今から話すのは五年前に死んだ、八斎會の若頭だった男の話だ。
今はもうその男の義弟、組長の養子であるオーバーホールが“若頭”として頭角を現しているが、数年前まではその席に違う男がいた。
歳は四十近かったが、年齢よりは若く見えた。落ち着きがなかったとも言う。
血の繋がった息子らしく、体格だけを見れば組長によく似ていた。肩幅が広く、立っているだけで場所を取るような、いかにも極道者の跡取り然とした身体つきだ。
だが顔つきや纏う空気は父親とはまるで違っていた。あれほどの図体をしていながら妙によく笑い、初対面の人間にまで気安く声をかけ、いつの間にか肩を組みかねない距離まで入り込む。重みのある身体でふらふら歩き回るものだから、組長はよく「お前は少し落ち着け」と苦言を呈していたが、本人は「昔よりはマシだろうよ」とけろりと笑って受け流した。
そういう男だった。威圧感がないわけではない。怒れば鬼のように恐ろしいし、敵に回した時の苛烈さは八斎會の人間間でもよく知られていた。それでも、懐に入れた相手にはどうにも甘く、面倒見がよく、放っておけない明るさがあった。
組員たちから“兄貴”と呼ばれていたのも、単に立場の問題ではない。あの男のまわりだけ、極道の巣にしては妙に人の体温があった。
夜逃げした負債者の家に取り立てに行き、畳の上に置き去りにされた子供を見つけてそのまま連れ帰ってきたことすらある。
筋からいえば厄介ごとでしかないはずのそれを、本人はまるで道端で濡れた猫でも拾ったみたいな顔で「だってよぉ、腹減ったってダンボール食ってたんだぜ、可哀想でよお」と、薄汚れた子供の頭を撫でた。ちょうど年頃が義弟と同じだったこともあり、拾われた子供─────玄野は、そのままオーバーホールと同じ屋敷で育てられた。
血も縁もないのに、奇妙なくらい自然にその場へ収まっていたのは、あの男がそういうふうに人を抱え込むのを、誰も不自然だと思わなかったからだ。気まぐれに見えて、放り出しはしない。軽薄そうで、最後のところでは見捨てない。その妙な信頼が、組の内にも外にもあった。
オーバーホール─────廻との関係も、特殊な環境下の義兄弟にしてはずいぶん穏やかなものだった。
もちろん、べったりと仲が良かったわけではない。あの頃から廻は人を好かなかったし、近づかれることそのものを煩わしがる子供だった。人の体温も、衣服に残る匂いも、誰かが不用意に触れてくることも嫌いで、気分の悪い日はそれだけで蕁麻疹を出した。
大人のくせに加減もなく背や頭を叩いてくるような連中の多い世界で、それは生きづらいどころの話ではなかったが、男はそこを“面倒な性質”として笑い飛ばすことも、“根性が足りねえ”と矯正しようとすることもなかった。
ある時など、どこで買ったのか業務用の空気清浄機をひと抱えして帰ってきたことがある。
でかい図体で箱を抱えたまま廻の部屋の前に立ち、「おい廻、文明の利器ってやつ買ってきたぞ。お前の部屋これ置こうぜ」と、やたら得意げな顔で言った。
「煙も埃も減るらしい。すげえよな。俺もよく分かってねえけど、お前こういうの好きだろ」と笑うので、廻はしばらく黙ってそれを見ていた。
好きだろ、ではない。必要だろ、だ。必要なものを“必要だから”と口にせず、本人が気まずくならない言い方にすり替える。あの男は案外そういう気の使い方をするところがあった。
だから廻も、あの男の甘さをただ軽んじていたわけではないのだと思う。
むしろ逆に、廻の目には、あの男が自分にはないものをいくつも持っているように映っていた節があった。
自分には見えない場所まで見えているようでいて、そのくせ肝心なところでは妙に脇が甘い。帳簿の数字より、その日たまたま顔色の悪かった若い衆の方を先に気にかける。
廻には、あれは非効率で、無用心で、時に腹立たしいほど迂遠に見えていたはずだ。
それでも、その迂遠さが最後には人を連れてくる。あの男のいる場所にだけ、どうしようもない人間がふらふら集まり、そのまま居着き、気がつけば勝手に忠義を抱いていた。
玄野がそうだった。置いていけない、可哀想だ、腹が減ってダンボールを食っていたから。そんな理由で連れ帰ってきたくせに、翌日にはもう着替えと寝床を用意し、風呂を嫌がれば無理に押し込まず、飯を食う速度や、物音に肩を跳ねさせる癖まで見ていた。
子供だからといって、なんでも抱き締めて済ませるような雑さもなかった。触れられるのを嫌がる子供には、ちゃんと距離を取る。皿の持ち方を見て、前は箸を使う暮らしではなかったのだろうと気づく。怒鳴り声に怯えるなら、自分の傍にいる限り大きな声を出させない。そういうふうに、子供を“可哀想なもの”ではなく、ちゃんと一人の人間として扱った。
それは廻に対しても同じだった。
ある晩、珍しく組の若い者たちと顔を合わせたあと、廻が吐いて部屋に籠もっていたことがあった。
誰かの整髪料の匂いがきつかったのか、酒と脂の混じった空気がだめだったのか、とにかく全身に蕁麻疹が出て、喉の奥までひりついていた。
何も食いたくないと言い張る廻の部屋へ、男はしばらくしてから勝手に入ることもせず、扉の向こうで床に座り込んだ気配だけ寄越してきた。
「なあ廻、今そっち入ったら怒るか」
「入るな」
「だよなあ。じゃあここで喋るけど、飯は置いとくぞ。食えそうなら食え」
「いらない」
「そう言うと思って、匂い薄いやつ持ってきたから」
しばらくして扉の下から、雑炊の湯気だけが細く流れ込んできた。出汁も弱く、薬味もなく、米の匂いしかしないようなものだった。どうせ台所で作り直させたのだろう。黙っていると、向こうであくびを噛み殺すような音がして、それから呑気な声が落ちてきた。
「お前、眼がいいからなあ。俺らが平気なもんの中からでも、だめなもんきっちり見つけちまう」
からかっているのかと思ったが、声にその気配はなかった。
「そういうの、面倒だろうけど、才能でもあるぞ。一番いいもん見つけんのも得意だろ。お前みたいなのが、横にいてくれると助かるんだわ。この先も支えてくれよ。頼りにしてんぞ」
冗談めかした口ぶりではあったが、その言葉に嘘はなかった。頼りにされるというのは、それだけで人間をこの場に繋ぎ止めるところがある。
あの男は、ここにいていいと露骨に言う代わりに、そこにいて構わないのだと伝えるのが上手かった。
オヤジが居場所を与えたのなら、義兄はその居場所にいていいのだと認める役を引き受けていたように見えた。
あのやり方を廻がどう受け取っていたのか、本当のところは分からない。だが、少なくとも嫌ってはいなかったのだと思う。そうでなければ、あんなふうに傍にいたままではいられなかっただろう。
廻が組長を父のように慕っていたことは、傍目にも分かった。拾われ、生かされ、居場所を与えられた恩を、あいつは一度も軽く扱わなかった。
ただ、義兄に向けるものは少し違って見えた。敬意とも忠誠とも似ていたが、それだけでは片づかない、もっと個人的で、もっと扱いにくい何かが混じっていたように思う。
この人は放っておくと危うい。少なくとも、傍で見ているこちらには、廻がそう思っているように見える時があった。人が良すぎるわけではない。敵には冷酷だし、制裁も容赦ない。子供を使った商売をしている連中の話になれば、翌日には相手の店が潰れていることすらあった。
それでも身内と認めた相手にはどうにも甘く、許す必要のないものまで抱え込んでしまう。よく笑い、気安く触れ、腹が減っていないかを気にし、誰かが黙り込んでいれば勝手に隣へ座る。そういうふうに人の懐へずけずけ入り込んでは、最後まで面倒を見てしまう。
廻には非合理に見えていたはずだ。だが同時に、その非合理さを支え、整え、足りないところを自分が埋める気でいたのではないかとも思う。
まだ正式に若頭の名が落ちる前から、いずれあの人で決まりだと周囲は見ていた。本人がけろりとして前に立つなら、廻はその下で締めるつもりだったように見えた。
義兄には人を集める力がある。廻は、自分にはそれを腐らせずに回す頭があると思っていたのだろう。
オヤジの築いた八斎會を、あの男が前に立ち、自分が後ろで支えれば、もっと大きく、もっと盤石なものにできるはずだった。
オヤジのためになりたい。兄さんのことを支えたい。あの頃の廻には、たしかにそういう顔があった。
今になって振り返ると、それがあいつをまだ人間の側に繋いでいた、ほとんど最後の細い糸だったのかもしれない。
あの男は、身内を増やすことには無頓着なくせに、身内になった相手の扱いには妙にうるさかった。
取り立て先で幼い兄妹が奥の部屋に押し込められているのを見つけた時など、扉の前にしゃがみ込んで「おい、ここの大人、商売の才能なさすぎるだろ」と呆れたように笑っていた。怯えて出てこない子供に無理に手を伸ばすことはせず、持っていた菓子を畳の上に並べて、「腹減ってると人間ろくな判断しねえからな。先に食っとけ。話はそれからだ」とだけ言った。
後ろで若い衆が相手方の男を壁に叩きつけていても、その声色だけは妙にいつも通りで、子供相手に猫撫で声を使うような不自然さもなかった。あとでその家の借りは整理され、子供は親戚筋に預けられたと聞いた。連れ帰りはしなかったが、帰さなかったわけでもない。可哀想だから拾う、で終わらず、拾わなくて済む形まで持っていく。その半端なようでいて最後だけきっちりしているところが、あの男らしかった。
会合の席でもそうだった。年嵩の組員が詰めた話をしている横で、若い衆が見当違いの案を口走れば、「いいぞいいぞ、ダメなやつだ。聞いてやるから話してみろ」と頷く。言った本人がなにか間違えたかと青ざめると、「ダメな案ってのは分析してくとここに穴あるなって先に分かるだろ、本番前に先に潰せるってのは頭いいぞ」と笑い、結局はその案のどこがまずいかを皆の前で崩して見せた。
恥をかかせるためではなく、黙らせないためにそうしているのが分かるから、言われた側も下を向いたままでは終わらない。
廻には無駄な時間に思えたが、あの男の周りでは、その無駄のせいで口を開ける人間が増えた。自分に反対する者を敵にしないかわりに、自分の前で黙ることも許さない。面倒なやり方だったが、その面倒を嫌がらなかった。
若い衆のひとりが勝手な真似をして大損を出した時も、男は帳場に呼びつけるなり怒鳴りつけるのではなく、酒を二本買ってきて片方を机に置いた。「お前のやらかしで俺の胃がキリキリしてるから、とりあえず自供しろ。やさしく聞いてるうちに全部吐け」と、冗談みたいな口で言うものだから、その男は半泣きになりながら洗いざらい喋った。
内容を聞き終えたあとで制裁はしたし、損害の埋め合わせもさせたが、最後に「次からは隠すなよ。失敗そのものより、後から知ったらもっと怒らなきゃなんなくなる。俺を優しい男でいさせてくれよ」と肩を竦めた。
廻は横で聞いていて、そこで切ればいいのにと思った。甘いが、その甘さのおかげで、その男は以後二度と誤魔化さなくなった。あの男のやり方は、しばしば遠回りだったが、遠回りのぶんだけ、人間を壊し切らずに済ませるところがあった。
ある夜、珍しく二人きりで廊下を歩いていた時のことだ。玄関先で誰かが持ち込んだ土産の饅頭をひとつ盗み食いし、義兄は包み紙をくしゃりと握り潰しながら、「なあ廻」と、ほんの少しだけ声を落とした。
「こんな商売してるんだから、俺たちの味方は身内だけだ。身内だけは売りもんにしちゃいけねえぞ」
まあお前は言わなくてもわかってるだろうな、と雑に頭を撫でた。義兄の手で、蕁麻疹が出たことはなかった。義兄はあまり触れなかったから、あとになって気づいたことだ。
その会合に呼ばれたのは冬のことだった。
表向きは義理を立てるための顔合わせ。酒と女と金の匂いが、最初から床にまで染みついているような場所だった。廻はそういう空気が嫌いで、男も本来なら好んで出る席ではない。だが相手方が妙にしつこく、断ればそれはそれで面倒になる。そういう種類の会合だった。
だからせめて早く終わらせようという顔で、男はいつものように愛想よく笑い、廻はその少し後ろに控えていた。
最初は、ただ趣味が悪いというだけだった。酒の匂いは濃く、壁紙は安っぽく、飾られた花までどこか汚れて見える。
相手方は妙に馴れ馯れしく、初対面から肩に手を回してくるような下品さの持ち主で、男は笑いながらも二度ほどさりげなく距離を外していた。
その時点で、もう帰った方がいいと思っていた。だが男は、面倒ごとをその場で爆発させるより、いったん持ち帰ってから片づけることの方が多い。あの時もそうするつもりでいたのだろう。少なくとも、部屋の襖が開くその瞬間までは。
引きずり出されたのは、中学生くらいの子供だった。
男とも女ともつかない痩せた身体に、薄い、ほとんど布切れのようなものだけを巻かれている。
季節に合わない素足が冷えきって赤く、肩は小さく竦み、視線は畳の目に落ちたままだった。怯えた目をしていた。何をされるのか、既に知っている目だった。
相手方は、得意げな顔で言った。
「旦那、こういうの好きだって聞いてたもんで。奥に部屋も取ってます。どうぞご自由に」
その言葉が落ちた時、廻は義兄の横顔を見た。
笑っていた。ほんの数瞬前までと同じように、口元だけなら。だが目がまるで違っていた。ぬるい水みたいだった空気が、一気に凍りつくのが分かった。
「────へえ」
男は、やけに穏やかな声でそう言った。
それから立ち上がり、怯えて固まっている子供の前まで行くと、膝を折った。大きな図体が低くなったせいで、余計に静けさが強まる。義兄は子供の顔を覗き込まず、目線を少し外したまま、いつもの雑な調子で言った。
「悪ぃな。気持ち悪かったろ。もう大丈夫だから、ちょっとだけ我慢な」
子供は返事をしなかった。できなかったのだろう。喉が震えているのだけ見えた。
男は自分の上着を脱いでその肩にかけると、振り返りもせず部下の名を呼んだ。
「おい。外行って向こうのパブに連れてってやれ、ちよママんとこだ。あそこなら大丈夫だ。俺の名前出せ。お前も好きなもん食っとけよ」
それだけで、呼ばれた部下は事情を全部飲み込んだ顔になった。返事も短かった。
「はい」
子供は震えたまま立てず、部下がそっと抱き上げようとすると一瞬だけびくりとしたが、男が「そいつは手ぇ出さねえよ」と軽く言った途端、かろうじて抵抗をやめ、自らの足で部下の後ろを歩く。扉が閉まった音がして、部屋の中に残ったのは大人だけになる。
相手は、その時点でもまだ事態を理解していなかったらしい。へらへらと笑って、「いやあ、気が利くでしょう」と言った。
男は、その言葉を最後まで聞かなかった。
どん、と低い音が畳を打った。
片足を踏み鳴らしただけだった。
だがその瞬間、相手の動きが目に見えて鈍る。立ち上がろうとする腰も、逃げようとする脚も、泥の中に沈んだみたいに重くなる。本人はあれを、ふざけて“トリモチ”と呼んでいた。
「────子供好きなんだよ、俺」
地を這うような声だった。
「ほんとになあ、なんの含みもなく好きなんだわ。ガキが元気に走り回ってんの見ると、ああよかったなって思うし、腹減ってりゃ飯食わせたくなるし、眠そうなら寝かせてやりたくなる。そういう意味で好きだって言ってんだよ」
相手方が立ち上がろうとした。だが遅い。
腰を浮かせる動作そのものが鈍り、何が起きているのか理解した時にはもう遅れていた。男は懐から拳銃を抜いていた。
銃の扱いは、上手くなかった。
本人もそれをよく分かっていたから、いつも弾は多めに持ち歩いていた。どうせ外す、どうせ一発じゃ済まない、だったら最初から足りなくならないように持っておく。そういう雑なのか用心深いのか分からない準備の仕方をする人間だった。
最初の一発は肩を掠めた。
乾いた音が狭い部屋に跳ねて、悲鳴が上がる。立ち上がって逃げようとする動きは遅い。二発目は脇腹を裂いた。三発目は太腿を抉り、四発目は壁に逸れた。畳に火薬の匂いが落ち、血が散り、相手はやっと自分が殺されるのだと理解した顔になった。命乞いをしようとして、舌がもつれたみたいに遅れる。その遅れごと、男は見下ろしていた。
「それを俺へのご機嫌取りに持ってくるって、どういう頭してたらそうなんだよ。なあ」
五発目が頬を裂いた。
六発目は鎖骨のあたりに食い込み、七発目でようやく肺を掠めたのか、息が変な音を立てた。致命傷を外れた銃痕がいくつも並んでいく。狙いが荒いのではなく、止めた相手に対してなお急所へ綺麗に当てるほど器用ではないだけだと、男自身も知っていた。だから苛立ちもせず、ただ淡々と引き金を引いていた。
「子供をそういう目で見るやつも嫌いだしよ。それを、俺が喜ぶと思って差し出してくるやつは、もっと嫌いだわ」
最後の一発は、喉に近かった。
そこでようやく崩れた。畳に倒れ込んだ身体が、遅れて痙攣する。男はしばらくそれを見下ろしてから、空になった弾倉を外し、新しいものと入れ替えた。手際は良くないが、慣れてはいた。
部屋の隅で固まっていた相手方の手下のひとりが、腰を浮かせた。
また、どん、と足音が鳴る。
それだけで手下の動きも沈んだ。逃げようとした膝がもつれ、畳に手をつく。男はそちらへ銃口を向けたまま、ひどく穏やかに言った。
「今から帰って、お前らんとこの上に伝えろ。次にこういうのを“気が利く”と思って持ってきたら、一人残らず殺す。キショいんだよ死ね」
銃声が一発。男は本当にノーコンだったので、基本的に望むところに弾は届かない。
「兄さん、目撃者を全て消してしまったな」
「なんでこれ脳みそ直撃すんだよ、俺は足を狙ったんだぞ」
「二度と銃を使うな」
「やだね、てっぽう好きだもんよ」
古き良き、仁義ある極道者だった。そう評する人間は今でも多いし、実際その通りだったのだろう。
身内には甘く、筋を違えた相手には容赦がなく、困っている餓鬼を見つければ放っておけず、だが可哀想だというだけで抱え込んだものを投げ捨てるほど半端でもない。
そういう男だった。だから慕われもしたし、同じだけ恨みも買った。
敵に回した時のあの男は、愛想の良さも冗談めいた口調もそのままに、やることだけが冷酷だった。
逃がさず、忘れず、身内へ手を出した相手にはきっちり報いを返す。
八斎會の看板そのものというより、看板の下で人を繋ぎ止めていた柱みたいな男だった。
だから、殺す側からすれば、殺すだけでは足りなかったのかもしれない。
ある日、男は殺された。遺体は一つの形を保っていなかった。
腕も、脚も、胴も、ばらばらにされて散らされ、回収された肉片のいくつかは本人のものかどうか判別に時間がかかったともいう。
見せしめだったのか、報復だったのか、それともあの男がしてきたこと全部への私怨だったのかは分からない。
ただ、その壊し方が廻の個性をどこか連想させたせいで、身内の手引きを疑う声まで出た。実際には何ひとつ証拠はなく、残ったのは最悪の後味だけだった。
八斎會はその死で大きく軋んだ。
組長は一夜で老け込み、若い衆は怒りと怯えを持て余し、誰もが声を潜めて彼の名前を口にした。
拾われて、似た個性だと特別目をかけられ可愛がられていた玄野のしはいちばん酷かった。
そんな中で、義弟の廻だけが泣きも喚きもせず、淡々と回収された部位の確認をし、敵の経路を洗い、報復の順番を整理していた。
冷静だったのではない。ただ、その時の廻にはもう、そうする以外の形で壊れる余裕すらなかったのだろう。
遺影に使われた写真の中で、男は馬鹿みたいに満開の笑みでピースをしていた。
カメラを向けられればどんな時でも指を二本立てる癖があった。あまりにもいつも通りの顔だったせいで、余計に、死んだという事実だけが現実味を失って見えた。
これが、五年前に死んだ兄貴の思い出だ。俺はただの下っ端で、特別近かったわけでもない。だがあの家に組員として長く出入りしていれば、見えてしまうものはある。見ていたから知っている。ただ、それだけの話だ。
八斎會は“死穢八斎會”なんて、まるで敵みたいな名前に変わって、組長も倒れ、“若頭”の名はオーバーホールにすげ替えられた。極道である以前に、その在り方ごと壊れてしまったこの場所に残っている、ここでしか生きられない半端な極道者が、どうしても捨てきれなかった記憶はこれで全部。これで、おしまい。
