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 古着屋のアカウントで前から目を付けていた服を片っ端から集めて、更衣室にぶち込んだ。
 着替えさせては出てこさせて、「いいじゃん」「なんでその足の長さで今までロング丈着なかったの」「イカつい服はムカつくから禁止な。あとキレイ系もモテるから着んな」と好き勝手に指示を出す。ニールは途中からだいぶ遠い目をしていたけど、知らない。オレが選ぶって決めたんだから、最後まで付き合え。
 ……まあ、オレだったら自分の興味ないことにここまで付き合ってやったりしないから、やっぱニールって、オレが今好きになってるってことを抜きにしても優しくていいヤツなんだよな。これ終わっても仲良くしてやっていいって、マジで思う。
 そうして上から下まで全部見繕って、靴まで合わせて、ようやくトータルコーディネートが完成した。終わった頃にはニールがヨボヨボになっていたので、とりあえず近くの椅子に座らせる。文句を言う元気もなさそうだった。オレはその隙にさっさと財布を出して、会計終了。

「似合うけど女ウケ悪いB系で揃えた。オレの金だから大事に使えよ」

「へ、は? な、なんで?」

「オレが誘ってオレが選んだ服ならオレが買うのが当然じゃん。そのキメラ脱いで着替えてきて。すいませーん、ここで着替えてくんで更衣室借りまーす」

 「え? え?」とキョドり散らかしているニールを更衣室にぶち込んで、タグを切ってもらった服を押し付けた。最初に着せたオーバーサイズのシャツの方が、オレと並んだ時にしっくり来るから好きだった。好きだったけど、普通に格好よくなりすぎたからダメ。あんなの着て歩かれたら3mごとにナンパされる。

 背が高いし、意外と筋肉もある。だから同じオーバーサイズでも、ちょっと治安の悪いB系に寄せた。こっちなら女受けは悪い。野郎に絡まれたら、その時はオレが助ければいい。口喧嘩なら負ける気はないし、オレは絡まれたらその場で警察に電話をかけられるタイプの、善良なる一般人だ。変に意地張らないからそこらへんは大丈夫。

 困った顔をして更衣室から出てきたニールは、オレの見立て通りに垢抜けて格好よくなっていた。
 やっぱり顔色が悪いくせに真っ黒な服ばかり着ていたから、余計に顔色が終わって見えていたんだと思う。あと、イグニハイド流のメイクのせい? そこを少し変えて、服の色も重くしすぎなければ、ちゃんと見られる。というか、かなりいい。

 真面目な顔をして立っているニールを見て、オレは少しだけ満足した。これならいい。格好いいけど、格好よすぎない。オレが隣にいてもおかしくないし、知らないやつに簡単に持っていかれそうでもない。誰かの服のキメラでもなくて、オレが選んだやつ。全部ちょうどいいじゃん。

 古着屋を出て喫茶店へ向かうまでの間、昼間の外で見るニールって、薄暗いところよりこういう場所の方が似合うんだな、と考えていた。イグニハイドの、光量を落とした冷たくて陰気な感じより、太陽の下にいる方がずっといい。
 なんだっけ。あの光を抑えてるのはブルーライトカット? で、冷たいのは機械が多いから全部冷やしてるんだっけ? 前に誰かから説明を聞いた気がするけど、忘れた。まあいい。理由は分かんないけど、今のニールは外に出ている方がちゃんと見える。顔色の悪さも、昼の光だと少しマシに見えるし、さっき選んだ服も思った通り似合っている。オレの見立て、かなり良いじゃん。

「かっこいい」

「……ええ、なんか悪い……」

「いーの。ありがとうございますエース様だけ言いな」

「ありがとうございますエース様。なんか慣れてる……?」

「オレ元カノいたもん。現実のデート経験者ですからあ」

「ひぃ、陽キャの物理攻撃。こんなん毎回してたら破産しちゃわない?」

「元カノとは全部割り勘してたから平気」

「特別扱いされてる」

「そ、ニールのこと特別扱いしてんの」

 ミドルスクールの時に付き合ってた子は、可愛かったし好きだった。でも、告られたから付き合ってみた、くらいの感じだったと思う。遠距離になるね、じゃあ別れよっか、で終わったし、それでめちゃくちゃ引きずったわけでもない。
 だから、惚れ薬の影響だとしても、オレがオレの意思で誰かを好きになったら、こういうことをするんだなって少し驚いた。
 小遣いとか、バイトで貯めた金とか、そういうのをニールの服に使ってしまった。未来のオレはすっげー怒り狂いそうだけど、今のオレはちょっと幸せだった。だって、その服を着るたびにオレのことを思い出すってことじゃん。朝に袖を通す時も、鏡を見る時も、誰かにそれいいねって言われた時も、ニールの頭のどこかにオレがいるかもしれない。確か人に服を贈るって意味があったな、なんだっけ。

「……俺、エースに脱がされちゃう?」

「はぁ!?」

「脱がせるために服を贈るって文化、あるよね」

「それオッサンとかがやるやつだろ! そーいう意図じゃねえよ!」

「えっち」

「なんだこの恩知らず! ここで全部脱がすぞ!」

「あはは、ごめんってえ! 嬉しくて照れちゃった、意地悪言ってごめんね」

 わざとニールの服の裾を引っ張ると、「やめてやめて」と言いながら、オレの頭を優しく撫でてきた。やめてって言うわりに声は全然怒ってないし、手つきも雑じゃない。なにこれ。マジで普通にいちゃいちゃじゃん。普通にデートじゃん。うれし。

「エース、手ぇだして」

「ん」

「プレゼント」

 差し出した手のひらに、何か小さいものを落とされた。

「みて」

 そう言われて手を開くと、黒い石のついた指輪が入っていた。これがなんなのかは分かる。分かるけど、頭がついてこなくて、その場で固まった。指輪。ニールから。
 考えれば考えるほど動けなくなるオレを見ても、ニールは困った顔ひとつしなかった。むしろ、そうなるのが分かっていたみたいに軽く笑って、オレの混乱を無視するみたいに話を続けた。

「全身買われたあとだとしょぼくてごめんね。全身真っ黒コーデはさすがにアレなんで、これが変わり」

「サイズ……」

「手ぇ繋いだ時になんとなくで測ったから、試してみて」

「ん」

「俺が付けるの?」

「ん……」

 ニールに差し出していた右手を一度下ろして、少し考えてから左手を出した。自分でやれよって思う。思うけど、今はニールにしてほしかった。手を取られて、指先に触れられているだけなのに落ち着かない。さっきまで普通に手を繋いでいたくせに、指輪となると急に意味が変わる気がする。ニールの顔を見たら変な声が出そうで、オレはずっと手元だけを見ていた。

「フリーサイズだから大丈夫だと思うけど、エース関節しっかりしてるからなあ」

「バスケするから」

「格好いいよね、見たことあるよ」

「なんで見たことあんの」

「スケッチしに行ったから」

「美術部?」

「違う、同人誌の表紙モデル」

「何いってんのかわかんない」

「ですよねえ」

 親指には小さい。人差し指と中指には、少し緩い。じゃあ、と思った瞬間から急に心臓がうるさくなって、オレは黙って薬指にリングが通るのを待った。ニールの指がオレの指を支えて、黒い石のついた指輪がゆっくり下りてくる。

「ぴったり」

 ニールの声がした。ぴったり。オレの薬指に、ニールが買ってくれた指輪がある。自分で見ても分かるくらい、ちゃんとそこに収まっている。似合うとか、似合わないとか、そういうことを言う余裕がなかった。指輪ひとつでこんなに黙ることある? でも本当に何も言えなかった。指を少し曲げると、黒い石が小さく光る。それだけで、また顔が熱くなる。

「……似合う?」

 やっと出た声は、思ったより小さかった。

「似合うよ」

「うれし」

「ああ~~エースが泣いちゃった」

「うええん」

「かあいいねえ。嬉しくて泣いてんの~~。涙腺ぐずぐずでかあいいかあいいだ」

「たからものにする」

「オレもこの服宝物にするからねえ」

 喫茶店に着いた時も、オレはまだぐずぐずに泣いていた。たぶん客も店員も「うわあ」ってなっていたと思うけど、関係ねえし。
 左手の薬指がじんわり重い。指輪がある。ニールが買ってくれて、ニールがつけてくれた指輪が、まだちゃんとそこにある。それが幸せで、また泣いた。嘘だろ。これ全部偽物なの? やなんだけど。

 だってニール、オレに「好きなんだろ」ってチェリーパイを半分くれたし。オレのこと、かあいいねって言うし。手を繋いでくるし、名前も呼ぶし、指輪までくれた。ぜってーオレのこと好きだろ。なのにこれ嘘なの? 幸せだ~~って思う分、これ嘘なんですか!? ってビビる。

 まじ、一週間後のオレ笑ってる? メンタル爆発してない? めっちゃ怖いのに、デート楽しかった~~! 幸せ~~! 好き~~! って気持ちが止まらない。
 寮に行く鏡の前で「ハーツラビュルに転寮しろ」って駄々こねて困らせて、みんな事情知ってるから冗談だと思って爆笑してるのにキレそうになって。この惚れ薬が切れたあとの自分が本当に怖い。こんなんで生きていけんの? そこにニールはもういないんだけど。