今回の仕事は、いやに長引いた。
最初の予定時刻なんてとっくに過ぎていて、空の色まで少し変わってしまっている。けれど、仕事相手もこっちと同じくヴィランだ。時間通りに話が終わる方を期待するのが間違っているのかもしれない。
交渉役は俺だったが、護衛として荼毘くんをつけてくれた弔くんの判断は正しかったのだろう。
というか、たぶん最初から、途中で襲われるところまで読んでいたんだろうな……。俺だけで派遣される時もあるのに、今日はわざわざ荼毘くんが一緒だったあたり、暗に「面倒起こされたら慰謝料として全部奪ってこい」という意味だったんじゃないだろうか。うん、察してはいました。
案の定というべきか、話し合いは途中から随分と雑なことになった。言葉で済めば一番いいけれど、向こうがそれを選ばないなら、こちらも付き合うしかない。
正当防衛の為に最初の1発は耐え、というルールは無い。向こうはヴィランだがこっちもヴィランですのでね、相手が脅しのつもりでも攻撃を示唆したらもう殺し合いですよ。
そして単純な殺し合いにおいて我が兄は最高戦力の保持者です。仕事は完了。死体は累々。仕方ないよね……こちらは平和な話し合いがしたかったけど、向こうがそれを望まないんだもんね……。
というわけで、多少予定がずれ込んだが仕事は無事に完了となった。お土産もたっぷりである。弔くん、これだけ巻き上げてきたんだからコートを買ってくれ。余剰の金が出てもなんか中々買わないんだよな、我がボス……。
受け取り時間からは少し外れてしまったけれど、なんとか店が閉まる前には間に合った。
ジュエリーショップに駆け込むという、どう考えても店の品格にそぐわない行動をしてしまったが、店員はそんなことは一切顔に出さず微笑んで「お待ちしておりました」と事前に用意されていたピアスを渡してくれた。こういう時、余計なことは言わずにスマートに対応してくれるから高級店はやりやすい。今後ともお世話になろう。
受け取った小さな紙袋は、原価だけで数百円しそうなくらい妙にしっかりしている。広告として持ち歩くべきかもしれないが、嵩張るのでケースだけをポケットにしまった。
いまから拠点に戻ったら、マグネはいるだろうか。
個別に呼び出して渡すというのも一瞬考えたけれど、それをやると少しだけ意味が重たくなる気がする。いたから渡す。タイミングが合ったから、なんとなく渡す。そのくらいの軽さが、ちょうどいい。
そんなことを考えながら歩いていたら、隣の荼毘くんが「あかりくん、嬉しそうだな」と言った。声の調子はいつも通りだが、少しばかり湿度が高い。気付かないふりをしながら「人に贈り物をする時って、なんかわくわくするんだよね」と答えると、荼毘くんは少しだけ間を置いてから、「俺には?」と聞いた。
「ぬかりなく」
そう言って、俺はもう片方のポケットから小さな箱を取り出した。分かりやすい死亡フラグですからね、回避しております。
荼毘くんもピアスはつけているけど、鼻の横のやつは前に「ああ。この鼻後付けだから取れるんだ。だから骨に固定してる」と、さらっと怖いことを言っていたので、あそこに触れるのはやめておく。どれだけ酷い火傷だったんだ……可哀想に……。
耳につけてるやつはイヤーカフだ。あのへんは本人なりにこだわりがあるらしい。オニイチャン、結構ちゃんとオシャレさんなんだよな。
これと同じ型のもので素材だけアップグレードさせたものを手のひらに乗せた。マグネ1人にだけ特別、ってやったら絶対荒れるからな。荼毘くんが最優先ですよ。
手のひらのイヤーカフをジッとみて「……ありがとう」と嬉しそうに言うので、実に贈りがいがある人だ。愛おしいね。
この調子なら、一番星が出る前には拠点に戻れるなと思った時に、連合用スマホが鳴った。
報連相なら拠点でやるから珍しい。「はーい」と軽く出るが、向こう側は酷くノイズがかかっていて、電話をかけてきた当人のトゥワイスの声が聞こえにくい。騒音の向こうで「ごめん、ごめん、俺のせいだ」という単語が拾えて、これは何かあったなと理解した。
「どうしたの? 落ち着いて話して」
ひぐっ、と喉が鳴る音がする。ああ、なんか嫌な予感だ。
「マグ姉が、やられた! 殺された!」
音としては聞こえた。単語としても、たぶん分かった。けれどそれが何を指しているのかだけが、頭の中でうまく結びつかない。
スマホを持つ俺の手元を横から覗き込むようにして、荼毘くんがつまらなそうに「あのオカマ、死んだのか」と呟く、その一言でようやく意味が通った。
最悪の事態は、特別な日ではなく、こうした日常の延長線上に存在している。なんでそれ、忘れてたんだろう。
何かの前触れがあって、覚悟する時間があって、音楽みたいに分かりやすい不穏さが先に来るものだと、そうあって欲しいと思っていたけど、現実ってものはそんなに丁寧にもてなしてはくれない。そりゃそうだ。俺だって今日、何人も殺してきた。人を殺す前に壮大なBGMなんて鳴らしてないしオーケストラも呼んでいない。
電話の向こうではトゥワイスの泣き声が続いて、そのうち通話が切れた。ピアス、どうしよう。あげる相手がいなくなっちゃった。
なんで俺、ちゃんと原作読んでこなかったんだろう。俺がここにいる意味、無いよなあ。
前世の、俺にヒロアカを教えてくれた曇らせ好きの友人のことを久しぶりに思い出した。「救済系二次創作は原作アンチが行う陵辱的行為」と、思想が尖ったことを言っていたけど、俺は救済系が好きだよ。なんだかんだハッピーエンドが一番好きだ。好きだからって、上手くできるわけないって分かってるけど。
泣くにしては現実味がなくて、進むには痛すぎてしゃがみ込む。
荼毘くんが俺を見下ろしながら、甘ったるい声で「仲良しが死んじゃってあかりくんかわいそう、やっぱり俺しか居ねえね……♡ 俺はあかりくんのこと、もう置いてかねえから安心しろよ……♡」とニッタニッタ笑ってる。
俺が好意を向けている相手がひとりいなくなるたび、自分の取り分が増えると信じている顔だ。
今それどころのメンタルじゃないので「ちょっとだびくん向こう行って壁向いてて……」と追っ払おうとしたけど、向こうには行かないし壁も向かないでしゃがんで目線を合わせてくる。楽しそうね……。普通のオニイチャンってこういう時、弟のこと慰めてくれるんですよ。普通じゃないから仕方ないか……。
しばらくしゃがみこんで、思考を整える。今は“いつ”なんだろう。トゥワイスが「俺のせい」と言っていたということは、トゥワイスが紹介した相手がやらかしたのかもしれない。
原作的にいっても、マグネの死は大きなイベントだろう。ということは、俺がギリギリ覚えている“ヤクザ”関係かもしれない。あの手の旧世代の連中なら、見せしめじみたことをするだろう。
現代日本において、極道という人種はすでに絶滅危惧種だ。
ヒーロー社会の光に焼かれ、ネット犯罪の波にも乗り遅れたロートルたちが、薄暗い部屋で過去の栄光を噛み締めるだけの存在。
知っている組織を指折り数えてみる。弔鐘組、九曜一家、寒竹会……。どれも名前ばかりが一人歩きして、中身はとうに解散状態のはず。
内部分裂で自壊したところもあったな。病床の組長を担ぐ一派が、野心旺盛な若頭派に売り飛ばされて霧散した、あのみっともない組織はどこだったか。若頭になってから名称が少し変わって……。
「……死穢、八斎會」
唇に乗せた瞬間、妙な収まりの良さを感じた。
なぜ今までこの違和感に気づかなかったんだろう。あまりに出来すぎた、いかにも『原作』にありそうな考え抜かれた名前だ。
そうだ、前は八斎會だった。ヴィランじみた名前が頭についたのは最近だ。こいつか、こいつっぽいな。こいつとしよう。違ったら『ゴメンナサイ』しましょう。そうしよう。
情報を集めよう。
使えるものをもってこよう。
確証はなくても動ける時は先に動いた方がいい。間違えたらやり直せばいいだけだ。
拠点に戻る前に、連絡先の一覧からいくつか選別する。俺のお願いを聞いてくれる誰かを選んで、軽い“お願い”をしておこう。これは別にボスに対する背信にはならないはずだ。事後報告でも、許される。
「めっちゃくちゃ“嫌なこと”してやる……」
「がんばれ♡ がんばれ♡」
オニイチャン、無からちょいエロインターネットミームを生成するのをやめてください。なんでこの人知らないはずなのに的確にミームを出してしまうんだ。
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精神的には這いずるような足取りで、ようやく拠点へと辿り着いた。
報告は俺がやるからと、荼毘くんは先に自宅拠点へ戻っている。いまの荼毘くんと弔くんを出会わせたらろくな事にならないだろう。
仲間ひとり死んでる状態で、妙ににこやかな荼毘くんは全ての人間の不快感を煽る装置にしかならない。
中途半端に明るい拠点は、耳が痛くなるほど静まり返っている。いつもなら誰かの気配があるはずの場所も、今は再度の襲撃を警戒し、各々が散らばって身を潜めていた。自室に籠っていた弔くんに声をかけると、無言で写真を渡される。俺の口から勝手に「ああ……」とため息のような声が漏れた。
証拠として提示された写真は、最悪の一言に尽きる。マグネの上半身は、跡形もなく消失していた。
工作員が死を偽装するために用意する、精巧な身代わりの死体─────そんな風に見えなくもないが、現実がそんなに優しいはずがない。全員の目の前でやられたのだ。間違えようもなく、あれは本物の彼女だった。
うちのボスを、連合の看板を舐めすぎだ。おまけにミスターの、片腕までぶっ飛ばされているらしい。これは初耳で頭を抱えた。何してくれてんだ。
「マジシャンの腕を壊すなんて、万死に値するだろ」
「そうだな」
弔くんが低く、しかし明確な肯定を返した。その瞬間、奴らの処刑は確定した。死罪だ。情状酌量の余地なんて、一塵も残っていない。うちのボスが死ねって言ってんだから死ね。
俺の推測通り、事を構えに来たのはあのヤクザ。死穢八斎會。
あー良かった、名前が合ってた。じゃあ遠慮はいらない。俺は俺のやり方で、連中の喉元に嫌がらせの刃をねじ込ませてもらうとしよう。
「……迎撃しなかった理由は?」
「Mr.コンプレスの個性が不発した。原因はこれだ」
俺の手に渡されたのは、一発の弾丸だった。
「銃弾……いや、薬液を仕込んだ麻酔弾に近い構造か。殺傷能力よりも、液体を確実に注入することに全振した設計」
拾い上げて観察するが、細部の作り込みは案外、粗悪だった。
おそらく、まだ確固たる流通ルートも、安定した生産ラインも確立できていないんだろう。向こうがわざわざこちらに接触してきた理由も透けて見える。かつての悪のカリスマである“先生”の名声と知名度をハブにして、自分たちの新商品を一気に裏社会へ売り捌く。その販路を広げるための踏み台に、俺たちを選んだというわけだ。
反吐が出る。俺たちの仲間を、新製品の宣伝代わりに使いやがったのか。
「舐められたもんだね」
「そうだな」
弔くんの声はあまりにも平穏だった。
少し前までの彼なら、その瞬間に自ら飛び出していただろう。理不尽な現実に対し、文字通り“子供の癇癪”のような勢いで世界を壊し尽くす。それがかつての死柄木弔という男だった。
だが今回、犠牲者が個性の不意打ちを受けたマグネ一人で済んでいるという事実は、彼がその場でトゥワイスやトガちゃんを制止したことを意味している。「今、この場ではない」という冷徹な判断を下し、彼らをボスの命令に従わせたのだ。
単なるチンピラの集まりじゃない。ヴィラン連合は今、確かな「組織」へと変貌を遂げつつある。
弔くんが椅子をゆっくりと回転させ、俺の方へと身体を向けた。
「ステイ」
「わおん」
飼い主の短い命令に従い、行儀よくその場にお座りをする。手のひらが伸びてきて、俺の頭をわしわしと、乱暴に撫でた。
「俺のわんころ。お前は、俺の言うことが聞けるか?」
言葉の代わりに、従順の意を込めて彼の膝の上に顎を乗せる。見上げる俺に、ボスはひどく、ひどく優しい声で囁いた。内緒話でも聞かせるかのような甘やかな響きで。
「……良い子だ。じゃあ、“Fetch”」
はい、了解です。喜んでとってきましょう。
それはあまりにも広範で、あまりにも自由度の高いコマンドだ。けれど、今の状況で俺に投げられる手札として、これ以上なく最適だと彼が判断してくれた証でもある。
その通りだ、弔くん。俺はこのコマンドが、何よりも得意なんだ。
