こうも警戒してるみたいだね。これは良い傾向です、ビビらせて行こう!」

 暗い部屋の中でもわかる、弔くんのドヤ顔。
 トガちゃんの「弔くん凄いです」という8割適当2割はマジな賞賛の声と、トゥワイスの「ヒューヒューあいつらビビってるぅ! やべえな、慎重に行こうぜ……」というガヤを聞きながら話を続ける。

「今回使うのは、ヒーローチーム“プッシーキャッツ”所有の施設。山岳救助メインの人たちだから、森の中っていう相手のフィールドに行くという意味では注意しよう。市街地なら応用が効くけど、地形が特殊だとその道のプロが強い」

 そこまで言って、俺は軽く笑って続ける。

「……でもまあ、問題ないと判断してます。今回はボスが選んだ、経験豊富な少数精鋭​─────そう、“開闢行動隊”が動くから」

「“かいびゃく”ってなんですか?」

「いい質問だトガちゃん。ミスター、お願い」

「えっ……あー……創世とか、世界や国の始まりって意味。突然振るのはやめてくれ、答えられなかったら恥ずかしいだろ」

 ミスターの少しおどけた声が苦笑とともに、場に笑いが落ちる。これ、学生たち襲って雄英に喧嘩を売りつつ、拉致監禁目的なのでめちゃくちゃ“悪”です。この世の大抵の悪事ってこういうテンションで始まるのかもしれないな。

「あかりがまとめたデータを読んでおけば、あとは“臨機応変”にやれよ。出来るだろ」

 いつもと変わらぬ気怠げな声で弔くんが吐き捨てるように言ったその瞬間、さっきまで好き勝手にざわついていた空気がまるで見えない巨大な手で一気に撫でつけられたように静まり返った。

 壁に反射した薄い光の揺らぎすら呼吸をひそめたように感じられて、誰もが無意識のうちに背筋を伸ばす。弔くんはこういう時にバシッと決められるから凄い。

 本人はだらしない姿勢で椅子にもたれているが、その輪郭だけが、暗い部屋の中で異様なほどくっきりと、まるでそこだけが重力の中心であるかのように浮かび上がっている。

 人の視線を惹きつける力だ。今はまだ、話題性で人が集まっているヴィラン連合だが、すぐに変わるだろう。弔くんの、“ボス”のカリスマ性に人が集まる時も近い。

「“ここ”から始めるんだよ、俺たちの住み良い世界ってやつを! そのためには、こういう地味な準備をコツコツ積み上げるしかねえんだ、なあ?」

 弔くんはひらりと手を振って、壁に映る資料と、寄り集まった俺たちをまとめて指し示す。

「言っちゃなんだが、今回は隠密行動ってヤツだ。相手もガキと引率のセンセーだけ。派手な戦いばっか求めてる連中には退屈かもな。だけどさ、世界なんてのは一瞬で壊れて、一瞬で変わるもんじゃないだろ? 誰も見やしない“どぶ底”から腐らせて、気づいた頃には立て直す力すら残ってない​─────そういう傷こそ、本当に“消えない”んだよ」

 弔くんの声は静かで、けれど笑っている。悪意と希望の区別がつかない、不思議な熱が滲む。

「ヒーロー社会はよ、ピカピカの建前と正義を貼りつけた“箱”みたいなもんだ。中身は空っぽ。俺たちはその箱に、指先ひとつで割れ目を入れてやりゃいい。……一回ひびが入ったら終わりだ。どれだけ塗り固めても、もう元の形には戻らねえ」

 弔くんは薄く笑って、肩をすくめる。

「だから今回の林間合宿も、その“ひび”の一本目だよ。救助のプロが用意した“理想の安全”をぶっ壊して、大事に守っていた子供が、少数の悪党にあっさり襲われたら? しかも奴らは何度も同じ失敗を繰り返して、ついには攫われてしまいましたあってさ。面白いだろ。ヒーローの、雄英の看板には、でかくて深い傷がつく。治そうとしても治らねえ、ずっと疼くやつだ」

 そして、いつもの気怠げな声なのに、逃げ場のない重さを帯びた言葉が落ちる。

「戦争を始めようぜ。地味でも泥くさくてもいい。コツコツやってりゃ、そのうちヒーロー社会は勝手に崩れ落ちる。“壊す価値のあるもの”から、順番にな」

 トガちゃんが子どものように目を輝かせて拍手をし、場の熱が一気に跳ね上がる。その横でスピナーが、よりによってステイン思想の講釈を始めそうな気配を見せたので、俺は反射で口を塞いであげた。
 彼も俺の意図を悟ったのか、ハッとしたあと大人しくなる。そう、今は語っていい空気じゃない。ここで場を壊したら命がいくつあっても足りない……!
 何事にも“壊していいタイミング”というのがある。こんな場所で死亡フラグを立てないでほしい。

 弔くんの演説が終わり、連合の士気は最高潮。空気に火薬みたいな熱が漂っている。

 そんな中で、俺はもちろん作戦不参加だ。裏方専門の非戦闘員ですからね。もし前線に出たら速攻で捕まって、荼毘くんが計画そっちのけで救出に暴走する未来が見える。誰も幸せにならない。

 ​─────その代わり、と言うべきか。
 今回オバケくんが参戦することになった。

 彼はステインの影響で連合に加わってはいたけれど、尖りすぎた個性の扱いが難しく、これまではほとんど活動していなかった。
 攻撃的でもないし、そもそもヴィラン向きの性格じゃない。なのに「陽火くんがいるし、俺やるよ!」と、嬉しそうに来てしまったのだ。
 俺の偽名が“あかり”と言うことをちゃんと理解してるかは、正直ちょっと怪しい。今のところ統一して呼んでくれているけど、性格もピーキーなとこがあるから、どこかでふっと地雷踏む可能性がある。
 でも本人、やる気あるし……。がんばり屋でいい子だし……。俺、オバケくんの意思を応援したいんだよな……。

 まあたぶん、原作でも活躍してただろうし心配は要らないか。数日後の夜、作戦決行の日。全員に応援のメッセージを送ってから結果を待つことにした。裏方はそれしか出来ないからな! 仕方ない。

 黒霧も「本当に彼らのみで大丈夫でしょうか」と弔くんに確認していたが、弔くんは落ち着き払っていた。軽口で上辺を飾ってはいるものの、その奥の言葉は全部本音だ。たぶん、俺がまだいなかった頃より、今の連合の作戦はずっと洗練されている。

「信じて待つのもボスの仕事ってやつ、そうだろ?」

 弔くんがそう言って俺に笑いかけてくるので、「その通りですボス!」と気前よくヨイショしておいた。

 正直、負ける気なんてしない。
 けれど、負けるのかもしれない。

 原作と今とで、この世界の歯車がどこまで狂っているのか俺にはわからないし、“世界のため”を考えるなら連合が負けた方が都合がいいのかもしれない。

 ​─────でも、なんで俺が世界のために忖度する必要がある?

 そう思った瞬間、胸の中で霧が晴れるようにスッと視界が定まった。俺が立っているのは、俺の選んだ場所だ。世界の都合なんて知ったことじゃない。

 テレビでは今日も、どこで誰がヒーローとして活躍したかを声高に叫んでいる。
 どうせ明日のニュースは、雄英の不手際と子供たちの被害で一色だろう。
 結局どちらに転んでも同じようなニュースばかりで、胸がひとつも動かない。

 画面を切り替えれば、海外ニュースではどこかの誘拐組織がヒーローの活躍で壊滅したらしい。
 けれど今の俺には、遠い海の向こうの正義なんて、国内ニュース以上に無関係だ。
 他所の国の英雄譚より、ここで動いている仲間たちの行方の方が、よっぽど現実で、よっぽど重たい。

 そういう立場になってしまったのだと、ニュースの喧騒が他人事のように流れていく中で、しみじみと理解した。

 ……とりあえず、帰ってきたみんな+αのために何か食事でも用意しておくか。トンカツにしよ。勝つってことで縁起も担げるし。こういう日にカツを揚げるの、なんか儀式っぽくて好きなんだよな。……これ、昨日のうちに作っといた方が良かったかな? まあいいや、肉は沢山あるし。時間もこぼれるほど沢山あるんだから。