錆喰う継ぎ目に罅至り

火口 炯介
先代若頭の腹心、仇討ち後に離脱、現在も所在不明

円伐 研ギ子
先代若頭の懐刀、仇討ち後に離脱、現在も所在不明

一生橋 郷山
組長派筆頭、オーバーホールによる粛清にて死亡

來場 生繁
組長派組員、一斉検挙により収監

怒初天 努創
先代若頭付き、仇討ち後に離脱、三日後に河川敷で変死体として発見

門倉 魃
先代若頭派若衆頭、オーバーホールによる粛清対象、消息不明

灰田 結悟
先代若頭の側近、組再編直後に失踪、以後生存確認なし

刈守 燐市
組長派幹部補佐、オーバーホールへの異議を示した後に不審死

蓑崎 寛示
組長派古参、再編後に役目を外され、自宅にて縊死、自殺扱い

沓名 焦伍郎
組長付護衛役、オーバーホールによる粛清にて死亡

 以下、略…………。

 ……殺しすぎでは?

 与えられた部屋でごろごろしながら、出会い系サイトのメッセージ経由で送られてくる情報を眺めているのだが、内容があまりにも血に塗れている。

 どうやら“先代若頭”なる人物がいたらしい。その頃はまだ、組長と先代が揃ってオーバーホールの手綱を握れていたのかもしれない。

 先代が死んだ途端、ここぞとばかりに増長したのか、それとも、この感じだと先代を殺したのもあいつなのか。
 死体はバラバラで見つかったというし、個性で処分しかけたところを、隠し切る前に発見されたとか? いやだねえ、極道のお家騒動。

 しかも先代は組長の実子らしいから、先代が死んだことで組長がうるさくなって、物理的に黙らせた可能性もある。いや、あいつの拗れたファザコンぶりを考えると、『ぱぱのむすこはぼくだけなんだい!』みたいな癇癪だったりして。怖いねえ……。

 てっきり、くたびれた零細ロートルヤクザの寄せ集めだと思っていたのだが、歴史があるぶん、死穢八斎會には人が多い。

 いや、多かったと言うべきか。オーバーホールが関与していると思しき、この五年分の粛清リストが、いつまで経っても終わらない。
 指でぴっぴっと画面を弾いても、まだ底が見えない。殺し……過ぎでは……?
 実は人間って、大人になるまでに二十年近くかかるんですよ。それをこんな勢いで雑に減らしていくこと、ある……?

 資料を追っていくと、先代若頭派と組長派の主要メンバーが、揃いも揃って削られている。
 周囲を削って自分の派閥だけを押し上げているのかと思ったが、そう単純でもない。
 同じような立場にいても、そこまで重要な位置にいなかった者や、日和見でふらふらしている者は見逃されている。要するに、周囲を自分に従う人間で固め、それ以外はいつでも切れる捨て駒にしたい、という図には見える。見えるのだが、これがどうにもおかしい。

 というのも、圧倒的コミュ力という謎の力で潜入している胡乱な女の個性────“記憶帳”の情報では、オーバーホールは意識不明の組長に向かって、夜な夜な「オヤジの八斎會を復興させる」と誓っているらしいのだ。
 なのに実際にやっていることは、昔から八斎會を支えてきた組長派の古参組員を処分し、次代を支える覚悟を決めていた忠誠心の高い先代若頭派の組員まで処分することだ。
 何がしたいのか分からない。普通、こういう組織の人間なら、清濁併せ呑んででも“組”そのものを盛り立てる方向へ向かわないか? 組の復興を口にしながら、やっていることは土台を片っ端から蹴り崩すことばかりだ。何がしたいんだ、こいつは。

 ちょっと……わかんないですね……。理解できないものは怖い。俺がこの世で最も悪意を信頼している弔くんの思考をトレースして考えてみよう。イマジナリー弔くんだ。精神汚染とかありそう。

 俺の心の弔くんは、めちゃくちゃ面倒くさそうに『八斎會を自分の気に入る形に作り直したいだけじゃねえ? 先代派も組長派も、昔の八斎會を知ってる連中は邪魔だから消す。日和見とか半端者だけ残して、自分のコマにしたい。クスリはもともと組の方針じゃ御法度だったんだろ。でも売れるから売りたい、止められるとうるさいから黙らせる、自分には稼げる見立てがある、だから自分は正しい、きっとオヤジも最後にはわかってくれる────とか、そんな感じだろ』と、理路整然と悪意をまとめてくれた。『そんくらい分かるだろ考えろバァカ』と俺の頭を引っぱたくイメージまで完璧だ。

 ああ~~……これっぽい……。イマジナリー弔くん、適当に召喚したわりに思考整理ツールとして便利すぎる……。今後とも活用しよう。いや、作るか? AI弔くん。悪意の解釈に特化した化け物AIを……。

 たぶん、オーバーホール本人の中では今の状態は矛盾していないのだろう。
 死穢八斎會という“場”そのものには執着があるし、組長への忠誠も本物だ。
 ただ、その忠誠の向き先が、生きた人間の集まりとしての八斎會ではなく、オーバーホールの頭の中にある“あるべき八斎會”に向いている。よく、頭の良い奴がやらかす行動だ。前略中略後略全部略で、自分の中で出ている結論だけ言うから理解されない。昔から組を支えてきた古参も、先代若頭を信じて付いてきた人間も、不要と判断した時点で“八斎會を蝕む異物”に変換される。
 本人にとっては、身内を切っている感覚ではなく、壊れた部分を切除しているだけなのかもしれない。
 組長への忠義も同じだ。オヤジのために、オヤジの望む形に戻すために、と本気で思っているからこそ、今そこにいる人間の意志や歴史を平然と踏みにじれる。本人の中では破壊ではなく、正しい再建なのだろう。厄介すぎる。こいつ絶対友達いないだろ。

 自分の実力に自信があるやつは、他人を信じていないぶん、大切なものほど自分の手の届く場所に置きたがる。
 他人に任せる、という判断をあまり取らない。基本はワンオペで片づけたがるし、厄介なことに、ある程度それができてしまう。大事な仕事を人に振っても、最後の判断だけは必ず自分でやらなければ気が済まない。そういうタイプは、一見隙がないようでいて、結局はでかい仕事ができないんだよな。器が小さいというより、手を伸ばせる範囲しか自分の支配下だと認められない。
 目標だけは大きいのだろうが、たぶん俺たちと敵対しなかったとしても、いずれどこかで詰んでいたと思う。

 俺たちみたいなヴィラン連合の構成員、その中でもネームド扱いのやつについては調べていたんだろう。
 けど、構成員が個人的に抱えてる人間関係とか、表に出てこない協力者とか、そういう枝葉には目が向かなかった。死穢八斎會でいう木っ端組員みたいなもんだと思って、最初から数に入れてなかったんだろうな。
 ありがたい話だ。そのおかげで、あいつが何より大事にしてる組長のすぐ傍に、俺の協力者が平然と近づけた。
 地下通路じゃカメラやGPSを背中につけたネズミたちがせっせと走り回って、あらゆる経路と不自然な空間を洗い続けている。
 顔も覚えていない、いちいち確認もしない、そんな木っ端組員が何人いようと気にも留めないのだろう。だから、同じ顔をした男が何人も紛れ込んでいても、入れ替わっていても、気づきもしない。警戒心の高い結束の強い人間ほど粛清されていったから、見覚えのない新入りが居たとて木っ端極道達すらあまり気にしなくなっている。

 飼い主の“とってこいFetch”のコマンドに、でっかい枝を咥えて「取ってきましたワン!」と胸を張って凱旋できるくらいには情報が集まっている。
 あとは嫌がらせのトドメを刺すだけなのだが、こういう時に限ってヒーローが来るのは遅い。早く来てくれないかなあ~~。

 クスリの原材料ちゃんも、地下で消費されるだけの人生を無為に過ごすよりは、ヒーローに救われて太陽の下で元気に暮らせた方がいいだろう。
 救われる可能性がある子供は、救われた方がいい。どうせ酷いことをされてきたんだろう、じゃあこれからは優しいヒーローに守られてくれ。

 うちにはドクターがいるのだから、量産方法なんて他にも見つけられるはずだ。
 そもそも、たった一人の女の子からしか精製できないクスリなんて、希少価値が高いというより、単に量産できなくて面倒なだけ。大事に使い潰したところで五十年も持たない資源は、資源としてだいぶ頼りない。だったら、うちで抱え込むより、さっさとドクターに投げた方が早い。こういうのはプロに任せるべきなんだよ、医学部も出てない素人がクスリの精製とか無茶苦茶が過ぎる。

 トガちゃんたちは一応“確保”も視野に入れて動くらしいが、俺としては別に要らないです。
 小さい女の子を誘拐! なんて、無駄にヒーローのヘイトを稼ぐだけだし、それなら“小さい女の子”という、守るべきで庇うべき重石をあいつらに背負わせているうちに、こっちはさっさとトンズラして安全圏まで逃げた方がずっといい。
 守らなきゃいけないものがある側は、なりふり構わない追いかけ方は出来ないから。

 

 考えをまとめていると、マナーモードにしていたスマホがぶるりと震えた。トゥワイスからだ。たぶんスピーカーにしているのだろう、向こう側では雑音に混じってトガちゃんの声もしている。

「はいよ、俺ですよ~~」
『おう! 俺も俺だ、いや、誰だ!? 俺って俺か!!? まあいっか、働けってよォ。こっち来るか? そのままニートしてな!』
『あかりくん元気ですか? そろそろ始まるそうです、合流します?』
「そっち楽しそうでいいなあ……」
『お前虐められてんのォ!?』
『あかりくん可哀想。ゴクドーたち酷いです。許せません』
「虐められてはないけど、加齢臭きついし品はないし、俺はだいぶ悲しいよ」

 他愛のない会話を続けながら、どこかに耳がある可能性を考えて、チャットで短くメッセージを送る。『やる事やってから弔くんたちと合流するね。俺のことは気にしないで暴れてください』。返事はすぐ来た。『リョ』『はーい』。

 必要なことだけ共有して、それからはまた通話に戻る。「ラーメンとか食べたいよねえ」「さっさとおうち帰りたーい」なんて、中身のない話を数分ばかりだらだら続けてから、通話を切った。

 表の方では、今のところ何も変わらない。
 俺への指示も来ていない。たぶん木っ端極道どもと一緒に、下手に内情へ踏み込ませない対象として、適当に泳がされているのだろう。
 俺とトゥワイスたちが連絡を取り合ったところで、俺は“地下の居住スペース”の場所を知らない。だから合流はできない────向こうはそう踏んでいるはずだ。
 そして俺ひとりでは、攻撃能力が皆無に等しい非戦闘員。荒事専門みたいな極道者たちに囲まれた状態で、何ができるんだという見立てなのだろう。
 けれど、あっちが「始まる」と言った以上、そろそろヒーローが突入してくる。
 一応まだ“容疑”という状態では法律があるから、まずは警察からの勧告が入るはずだ。オーバーホールたちのいるであろう地下へ辿り着くにも、他のルートを知らない限り、死穢八斎會の本丸から入るしかない。
 ヒーローってのは、結局どこまで行っても正々堂々と動くしかない生き物だ。
 人気商売なぶん目が多いし、あとから突っつかれても痛くないよう、体裁はきっちり整える。で、そこまで考えると何が言いたいかって、要するにひとつ。

 オーバーホールの野郎は、俺のことを警察に捕まえさせようとしてるってこと。

 面が割れていて戦闘力のない俺が、表の本丸の中にいたら、頭数揃えて突っ込んでくるヒーロー達に容易く捕縛されるだろう。出向組として働かせるより、ここで正義の味方に処理してもらった方が楽だ。

 嫌です~~。逃げます~~。

 ごろごろしていた身体を起こし、潜り込ませていた仲間たちへチャットで号令を飛ばしながら歩き出す。

「おいお前、どこ行くんだよ」
「ラーメン食べいく」
「てめえ勝手に出るなって言われてんだろ」
「そこの店くらいいいだろ、いつも帰ってきてるじゃん」

 通りすがりの組員に咎められる。だが次の瞬間、そいつの視線が俺の胸元の炎に吸い寄せられた。ちり、と揺れた火が、相手の瞳に映る。よし、黙った────と思ったのも束の間、そいつは一拍置いてから、きっぱりと言い直した。

「いや、ダメだろ」

 えっっ、俺の個性使ったのに!? 何回か試して成功してたのになんで今に限って!!? 動揺する俺に、そいつは真顔のまま追撃してきた。

「そんな毒持ってる蟲みたいな色の服でうちの門くぐるなよ。八斎會に変なのいるって思われたら、回覧板まわしてもらえなくなるだろ」
「嘘だろ、お前らにも否定されるのか俺のセンス……着心地いいんだよコレ……」

 ちょっと待って。そんな。俺のお気に入りの普段着、個性の効きにまで関わってくるんですか……? 不審者ポイントが高すぎて、俺の個性がキャンセルされた……? いや、もともと俺の個性と相性が悪いタイプの人種だったけど、はじめてだよ、キャンセルまで行くのは。
 極道者にすら認められないのか、俺の服……。しかも今のは、明確にデメリットとして出た。これはもう改める必要がある。悲しいよ。このスウェット、いちおうブランド物で、定価四十万円したのに……。

 とはいえ、ここで立ち止まっている場合でもない。再度“灯火”を揺らし、「着替えて裏門から行くからいいだろ。食べたらすぐ戻るからさ、お願い」と重ねる。すると相手は、さっきまでの険のある顔をわずかに緩め、「……仕方ねえなあ」と軽くため息をついて、ようやく見逃してくれた。あー、危なかった。

 そのまま何食わぬ顔で裏門へ回り、外へ出たところで足早に角を曲がる。
 待機していた仲間の車が、打ち合わせ通りの場所へ静かに滑り込んできた。後部座席のドアが内側から開く。ためらう理由もないので、そのままするりと乗り込み、扉が閉まるのとほとんど同時に車は発進した。
 こうして俺は、裏門から出てすぐに仲間の車に拾われ、そのまま一時撤退したのであった。

 弔くんたちも、もう動き出している頃だろう。早く会いたいなあ。俺は甘やかされて育ってきたので、なんだかんだで、ちょっと寂しかったりもした。
 いうてこのボディ、まだ未成年ですからね。毎晩、実兄を抱き枕にしたりされたりしながら生きていたので、ひとりで寝る夜は思ったより長い。

 ようやく帰れる。おうち楽しみワンねえ。