⑤(完)

 モンちゃんは、何言ってんだこいつ、という目をして頭を傾げていた。警戒心の高い野良猫みたいでちょっと可愛い。
 画面越しのモンちゃんもだいぶ口が悪かったが、現実のモンちゃんも予想通り口も態度も人相も悪い。肌は荒れているし、目つきは悪いし、雰囲気は常に「今なら世界に喧嘩を売ってもいい」みたいな感じだが、俺は長年ネッ友をしているので、この程度では怯まない。

「じゃあ、改めて。俺は陽火。通り名はフォージャー」
「……弔。死柄木弔」

 お互いに本名を出すと、変な感じがした。だいたい察してはいたけど、実際そうだとなんだか感慨深いものがある。話を聞いてみると、そもそもモンちゃん……本名、死柄木弔くんは、俺がフォージャーというヴィランであることも、ノーカウントとの繋がりも知らなかったらしい。

「なんかガキ共が集まってんなァ、とは思ってたな。でも俺の目的とかすってねえし、目障りってほど派手でもない。いつでも潰せる同業他社ってかんじ?」

 俺が再度「同業なら吸収合併してください」と言うと、弔くんは少しだけ目を細めて「くれるなら貰うけど」と頷いてくれた。
 こうして、俺の知らないところでめちゃくちゃに規模拡大していたティーンの多い不良集団は、トップ会談で気軽に弔くんのものとなったのだった。

 というか、弔くんは俺を手元に置きたかっただけらしい。お気に入りの犬を一匹飼っていいよと言われて、その犬に俺を選んだという。なんだい、照れるぜ。弔くん、俺のことはけっこう好きでいてくれるんだよな……。ふん、おもしれえ男……。

 まあ、俺もいつまでもパパの脛をかじっているわけにもいかない。弔くんが何者であるかをうっすら理解した上でここに来たので、はじめから覚悟は決まっている。

「それで、ヴィラン連合って何するの?」

 俺が聞くと、弔くんは楽しそうに口元を歪めた。

「オールマイトを殺す。ヒーロー社会を潰す」

 ああ、やっぱり。画面越しでもだいたい分かっていたけれど、この人は本当にそういうことを言う人間だ。ただのアンチとは一味違う。行動を起こす人っていうのは信頼がおけますね、俺は少し考えてから頷いた。

「じゃあ、ヒーロー社会を潰すついでに、オールマイトを殺すのを手伝うね」

 正直、俺はオールマイト本人のことはどうでもいい。好きでも嫌いでもない。
 ただ、強すぎて全部こいつでいいじゃん状態になっているのは目障りだと思う。

 な~~にが「私が来た」じゃ。お前それ、早く早く助けに来てと願ってる奴が何度もテレビでその場面見た時の気持ちわかるんかい! というはなしだ。

 ちょっとエセ関西弁が移ったかな。ノーカウントの中にもオールマイト大アンチがいて、そいつからの恨み節を「うんうんわかるよそれってオールマイトがわるいよ」と理解ある彼くんっぽく聞き流すことが多かったので、俺も多少は影響を受けている。ちなみに、「フォージャーくん、俺相手に理解ある彼くんごっこしてるやろ」とバレていた。ごめんて。

 誰でも助ける正義のヒーローって概念、それを作ったのは罪だと思うよ。じゃあ助けが来ないままだったやつは、助けるに値しない存在だったみたいになるだろ。出来る限り努力して頑張ります! くらいの方が信用できる。

 それに、ノーカウントのやつらも何人か、オールマイトに目をつけられて取られていった。保護という名前だけど、それを望んでない人にとっては別の名前になるだろ。

 会話の流れで「ほぼ誘拐だよなあ」と俺が言うと、弔くんは心底同情したような声音で「あいつ人攫いもすんのか、やべえな」と言った。
 たぶん本心ではない。俺がオールマイトの悪口を言っているから、嬉しくなって、寄り添った雰囲気を出してくれているだけだ。

 俺はモンちゃんのネッ友を長いことしているから知っている。
 基本的に、彼に善意や同情心はない。
 他人の痛みに胸を痛めるタイプではないし、可哀想だから助けようなんて発想もない。
 ただ、自分の嫌いなものを一緒に嫌ってくれる相手には、少しだけ機嫌がよくなる。そういう性格の悪さを、俺は気に入っている。

「うん。やべえよね」

 俺が笑うと、弔くんも笑った。笑い方はちっとも優しくない。ひび割れた壁に爪を立てるみたいな笑い方だった。そこが好きだ。 

 

 という訳で、俺は弔くんの元でワンワンをすることになったのであった。
 と言っても、あれやれこれやれと具体的に命令されることは特にない。想像通りにくっそ汚い部屋へ突っ込まれ、まず掃除をした。床に散らばったゴミを拾い、謎の空き缶を片付け、いつからそこにあるのか分からないグミの空袋を処分し、一応の配慮でつけられている空気清浄機から大きめのハムスターくらいのホコリを落とし、壁に貼られている俺のフレンドコードをみてホッコリする。 そしてどうにか人の生活空間まで戻す。

 俺が模様替えレベルで汚部屋と戦ってると、様子を見に来た弔くんは「おー、頑張ってんじゃん」と言いながら、当然のように書類整理を押し付けてきた。
 そんな……犬として雇った俺に、『可愛い』以上を求めるのはやめて欲しい。俺は甘やかされて生きてきた男だぞ、弔くん側も妥協無く本気で甘やかして欲しい。

 まあ向いていることをやるのが組織運営というもの。正直こういう仕事は得意だ。
 これから連合を大きく強くするため、新たに増える人材について、ブローカー経由で補充が開始しているらしい。どれどれ、どんな人材かな、と資料に目を通そうとしたところで、半地下のBARのフリをした拠点のドアベルが鳴った。
 CLOSEDの札は出していたので、普通の客ではない。たぶんブローカーと、その紹介人材だろう。
 俺も顔見せするか、と少し遅れて裏から顔を出す。まず目に入ったのは、黒い髪に継ぎ接ぎみたいな肌をした男だった。細い。ウィッカーマンみたいだな。焼けるための身体みたいな……これ悪口になっちゃうか? 立っているだけで空気が焼けるような、諦めと怒りがぐちゃぐちゃに混じったような目をしている。う~ん、確実にやばいやつ。
 その隣には、制服姿の女の子がいた。にこにこ笑っていて、可愛い。可愛いのに、それだけじゃないのが何故か分かってしまう。人懐っこい犬みたいに距離を詰めてきそうな顔をしながら、そのままの顔で吠えもせずに首を噛むタイプの目だ。これもやばいやつ。
 ほえ~~。ヴィラン連合ってやばいところですわね~~。もう少し段階を踏んで人を増やした方がよくないですか? いきなり火力と刃物を同時採用するの、後先考えて無さすぎでは? まさか俺が緩衝材になるのか?
 そう思いながら、ブローカーってギラおじ以外知らないんだけど、連合と繋がってるブローカーって誰だろう、と視線を動かした。

 そこに、いた。ギラおじが。俺は瞬きした。ギラおじも瞬きした。次の瞬間、義爛は俺を指さし、店内に響く声で怒鳴った。

「なぁにやってんだこのアホガキこるぁ!」
「え、ギラおじこそ何してんの」
「俺は仕事だよ! お前は何で中から出てきてんだ! ダチにぶん殴られに行くからって断った分際でテメェ!」
「殴られなかったよ」

 俺はそう言ってカウンターを指さした。さっきまで付けていなかった、お手々たくさんのイカしたアクセサリーまみれになっている弔くんである。
 俺が渡したお土産クッキーの箱を膝に置き、不機嫌そうな顔でこちらを見ていた。次の瞬間、そのクッキーの空箱が素早く飛んできて、俺の胸にぼすっと当たる。

「人を指さすんじゃねえ」

 正論。義爛には伝わったのだろう。弔くんを見て、俺を見て、もう一度弔くんを見てから、深い深い溜息をついた。長い付き合いなので分かる。これは説教をしたいが、今それを始めると仕事が終わらない時の溜息。

「……俺が紹介する全員が揃ったな」

 義爛は諦めたように煙草を咥え直し、継ぎ接ぎの男、制服姿の少女、そして俺を順番に指さした。

「こいつと、こいつと、こいつ」

 

 そこから先は、紹介してもらった側の弔くんが継ぎ接ぎの……荼毘くんに因縁をつけてヒリついたり、トガちゃんがステイン推しを無邪気に語って弔くんを怒らせたりしていた。

 空気が悪い。初対面の場で全員が自分の地雷を机の上に並べて、どれから踏む? みたいな顔をしている。
 俺はその端っこで、義爛に普通に叱られていた。

「お前さ、義理は通せよ。俺の頭飛び越えるとかねえだろ」

 ごもっともである。俺は粛々と頭を下げ、「悪気はなかったです」「本当に偶然です」「ギラおじを抜こうとしたわけではありません」「でも結果的に抜きました」「すみません」と、社会性のある謝罪をした。
 義爛は深いため息をつき、「悪気がねえから余計にタチ悪いんだよ」と言った。そうかもしれない。俺が怒られている間に、弔くんは弔くんで大激怒。荼毘くんにもトガちゃんにも自分の気に入らない成分が多すぎたのだろう。最終的に「もういい! しらない!」とでも言いたげな勢いで席を立ち、そのまま外へ出ていった。

 まあ、大丈夫だろう。あの人はキレて出ていったあと、だいたい少し時間を置くと戻ってくるタイプだ。少なくともネットではそうだった。現実でもそうであってほしい。
 そう思ったところで、義爛が呼んだらしいパパが、外からBARへ続く階段をほとんど転がり落ちるみたいな勢いで駆け込んできた。

「なんで俺のベイブがここにいんのよ!!! うちの子は箱入りだからサイバー犯罪専門なんです! こういう土方は俺の仕事!!」

 悲鳴みたいな声を上げながら飛び込んできた男に、そのまま抱きつかれる。パパだ。間違いなく俺のパパ。

 声もアメスピの匂いも抱きつき方もパパなのだが、問題は服装だった。
 全身をぴっちり覆うラバースーツ。顔まで覆うマスク。スパイダーマンの偽物みたいな、妙に身体のラインが出る仕事着。

 待って。パパの仕事着ってこれなの? うそ。知らなかったんだけど。こんな、ニッチな趣味の方々にモテそうなドスケベ仕事着を着て外を歩いてるの? 俺が衝撃で固まっている間にも、パパは俺の頭や背中を撫で回しながら「怪我は!? 嫌なことされてねえ!? 怖かった!? パパ来たからな!」と騒いでいる。

「いや、俺は普通に中にいただけ」
「普通に中にいちゃ駄目なんだよお!」

 ごもっともである。
 トガちゃんはそれを見て、「愛されてますねえ」とにこにこしていた。目がきらきらしている。たぶん本当に微笑ましいものを見ている目と、血の通った関係性に興味津々な目が半分ずつだ。
 荼毘くんの方は、綺麗な青い目をじっとりと暗く染めながら、わざと口角を上げた作り笑いをしていた。「くだらねえ」吐き捨てるように言って、そのまま出ていく。あの人、家族愛とか親子愛とか、そういうものに対してだいぶ面倒くさい反応をするタイプだな。第一印象、やばいやつ。第二印象、地雷多めのめんどいやつ。

 俺はパパに抱きしめられながら、ふと義爛を見た。

「あの……パパも所属、ヴィラン連合なの……?」

 義爛は煙草を咥えたまま歯の抜けた顔でニタ、と笑う。パパは「所属っていうかあ、協力っていうかあ、パパは陽火のために稼げる仕事をしてるだけっていうかあ」と急に語尾をふにゃふにゃさせる。つまり所属している。親子で同じ職場に……。親子で同じ職場に………………………………………。

 待って。この世界が漫画の世界であることは、オールマイトを見た時点でうっすら気づいていた。
 気づいていたけど、自分の生活があまりにも生活すぎて、どこか他人事だった。ヒーローもヴィランもニュースの中の話で、俺とパパはその裏側で勝手に生きているだけだと思っていた。

 パパの仕事着を見てから、前世の記憶の底から何かがずるっと引き上げられる。

 ラバースーツ。分裂。仁。ヴィラン連合。情に厚くて、壊れていて、増える男。
 俺はパパの腕の中で、ゆっくり顔を上げた。パパは俺が見ていることに気づくと、ぱっと笑って「パパの職場見学したかったんだろ、いつまでたっても可愛いコピーキャットだなあ」と嬉しそうだ。……パパ、原作キャラでは……?

「分かった! 家にひとりで置いておくのは心配だったからよ、俺がちゃーんと守ってやるぜ!」

「そりゃ守っていただきますが……。ええ、いろいろ考えることあってまとまんないなあ……?」

 原作キャラなら、これから原作がはじまるのか……? 俺も原作ってのに介入するんだろうか。パパってこれからどうなるんだ? ああもう、“僕のヒーローアカデミア”あんまり履修してなかった前世の俺! 役に立たないなあ!

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