「……ねえ、荼毘くん。本当にここで合ってる?」
手を引かれるままに夜の繁華街の路地裏へと潜り込み、ようやく足を止めた場所を見上げて、俺は思わず引きつった声をあげた。
視線の先には、煤けたコンクリートの壁と、今にもショートしそうなほど激しくまたたく、ピンク色のネオン管。デザインのフォントからして、もう令和のセンスですらない。
「元号がふたつも変わってるのに、なんでここ生き残ってたの? もしかして、異能解放軍の隠れ蓑だったりする?」
「さあな。こういうレトロ趣味のやつが、今でも顧客にいるんじゃねえの」
驚愕する俺をよそに、荼毘くんは自動ドアをくぐり、タッチパネルで適当な部屋を選んで鍵を手に取った。そのまま俺の腕を引いて、絨毯が絶妙に色褪せたエレベーターに乗り込む。妙にスムーズなのは、下見でもしたからかな……。マメなんだよな、俺の恋人。
案内された部屋の扉を開ければ、そこは期待を裏切らない、純度百パーセントの『昭和』だった。
無駄に派手で芸術的な壁紙に、何に使うのか分からない有線のチャンネルスピーカー。そして部屋の中央には、今や博物館でしかお目にかかれないような円形の回転ベッドが鎮座している。動くのかな、これ。
「すごいな……タイムスリップした気分。荼毘くん、よくこんな場所見つけてきたね」
「このへん、たまにうろついてたから」
ガチャ、と鍵を閉める音が静かな部屋に響く。
荼毘くんはコートを脱いでベッドの端に腰掛けると、もともと細い身体をさらに縮こまらせるようにして、下からじっと俺を見上げてきた。
さっきまで外で見せていた、他者を寄せ付けない気配は綺麗に消え失せている。紫色の火傷痕とツギハギの皮膚さえなければ、ただの年相応の、少し拗ねた顔の良い男だ。
「“陽火”くん。まだそのカード、胸ポケットに入ってんだけど」
トス、と引き寄せられて、燈矢くんの額が俺の胸元に当たる。そのまま俺のジャケットに手をかけ、トランペットからもらったあの良い匂いのするカードを、躊躇いなく抜き取って床へ放り捨てた。その一連の動作があまりにも自然で、思わず苦笑いしてしまう。
「捨てちゃった」
「いらねえよ、あんなおっさん。……それに、陽火くんはこういうの、したいんだろ」
俺の首筋に腕を回しながら、燈矢くんは耳元で低く、けれど蜂蜜のように甘ったるい声を上げた。
俺も大概セックスが好きなんだが、実は燈矢くんも俺と同じくらいには好きなんだと思う。それなのに、口を開けばいつも「陽火くんはこういうのが好きだから」と、まるで自分は仕方なく付き合ってやっているのだと言いたげな態度を取る。
プライドの高さと、肥大化した独占欲。そして何より、主導権を握れている状態への心地よさが、その歪なスタンスに透けて見えていた。あとちょっと、実は素直に恥ずかしいんじゃないかとも思う。情緒の発達に様々な障害があったので、もはや言語化できない感情が山ほどあるのだろう。
「俺が面倒見てやるから。だから、他のやつのとこに行かないでいいだろ」
「恋人が面倒見てくれるなら、余所見できないなあ」
頬に触れると、ツギハギの境界線が指先にカサリと触れた。その刺激に小さく身震いしながら、燈矢くんは自分からゆっくりと瞳を閉じる。無抵抗、なすがまま、マグロ。可愛いなあ。俺の恋人。
今日は珍しくコートの下にちゃんとした服を着込んでいる。黒いシャツのボタンを上から順に外していくと、薄暗い部屋の照明の下に、燈矢くんの『身体』が剥き出しになっていった。
いつ見ても、生と死が奇跡的なバランスで縫い留められている。痛々しく、同時に酷く歪な造形だ。
顎から鎖骨、そして胸元から腹部にかけて、赤紫色のただれた火傷痕が這い回り、本来の肌を侵食している。ホチキスのような医療用ステープルが痛々しく皮膚を繋ぎ止めていて、指先で触れれば、乾いた不均一な凹凸が手のひらに伝わった。
人肌の温もりというよりは、熱を失いかけた炭のような、あるいは硬化しかけた繊維のような、お世辞にも心地よいとは言えない手触り。ベッドに座らせてから下着を足首まで引き抜いたとき、その最たる異形が目に入る。
生殖器が全部、そこら辺の範囲まるまる、焼失している。
まあ……顎が落ちるほどの炎なので、骨もない肉の棒なんて秒で取れるだろう。分かるんだけど、同じものを持っている身としては痛ましすぎる。可哀想……。
股間の中心にあるのは、排泄のためだけに機能している、小さく窄まった『穴』だけ。しかし目を引くのは、その周辺の皮膚だった。
身体の大部分を占める赤黒い火傷痕の海の中で、その穴の周り、下腹部から股間にかけてのわずかな範囲だけが、妙に白く、滑らかに浮き上がっている。
おそらく、移植後から今に至るまで衣服の下で徹底的に保護されていたからだろう。ツギハギだらけの彼の肉体において、そこだけが周囲の狂気から切り離されたように、驚くほど真っ白だった。ここだけ赤ちゃんみたい……。謎に美肌……。
「ここ、触り心地がいいんだよなあ。すべすべしてる」
女で言うところの恥丘というか、男でも同じ言い方するんだっけ。ここから尿道、会陰辺りまでが別人の肌みたいになっている。実際、たぶん別人の肌を移植しているんだろうけど。
独り言を言いながらその境界線へ指先を滑らせる。他の場所が硬く乾いているのに対して、この取ってつけたような白い皮膚だけは、まるで上質な薄絹のように柔らかい。指の腹で円を描くように優しく撫でて感触を楽しむ。すべすべ。
首筋や手足を触られるときには「何をされているのか分からない」とでも言うように、拒絶を孕んだ緊張を走らせる燈矢くんが、そこを弄られている間だけは驚くほど素直にされるがままになっていた。ただ、こちらの熱を測るように、じっと見つめている。
やがて、接触の違和感に耐えかねたのか、それとも俺の執拗な手つきに思うところがあったのか、喉の奥から漏れるように、くふくふと乾いた笑い声をあげた。
「ごめんなあ……? 取れるだけじゃなくて、もっと穴が空いてたらこっちに突っ込めたもんな?」
どこか自虐的で、けれど絶対的な優位を確信しているような声だ。
なーに言ってんだこの男。頭の回転は速いくせに、こういう方面の知識に関してはたまにとんでもない勘違いを、大真面目な顔でぶち込んでくる。頭の中の拙い情報を掻き集めて繋ぎ合わせた結果、俺の想像を超えるものをお出しされてしまうらしい。
「膀胱姦はファンタジー過ぎない?」
陰茎を失ってるから、ここからだと膀胱頚部とそのすぐあとに膀胱そのものがあるだけだ。この構造で受け入れようとしたら、性欲の処理どころか普通に生命の危機になるんじゃないか? いや、男性器を女性器に作り替える手術とかはあるらしいから、案外なんとかなるのか……?
歪な発想だけど、一応俺のことを喜ばせようとはしているらしい。出来たらやらせてやってもいいというくらいには、俺に全部許してくれている。愛おしいな、という気持ちが湧き上がって俺は燈矢くんの身体の上へと覆いかぶさった。
そのまま、余計な言葉を拒むように唇を塞ぐ。
深く、お互いの唾液を混ぜ合わせるように口づければ、燈矢くんは小さく鼻を鳴らし、両手を伸ばして俺の頬を包み込んできた。金具が頬に当たって少し冷たいけれど、手のひら自体は驚くほど熱い。
キスを解き、至近距離で視線を交わす。
俺を見つめる瞳は、薄暗い昭和のラブホテルの照明を反射して、うっとりと潤んでいた。
身体がどれほど焼き崩れようと、その心根がどれほど邪悪に染まろうと、この両の眼眸だけは、幼少期から何一つ変わっていない。不純物のない、燃え盛るガス火のような、どこまでも澄み切った、本当に綺麗な青。
「陽火くん……」
世界を呪うために誂えられたその瞳が、今だけは俺一人のためだけに、キラキラと眩い光を湛えて揺れていた。
そういえば燈矢くん、皮膚の大半が焼け焦げているせいで触覚というものがほとんど機能していない。痛覚すらもどこかへ置き忘れてきているらしく、戦闘中に自分の炎で肉が焦げようが、血が蒸発しようが、いつもケロッとしている。
となれば当然、普通の人間が肌を合わせることで得るような『外側からの快感』なんてものは、彼にとってはあって無いようなもの。じゃあなんでこんな場所に毎回ノリノリで参戦するのかといえば、外側は全滅していても、皮膚の薄い口腔内や、中身の『体内』だけはまだ焼け残っていたから。
要するに、神経が生きてる数少ないスポットへのダイレクトアタックには、すこぶる弱い。
「陽火くん」
うっとりと俺を見つめていたはずの燈矢くんが、不意にフッと笑って、俺の胸を両手で軽く押し返した。
そのまま円形ベッドの上でごろんと仰向けになり、なんの躊躇いもなく、パカッと両足を開いてみせる。
「ほら、すぐ使えるぜ」
ニヤリと唇を吊り上げて、さも自慢げに笑う。
どうやら俺がBARでイケおじに口説かれている段階で、すでに中身の“準備”は済ませてきていたらしい。
……いや、準備が良いのは大変素晴らしいし、こちらとしても大歓迎なんだけど。
「燈矢くんさあ。これはこれでめちゃくちゃ唆るし嬉しいんだけど……もうちょっとこう、雰囲気ある誘い方って出来ませんか」
「ふんいき」
注文をつけられたのが意外だったのか、燈矢くんは開いた足はそのままで、不思議そうにパチパチと目を瞬かせた。
「雰囲気ってなんだよ。さっきのおっさんみたいなネチネチしたのが良かった? 『二人きりで……』とか言って、手ぇ撫で回されるのが好み?」
「違う違う、そうじゃない。その話は一回忘れよう。なんて言うかさ、せっかくの恋人同士なんだから、もうちょっと恥ずかしがるとか、おねだりするとかさ。そういうベタなイベントも通ってみたいだろ」
らぶらぶカップルとしてやって行きます! という宣言もしたことだし……と言うと、俺の言葉を頭の中で咀嚼するように、燈矢くんはしばらく黙って考え込んでいた。カサついた指先で自分の唇をトントンと叩き、やがて何か納得がいったのか、ふっと表情を和らげる。
そして、ずるずると這うようにしてベッドの上を移動し、俺の膝の上に無理やり自分の頭を乗せてきた
。
下から覗き込んでくる顔は、わざとらしいくらいに上目遣いだ。頬をわずかに赤く染めたように見せかけると、まだ脱いでいない俺のズボンのチャックに手を伸ばした。
「……陽火くん。俺、中、さむくなっちゃった。早くコレ、俺の中にくれよ。…………こんなかんじ?」
「言い方のクセが強い」
どこで仕入れてきたんだその昭和のAVみたいなセリフは。この部屋の残留思念でも吸い取った?
けれど、こうやって俺の無理難題に付き合ってくれるところが、やっぱり最高に健気なんだよなあ……。
「まあ、うん、興奮しました」
言いながら俺が吹き出すと、燈矢くんは「だろ」と満足げにくふくふと声だけで笑う。ごろごろと姿勢を変えながらじゃれる。あーあ。こうやってる感じは、子供の頃を思い出してちょっと切ない気持ちにもなるんだよな。
俺はもう一度、燈矢くんがいちばん“気持ちいい”口の中を蹂躙するために、深く深く、彼の頭を抱え込んだ。
ベッドの軋む音が、有線放送の微かなノイズに混じって部屋を満たしていく。
本格的に身体を繋げるその前に、俺はもう一度、燈矢くんの顔を覗き込んでじっと目を合わせた。待ってましたと言わんばかりに、きつく俺の首に腕を絡めてきて、吸い付くような子供じみた口付けを繰り返してくる。
「行為の前に必ず一度、深く視線を交わしてキスをする」というのは、燈矢くんの中で何らかの重要な儀式か、あるいは神聖なお作法になっている気がしてならない。
外側がどんなに無残に焼き崩れていても、口の中は生身の柔らかさを残しているからだろうか。あるいは、こうして網膜に俺の姿を焼き付けておかないと、これから始まる「内側だけの世界」に没頭できないからかもしれない。
深く舌を絡め合わせながら、俺の脳裏にはふと、どうしようもない邪念がよぎる。
本当だったら、この男は俺なんかに出会うこともなく、どこかの街でかわいい女の子と付き合って、普通に抱いて、普通の幸せを知っていたはずだ。
本当なら、今ごろエンデヴァーと並んで、No.1のすぐ後ろ、いまのホークスがいる位置にいたかもしれない。きっとモテモテだったろうなあ。
なのに男としての本来の身体の使い方を何ひとつ教わることも、実践する機会もないまま、こうして俺という存在に狭い水槽へ閉じ込められるように囲い込まれて。
何もかもを奪われて、まともな選択肢すら残されていなかった男。可哀想に。
─────そして、そんな彼を最高に都合よく消費しているのが俺なのだから、本当に、たまらないなあ。
ひとしきり唇を貪り合ったあと、俺は彼を仰向けに寝かせたまま、その白い皮膚の上を滑らせて、その下へと自らを宛がった。
俺自身の好みを言えば、背後から押さえつけて蹂躙するバックの姿勢が好きなのだが、燈矢くんはどうしても正常位を譲りたがらない。さもなければ、自分から跨ってくる騎乗位だ。
理由は単純で、彼は行為の最中、どこまでも俺の顔を見ていたいらしい。自分が今、誰に侵され、誰の熱を体内に注ぎ込まれているのかを、執拗に確認したがる。
ただ、騎乗位を許すと、燈矢くんは自分を世界で一番哀れな被害者に仕立て上げながら、同時に俺を支配しているかのようなサディスティックな優越感を目に見えて持ち始める。基本はサディストだから……。彼の中の嗜虐心が目覚めて主導権を奪われかけるとリアルに死ぬ危険があるため、俺はいつもタイミングを見計らって、力づくで彼をベッドへひっくり返すことにしている。安全第一。
ゆっくりと、準備を終えていた彼の最奥へと滑り込んでいく。
その瞬間、燈矢くんの喉から「あ、……っ」と、切羽詰まったような短い呼気が漏れた。
燈矢くんにとって、この侵入の感覚は、暗闇の中に突如として巨大な熱源が叩き込まれるようなものなのかもしれない。
辛うじて生き残っている粘膜が、内壁が、俺の質量を感知して一斉に悲鳴を上げるように、本能が熱を逃すまいとするように、きゅうきゅうと俺を締め付けてきた。
「燈矢くん、きつい……っちょっ力抜いて……」
「ぬ、……抜いてる、って……」
ステープルの嵌め込まれた顎をガクガクと震わせながら、燈矢くんは俺の肩口に必死で腕を回してきた。
俺と繋がっている『内側』だけは、沸騰したマグマでも注ぎ込まれているかのように熱い。逃げ場のない快感の逃げ道を作るように、窄まった穴の奥の粘膜が、生き物みたいにうねっては俺のペニスをキツく締め付けた。
これ、本人は力を抜いているつもりなのがタチが悪い。神経が残っている数少ないスポットだからこそ、脳が過剰に反応して、勝手に全力で迎えにいってしまっているのだ。
「……んあ、つ、……陽火、くん……動け、って……」
「じゃあ、ちょっと我慢してね」
せがまれるまま、容赦なく腰を進める。
ドスン、と最奥の、彼にとっての限界の壁を容赦なく叩き潰すように深く突き入れると、燈矢くんは白目を剥くようにして「ひ、あぶ、ぅっ!」と、普段なら絶対に出ない情けない悲鳴をあげた。
基本はサディストだけど、こうして俺が少し乱暴に主導権を握って、強引にめちゃくちゃにしてやると、信じられないくらい従順に蕩けた顔をする。
いたぶりたい衝動の裏には、それ以上の力で狂うほど蹂躙されたいという、マゾヒストな一面が隠れているらしい。
まあ、サディズムとマゾヒズムは紙一重って言うし、極端な全否定の中で生きてきた燈矢くんにとっては、これくらい強い刺激で境界線を壊されるのが、一番分かりやすいコミュニケーションなのかもしれない。
「あ、かは、……アツ、い……っ! なか、こわして……ッ!」
「うんうん、壊れないように壊してあげるからね」
実際に今壊されると困っちゃうくせに、壊して欲しいっていうからなあ。これって軽い希死念慮なんだろうか。いたましい……と思いながらも、俺も気持ちいいのでお言葉に甘える。
押しつぶすようにして、内壁を抉るように執拗に同じ場所を攻め立てる。
突き上げる衝撃のたびに、円形ベッドがギシギシとけたたましい音を立て、色褪せた壁紙が視界の中で激しく揺れる。
燈矢くんはもう、自分がどこにいるのかも分かっていないようだった。口元からは絶え間なくヨダレが溢れ、俺の胸元を濡らしていく。
さっきまで俺の指を健気に舐めていた口は、今やただ酸素を求めて魚のように開閉するだけで、そこから漏れ出る喘ぎ声はどんどん高くなり、熱を帯びていく。
機能していないはずの涙腺から滲んだガラス玉のような涙が数粒、頬を伝ってシーツに吸い込まれていく。
その、完全にわけが分からなくなって、ただ快感の濁流に流されているだけの恋人を、俺は上からじっと観察した。
今この瞬間の燈矢くんを支配しているのは、世界への呪いなんかじゃない。俺の身体が与える、あまりにも暴力的で、あまりにも全うな、生身の快楽だけだ。
「……燈矢くん、こっち見て」
「あ、……陽火、……く……」
焦点の合わない瞳が、必死に俺の姿を探して彷徨う。その健気な顔を両手で挟み込み、俺は限界まで腰を叩きつけながら、彼の耳元で優しく、呪文をかけるように囁いた。
「何もかも分かんなくなるまで、気持ちいいことだけ覚えておこうね。走馬灯でさ、これが出たら面白いだろ」
その言葉が引き金になったように、燈矢くんの身体がガチガチと大きく痙攣した。
内壁が限界を超えて締め上げ、俺のペニスを噛み砕かんばかりに蠢く。
俺は燈矢くんの、いくら食べさせても細いままの腰をガッチリと固定したまま、焼けただれた肉の奥深く、まだ温かい彼の最奥にすべてを吐き出しきった。瞬間、燈矢くんの身体が一際大きくのけぞり、そのままカチリと完全にフリーズする。
男としてのモノを出す場所がどこにもないから、イク時はこういう脳イキとか、メスイキっていうやつしかできない。
まともなセックスを知らないままで、変なやり方ばかり覚えさせられてしまってる。教えた俺が言うのもなんだけど、本当に可哀想。
ビクビクと腰を震わせながら、意識を完全に空へ飛ばし、だらしなく口を開けて悲鳴じみた呼吸を繰り返している。世界の全てを焼き尽くそうとしている凶悪なヴィランが、いま、俺の腕の中で文字通り「何もかも分からなくなって」いる。
完全に狂わされ、無防備に征服された姿を特等席で見下ろしていると、腹の底から何とも言えないドロリとした全能感が湧き上がってきた。
「……あは、可愛いなあ」
世界を呪うために誂えられた綺麗な青が、ただの快感に塗り潰されて完全に機能停止している。それを見つめながら、俺はふっと自然に笑いを漏らした。
おねだりだの恥じらいだの、ベタな可愛げを求めていたくせに、結局一番興奮しているのは、こうして彼を力ずくでひっくり返して、中身ごと徹底的に支配している瞬間だ。
俺自身、この壊れた恋人を好き勝手に扱い、精神ごとぐちゃぐちゃにすることが楽しくて仕方ない。
「俺も大概、サドっ気があるのかもな……」
まだ脳のキャパシティが限界を迎えて震えている燈矢くんの額に、最大限の慈しみを込めてもう一度キスを落とす。まだ止まらない俺の小さな笑い声が、昭和の安ラブホテルの天井へと静かに溶けていった。

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