足場の澱

「極道者たち~~、今日の糧ですよ~~」

「なんだよ、チキンライスじゃねえじゃねえか!」

「文句があるなら食べなくてよろしい! 俺はここの関係者じゃないんだからな、提携会社の出向社員だぞ! 客みたいなものに飯を奢ってもらってる立場なんだから、まずは有難うって言え!!」

「ありがとうクソガキ!」

「ケチャップ出せよバカガキ!」

「あーー、おうち帰りたい。連合の方が平均年齢低くて可愛いし、品もいいし、なんかいい匂いしてた。ここはもうダメ。加齢臭しかしない。右を見ても左を見ても、前も後ろも高齢化社会」

 

 

 

 

 会合から数日。俺はオーバーホールによる引き抜きという名目で、トゥワイスとトガちゃんと一緒に出向していた。

 ご指名いただいたので。
 えっ、いいんですか!? おじゃまします!! と、ありがたく飛び込んだ次第である。
 いや本当にありがてえ~~!! そんな、本拠地にまで入っちゃっていいんですか!? という気持ちはある。

 とはいえ向こうとしては、“火継”という存在を野放しにして見えないところで何かされるより、物理的な攻撃力はほとんどないと把握した上で、極道者どもで囲って監視した方が安全性が高い、と判断したのだろう。

 ついでに、俺とずぶずぶの関係にある荼毘くんへの人質代わりでもある。俺がここにいる限り、連合でも手綱で繋がれていない荼毘が個人で動いて余計な攻撃を加えてくることはない、という見立てだろう。

 兄弟であることまでは割れていないが、恋人関係にあることくらいは、たぶん向こうにも伝わっている。俺が“火継”だと公式に判明してからは、外でもわざとそういう振る舞いを増やしていたからだ。オニイチャン、と呼ぶのは仲間内でふざける時だけだが、それもそろそろ封印した方がいいのかもしれないなあ。

 俺はといえば、何故か死穢八斎會の下っ端たちの飯を作っている。ドライカレーのオムライス、美味しいだろうが!! と極道者たちと口喧嘩しながら平和に生きている日々だ。トゥワイスとトガちゃんと分断されているので寂しい限り。俺が気の弱い人間だったら夜な夜な泣いていたかもしれない。 最初に警戒させ過ぎちゃって……だって、なんかムカついて……。

 

 

 

 顔見せの場には、“聞いたことを強制的に答えさせる”類の個性持ちがいた。個性の詳細を話せと言われて、拒否したトゥワイスが、バアアンという勢いで実に堂々と、しかもやたら詳細に語り出したので察した。
 続けて、次のトガちゃんも同じように答えさせられたので、ほぼ確定だろう。
 トゥワイスひとりなら、まあ脳内人格バトルで何か起こったのかな……で一応納得できなくもないが、二人続けてそうなれば必然である。並んでいる順番の都合で、次は俺が個性の詳細を発表する番だった。勝手に口が開く、というのは、思っていた以上に気持ちが悪い。

「なるほどな、“Mwanga wa moto huo huchochea tu wema wa mtu aliyeuona na kumfanya atake kusaidia. Haya ndiyo ninayoweza kuelewa hadi hapa, lakini hata hivyo athari yake ni kubwa mno, kwa hiyo huenda kuna jambo jingine灯火を見た人の善性を刺激して“助けたい”という気持ちにさせるだけ。俺が分かるのはここまでだけど、それにしては効果が強いから知らない何かがあるのかもしれないね”」

 

「あかりくん、それ英語?」
「突然狂っちゃった怖い」
「英語じゃないし狂ってないよ~」

 前世引き継ぎ技能です、日常会話くらいは出来るので。周囲の空気が殺気で重くなり、「“個性の詳細を話せ”」と重ねて命じられた。おう任せろ。

 

«دا يوازې د هغه چا په نېکۍ اغېز کوي چې دا رڼا وويني، او زړه يې غواړي چې مرسته وکړي. زه تر اوسه همدومره پرې پوه شوی يم، خو اغېز يې دومره قوي دی چې کېدای شي يو بل څه هم پکې وي چې زه ترې خبر نه يم.»

 

「今ミミズ通りませんでした?」
「駆け抜けたぜ全長2メートルはあるミミズが!!」
「ミミズじゃないよ~~」

 俺は正直に、しかも別に抵抗もなく話しているのだが、何か問題でも?

 あまりにも舐めた態度が顔に出ていたのか、若いのがひとりキレて俺の胸ぐらを掴んできた。とはいえ、勢いだけで飛び出してきたのがよりにもよって小柄な男だったせいで、俺はただ黙って見下ろすだけで済んでしまう。なんとも締まらない。

「下がれ、窃野」

 威厳たっぷりに制されると、そいつはブチ切れた顔のまま、それでもきっちり飼い主の命令を聞いて下がっていった。
 えらいえらい。小型犬の方が気性荒いっていうしね。わかるよ。マフィアも番犬としてチワワ飼ってたりするし。

「“個性の詳細を話せ”」

Quoi, tu captes toujours pas ? Ce machin réveille la bonté chez les gens et hop, les voilà de mon côté ! Le détail du comment ? J’en sais rien moi-même. Donc oui, mystère absolu. Essaie de suivre.えぇ、まだだめ? だから、これ見た人の善性が刺激されて、『助けなきゃ』って気分になるんだよ。結果としてだいたいこっちの味方になるってこと。細かい仕組みは俺も知らない。知らないけど効く。怖いね。不思議だね。はい、ここまで理解できそう?

 

「英語だ!」
「これは完全に英語!」
「英語じゃないよ~~」

 フランス語だよ~~。フランス語でバカにしてるよ~~。
 俺が日常会話程度なら喋れる言語は、あと三つくらいあるのだが、さすがにめんどくさい対応をされ続けるのにも限界がきたのか、オーバーホールは深々とため息をついて、「まあいい。こちらで把握している以上のものは無さそうだな」と諦めた。

 そんな……! あと三回くらい繰り返してくれたら、日本語で教えてあげられたのに……!

 これで、この個性の弱点はだいたい見えた。“本当のこと”を吐かせることはできるが、多言語には対応していない。
 英語あたりまでは拾えていたのかもしれないが、スワヒリ語とパシュトー語とフランス語、このへんは守備範囲外だったらしい。

 父から受け継いだほぼ唯一の長所────すくすく育った身長で周囲を見下ろしつつ、勝利のピースをしておく。

 

「こんにちは。お前が殺した女と数日前に海辺でデートしていた者です。個性は灯火。善性がある相手は、なんとなく俺の味方をしたくなる可能性があります、ってだけの弱個性です。しばらくよろしくお願いしま~す」

「あ! 荼毘くんいるのに浮気だ! 言っちゃお!」

「ラブロマンス発生してたのォ!?」

「ラブじゃなくてもデートはできるんです。浮気じゃないです。言わないで。夜に出歩いてただけでも、割とちゃんと怒られるから」

 俺たちがほのぼのとしたいつもの会話をしていると、ミミックだかパペットだか、人形みたいな姿をしたやつがキェキェと喚き出す。たぶん、あれは本来の姿じゃない。前に弔くんを押さえつけた時は片腕だけが変形していたし、物体の中に入り込んで操るとか、そういう類の個性なんだろう。
 俺たちは三人そろって嫌そうな顔をした。

「うるせ」「うるさいです」「やかましい」

 あのな。その手の恫喝は一般人には効くのかもしれないけど、お前らの言うところのチンピラである俺たちにとっては、ただの騒音でしかないの。

 俺に何を言っても無駄だと判断したのか、オーバーホールは俺の発言については何も触れなかった。
 その代わり、背後に控えていた男────“真実を答えさせる”類の個性持ちが、静かに問いかけてくる。

「死柄木から、裏切りの予定を聞かされていたか?」

「No……」
「いいえ」
「聞いてないな」

 トゥワイスとトガちゃんは良いとして、俺があまりにも素直に答えたせいか、死穢八斎會の連中がそろって、マスク越しでもわかるくらい嫌な顔をした。失礼な話である。俺は最初から最後までずっと正直に喋っているのに。ひどい。傷ついちゃう。

 

 

 こうして俺たちは地下の居住スペースに軟禁される────はずだったのだが、なぜか俺だけ表に出された。
 どうやら、多言語でおちょくったせいで、俺のことを頭脳担当だと誤認したらしい。
 実際は別にそういうわけでもないのだが、外から見ればまあ、そう見えるのかもしれない。
 まさか、そこそこ規模が大きくなってきたヴィラン連合が、大きめの目的をひとつ掲げたら基本的に突撃! 解散! みたいな動きをしているとは思うまい……。
 いや、今後はちゃんと考えた方がいいな、やっぱり。作戦立案が弔くんのワンオペなの、普通にきついって。

 軍師だと誤解されている俺と、実働部隊であるあの二人を同じ空間に置いておいたら、勝手に悪巧みをされると警戒されたのだろう。
 だったら見張りの目が多い場所で監視しておいた方がいい、という判断だ。
 俺ではなくあの二人を表で監視する形にしたら、こっちもこっちで何をしでかすかわからないトリッキーな人選である。
 そう考えると、まだ比較的大人しい俺を表に置いておく方がマシ、と判断されたのだと思う。俺の個性が“善性のある人間に作用する”という点も考慮されたのだろう。つまり、表に出している木っ端極道どもに善性なんてあるわけがない、という見立てらしい。

 人を人とも思わない人間って、だからダメなんだよな。人間は、善悪で真っ二つに割り切れるような生き物じゃない。そんな当たり前のことすら理解できない。

 捨て駒以下の木っ端極道として扱われているような連中だって、人間ではあるのだし、人間である以上、ある程度の善性は持っている。

 新入りに酒を奢ろうとするのも好意────つまり善性だし、突然現れた得体の知れない“客人”の年齢を聞いて、「俺の倅より若いじゃねえか」と世話を焼きたくなってしまうのも、庇護欲という名の善性だ。

 もちろん、命を懸けて盾になってやろう! みたいなところまでいく話ではない。
 そこまで俺の個性は強く作用しないだろう。普通に悪人たちだし。

 それでも、日常会話のなかで少しずつ情報を引き出せる程度には効く。オーバーホールたちも、俺がよほど大きな動きをしない限り、あるいはうっかり木っ端極道どもの怒りを買って殺されたりでもしない限りは、放置するつもりなのだろう。逆に言えば、“怪しい動きをしない限り自由に動ける”という、ボーナスステージみたいなものだった。

 たとえば、組長が倒れた日の様子。若頭への不信感。組長の主治医。粛清された組長派の組員たち。若頭が“なにか”やっているらしい、という詳細不明の噂話。過去の栄光やら、やらかした非道自慢やらに混ざって、そういう小さな情報がばらばらと集まってくる。それを繋ぎ合わせれば、案外ちゃんとした形になるのだ。

 特においしかったのは、組長の主治医の話だった。内部に近い位置にいながら、あくまで外部の人間。
 しかも、組長が倒れる前から懇意にしていた相手でもある。意識不明の組長には定期的な検診が必要で、そのたびに医師が看護師を連れてやって来るらしい。

 

 ちょうど、“意識がない”状態に干渉できる個性を持った仲間がひとりいたので、「潜入できる?」と送ってみた。

 返信遅いな~やっぱ難しいか、と思っていたら、「できたよ~」と突然ゴールした状態で返ってきた。しかも組長の横でピースしてる自撮りつきである。怖い女だった。ネットに出したら秒で炎上する流れだ。
 人の懐に入るのが異様に上手いので、主治医と速攻で仲良くなって『お手伝い♡』という形で入ったらしい。極道の本丸なので助手として連れてくる看護師もみんな怖がっていたらしく、この申し出は主治医も大感謝だったそうだ。その女、実は結構ヤバいんですよ。知らぬが仏というやつだろうか。

 彼女の個性は“記憶帳”というもので、意識のない相手にしか作用しない。直近一週間ぶんの記憶を本のかたちで具現化して、読めるし、なんなら書き込みまでできるという、なかなか怖い能力だ。
 何がいちばん怖いって、これ、どうやって判明したんだろうな。最初にどういう理屈で他人に使ったんだ、彼女は。ふん、おもしれえ女……。

 本の受け渡し自体は今の環境では無理なので、ページを撮影してもらう。
 狙いの内容があるのを確認できたので、該当ページを印刷して、義爛経由で弔くんの元へGO。これにて情報共有完了。

 

 ファザコンを拗らせてる人って、やばいなぁとつくづく思う。

 自分で脳みそをいじって意識不明の重体にさせた義父の枕元で、延々と、自分のやったこと、これからやること、おとうさんだいすき、ぼくがんばるね、を繰り返してるんだから。

 意識がなくても脳は聞いたものを自動で記録するらしく、“記憶帳”にはそのへんが全部しっかり書かれていた。正直ホラーである。しかも普通にグロい。父性への幻想って人格をここまで歪めるんですね……。うちも兄がそんな感じなので、まあわかりますよ。兄は身内だからまだ受け入れられるけど、よそのアラサーがこれなのは怖すぎるんだよな。

 俺が今できる嫌がらせの下準備は、このくらいのものだ。
 あとは物語が進行する時を待つしかない。なので、暇つぶしがてら木っ端極道どもへの餌やりをしていたわけである。

 

「和食食わせろよ!」
「うるさいな。家ではいつも蕎麦しか食べないんだから、ここにいるあいだくらい洋食を作らせろ。明日は朝からシチューだよ!」
「重いんだよテメエの飯はよ!!」
「じゃあ食うな!」

 作った端からきっちり全部食べるくせに、文句だけは一丁前に言いやがる。

 比較的若い組員は若頭派に回っている者が多いらしく、俺の監視という名目でつけられている連中は、どうにも平均年齢が高い。
 若頭からは“客人として丁寧に扱え”と命じられているらしいのだが、実際のところはこんなふうに適度に舐められていた。まあ、雑に扱われてはいても乱暴に扱われているわけではないので、それは別にいい。よくはないけど。そろそろおうちに帰りたい頃ではある。

「はあ……」
「なんだ、元気ないな。酒飲むか? タバコあるぞ」
「飲む♡ 吸う♡♡」
「はは、現金なやつ」

 酒飲み放題、タバコ吸い放題。その一点に限って言えば、かなり良い環境である。そこだけ綺麗に切り取って持ち帰れないかなあ! だめかなあ。放題じゃなくてもいいんだけどな。1日酒瓶1本とタバコ1箱くらいで……!

 だめか。だめそう。
 どのルートで考えても、心の中の荼毘くんが「だめだよあかりくん健康に悪いよ未成年の飲酒喫煙は法律違反だよ」と首を振る。無理かぁ……!! ヴィランなのに、法律破るのダメかあ……っ!