本名亡失、自称・通称・他称『オバケくん』は、たぶん成人済一般男性(ヴィラン)である!
陽火くん……いや、連合では“あかり”くん! と出会い、悪いヤツをやっつけておうちを貰って、そこから一生懸命お勉強して、気がつけば“先生”みたいなことをしていた。けれど、連合に入ることになって、「みんなに迷惑かけちゃったらいやだなあ」と思って、先生のお仕事はいったんおしまいにした。
でも心配はいらない。自分の代わりに隣の部屋の畑山くんが引き継いでくれたのだ。パソコンをパチパチ打ちながら家に引きこもってるけど、実はすごく社交的で優しくて、口数の少なさもチャームポイント。最近引っ越してきた九鬼さんも頼りになるし、団地は当面安泰だろう……。
そしてオバケくんは、人に迷惑をかけないように、お引越しをしたのだった。引越し先も陽火くん、訂正、あかりくんの紹介なので、おんぶにだっこで悪いなあと思う。なので! 連合でのお仕事を頑張って報いたい! いっぱい頑張るぞー! と、他人には見えない腕をぶんっと振り上げて気合を入れる。
……まあ、その腕は自分の目にも見えないので、ほんとうは個性“ゴースト”が発現した時に、両腕両足まとめて神様に持っていかれちゃったのかもしれない。見えないものって、もしかして“ない”のかも。
シュレディンガーの手足。シュレディンガーのオバケ。
でも、昔のことはどうしても靄みたいに曖昧だ。湿った土の匂い、真っ青に変わった炎、黒くなったあとに白くなって消えた“何か”。思い出そうとすると、喉の奥がぐらっと持ち上がって吐きそうになる。
だからそうなる前に、あかりくんから貰った“ちっちゃな火”の入ったペンダントを見ることにしている。
それひとつで、胸の奥がふわっと温かくなる。
部屋でひとり、どうしようもなく悲しくなって叫び出したくなった時でも、これを見ているだけで静かに落ち着いていく。
トモダチがくれた、素敵な贈り物だからだろう。
これがある限り、世界でひとりぼっちだなんて思わずに済む。
すぐに思い出せるのだ。
「いや、俺ってお仕事ちゃんとしてるし、トモダチもいるし、やりたいこともあるし、ちゃんと楽しく生きてるよなあ」と。
オバケくんは使命を与えられた! ヴィラン連合でのはじめてのお仕事である!
死柄木くんは何を考えているかよく分からなくて怖いけど、あかりくんのお兄ちゃんよりは怖くないので、安心だ。「任せて!」と元気にお返事をしておいた。
雄英の林間合宿にせんにゅーして、バクゴーくんをかっさらうお仕事だ! ついでに子供たちを怖がらせて足止めして、一生残るような嫌~な思い出を刻んでやるらしい。
死柄木くんは「ガキのうちに失敗した方がいいだろ?」と言っていて、なるほど! と思った。
あかりくんのお兄ちゃんの荼毘くんと出会うより、俺と出会った方が“良い失敗”になりそう。あっちの“失敗”を活かすには、来世しかなさそうだ。人にものを教える仕事をしていたので、そこらへんの理解はあるつもり。
計画はわかったけど、どうやればいいのかは分からない。けっこう行き当たりばったりなところがあるけど、信頼してもらっている証拠だろう。
同行するマスタードくんが、腕を組んで眉をひそめながら、「そんな強個性で使い方わかってないって何? ちょっとは考えて生きたら、大人でしょ? ていうか物理無効でガス無効って意味わかんないんだけど」と言っていたので、たぶん大丈夫! 褒められてる!
マスタードくんは言葉が強いけど、思春期の子は語彙が尖りがちなので仕方ない。
自分も昔はそうだった。
そのせいで……、────? ────、?。
喉の奥がきゅっと縮んで、胸のどこかがざわついた。
嫌な気配がしたので、慌ててペンダントを見る。
小さな火が、ふっと瞬いて、心の中の黒い霧をやわらかく吹き払ってくれる。
ほっとする。ほんとうに、あぶないあぶない。
「俺って忘れてることが沢山あるんだよ」と、あかりくんに言ったことがある。その時、俺の優しい友人であるあかりくんは、うんうんと頷きながら「忘れてるのなら忘れた方がいい記憶ってことだよ。必要なら思い出すだろ」と言っていた。─────確かに!
なので、まだ思い出さない方がいいなあとおもってるうちは、こうやってペンダントをみて忘れることにする。まっ白くなって夜の闇に消えていった何かがなんだったのか、たぶんまだ忘れていてもいいことだ。
がんばるぞ! と気合を入れていると、マスタードくんは「これの面倒僕が見るの?」と嫌そうに言っていた。実はあかりくんから、「マスタードくんの保護者やってあげてね」という、とても大事なお仕事をこっそり任されているのだけれど、それを言ったら怒っちゃうなとわかるので「ごめんね、一緒に頑張ろうね!」と内緒にしておく。
マスタードくんは嫌そうな顔をしてガスマスクを被って、「僕の邪魔だけはしないでよね」と言っていた。
う~ん、ガスマスク……。それやってると、自分のガスに耐えきれてないってわかりやすいからやめた方がいいと思うんだけど……。
ガスマスクって格好いいから被りたくなっちゃうし、あの年頃は仕方ないよね。俺は何を着たってシーツおばけにしか見えないし、好きな格好しててもらおう! 何かあったら俺がフォローすれば良いし!
開闢行動隊のメンバーに選出されたからには、しっかりと実績を残したい。実力を認められた、っていうのは嬉しいし、信頼だ。「あいつに頼んで失敗したなあ」ってなったら悲しいし、ごめんなさいって気持ちになる。
全員集合して各自持ち場へ移動……という時にも、マスタードくんに呆れられながら、がんばるがんばると自分を鼓舞していると、あかりくんのお兄ちゃん────荼毘くんが「よお」と声をかけてきた。いつもより親しげな声音に、笑みっぽい表情で、いつもより怖い。付き合いだけで言えば、連合の中ではあかりくんの次に長い相手だけど、親しいなんてまったく思えない。“トモダチ”の怖いお兄ちゃんだ。あかりくんには優しいけれど、その“トモダチ”の俺には、これっぽっちも優しくない。そういうキケンな男だ。
「だ、荼毘くんもよろしくね! がんばろうね!」
先手必勝! と友好と降参の白旗を同時に振るつもりで返事をすると、俺の言葉なんてまるで聞いていない様子で、荼毘くんは続けた。
「良い事、教えてやるよ」
「えええぇ……」
荼毘くんは俺の肩(見えないけどあるの!)に腕を回して、トモダチみたいにくっついて、耳元(見えないけど耳もあるの!)に口を寄せて内緒話をしてくれた。
俺はもうこわくってガチガチにかたまってたけど、内緒話の内容はとっても重大で、まったくもって許せない。
「お前はあかりくんの本名も、立場も知ってるだろ? そう、ガキの頃に追い出されて、ぐちゃぐちゃに壊れた俺と一緒に逃げてたんだ。知ってるよな? お前は見てたし、知ってるだろ。ちいちゃい“陽火”くんが、一生懸命がんばって俺たちに居場所を作ってくれたよな」
「お、おぼえてるよ! はじめは団地もなくて、住む場所もなくて……」
荼毘くんの言葉にこたえようとしたけど、口に手のひらをあてられて“黙れ”と言われる。言ってないけど、そういう意味だろう。余計なことを喋るなってこと。
荼毘くんが何を話すのかはわからないけど、きっとあかりくんのことだ。だからちゃんと聞こうと、お口にチャックをする。
「調べりゃわかる事だ、お前もあかりくんが誰で、何なのかはもう理解してるよな」
───────知ってるよ。エンデヴァーの三男だ。じゃあ荼毘くんは誰なのか? ってのはちょっとわからない。次男は家にいるらしいし、長男はもっと前に死んでる。
俺としては、長男を騙るアヤシイ人なのでは……と思っているけど、聞いてもろくな事にならないのはわかっているので黙っている。
今はもう成長して顔つきが変わったけど、出会ったばかりのあかりくんは捜索願の出ていた子供の顔とそっくりだったし、ちょっと調べれば簡単にわかる。だから人前にあまり出たがらなかったんだな、ということは帰りたくないんだな。そう思ったから、俺からはなんにも言わなかった。あかりくんなら、帰りたいと思ったらすぐ帰れるだろうし。
荼毘くんは、火傷で引き攣った顔をめいっぱい歪ませて、最大限ご機嫌そうにニヤニヤ笑っていた。脳内のあかりくんが『気をつけて! たぶんあぶない』と小声で忠告してくれるけど、肩をがっしり掴まれていて逃げられない。逃げたとしても、どこにも行けない。この状態で俺を助けられるのはあかりくんだけだし、そのあかりくんは今、連合の拠点でお仕事中だ。ここにはいない。
「……あかりくんはな、差別されて育ったんだよ。生まれつきそうだったわけじゃない、育つ過程で“そう扱われるようにされた”んだ。双子の弟の個性が親の望んだ最高傑作で、兄貴の方は、最初から“居ないもの”みたいにされてた。邪険に扱われて、期待されることもないまま育てられた。赤ん坊の頃に無理矢理引き離されて、母親からも隔離されて、“最高傑作の邪魔になるな”って理由でな。笑えるだろ? 片方だけが期待されて、片方だけがいなかったことにされる。あかりくんはずっとそうやって扱われてきたんだ。それでいて、その弟……双子の片割れが、今“轟焦凍”って名前で雄英に通ってんだよ。笑って、仲間を持って、林間合宿なんてもんに参加してはしゃいでる。楽しくやってるよ。いいよなあ、選ばれた子供ってのは。誰かが傷つけられてるとも知らねえで、自分の幸せを疑いもしない。あいつがぜんぶ持ってったんだ。家も、名前も、親の期待も、居場所も……あかりくんが本来与えられるはずだったものを、全部全部な」
荼毘くんは歌うように、酷い話をする。
「お前は知ってるだろ? あかりくんはとっても頭がいいんだ。なんだってできる。ガキの頃から凄かっただろ? でもダメだったんだよ。個性が派手じゃないから。弱いから。期待はずれだから。俺があかりくんを連れていった。それは確かだ。でも、あかりくんは戻らなかった。俺を選んだ。“家”は俺と一緒に暮らすより最悪で、最低だからだ。その証拠に今になってもあかりくんは見つかってない。おかしいだろ? No.2の事務所が何年も探してます! って言って、本当に見つからない訳あるか? 探してるふりだよ。自分の体面守る為に、適当なことをマスコミ向けに発表しているだけだ。最高傑作があれば、それのオマケなんていらない。いらないんだ。だからゴミのように捨てられる。あかりくんは捨てられたんだ」
俺はもう、とっても許せなくなった。許せなすぎて地面をドンドンと踏みならして「ヒドイ!」と叫んだ。
ひどい! 許せない! あかりくんは、いらなくなんてない! 俺のトモダチだぞ! 俺がいちばん悲しい時に、誰も、助けてくれない時に! “陽火”くんだけが俺に気付いてくれた! それなのに、なんてひどいんだ。どうして陽火くんに優しくしてくれないんだ。
悔しくって悲しくって泣いていると、荼毘くんは心底嬉しそうにニタニタしながらもっと酷いことを言う。黙っていて欲しいくらいだ。
「轟焦凍だ。あいつが全部持っていった。独り占めした。楽しそうだよな。いいよなあ、あかりくんの分の“幸福”ってやつ? それを全部自分のもんにしてさ。
あかりくんも、ああやって笑えてたかもしれないのにな。気づいてないんだよ、忘れてんだ、あかりくんのこと。悪いやつだよ、自分が踏みつけにしたものの事すら忘れちまった。同じ日に同じ腹から生まれたのに、あいつはあかりくんよりたくさんのものを持ってるんだ。ひどいよなあ? 知ってるよな、ちっちゃいあかりくんが物乞いみたいに人から飯を貰って何とか生きてたの、お前も見てたよな? 俺たち同じ地獄に一緒にいたよなァ」
覚えてる、覚えてるよ。まだ団地なんてなかった頃、あかりくんが夜中にみんなのご飯を貰ってきてくれた。人に頼まないと、ご飯なんて食べられなかった。いちばんちっちゃいあかりくんが、俺たちを生かしてくれた。
あかりくんが人に食べ物を分けてもらって、俺たちなんかの世話をしていた頃、“轟焦凍”は家で美味しいものを食べてぐっすり寝てたのかな。それは、ひどい。同じ目にあえ! なんて言わないけど。でもやっぱりひどいよ。
言いたいことを言ってスッキリしたらしい荼毘くんは、泣いてる俺を置き去りにして自分の持ち場に戻って行った。時間にしてほんの数分で俺を大号泣させているんだからひどい。
“轟焦凍”のこと、好きになれない。わるいやつだっておもってしまう。マスタードくんは俺を置いて行ってしまったので、俺も持ち場へと急ぐ。もう、きらい。ひどい。荼毘くんもひどい。帰ったらあかりくんに言いつけてやる。
「迷子になっちゃったしー!!!」
うわああん! マスタードくんどこ!? なんでガスないの!!
俺いいとこ全然ないよ! 泣きながら山の中を駆けずり回る。個性“ゴースト”の影響で、俺の泣き声が反響して渦巻く。
泣き声が夜の中に溶けて勝手にざわざわと膨らみ、樹木の間で反響して歪みながら渦巻き、まるで誰かが大勢で泣き叫んでいるみたいに山全体に染み出していった。
しばらく走ってから足を止めると、泣き声は俺の口が閉じたあとも止まらず、それどころか何倍にも増えて、空気を震わせるように広がっていく。子供のすすり泣き、大人の嗚咽、誰かの喉がつぶれたような泣き声、息を引きずる声、記憶にない誰かの泣き声が重なって、どこからどこまでが俺なのかわからなくなる。木々の影が揺れ、風がひゅうと鳴っただけで、泣き声は苦しそうな叫びに変わり、谷を渡って反響し続けた。
離れた場所にいた雄英の子供たちが数人、起き上がろうとして失敗してその場に縫い付けられたみたいに動かなくなった。目だけがぼうっと開いて、泣き声の渦に意識を吸われていく。瞳孔が揺れて焦点が合わなくなり、どこか遠くを見ている。
……マスタードくんの痕跡有り! 今はないだけで、ガスは確かにここら辺まで届いていたんだ!
倒れてる子供たちを避けながら、マスタードくんを探す。荼毘くんの地点は炎が上がっているけど、ガスが晴れているから撤退の時ちょっと困るかもしれない。一瞬そう考えた時に、無線から作戦成功の合図が入った。俺なにもしてない!!! マスタードくんもみつけてない! せめてマスタードくんと合流しないと!!
……面倒を頼まれていた子供がボッコボコにされていたので、俺は大人として深く反省してます。泣いてる場合じゃ無さすぎた……。マスタードくんの横で大の字になって気絶している男の子と、俺の泣き声にあてられて動けなくなっている女の子に「いじわる!」と文句を言ってから、マスタードくんを背負う。急いで集合場所に戻らないと……。ほんと、今日の俺は冴えてなかった。だいたいぜんぶ、荼毘くんのせいだと思う。
マスタードくんを探していたから、集合場所にたどり着いたのは最後だった。ガスがないせいか、派手に動きすぎたせいか、元気な子供たちが大集合! 俺は戦闘に参加するより、マスタードくんを安全地帯に送る方を優先して黒霧さんのワープに飛び込んだ。良かった! ちょっと飛べて! 良かった! 気配遮断できて! うわああ!! と飛び込む直前、1回だけ振り返った。戦ってる子供たちの中のひとり、赤と白の半分この髪をした男の子。“轟焦凍”だ!
「陽火くんにあやまって!」
いーっだ! 見えないけど、威嚇の気持ち! ワープの直前に俺を見た目がとてもびっくりしてた。ざまあみろ! あやまって!
あっっ
あかりくんじゃなくて、“陽火”くんって、言っちゃった……!
