がんばれまけるな希望を捨てずに長生きしろよ

「巨大怪獣みたいなのが空中戦してる」
「部位破壊したい」
「モンスターハンター視点」
「お、部位破壊された」
「うわ人が飛び出てきた。本当にモンハン世界線だった可能性出てきちゃったな」

 

 こちら、貨物輸送車のトレーラー内部で待機中の俺たちです。覗き込んだ画面越しに映る現場では派手な戦闘が繰り広げられているが、そろそろ終わりも見えてきた頃合いだろう。
 トガちゃんたちからも「無事で~す♡」と連絡が来たので、危ないから早めに離脱するよう指示を出しておいた。

 地下って、崩落したら死体を探すのも大変だからね。しかもトゥワイス、マスクが破れて仁くんになっちゃったらしいし、バグってる三十代男性をフォローしながら隠密行動するのは、さすがに骨が折れるだろう。

 2人は規制線が張られていない場所まで出たあと、俺の手持ちの仲間が車で回収する予定だ。
 女児アニメのラッピングカーなので、まあ分かりやすいだろう。派手な車って、かえって車の方に視線が向くし、同乗者より誰が運転しているかの方に意識が行くから、逆に安全だったりする。行け! 俺の手持ちのオタク!!

 

 画面から目を離していたのに、ここまで響いてくる轟音で、ああ戦闘が終わったのだと分かった。
 弔くんの「動くぞ」のひと言で、車にエンジンがかかる。トレーラーはそもそも人を乗せることを前提にしていないので、振動が直にきてだいぶやばい。最悪、俺と荼毘くんが揃って吐く。我ら兄弟、三半規管が弱めという弱点だけはおそろいで……!

「弔くん、助手席?」
「うえ」
「スピナー! 安全運転でお願い、弔くんが炎上必須の乗り方する!」
「リーダー、自己責任でやれよ!」
「うるせえな落ちねえよ」

 SNSでバズりそうなことをするなあ……! まあ、走ってしまえば、そんなに目立ちはしないだろう。近くから見ればトレーラーの車体ばかりが視界を埋めるし、わざわざ視線を上に向けるやつも案外いない。

 護送車は何台か出るだろうが、オーバーホールだけは個別で動かされるはずだ。法治国家として、ヴィランであろうともまずは治療。ヴィラン病院は限られていて、移動ルートはそこまで多くない。トガちゃんからの連絡で出発のタイミングから逆算すれば充分読めるし、サービスエリアで待機していたのは正解だった。追いかけるより、最初から前にいた方がずっとやりやすい。警戒も、その方が緩む。

 黒霧がいたらもっと楽だったんだけどなあ。とはいえ、あっちも今は大変な仕事を抱えてるらしいし、何でも出来るやつに全部押しつけるのはよくない。
 便利だからってワンオペ前提にしてると、いざ穴が空いた時に全員まとめて困るからね。たまには、黒霧抜きで回せる形を試しておくのも悪くない。

 

 

 移動していると「そういや、“嫌がらせ”してくるって、何してたんだ? 仕事以外にも何か仕込んできたんだろ」とミスターに聞かれた。

「もう少ししたら分かるから、秘密。ミスターって、オーバーホールの腕取る?」
「そりゃあもう、当たり前でしょうよ。俺の可愛い腕チャンの仇だからね」
「取ったあと、ちょっと貸して。そっちの方がもっと嫌なことになるから」
「OK、最大限活用してくれ」

 本当は俺が目の前でやるつもりだったけれど、それよりこっちの方が火力が高い。
 その時、突然、真上からガンッッと硬い音が響いた。「うわあ! 二階に住むやばい住人!!」あ、そろそろ護送車が見えたんですね!? 弔くんがトレーラーぶん殴った音が響き渡ったけど、あの人個性無しでもパンチ力えげつないよ。怖い音した。

「開けるから、あかりくんは後ろ下がってな。風圧で落ちるかもしれないから、怪我しないようにな」
「怖い怖い。がんばれ、戦闘員たち」

 俺が最奥まで引っ込んだのとほぼ同時に、トレーラーの扉が勢いよく開いて、外の光が一気に流れ込んでくる。

 見えたのは警察車両が一台、それに護送車。挨拶代わりみたいに放たれた荼毘くんの蒼炎が、空気ごと後続車両を焼き落としかける。けれど、その炎は途中で何かに包まれたみたいに半端にちぎれ、その反動で巻き上がった砂塵がこっちまで押し寄せてきた。やめて! 今こっちノートパソコン持ってるの!! 精密機械に砂を近づけないで!!

「サンドヒーローのスナッチかなあ。警察とよく連携してる人。砂に変われるのは上半身だけだって、ヒーロー名鑑に書いてた」
「なんであいつら、自分の弱点まで公表してんだ?」
「強さアピールじゃない?」

 データをまとめてるのは記者だから、あれ、ある意味では味方から背中を撃たれてるようなものかもしれない。
 襲いかかった弔くんがヒーローに掴まれた瞬間、ミスターの攻撃でパトカーが浮き上がって弾けた。視線はそっちへ持っていかれる。けれど、弔くんの狙いは護送車の方だ。無防備な運転手に攻撃を向ければ、ヒーローはどうしたってそちらを助けに行かざるを得ない。守らなきゃいけないものが複数あるのに、そこにいるヒーローは一人しかいない。

 護送車が横転したのとほぼ同時に、運転席からスピナーの「グランドセフトオート!!」という気合いの声が響き、次の瞬間、車体が内臓まで揺さぶる勢いで急停止した。

 ここ数ヶ月でいちばんはっきり“死”を意識したの、たぶん今です。身体が前へ持っていかれ、荷台の縁が一気に迫る。

 あ、これ吹っ飛んで車道に叩きつけられて死ぬやつ、と思った瞬間、荼毘くんの腕が雑に俺を掬い上げた。脇腹が少し痛い。だが落下死よりは何倍もましである。俺って非戦闘員なんです、大事にしてほしい。

 

 車道に降り立くと、横倒しになった護送車は片輪を空に向けたまま軋み、削れたアスファルトと砕けたガラスが路面に散り、熱を持った金属と焦げたゴムの臭いが鼻につく。
 吹っ飛ばされた運転手を抱え込みながら、ヒーローがこちらを睨んでいた。庇うように腕を回し、低く腰を落として、いつでも動ける形だけは作っている。
 でも、守るものを抱えたままでは攻撃に移る一拍がどうしても遅れる。ヒーローという生き物の、そういうところは本当に誠実で、本当に可哀想だ。

 その緊張を嘲るみたいに、荼毘くんがぱち、ぱち、と気のない拍手を鳴らしながら前へ出た。
 靴の下でガラス片が細かく砕け、乾いた破裂音がやけに大きく響いた。

「そうそう、ヒーローは人命優先しちまう」

 吐き捨てるでもなく、ただ知っている事実を確認するみたいな声音だった。「ここ最近、各地で焼死体が相次いで見つかっている……」という、ヒーローの低い声。そういえば少し前、「イライラしても、そこらへんのやつ燃やすだけで済ませた」と言っていたけれど、さすがにもう、軽く尻尾を掴まれているんだろうな。まだ断定ではなくても、犯人像としては充分すぎるくらい名前が挙がっているのだろう。だからこそ、ヒーローの目にはもう最初から怒りがある。

「噂になってる? 嬉しいね」

 荼毘くんは笑った。嬉しそうに、心底機嫌よく。自分に向けられた嫌悪も恐怖も憎悪も、ぜんぶ燃料に変えてしまう顔だった。
 対峙した相手の心を摩耗させる種類の悪意だ。案の定、ヒーローの敵意と視線は、蒼炎の色に吸い寄せられるみたいに一点へ集まる。目の前で人を焼き殺しかねない、分かりやすく最悪な脅威。そちらを見ずにいられるわけがない。

 だから、背後の気配に気付かない。

 ミスターの個性が、ヒーローを閉じ込めた。身体の大半はすでに砂へと崩れていたが、だからといって、いつまでも砂のままで生きていけるわけでもないだろう。正義感のある偉大なヒーローの、あっさりとした最期だった。

 

「あっちちち……砂って、燃えねェよな」
「燃やし続けたら、ガラスとかになるんじゃない?」
「“遺族の気持ち”を考えて、ガラス板にでもしてやるか」
「遺骨でダイヤモンドとかあるし、案外喜ばれそうだね」

 

 時間がないからそこまで出来なくて申し訳ないね、などと雑談しながら、俺たちは護送車へ向かった。
 オーバーホールは車内で担架に固定されていたおかげで無事だったが、周囲の連中はタンクに叩きつけられたり、車内で吹き飛ばされたりしたらしく、揃いも揃って血まみれだ。可哀想に。悪いやつだけが無事なの、ほんとに許せねえよな。大丈夫、ちゃんと仇は取ってやるから……。

 いよいよ最終制裁、という段になって、俺は自分のスマホでチャットアプリを確認する。退避完了のスタンプが全員分きっちり押されているのを見て、うんうんと頷いた。仲間の無事の確保が第一だからな。よーし、やるかあ!

「ミスター、さっき取った腕貸して」
「血ぃ出てるから、汚れないように気をつけな」
「うわ、血みどろ。ウケる。ごめん、あとこれ持っててくれない? オーバーホールに見えるように」

 弔くんに恫喝されて、すっかり絶望した顔のオーバーホールへ近づく。見れば、もう両腕がなくなっていた。片方はミスターに落とされた分、もう片方は弔くんの崩壊で持っていかれた分だろう。
 ……でもこれ、手首から先だけは無事なんだよな。現代医学の奇跡とかで、上腕に移植して個性復活、みたいなことされたらちょっと嫌かもしれない。いや、崩壊した側はさすがに無理か? どうなんだろう。

 ミスターが丁寧にオーバーホールの視界に入るよう掲げたスマホの画面には、八斎會本部の映像が映っていた。完全制圧まではもう時間の問題だろうが、さすがにまだ全員が捕まったわけではないらしい。警官と組員が入り乱れ、怒号と物音の中で、あちこちに小さな乱戦が残っている。

 

「俺も、お前のいちばん嫌なことを考えたんだ」

 

 相手の気持ちになって、よく考えた。ついでに、自分にとっていちばん嫌なことも考えた。そこはわりと、すぐに分かった。
 俺がいちばん嫌なのは、母さんとか、冬ちゃんとか、夏くんとか。そういう、戦えない家族が“俺たちのせいでひどい目に遭うこと”だ。父さんと焦凍は、自分でどうにかする力も、使える伝手もあるだろう。けれど、あとの三人は違う。守る力もなければ、守られる場所だってそう多くない。

 荼毘くん────燈矢くんと一緒にいる限り。燈矢くんが見ているものを、俺も否定しない限り。俺が“火継”である限り。たぶん俺は、この“いちばん嫌なこと”から逃げられない。いつかきっと、俺のせいで家族はひどい目に遭う。

 嫌すぎる。つらい。

 なので!

 オーバーホールには、先に同じ気持ちを味わってもらうことにしました!!

「お前が組長派の組員を粛清しまくってくれてて助かったよ。もうさ、命かけて組長を助けてくれる人、いないねえ」

 血まみれの腕を持ち上げる。もう片方の手で、わざと安っぽく作った玩具みたいなボタンを掲げる。
 
何を見せられているのか、まだ理解できていない目が、ようやく俺の手元へ向いた。

「どっかーん!!」

 “オーバーホールの腕”がボタンを叩いた直後、遠くから花火の上がるような音が響く。スマホの画面がぶれ、八斎會本部の映像が大きく傾ぐ。ほんの一拍遅れて、オーバーホールの顔から色が消える。

「組長が見つからないように、守れるように、隠し部屋に寝かせてたんだよなあ! 大丈夫かなあ!? 誰か助けに行ってくれたかな?

先々代から忠誠を誓ってくれてた蓑崎さんなら、何があっても組長を助けに行ってくれただろうねえ! お前が殺したけど!

組長の護衛の沓名さんがいたら、炎の中だろうと怪我ひとつさせずに守ってくれただろうね! お前が殺したけど!

自分でぜーんぶ守れると思ってたんだろ!? ぜーんぶ管理できるって信じてたんだろ!? ざんねんでしたー! 組長が大事にしてた八斎會、お前のせいで爆発でーす! あちこちに仕掛けてましたー!

お前の大事な組長も、自分じゃ逃げられませーん! ほら、早く助けに行かなきゃ! がんばれがんばれ! オヤジが待ってるぞ! 自分じゃ動けないんだから、息子のお前が助けなきゃなあ!」

 

 あちこちに仕掛けた爆弾は、運が良ければ半壊、運が悪ければ全壊くらいにはなるだろう。これで組員も、警察官も、何人かまとめて処分できそうだ。ついでに、油断していたり負傷していたりするヒーローも何人か巻き込めたら嬉しい。スマホの画面は、向こうのカメラが壊れたのか大きく揺れたあと、もう映像を映さなくなった。残ったのは、途切れ途切れの音声だけだった。

「ヒーローが助けに来てくれたらいいね!」

 わざと励ますみたいな明るい声でそう言うと、その横で弔くんが堪えきれないみたいに爆笑した。腹の底から転がるような笑いだった。笑わないであげてくださいよ、彼は必死なんです。一生懸命な人を笑うのは失礼だからね。

「ちが……ちがう、違う、あれは、違う……」

 オーバーホールはもう、何を言っているのかほとんど分からなかった。
 混乱と恐慌で舌が回っていないのか、言葉がぶつ切りになって、息と一緒に喉から無理やり押し出されている。

「違う、俺は、俺はっ、必要な、だから、オヤジは、あれは、守るためで、俺は、俺が────」

 誰かを呼んでいるようにも聞こえたし、誰かに許しを請うているようにも聞こえた。懇願しているような、謝っているような、滅茶苦茶な音だった。けれど、その悲鳴の合間からひとつだけ、はっきり聞き取れた言葉がある。

兄さん、オヤジを……助けてくれ……!」

 誰に言ってるんだか、面白いセリフだ。助けてくれ、かあ。そうだよなあ。ヒーローが助けてくれるといいよなあ。運が良ければ、たぶん助かる。運が良ければ、だけど。

 でも、オーバーホールみたいな人間は、死んだと言われても、生きていると言われても、自分の目で見ない限り納得できないだろう。

 仮に組長が助けられて生きていたとしても、誰かが「無事だった」と伝えたところで、それだけで安心できる性質には見えない。

 自分の管理下にないものを信じられないやつは、確認できない限り、ずっと疑い続ける。
 まして組長は意識不明で、自分からここへ来て「大丈夫だ」と言ってやることもできない。生きているか、死んでいるか、分からない。確定しないまま、何ひとつ掴めない。たぶんそれが、いちばん辛い。可哀想に。ほんとうに可哀想だ。

「よかったなあ、まだ希望あるじゃん。ヒーローって人助け大好きだし」
「はは、がんばれよ。お前のために走ってくれるかもな」

 弔くんはまだ笑っていた。俺もつられて笑う。そうしているうちに、背後からスピナーの焦った声が飛んできた。

「おい、いつまで遊んでる! さっさと乗れ、もう行くぞ!」

 はいはい、と軽く返しながら、俺たちはその場を離れた。笑い声の余韻を引きずったまま、血と煙と悲鳴の残る車道を背にして逃げる。

 後ろではまだ、オーバーホールの壊れた声が続いていた。助けを呼ぶ声なのか、謝っている声なのか、もう判別もつかない。ただの悲鳴にしかならない。意味の無い声だ。それも車が発進すると、すぐに遠ざかって消えた。ハッピーエンド! 完!! クスリをドクターに押し付けて祝賀会すっぞ!!