やることは山ほどあるけど、性急に進めてもいいことはない。
焦って雑に動けば、取り返しのつかない穴が増えるだけだし、今の俺たちには「急がない」って判断を選べる。最も必要な仲間集めをコツコツ続けながら、足場をもう一回組み直していくだけだ。
ヴィランらしからぬくらい堅実な目標を立てたら、ボスである弔くんも「いいんじゃねえの」と割とあっさり頷いた。弔くんしか出来ないタスクは山ほどあるし、部下たちが勝手に物事を進めても管理できないから仕方ない。これは意義ある足踏みってやつ。
各々、自分ができることを頑張りましょう! あと捕まらないように頑張れ。という、雑だけどわかりやすい方向で話がまとまった。
あんまり細かく設定しても、素直に言うこと聞くような奴がヴィランやってるわけないし、下手に縛ると反発するか、勝手に解釈して余計なことを始める。
最低限の共通認識だけ置いて、あとはそれぞれが勝手に動いて、たまに戻ってきて報告して、気が向いたら協力する。統率というより、ノリと利害で回ってる集団だ。かろうじて“居場所”と認識してくれたから帰ってきてくれるだけで、みんな基本的に野良犬精神だから仕方ないね。
俺も俺で、表向きに用意してる仕事をこなしつつ実態を隠して他人を自分の代わりに立て、金の流れを調整したりしてゆっくりと連合方面に金を流すルートを作っている。
あと、俺の死亡説が流れたので「生きてま~す!」と不安がる手持ちの仲間達に連絡を入れるのも忘れない。
“あかり”が“火継”であることを共有している仲間はあまりいなかったけど、もうヒーロー側に話が漏れているので連合での繋がりもある人たちには改めて伝えることにした。こういう情報は無駄に秘匿してもトラブルにしかならないからな。
……と言っても、連合寄りの仲間にはあまり共有していなかっただけで、手持ち仲間の大半は“あかり教”からの繋がりが多いので「知って……ますが……?」と困惑されることが多かった。伝えてないけど知られていた形である。俺より俺のこと知ってるじゃん。
ややこしくって申し訳ない。“あかり”というのがあまりにもありふれた名前過ぎて、自分でもよくわからなくなってきてるんだ。
あかり教の象徴的指導者の通称が“あかり”。この名前は信者が勝手に呼んでいるもの。その“あかり”につけられたヴィランネームが“火継”。
全部実態の無い通称のせいでふわふわ過ぎる。もう燈矢くんしかいないもんな、俺のことちゃんと陽火って呼んでくれるの。
忙しい毎日を過ごしているうちに、気づけばその日、新拠点に残っていたのが俺とマグネだけ、という時間が出来た。
誰かが意図してそうしたわけでもなく、自然にそうなった感じだ。片付けの途中で言葉を交わして、何となく昔の話になって、その流れで、海を見に行くことになった。
お互い、少し昔のことを思い出していたから、たぶん丁度よかったんだと思う。
何かを解決したいわけでも、答え合わせをしたいわけでもない。ただ、思い出してしまったタイミングが重なっただけ。
まだ“彼女”が本当の自分を隠して、“彼”のふりをして生きようとしていた頃。
俺がそれを知らないまま、治安の悪いゴミ捨て場で出会って、よく分からないまま話をして、よく分からないまま距離が縮まって、はじめて人を殺した頃。
思い出話にするには血なまぐさいし、マグネにとっては、酷く傷つけられた記憶とも紐づいている。それでも、こうして口に出さずとも共有できるくらいには、時間が経った。過ぎた時間の数だけ、たぶん、互いに強くなったのだと思う。
昔みたいにバイクで、という選択肢も一瞬よぎったけど、俺が大きくなり過ぎてしまって、色々と悪目立ちする。なので、今日は車でのドライブになった。
途中で、スタバのドライブスルーに寄った。マグネが窓を開けて、呪文みたいに長いカスタムをすらすら言い始めたときは、正直何を言っているのか一つも分からなかった。正直サイズもよく分からない。こういうのは俺よりも燈矢くんの方が得意なくらいだ。俺はいつもスタバではオニイチャンの影に隠れてモジモジしてる。
マグネの注文を店員も普通に復唱していたから、たぶん全部ちゃんと通じているんだと思う。すごい。
受け取ったカップを運転席まで差し出されて、「はい、アーン」と言われる。言われるがままストローに口をつけると、甘くて、少し苦くて、よく分からないけど美味しい味がした。なんか入ってるがそれがなんなのか分からない。
「美味しいでしょ。あかりの好みに合わせたのよ」
さすがの観察眼だ。俺にも分からない俺の好みを完全に把握している……どうやってそこに辿り着いたのか全然分からない。
「あとで教えてあげる」
そう言ってマグネは満足そうに笑った。絶対一回では覚えられないから、覚えられるまでスタバに通うのもいいな。メモで貰っても上手く詠唱できる自信が無いし。車の運転をしながら、時々差し出されるストローを咥えてそんなことを考えていた。
最近、どこかの少年が不法投棄されたゴミを全部片付けたらしい海岸は、割れ窓理論が通用しなくなったのか、妙に綺麗なままだ。所々に、許可されていないはずの焚き火の跡が残されているのが微かな治安の悪さを見せる。またそのうち、不法投棄が再開されるのかもしれない。
観光地から少し外れているせいか、夜の海には誰もいない。
ただ黒い水面に月が映り込んで、波に揺れて、すぐに崩れて、また映る。その繰り返しを、俺とマグネは並んで見ていた。
会話がなくても、気まずくならない距離。それだけで、来てよかったと思える。
子供の頃に出会ったせいか、マグネとの時間は居心地が良い。一番脆くて弱かった頃を知られているからかもしれない。お互いの弱みを見せあった仲というのは、友情とはまた別の絆になるのかもしれない。
波打ち際に近付いたとき、視界の端で、きらりと何かが光った。気になって足を止め砂を指で払って拾い上げると、青色をしたシーグラスだった。角が丸くなっていて、鳥みたいな形だ。表面は少しだけ曇っている。たぶん、これが月の光を反射したんだろう。
「綺麗ね。それ、私にくれない?」
マグネがそう言って笑う。夜の海でサングラスを外した彼女は、少し幼げに見える丸い目をしていた。
以前、ぽつりと「童顔に見えるでしょう。だから嫌なのよ」と、素顔を隠す理由を恥ずかしそうに教えてくれたことを思い出す。そこが可愛いのにな、と思ったことも一緒に思い出した。あからさまに口説いているみたいで、なんとなく言葉に出して言えなかったことも。
「こんなものでいいの? 宝石の方が良くない?」
今なら、たぶん何でも買える。そういう意味を込めて言うと、マグネは俺から受け取ったシーグラスを月にかざして、「良いの。私、これが良いの」と目を細めた。
月の光を通した青色が、指の間で淡く光る。その横顔を見たあと、俺も視線を月に向けた。
「綺麗だね」
「月が?」
「いや、君が」
「あんまりからかわないでよ」
少しだけ上ずった、照れを誤魔化すみたいな声。思わず笑うと、「もうっ」と軽く叩かれる。その力は弱くて、本気で怒っていないというのが丸わかりだ。普段は巨大な磁石をぶん回して、人間ごとぶっぱなしているような人だ。これがどれだけ手加減したじゃれつきなのかは考えるまでない。
「……私、あんまり年下だとね、罪悪感が出て心にストップがかかっちゃうのよ」
さっきまでの軽さが、ほんの少しだけ落ち着いた声になる。シーグラスをそっと胸ポケットにしまって、その上に手のひらをそっと当てていた。まるで何かの誓いのような仕草に見える。
「だからね、来世に期待しましょ。次に生まれた時は、私、いちばん悲しい女になるわ。それで私がわかるはずよ」
「メーテルリンクの『青い鳥』だろ」
「あら、すぐに分かったのね」
「君から貰った本にあったから」
生まれる前の、恋人同士の魂たちの話。次の人生で再会するために、片方が“いちばん不幸な人間”になると誓うやつだ。どんなに遠くからでも、迷わず見つけて貰えるようにと。
マグネは近くに転がっていた流木に腰掛けて、タバコに火をつけた。ひと吸いもしないまま、そのまま俺に差し出してくる。受け取って隣に座り、同じタバコを吸う。潮の匂いと、煙の苦さが混ざる。
しばらく黙って海を見てから、マグネがもう一度だけ言った。
「いちばん不幸な女を探してね」
冗談みたいな言い方なのに、冗談だけじゃない声だった。
俺は何も言わず、ただ煙を吐いた。波の音だけが、ずっと続いていた。
……とはいえ、だ。
女性にプレゼントするのが拾ったシーグラスだけ。というのは男としてどうなのかと思う。今世の俺の実年齢的にはロマンはあるけど、対象が大人の女性と考えると青すぎる。
別に金に困っているわけでもない。俺個人の資産で、連合に回していない生活費もあるし、そこから“ちょっとしたプレゼント”を用意するくらいなら何の問題もない。ここでケチる必要は全くないと言うことだ。
条件を整理する。磁力で影響が出ないこと。戦闘で衝撃が加わっても、そうそう壊れないこと。派手すぎず、でも安っぽくはならないこと。
マグネの個性や立ち回りを考えれば、装飾品は消耗品になりかねない。となると、やはりダイヤモンドだろう。硬度の問題もあるし、実用性という意味でも悪くない。個人的には、彼女は大振りなものが似合うと思っている。あのスタイルと顔立ちなら、多少大胆でも負けない。
でもマグネはそういうところがまともだからなあ。ヴィランなんだから「やったー! ラッキー!」で気楽に受け取ってくれればいいなのに、審美眼もあるから正確に価値を理解して「あのねえ、突然こんなの受け取れないわよ」とため息をつく姿が容易に思い浮かべられる。
なのでピアスにした。耳に穴が開いているのは知っているし、戦闘の邪魔にならないサイズで、普段使いもできるものがいい。
石から選べる店を探して、透明度とカットのバランスが良いやつを選んだ。派手さより、光り方が綺麗なもの。受注生産になるから受け取りまで少し時間がかかっていた。最短で明日の午後になるらしい。
正直、待つのはあまり得意じゃないけど、今回は不思議と苦じゃない。むしろ、楽しみだ。そういえば、今世ではじめて女性に装飾品を贈ることになるのか。なんかワクワクしてきたな。
明日は、仁くんが「仲間になりそうな人を紹介したい」って言っていた日だ。俺と燈矢くんは、その時間、別件の仕事が入っているから、終わったあとに合流する予定になっている。ちょうどいいからそのタイミングで渡そう。
どんな顔をするか、想像する。困ったように笑うかもしれないし、「こんなの高いでしょ」って文句を言うかもしれない。
それでも、最終的には受け取ってくれるはずだ。
きっと、喜んでくれる。早く見せてあげたいなあ。“明日が楽しみ”なんて、初めてかもしれない。今日はなかなか、寝付きにくそうだ。
